2024年07月23日

コロナ禍後のインバウンド需要~地方での回復の遅れと旅行単価の増加は続くのか~

経済研究部 研究員 安田 拓斗

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3――外国人旅行消費額の状況

1単価増加で外国人旅行消費額は急回復
2023年は外国人延べ宿泊者数が2019年比1.8%増だったが、外国人旅行消費額は同10.2%増と、回復が速い。外国人旅行者の国籍・地域だけでなく、旅行消費の構造も変化していると考えられる。ここからは外国人旅行消費額について確認していく。

観光庁の訪日外国人消費動向調査によると2023年の訪日外国人旅行消費額は5兆3,065億円(2019年比10.2%増)で2019年を上回り、過去最高を更新した。外国人延べ宿泊者数よりも外国人旅行消費額の回復が速いのは、旅行単価が増加しているからである。

2023年の訪日外国人の旅行単価は21.3万円、2019年比34.2%増となった。2019年は15.9万円、2020年は18.5万円1だったが、コロナ禍で観光を目的とした短期滞在の外国人が消失し、ビジネス、留学など長期滞在の外国人の割合が高まったことや、円安の進展、物価高により旅行単価は増加した。ただし2022年の旅行単価23.5万円に比べると、2023年は21.3万円とコロナ禍で増加した旅行単価は緩やかな減少基調にある。

寄与度をみると、宿泊費が前年比16.6%、飲食費が同8.4%、交通費が同4.7%、娯楽等サービス費が同2.8%、買物代が同1.7%と、ホテルなどの宿泊施設の価格が上昇していることに加え、宿泊日数が10.1泊とコロナ禍前(8.8泊)より1.3泊増加していることによって、1人当たり宿泊費が全体を大きく押し上げている。
訪日外国人旅行消費額の推移/訪日外国人旅行単価の寄与度
 
1 新型コロナウイルスの関係で調査が十分にできなかったため、2020年から2022年は試算値
2宿泊日数増加が旅行単価の押し上げ要因
宿泊日数が増加している都道府県では、旅行単価が増加傾向にあり、逆に宿泊日数が減少している都道府県では、旅行単価も減少傾向にある。また、都道府県別に旅行単価の寄与度をみると、旅行単価が増加している都道府県では、宿泊費が全体を大きく押し上げている。一方、旅行単価が減少している県のうち、広島県では宿泊費の増加が小さく、神奈川県、長野県では宿泊費が減少している。宿泊日数の増加が旅行単価の押し上げ要因となっている。
外国人旅行単価と宿泊数/2023年都道府県別旅行単価寄与度

4――鍵を握る中国人旅行者の今後の動向

4――鍵を握る中国人旅行者の今後の動向

外国人延べ宿泊者数の推移 1中国人旅行者数の回復がインバウンド需要を押し上げる見込み
従業員数10人以上の施設で見ると、中国人延べ宿泊者数は2022年末から緩やかに回復を続け、2024年5月には2019年比▲25.8%となった。外国人延べ宿泊者数全体は2019年比21.1%増と、10ヵ月連続のプラスとなっており、中国人旅行者数の回復は全体に比べると遅れているものの、回復基調にある。

中国人延べ宿泊者数は、引き続き為替レートがコロナ禍前に比べて円安の水準にあることが追い風となって回復を続ける公算が大きい。中国人旅行者数の回復が日本のインバウンド需要全体を押し上げるだろう。ただし、中国国内の消費は弱い動きとなっており、海外旅行需要も弱い動きが継続するリスクもある。
中国人旅行者の旅行手配方法(観光・レジャー目的) 2|2023年の中国人旅行者の特徴:(1)高収入
訪日外国人消費動向調査で中国人旅行者の旅行手配方法(観光・レジャー目的)をみると、2019年は30%が団体ツアーで訪日していたが、2023年は4%へと低下した。一方、個人手配が2019年の62%から2023年には94%へと大幅に上昇した。比較的価格が安い団体旅行を利用する中国人旅行者の割合が低下し、価格の高い個別手配の中国人旅行者の割合が上昇している。

また、中国人旅行者の滞在日数は、2019年は3日間以内が2%、4~6日間が57%、7日間以上が41%だったのに対し、2023年は3日間以内が2%、4~6日間が35%、7日間以上が63%と、一週間以上滞在する旅行者の割合が大幅に上昇している。
中国人旅行者の世帯年収をみると、2019年は9万米ドル2未満が86%、9万米ドル以上18万米ドル未満が11%、18万米ドル以上が3%なのに対して、2023年は10万米ドル未満が50%と大幅に低下し、10万米ドル以上20万米ドル未満が38%、20万米ドル以上が12%で上昇している。コロナ禍前に比べると、日本を訪れる中国人旅行者の年収は高くなっている。

2023年の観光・レジャー目的の中国人旅行者は富裕層から回復してきた。団体旅行が禁止されていたこともあり、比較的価格が高い傾向にある個別手配でも訪日できる富裕層がより長期で滞在した。
中国人旅行者の滞在日数(観光・レジャー目的)/中国人旅行者の世帯年収(観光・レジャー目的)
 
2 2019年の公表データは「円」のため、当時の為替レートを用いて「ドル」へ変換している。
3|2023年の中国人旅行者の特徴:(2)親族・知人訪問、留学、ビジネス目的
2023年の中国人の訪日目的は、観光・レジャーが55%(2019年:83%)、親族・知人訪問が10%(同:3%)、留学が5%(同:1%)、ビジネスが22%(同:10%)、その他が8%(同:4%)と観光・レジャー目的の割合が低下し、それ以外の目的の割合が上昇した。観光・レジャー目的の中国人旅行者数の回復が遅れている。

親族・知人訪問、留学、ビジネスなど長期滞在の中国人旅行者から回復したことで、2023年の中国人旅行者(全目的)の宿泊日数が2019年差+8.7泊と全国籍・地域の同+1.3泊を大幅に上回っている。観光・レジャー目的は2019年差+1.6泊と全国籍平均の同+0.8泊を小幅に上回っている。

また、コロナ禍を通じて東京都が大幅に回復した理由の一つに親族・知人訪問や留学、ビジネスを目的とする長期滞在の中国人旅行者が東京都に集まっていることが考えられる。短期滞在の中国人旅行者数が回復すれば、東京都以外の地域でも回復がさらに進み、中国人旅行者数(全目的)の宿泊日数の2019年差も縮小する可能性が高い。
中国人の訪日目的の変化/目的別平均泊数(2019年差)

5――おわりに

5――おわりに

コロナ禍以降、中国人旅行者は比較的価格が高い傾向にある個別手配の、親族・知人訪問や留学、ビジネスを目的とした富裕層から回復してきた。

今後、団体旅行で訪日する観光・レジャー目的の短期滞在の中国人旅行者が回復すれば、東京都以外の都道府県でも外国人延べ宿泊者数は回復が加速するだろう。ただし短期滞在者の割合が上昇することで、旅行単価の増加には歯止めがかかる可能性がある。

旅行単価の増加による外国人旅行消費額の過去最高の更新や、円安の進展などインバウンド業界にとって明るい材料が多い。引き続きインバウンド需要は好調を維持することが見込まれる。

インバウンド需要の好調を一時的なトレンドとするのではなく、長期的なものとして維持するためには、増加が見込まれる外国人旅行者の受け入れ準備を早急に進める必要がある。
雇用人員D.I.の推移(全規模) 日銀短観の雇用人員D.I.をみると、宿泊・飲食サービスの雇用人員は、全産業や非製造業を大きく下回る深刻な人手不足となっている。中国人旅行者数回復に伴う外国人旅行者数の増加に備えて、人手不足への対応が急務となる。また、高水準の旅行単価を維持するために、観光地の魅力向上やサービスの高付加価値化など観光・レジャー目的の旅行者の宿泊日数が増えるような取り組みが必要だろう。

日本経済にとって旅行業は非常に重要な産業になりつつある。国、地方自治体、DMO(観光地域づくり法人)、民間企業、地域住民が一体となって受け入れ準備を進めることで、旅行業がさらに発展し、政府目標の2030年訪日外国人6,000万人、消費額15兆円を達成できることを期待している。引き続きインバウンド需要の動向に注目していきたい。
 
 

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(2024年07月23日「基礎研レポート」)

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経済研究部   研究員

安田 拓斗 (やすだ たくと)

研究・専門分野
日本経済

経歴
  • 【職歴】
     2021年4月  日本生命保険相互会社入社
     2021年11月 ニッセイ基礎研究所へ

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