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気候変動と死亡数の関係-2022年データで回帰式を更新し、併せて改良を図ってみると…
保険研究部 主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員 篠原 拓也
つぎに、男性・女性80-84歳について、死亡率の推移を見てみる。
(1) 年代別
今回の計算の大きな変更点として、回帰式の入力データを2009-10, 12-19年の10年間として、最近の気候変動と死亡率の関係をもとに回帰計算を行っていることが挙げられる。これにより、最近の死亡率の再現性を高めて、将来の推測に役立てる目的がある。実績と回帰の死亡率を比較すると、死因によっては、2000年代まで大きく乖離している場合もある。しかし、2010年代以降は両者は近接している。
(2) 男女別
前回のレポートでは、男性や、関東甲信、東海、近畿の女性では、新生物の実績死亡率の低下が再現できていなかったが、今回はこの点の改善がみられる。また、男性や、北海道、関東甲信の女性では呼吸器系疾患の実績死亡率の低下が再現できていなかったが、今回はこの点も改良されている。
(3) 年齢群団別
若齢、中齢、高齢のいずれも、概ね実績死亡率が再現できている。なお、中齢以下の一部の死因では、実績データがゼロで、回帰計算結果との乖離が生じている。今回、回帰式の入力データを、2009-10, 12-19年の10年分に限定したことにより、その影響を受けずに回帰計算が行われる形となっている。
(4) 死因別
前回のレポートでは、新生物で、男性や関東甲信、東海の女性に見られる実績死亡率の低下が再現できていなかった。今回はこの低下が表現できている。循環器系疾患については、男女、各地域とも、よく再現できている。呼吸器系疾患で、前回は、男性や、北海道、関東甲信の女性に見られる呼吸器系疾患の実績死亡率の低下が再現できていなかった。今回は、この低下も表現できている。一方、前回は異常無(老衰等)については、上昇傾向が表現できていなかったが、今回はこれも再現できている。なお、外因(熱中症含)の実績については再現できているが、2011年の東日本大震災の跳ね上がりは表現できていない。その他の死因については、2020年以降のコロナ禍による死亡率変動は表現できていない。
(5) 地域区分別
地域区分別にも概ね再現ができている。総じて、回帰計算結果は、死亡率実績も概ね再現できている。
つづいて、得られた回帰式における気候指数の影響を確認しておく。一般に、回帰式の各説明変数の係数が大きければ、それだけその変数が変化した場合の目的変数の変化も大きいこととなる。ただし、回帰式の各説明変数の単位が異なるため、係数をそのまま比較しても意味をなさない。
そこで、各回帰式ごとに、係数を標準化9して比較可能とする。(標準化した後の変数は、「標準偏回帰係数」と呼ばれる。) その上で、気候指数の標準偏回帰係数の和の絶対値を分子に、その数値と時間項の標準偏回帰係数の絶対値と各ダミー変数の標準偏回帰係数の絶対値の和を分母にとる。そして、その分数の値を、気候指数が死亡率に与える影響割合とみなすこととした。10
回帰式は全部で504本あり、この影響割合の値はその本数の数だけ得られる。2018~22年の死亡数の実績をもとに、この割合の値を加重平均した。
その結果、男性は2.0%、女性は1.9%となり、男性のほうが女性よりも気候指数の影響割合がやや大きかった。男女計では気候指数の影響割合は1.9%となった。気候指数の影響割合は、2%程度とみられる。
9 標準化は、係数に、当該説明変数の標準偏差を掛け算し、目的変数の標準偏差で割り算して行う。
10 今回は、説明変数間の相関関係を考慮せずに簡易な計算を行った。
5――回帰式を用いた試算
1|高温指数が1高かった場合、5年間の死亡数は、実績に比べて-4.4万人減少
試算において、最も注目すべきは、地球温暖化と死亡率の関係 ― 高温指数と死亡率の関係であろう。
それでは、もし2018~22年の高温指数が実績よりも1高かった、とした場合はどうなるか。11 回帰式を用いて計算したところ、このような場合の死亡数は、実績よりも-4.4万人減少すると算出された。これは私見ではあるが、気温上昇により暑熱期の死亡数が増加する一方、それ以外の時期(特に冬場)には寒さが和らぐことで死亡数が減少する。高温指数が1高かった場合は、暑熱期の死亡数増加よりも、それ以外の時期の死亡数減少の影響が強くあらわれて、死亡数が減少するものとみられる。
11 高温指数が高い(=その月の高温日が参照期間に比して多い)ことと、低温指数が低い(=その月の低温日が参照期間に比して少ない)ことの間には一定の相関があるものと考えられるが、その程度については何とも言えない今回は相関を考慮せずに、高温指数のみが高かった場合の影響を試算することとした。
それでは、高温指数が2高かった、とした場合はどうなるか。回帰式を用いて計算したところ、死亡数は、+1.5万人の増加となった。これは、高温指数については、線形回帰をやめて、2乗の項も導入していることが影響を及ぼしたものと見られる。つまり、至適気温を上回るような高温の日が増えると死亡数の増加幅が大きくなる、との結果の表れと見ることができる。
3|湿度指数が1高かった場合、死亡数は+3.7万人増加
一方、湿度指数が1高かった、とした場合はどうなるか。回帰式を用いて計算したところ、死亡数は、+3.7万人の増加となった。日本では、湿度の変化が死亡数に大きな影響を与えうることがうかがえる。
4|高温と湿度の指数が1高かった場合、死亡数は+1.7万人増加
それでは、高温指数と湿度指数が1高かった、とした場合はどうなるか。回帰式を用いて計算したところ、死亡数は、+1.7万人の増加となった。これは、高温指数が2高かった場合を上回っている。暑さを示す高温と湿度の指数がともに高くなると、死亡数が大きく増加するものとみられる。
5|7つの気候指数がいずれも1高かった場合、死亡数は+11.8万人増加
それでは、7つの気候指数がいずれも1高かった、とした場合はどうなるだろうか。回帰式を用いて計算したところ、死亡数は、+11.8万人の増加となった。これは、気候変動が死亡数に大きな影響を与える可能性があることを示唆する結果と言える。以上の結果をまとめると、次の通りとなる。
6――おわりに (私見)
気候変動と死亡率の関係性の定量化が適切にできるようになれば、その次のステップとして、今後の気候変動シナリオに応じた死亡率の推移の推定が計算可能となる。すなわち、将来の気候変動の進展に応じて、どのように死亡率が変化し、生命保険の死亡保険金等の支払いにどう影響を及ぼすのか、といった試算が可能となる。もちろん、そこに至るまでの道程は平坦ではないと予想されるが、取り組むべき価値の高い課題と言えるだろう。引き続き、回帰式の見直しを図るとともに、国内外の各種調査・研究動向のウォッチを続けていき、今後の気候変動シナリオに応じた死亡率の推移の推定という大きな課題に取り組んでいくこととしたい。
(2024年07月10日「ニッセイ基礎研所報」)
保険研究部 主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員
篠原 拓也 (しのはら たくや)
研究・専門分野
保険商品・計理、共済計理人・コンサルティング業務
03-3512-1823
- 【職歴】
1992年 日本生命保険相互会社入社
2014年 ニッセイ基礎研究所へ
【加入団体等】
・日本アクチュアリー会 正会員
篠原 拓也のレポート
日付 | タイトル | 執筆者 | 媒体 |
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