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最低賃金政策の方向性-国内外の潮流、ポリシーミックスの重要性

総合政策研究部 准主任研究員 鈴木 智也
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4――次年度以降の見通し~東北・九州、中小企業への影響を注視~
最低賃金の引き上げは、既にある程度引き上げに向けたレールが敷かれている。骨太方針2024では、最低賃金に関して「2030年代半ばまでに全国加重平均を1,500円となることを目指す」「地域別最低賃金の最高額に対する最低額の比率を引き上げるなど、地域間格差の是正を図る」といった文言が明記されている。
今後の注目点としては、以下の2つが挙げられる。すなわち、(1)全国加重平均1,500円の目標達成がどれだけ前倒しされるかという点、(2)最低賃金が低い地域の引き上げがどれだけ大きくなるかという点である。
(1) については、2023年8月の当初の打ち出しでは「2030年代半ば」との表現に留めていたものの、達成時期を巡る批判もあって、2024年6月の骨太には「より早く達成ができるよう」にするとの文言が追加されている。仮に、全国加重平均1,500円の達成時期を2035年と仮定した場合、毎年の改定率は+3.4%が必要となり、2030年と仮定した場合には+5.9%が必要という計算になる。
(2) については、最低賃金の地域間格差を是正することを狙って、2023年に都道府県のランク区分が4つから3つに変更されている。骨太に掲げられた大方針は「地域別最低賃金の最高額に対する最低額の比率を引き上げる」ことであり、最低賃金の低い地域では、より大きな改定が必要となる。
最低賃金の引き上げによる影響は、とりわけ中小・零細企業で大きいことが知られている。
企業が最低賃金の引き上げから受ける影響は、未満率と影響率の2つの指標から知ることができる。未満率は、最低賃金改定前の段階で既に最低賃金を下回っている労働者の割合であり、企業の最低賃金の遵守状況を示す指標として用いられている。他方、影響率は、最低賃金改定後に最低賃金を下回ることになる労働者の割合であり、最低賃金が労働市場に及ぼす影響の度合いを表している。未満率が一定と仮定した場合、影響率の上昇は、最低賃金改定の恩恵を受ける労働者が増えることを示す反面、その分、企業の負担が増すことを意味する。
5――おわりに~ポリシーミックス、スピード感を合わせることが必要~
その結果、企業負担が増加し、採算が悪化する企業も出やすくなる。売上、利益減少を前提とした人件費削減を重視するデフレ時代の経営ノウハウでは、この様なコストアップ環境を乗り切ることは難しい。企業としては、人件費の上昇に負けない収益力の獲得が先ず以て重要であり、そのためには新たな付加価値を生み出す企業努力が求められる。
政府も、そうした企業努力を、後押しする姿勢を示している。今般の骨太には、企業への支援策として「自動化・省力化投資の支援、事業承継やM&Aの環境整備に取り組む」ほか、中堅・中小企業の稼ぐ力を強化するため「価格転嫁対策」「海外展開支援」に取り組むことが掲げられた。ほかにも、最低賃金が引上げられると、扶養範囲内で働きたいパートやアルバイトなどの従業員が「年収の壁」を意識し、労働時間を減らして企業の人手不足に拍車が掛かるといった懸念に、対処する方針も盛り込まれている。これら政府の後押しを活用しつつ、企業が最低賃金の引き上げに耐え得るビジネスの高付加価値化を実現していけるか。また、政府が掲げた支援策や制度改正を、最低賃金の改定に引けを取らないペースや規模感で進めていけるか。そうしたことが、今後の改定を進めるうえで、重要なポイントとなって来そうである。
なお、地方創生でも最低賃金は重要な意味を持つ。先行研究では最低賃金と人口流出に負の相関があることが指摘されており12、最低賃金の引き上げが地域の人口流出の歯止めとして一定の効果があることが示唆されている。最低賃金の1円の差を巡る自治体間の競争も起きている。ただ、最低賃金を引き上げさえすれば良いという単純な話ではない。企業と同様、自治体でも、最低賃金の引き上げを可能とする地域産業の底上げが必要である。自治体としても、企業の生産性向上を支援するため、地域を知る自治体だからこそできる取り組み(地域の人や資源をつなぐプラットフォームやマッチングなど)、地域を活性化する成長戦略の磨き上げが必要となろう。
以上の通り、最低賃金の引き上げは、ビジネスの高付加価値化を通じた日本経済の再興や地方創生と密接な関わりがある。また、それを後押しする政府や地方自治体の取組みも欠かせない。最適なポリシーミックスの下で、自治体や企業の取組みが有機的に結びつき、持続的な最低賃金の引上げを実現していくことが必要である。
12 中澤秀一「最低賃金制度の再考」社会政策2024年3月号、ミネルヴァ書房
(お願い)本誌記載のデータは各種の情報源から入手・加工したものであり、その正確性と安全性を保証するものではありません。また、本誌は情報提供が目的であり、記載の意見や予測は、いかなる契約の締結や解約を勧誘するものではありません。
(2024年07月23日「基礎研レポート」)
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03-3512-1790
- 【職歴】
2011年 日本生命保険相互会社入社
2017年 日本経済研究センター派遣
2018年 ニッセイ基礎研究所へ
2021年より現職
【加入団体等】
・日本証券アナリスト協会検定会員
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