コラム
2024年06月14日

「孤独・孤立」対策としての外出のきっかけづくりと移動手段確保

生活研究部 准主任研究員・ジェロントロジー推進室兼任 坊 美生子

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国の孤独・孤立対策の骨格となる「重点計画」が今月、政府の「孤独・孤立対策推進本部」で決定された。孤独・孤立については、従来から問題となっていたが、コロナ禍の外出自粛などで深刻化し、また、今後も単身世帯の増加が見込まれることなどから、誰もが直面し得るとして、今年4月に「孤独・孤立対策推進法」が施行された。重点計画は、その中で、新たに策定するように定められていた。

今回発表された重点計画の中には、孤独・孤立の実態把握から、相談支援体制の整備、居場所の確保、活動に取り組むNPOの支援や官民連携による対策強化など、包括的な内容が盛り込まれた(表1)。しかし、高齢者の生活について研究している筆者の立場から見ると、「居場所の確保」という課題に、「そこへ通うための移動手段の確保」を付け加えてもらいたい。孤独・孤立の当事者には、若者から高齢者までいるが、後期高齢者にもなれば、マイカーを運転できないと移動が困難な人が増えるため、たとえ地域に「居場所」が用意され、本人に出かける意欲があっても、そこまで行けない、という問題が生じるからである。
表1 孤独・孤立対策に関する重点計画で定められた主な内容
人が孤独・孤立を抱える要因は、学校や家族関係、就労環境、育児、DV、病気、介護など、多様で、複合的だと考えられるが、性・年代やライフステージによって一定の特徴があるはずである。従って、対策についても、属性によって求められることが異なるはずであり、対象に合わせた支援が必要になるだろう。

高齢者に関して言えば、いったん孤独・孤立の状態に陥り、生活状況として、ほとんど外出しない「閉じこもり」になった場合、身体機能や認知機能の低下が加速することが懸念される1。既に孤独・孤立の状態にある当事者やその家族に対しては、まずは、専門家らがアプローチし、相談対応するなど、「人」の関わりが必要になると思うが、段階を経て、いずれ生活環境そのものを改善し、周囲の人たちとの緩やかな「つながり」を形成していくためには、多様な人と出会ったり、交流したりする「場」と、そこへ足を踏み入れるためのきっかけが必要になるだろう。そして忘れてはならないのが、そこへ行くための「移動手段」である。これは、将来的に発生し得る高齢者の孤独・孤立予防策にも必要であろう。

地域福祉のような、ソフトの課題について議論すると、ついハードの問題は忘れられがちだが、高齢者の生活支援を考える上では、実は「移動手段」というのは、最も切実な問題なのだ。
 
筆者が、道府県都と政令市の介護関連のデータを用いて、独自に、高齢者にとって、生活上でニーズが大きいものをランキングした2022年の調査では、「送迎、公共交通の充実」がダントツでトップだった2。都心を除いて、国内どの地域でも、完全なマイカー社会ができあがっており、公共交通も不足しているため、年を取ってマイカーの運転が難しくなってくると、途端に外出困難になるからだ。また東京23区を対象とした筆者のランキング調査でも、「送迎、公共交通の充実」は5位にランクインしており、公共交通が充実した都市部であっても、坂道や長い距離を歩くことが難しい高齢者にとっては、必ずしも公共交通が利用しやすいとは言えず、「移動手段」が重要な課題になっていることが分かった3
 
前述したように、高齢者にとっては、外出が減ると、身体機能や認知機能が低下するリスクが上昇すると言われている。そして、いったん身体機能が低下すると、ますます外出するのが億劫になり、さらなる身体機能・認知機能の低下を招くという負のスパイラルに陥り、孤独・孤立のリスクも上昇する。従って、孤独・孤立対策と、移動手段確保というのは、合わせて考えていかなければならない問題だと言える。
 
それでは具体的にどうすれば良いのかというと、例えば、高齢者が外出する機会と、移動手段を同時に提供し、外出を促すという方法がある。これは、交通と福祉という、異なる二つに領域にまたがるサービスと言えるが、近年は、ニーズの高まりから、交通業界の中にも、福祉業界の中にも、そのような取り組みを実施しているところがある。

交通・自動車業界の中で取り組んでいる事例を挙げると、自動車部品メーカーのアイシン(本社・愛知県刈谷市)が全国で運営している乗合タクシー「チョイソコ」がある。乗合タクシーとは、利用者が、用事がある時に予約し、目的地まで乗合で送迎してもらうというサービスだが、チョイソコの場合は、「自然体で高齢者から予約が入るのを待つだけでは、利用が増えない」と考えて、外出機会そのものを作り出すことに注力している。地元企業などと連携して、お祭りやウォーキング、体操、フルーツ狩り、学習講座など、多彩なイベントを企画・広報し、地域の高齢者にお出かけしてもらうこと、その手段としてチョイソコを利用することを促している。

福祉業界の中で取り組んでいる事例を挙げると、群馬県渋川市の渋川市社会福祉協議会が運営している相乗りタクシーによる買い物支援サービス「あいのり」がある。社協が、決まった曜日の決まった時間帯にタクシーを手配しておき、買い物の手段に困っている複数の高齢者を相乗りさせて、近くのスーパーまで送迎してもらう取組である。社協によると、利用者は食料を調達するというだけではなく、タクシーの車内や、迎えを待つ待機場所で交流するようになり、生き生きと生活するようになっているという。また、以前よりも歩行しやすくなるなど、介護予防の効果も見られるという。

いずれも、外出のきっかけと移動手段を同時に提供することで、高齢者に対して、実際に家から出てきてもらうように促す取り組みである。元来の目的は、「高齢者の外出促進」や「買い物支援」だが、孤独・孤立対策としても、参考になるのではないだろうか。
 
近年は、国の公共交通政策でも、公共交通活性化という文脈から、高齢者に「お出かけ機会」を創出する重要性が指摘されている。公共交通を整備することは重要だが、利用する高齢者側に立てば、たとえ交通手段があったとしても、用事がなければ、公共交通には乗らない。公共交通活性化のためにも、「移動手段」と「お出かけの機会」はセットの課題だと認識され始めているが、孤独・孤立対策も同じだろう。当事者や家族向けに「居場所」を用意するだけではなく、「食事」や「買い物」など、実際に家から出てきてもらう外出の「きっかけ」と、乗合タクシーのような「移動手段」を提供することが必要なのである。

孤独・孤立の当事者にもその両方が提供され、自然に家から出る機会が増えれば、行った先や道中で、誰かと関わり、つながり、緩やかなネットワークができていく。交通と福祉が交差する領域で行われている取組を参考にして、実効的な孤独・孤立対策が各地域で進むことを願っている。

(2024年06月14日「研究員の眼」)

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生活研究部   准主任研究員・ジェロントロジー推進室兼任

坊 美生子 (ぼう みおこ)

研究・専門分野
中高年女性のライフデザイン、高齢者の交通サービス、ジェロントロジー

経歴
  • 【職歴】
     2002年 読売新聞大阪本社入社
     2017年 ニッセイ基礎研究所入社

    【委員活動】
     2023年度~ 「次世代自動車産業研究会」幹事
     2023年度  日本民間放送連盟賞近畿地区審査会審査員

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