- シンクタンクならニッセイ基礎研究所 >
- 暮らし >
- 女性 >
- 「戸籍偽造事件」から考えるシニア女性の就労環境の険しさ
「戸籍偽造事件」から考えるシニア女性の就労環境の険しさ

生活研究部 准主任研究員・ジェロントロジー推進室兼任 坊 美生子
文字サイズ
- 小
- 中
- 大
各紙が報じた内容は、以下のようなものだ。犯行動機について、裁判官は「年齢で不当な扱いを受けることなく働きたかった」ことだと認定した。女は以前、警備会社で働いていたが、やる気があるのに、年齢のせいで重要な仕事を任されないと感じていた。職場の男性の「ババア」という発言を聞き、自分を揶揄されていると思った。「社会では若い人や男性が優遇されている」。差別を感じ、憤りから会社を退職。そしてふと、若い「妹」の戸籍を作ることができれば、妹になりすまして「若返る」ことができると思いついた。女は実際に「妹」の身分証明書を使って別の会社に再就職。「任せてもらえる仕事が増え、(本当の)自分が働くよりも仕事の幅が広がった」と“成果”を感じていたという2。
無論、嘘の申し立てで戸籍や身分証明書を偽造することは、重大な犯罪である。架空の妹になりすませば、若返って、別の人生を歩むことができるという発想も、荒唐無稽だ。女が法廷で語った「やる気があるのに重要な仕事を任されない」、「若い人や男性が優遇される」という話自体は、どこまで真実かは分からない。女が、警備会社で重要な業務を任せてもらえるように、何の警備資格を取得して、どんな成果を出していたのかは分からない。だが、記事を読み終えた後も、何かすっきりしないものが残る。「年齢や性による差別」という論点自体は、荒唐無稽だとは言えないからだろう。むしろ、これまで仕事を続けてきたシニア女性の中には、そう感じてきた人も多いのではないだろうか。
現在の65歳を超えるシニア女性が働き始めた頃は、まだ男女雇用機会均等法の施行前だ。企業の採用、配置、教育、昇進と、あらゆる場面で男女差別が色濃かった時代である。女性は就職しても、男性に比べて重要な仕事のチャンスは少なく、結婚・妊娠・出産したら退職するのが一般的だった。「お局さん」など、経験年数が長い女性に対する蔑称は、いくつもあった。結婚退職を想定する女性の側にも、「腰掛」という言葉があった。これまで働き続けてきたシニア女性は、そのような就労環境の中で、劣勢に耐え、懸命に適応してきた世代だろう。現在、企業の役員に就任するなど、華々しく活躍しているトップ層の女性は、そんな状況も力強く跳ね返してきたかもしれないが、誰もがそんなにタフな訳ではない。
問題は、1986年に均等法が施行された後も、女性にとって、フェアで働きやすい就業環境に変わったとは言えないことだ。ジェンダーは、人の意識や文化社会の深いところまで根を張ったものであり、法制度が変わったからといって、すぐに職場の風土が変わる訳ではない。結果的に、職場における男女の経験やキャリアに差が生まれ、現在の賃金水準や管理職水準の男女差に至っている。家庭における男女役割分業意識にも根強いものがあり、妻の働き方やキャリアにも大きく影響してきた。
筆者は昨年10月、定年後研究所との共同研究として、アンケート「中高年女性の管理職志向とキャリア意識等に関する調査~『一般職』に焦点をあてて~」を行ったが、そこで明らかになったのが、中高年女性会社員の職場経験の浅さである。正社員として中高年まで働き続けていても、管理職経験がある人は約1割、その手前のチームリーダーの経験がある人は約3割、キャリアアップにつながる「異動(転勤を伴わない)」の経験がある人は半数以下にとどまった(図表1)。むしろ、転勤を伴う異動も、転勤を伴わない異動も、入社以来、一度も経験したことがないという人が約4割に上った。このような職場経験には、男女差が大きいという点も、他の調査結果で示されている3。
また、女性の年代が上がると、上司からの期待値が低下することも同調査から分かった。上司から「仕事のスキルを上げる」ことを期待されていると感じている人は、40歳代以降半では約4割だったが、50歳代では約3割、60歳以上では約2割へと低下していた(図表2)。つまり、年齢階級が上がるほど、職場で活躍が期待されていないことになる。
とは言え、時代は少しずつ変わっている。キャリアや賃金水準に課題は残っているものの、長期雇用の女性は増えてきた。総務省によると、2022年、働く50 歳代の女性は約670万人、60歳代の女性は390万人、70歳代は約180万人に上っている4。2010年代に入ってからは、出産後も働き続ける女性が、出産退職する女性を上回るようになった5。2010年代後半からは、政府によって女性活躍政策が講じられ、これからも長期雇用の女性は増えていくだろう。「お局さん」という言葉も、概念も、時代遅れの「死語」になってきた。
さらに付け加えれば、少子化によって、日本人の若年層の労働力人口が減っていることから、必然的に、労働市場における中高年女性の存在感は増すことになる。年齢や性を理由として人材を活用しないなら、企業の持続可能性が低下する、という時代になってきている。中高年女性を長期雇用している企業にとっては、彼女たちの役割について再検討を迫られるだろう。中高年女性側もまた、これまでと同じ仕事するだけではなく、戦力として職場に貢献できるように、リスキリングしたり、新しい業務に挑戦したりする努力が求められるだろう。これからは、日本の社会の中で、中高年女性のパフォーマンスもプレゼンスも、向上していくことを期待したい。
2年後の2026年には、男女雇用機会均等法の施行から40年、女性活躍推進法の施行から10年を迎える。女性であることでキャリアに遅れが生じないように、また、高齢になっても能力を発揮する機会が失われないように、誰もが、「働きがい」と「働きやすさ」を感じられる就労環境が整うことを願っている。「若い人や男性が優遇される」という犯罪者の主張も、いつか「荒唐無稽だ」と一蹴できる日が来てほしい。
1 日本経済新聞朝刊(2024年6月9日)。
2 日本経済新聞朝刊(2024年6月9日)、朝日新聞朝刊(2024年5月29日)。
3 公益財団法人21世紀職業財団(2019年)「女性正社員50代60代におけるキャリアと働き方に関する調査――男女比較の観点から――」。
4 総務省「令和4年賃金構造基本調査」。
5 国立社会保障・人口問題研究所「第15回出生動向基本調査」。
(2024年06月17日「研究員の眼」)

03-3512-1821
- 【職歴】
2002年 読売新聞大阪本社入社
2017年 ニッセイ基礎研究所入社
【委員活動】
2023年度~ 「次世代自動車産業研究会」幹事
2023年度 日本民間放送連盟賞近畿地区審査会審査員
坊 美生子のレポート
日付 | タイトル | 執筆者 | 媒体 |
---|---|---|---|
2025/03/31 | 男女別にみたミドル(40代後半~50代前半)の転職状況~厚生労働省「雇用動向調査」(2023年)より~ | 坊 美生子 | 基礎研レポート |
2025/03/17 | 男女別にみたシニア(50代後半~60代前半)の転職状況~厚生労働省「雇用動向調査」(2023年)より~ | 坊 美生子 | 基礎研レポート |
2025/03/06 | 「老後シングル」は他人事か?~配偶関係ではなく、ライフステージとして捉え直す~ | 坊 美生子 | 研究員の眼 |
2025/02/13 | 女性管理職転職市場の活発化~「働きやすさ」を求めて流動化し始めたハイキャリア女性たち~ | 坊 美生子 | 基礎研レポート |
新着記事
-
2025年05月01日
米GDP(25年1-3月期)-前期比年率▲0.3%と22年1-3月期以来のマイナス、市場予想も下回る -
2025年05月01日
ユーロ圏GDP(2025年1-3月期)-前期比0.4%に加速 -
2025年04月30日
2025年1-3月期の実質GDP~前期比▲0.2%(年率▲0.9%)を予測~ -
2025年04月30日
「スター・ウォーズ」ファン同士をつなぐ“SWAG”とは-今日もまたエンタメの話でも。(第5話) -
2025年04月30日
米中摩擦に対し、持久戦に備える中国-トランプ関税の打撃に耐えるため、多方面にわたり対策を強化
レポート紹介
-
研究領域
-
経済
-
金融・為替
-
資産運用・資産形成
-
年金
-
社会保障制度
-
保険
-
不動産
-
経営・ビジネス
-
暮らし
-
ジェロントロジー(高齢社会総合研究)
-
医療・介護・健康・ヘルスケア
-
政策提言
-
-
注目テーマ・キーワード
-
統計・指標・重要イベント
-
媒体
- アクセスランキング
お知らせ
-
2025年04月02日
News Release
-
2024年11月27日
News Release
-
2024年07月01日
News Release
【「戸籍偽造事件」から考えるシニア女性の就労環境の険しさ】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。
「戸籍偽造事件」から考えるシニア女性の就労環境の険しさのレポート Topへ