2024年06月14日

欧州経済見通し-消費主導の緩やかな回復へ

経済研究部 常務理事 伊藤 さゆり

経済研究部 主任研究員 高山 武士

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( 物価・賃金:賃金伸び率は高止まりでインフレ低下ペースは減速 )
インフレ率は、原材料価格下落や需要低迷を受け、趨勢としては低下している。ただし、足もとでは前年比2%をやや上回る伸び率で横ばい圏の動きとなり、物価上昇の勢い(3か月移動平均後の3か月前比)には強さも見られる(図表19)。
(図表19)ユーロ圏の消費者物価指数/(図表20)ユーロ圏の消費者物価上昇率
消費者物価(HICP)上昇率は24年5月で前年比2.6%(速報値)となり、22年10月(10.6%)をピークに低下、コアHICP上昇率もピークである23年3月の5.7%から24年5月には2.9%となった。2%台は総合指数で8か月連続、コア指数で3か月連続だが、5月の伸び率は4月の伸び率からいずれも上昇した。財インフレや飲食料インフレの鎮静化が進む一方で、エネルギーインフレは前年比マイナスからプラスに転じ、サービスインフレも4%台で粘着性の強いの動きとなっている(図表20)。
(図表21)ユーロ圏の基調的インフレ指標/(図表22)ユーロ圏の賃金上昇率・サービス物価上昇率
ECBが重視する基調的なインフレ指標は、低下しているもののが多いが、域内インフレについては4%台と高い伸び率であり、低下ペースもかなり緩やかになっている(図表21)2

また、将来のインフレ動向を見極める上で重要視される賃金上昇率が高止まりしている。ECBも年初に賃上げ率の更改が多いことから、24年初の賃金交渉結果を注目しており、その結果は、1-3月期の妥結賃金上昇率で前年比4.7%と23年10-12月期から上昇、依然としてコロナ禍後のピーク付近にとどまるという内容だった(図表22)。ECBはこの妥結賃金について、1-3月期はドイツの公的部門における一時金支払による一時的な押し上げ効果などの寄与もあり、全体で見れば労働協約による賃金上昇圧力は低下していると評価している3。また、先行的に動く求人賃金については減速傾向が続いている。ただし、総じて賃金上昇圧力が根強いことは事実で、サービスインフレの粘着性にも寄与していると見られる。
(図表23)ユーロ圏のGDPデフレータ上昇率の寄与(所得別) 賃金と合わせてGDPデフレータから得られる企業の価格転嫁の動向も注目される(図表23)。足もとでは人件費の上昇を企業利益の圧縮で吸収する動きが継続しており、賃金上昇率の強さにも関わらず、インフレ率が2%台まで低下しているのは、(賃金などの人件費よりも)原材料価格の影響を受けやすい飲食料・財インフレの落ち着きのほか、景気停滞を受けて人件費の増加を価格に転嫁する動きが弱まっていることが背景にあると考えられる。

なお、昨年末から中東情勢の緊迫化などを受けた供給制約とインフレ圧力の強まりが懸念されたが、現時点では成長率やインフレ率の影響は限定的にとどまっている。
 
2 図表21ではECBスタッフが中長期的なインフレを見る上で優れていると特定した3指標を色付けしている。なお、PCCIはインフレ率の持続・共通要素(Persistent and Common Component of Inflation)であり、12か国の目的別指数から特異かつ一時的な変動を取り除いたもの、域内インフレは、輸入集約度(import intensity)が18%以下の品目を集計したもの、スーパーコアはコアインフレ率から需給ギャップの変動に連動しやすい項目を集計したもの。
3 指標発表と同時に公式ウェブサイトのブログ記事でスタッフによる解説が公表された。Sarah Holton and Gerrit Koester, Tracking euro area wages in exceptional times, THE ECB BLOG, 23 May 2024(24年6月14日アクセス)
( 財政政策:財政健全化へ向けた動きが本格化 )
財政面では、新しい経済統治枠組み(Economic governance framework)が4月に発効し、今後は新しい財政ルールの下で加盟国の財政状況が監視される4。新しい財政ルールでもGDPで財政赤字3%、債務残高60%という基準は維持されており、基準抵触時の財政健全化取り組みは柔軟化されるが、24年の財政スタンス5はやや緊縮化が見込まれる6。また、25年以降も基準を逸脱した国に対する過剰赤字手続き(EDP:excessive deficit procedure)といった是正措置の発動や、是正措置回避のための財政支出の見直しが予想されるため、緊縮度合いはやや強まることが想定される7
 
4 例えばCouncil of the EU, Economic governance review: Council adopts reform of fiscal rules, 29 April 2024(24年6月14日アクセス)やEuropean Commission, Questions and Answers on the Economic Governance Review, 2 May 2024(24年6月14日アクセス)。
5 前期の基礎的構造的財政収支(primary structural balance、国債費を除く裁量的な財政政策による収支)と今期の同収支の差。前期と比較して今期の財政支出姿勢が緩和的(拡張的)であるか、緊縮的(制限的)であるかを示す指標。
6 例えば、European Commission, Spring 2024 Economic Forecast: A gradual expansion amid high geopolitical risks, 15 MAY 2024(24年6月14日アクセス)。
7 例えばフランスは、税収の下振れと成長率の悪化によって財政再建が遅れる懸念が高まったことを理由にS&Pの格付けが引き下げられた。S&P Global Research Update: France Long-Term Rating Lowered To 'AA-' From 'AA' On Deterioration Of Budgetary Position; Outlook Stable, 31-May-2024(24年6月14日アクセス)。
( 金融政策・金利:利下げに着手 )
ECBは、高インフレを受けて22年7月から23年9月まで10会合連続で累計4.5%ポイントの利上げを実施、24年4月まで5会合連続で金利を据え置いた後、インフレ圧力の緩和や2%目標達成への確度が高まったことを受け6月に0.25%ポイントの引き下げに踏み切った。

一方で保有資産残高の圧縮に向けた動きを着実に進めており、23年7月のAPP償還再投資の完全停止に続いて、24年7月以降にはPEPP(パンデミック緊急購入プログラム)の再投資を約半分に縮小(平均して月額75億ユーロずつ削減)する予定で、12月末には再投資を完全停止予定となっている(図表24)。
(図表24)ECBのバランスシート変化との家計・企業向け貸出/(図表25)欧州主要国の長期金利推移
6月の利下げは、「金融政策の引き締め度合いをやや緩和させることが適切」との判断のもと決定されたが、引き締め的な領域内での制限度合いの緩和であり、ECBは「政策金利を必要とされる期間にわたり十分に制限的に維持する」として、金融引き締めを続ける姿勢を強調している。

また、政策金利の経路を事前に確約することなく、従来通り(1)最新の経済・金融データに照らしたインフレ見通しの評価、(2)基調的なインフレ動向、(3)金融政策の伝達状況を評価し、データ依存で会合毎に判断・決定するアプローチを採るとしている。

賃金上昇率の高止まりなど、インフレの上振れ懸念も残っており、ECBはディスインフレ過程が想定通りに進むのか今後数か月かけて判断する意向を示していることから、早期の追加利下げが視野に入っている状況ではないと言える。引き続きデータを確認しつつ、あくまでも段階的に引き締め度合いを緩和させると見られる。

ユーロ圏の長期金利は、ECBが追加利下げを慎重に見極める姿勢を示していること、米国でも早期の利下げ観測が後退し米長期金利に上昇圧力が生じていることなどを受けて、年末以降の緩やかな上昇基調が継続している(図表25)。

(2024年06月14日「Weekly エコノミスト・レター」)

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