2024年06月07日

半導体、分断の先を見据えて-アメとムチの経済安保と企業戦略

基礎研REPORT(冊子版)6月号[vol.327]

総合政策研究部 准主任研究員 鈴木 智也

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1―国益が衝突する半導体

世界で半導体の技術・製品・工場を囲い込む競争が始まっている。半導体は、現代的な経済社会を支える「産業のコメ」から国家の安全保障を左右する「戦略物資」に格上げされた。いまや半導体は、国際協調の要であり、世界を分ける遠心分離装置でもある。
(1)米中間の規制と対抗措置
半導体を巡る競争の第一幕は、貿易相手国の開発・製造能力を削ぐ、規制措置の応酬で始まった[図表1]。
[図表1]対中半導体制裁を巡る主な動き
17年1月に第45代米国大統領に就任したトランプ氏は、中国を「戦略的な競争相手」と位置づけ、米国の先端技術分野における優位性を確保するため、安全保障面から輸出管理を強化して来た。18年の「輸出管理改革法」「外国投資リスク審査現代化法」の成立後には、多くの中国企業がエンティティ・リストに追加され、米国技術を使った先端半導体の開発・製造を難しくしている。

このような中国への姿勢は、バイデン政権になっても変わっていない。バイデン政権が、22年に施行した対中半導体輸出規制は、規制範囲や措置内容が幅広いだけでなく、半導体製造装置に強みを持つ他国にも協力を要請するなど、これまでにない厳しい措置であった。さらに、その内容は1年後の23年に改正され、第三国を経由した迂回ルートを塞ぎ、規制基準にギリギリ抵触しない水準に調整された製品の輸出を禁じるなど、規制の網を更に細かくする措置を講じている。

このような米国の動きに対し、中国も対抗措置を講じている。バイデン政権が対中半導体輸出規制を発動した際には、米国をWTOに提訴し、米国の行為が国際貿易秩序に反しているとの主張を展開している。さらに、日本やオランダなどが米国に追随し、輸出管理を強化した際には、半導体の原材料に輸出規制を発動している。また最近では、EV用リチウムイオン電池材料に輸出規制を発動するなど、半導体を巡る対立が、他の分野にも広がる兆候を示しつつある。
(2)産業政策による供給網再構築
半導体競争の第2幕は、自国の開発製造能力を強化する産業振興の争いである。

米国では、半導体の国内生産基盤を増強する政策が動いている。とりわけ、米国が重視していると思われるのが、台湾TSMCや韓国サムスン電子などのファウンドリの誘致である。すでに米国には、設計を支援し、製造装置を作る優れた企業があり、前工程を手掛けるファウンドリを誘致することで、サプライチェーンの後工程の企業や、素材メーカー、機器メンテナンス企業を、アジアから呼び込もうと動いている。

欧州も注力するのは、域内の半導体製造能力の強化である。欧州では、加盟国間の公平な競争環境を保つため、産業補助金に厳しい条件を課してきたが、製造拠点の域内誘致につなげるため、半導体産業についてはこれを一定程度緩和する。また、多国間の連携も重視し、先端技術分野の研究開発では、人材育成の段階から日米などと協力を深めていく。

日本は、強みとなる半導体製造装置や部素材、イメージセンサーなどの分野を結節点に、欧米等との連携を深め、先端ロジック半導体の技術開発や、レガシー半導体の供給能力の増強を図ろうとしている。とりわけ、次世代半導体の国産化を担う、ラピダスへの支援は注目される。ラピダスは、半導体の性能向上が「前工程」の微細化から「後工程」の技術革新に変わるタイミングで参入し、需要側企業から直接ニーズを吸い上げ、一気通貫でオーダーメードの半導体を製造する独自のビジネスモデルを打ち出している。

他方、中国は大規模な資金を投じて、自前技術をもって国内に完結する半導体エコシステムを形成しようとしている。中国の半導体戦略は、米国の措置で先端技術へのアクセスが制限されたため、自前調達に主眼を置かざるを得なくなっている。そのため、需給見通しなどの情報を共有しながら国際連携を深める諸外国とは、一線を画す動きとなっている。

2―分断が及ぼす日本への影響

各国の半導体戦略が、同時期に動き出したことで、企業の経営戦略は複雑さを増している。

例えば、日本の半導体製造装置の対中輸出額は、米国が規制を強める中でも、右肩上がりに推移して来た。しかし、この状況は、日本が米国等と連携を深める姿と矛盾したものになっており、企業の利益が国益に必ずしも一致しないことを映し出している。

ただ、半導体のサプライチェーンを分断する動きは加速している。例えば、米国のCHIPSプラス法は、米国から資金支援を受けた企業に対し10年間、懸念国での投資を禁じている。これにより企業は、既存施設での生産は継続できるものの、新規の設備導入で供給拡大を図ることは難しくなる。その結果、企業は技術的な優位性を次第に失い、市場シェアを落としていくことは避けられそうにない。時間が経過するほど、サプライチェーンの分断が進む巧妙な仕掛けとなっている。

米国が主導する世界の分断は、とりわけ日本に大きな影響を及ぼす可能性が高い。OECDの国際産業連関表をもとに、中国の最終需要に対する国別・産業別の生産額依存度(生産誘発依存度)を求めると、2020年時点の依存度は、コンピュータや電子製品などを含む「コンピュータ、電子製品、光学製品製造業」、集積回路など半導体等電子部品を含む「電気機器製造業」、半導体製造装置や工作機械などを含む「機械器具製造業」のいずれも日本が最も高くなっている[図表2]。

米国による対中政策は、急速に先鋭化しつつあり、日本に同様の措置を求める圧力も増している。米中のデカップリングという最悪を想定した場合、日本企業に深刻な影響が及ぶことは、ほぼ間違いない。企業には、悪化する国際情勢の変化に対し備えることが、これまで以上に求められている。
[図表2]中国の最終需要への依存度(国・地域別)

3―地政学リスクと企業経営

各国は国益に沿わない技術流出を、これ以上容認しない姿勢を明確にしている。企業としては、米中双方の市場で利潤を追求したいとの思いが強いだろうが、その実現はより困難さを増していくだろう。

現在の情勢を俯瞰して見れば、対中強硬姿勢に傾く米国と、それと緩やかに連携する日本と欧州という構図であり、各国企業が国の経済安全保障戦略を、完全に無視して動けないことを踏まえれば、世界の分断が一層進む方向にあると考えることは想像に難くない。

仮に、そのような分断が、今後進んでいくことを前提とすれば、企業は早急に対策を講じることが必要になる。

企業にとってサプライチェーンの再構築は「言うは易く行うは難し」であるが、外部環境の変化は待ったなしに進んでいる。各国の補助金を梃子にした政策は、企業のコストを下げるアメであると同時に、見方を変えれば、企業が中国に持つ製造能力を放棄する見返りであり、回収できない投資損失を穴埋めする前払いの補償である、と捉えることもできる。企業が将来起こり得る損失の最小化を図る場合、いまある産業補助金の活用は有用な選択肢となり得るだろう。

4―日本復活に吹く追い風

欧米を中心に進むサプライチェーンの再構築は、電機産業の生産基盤をフルラインナップで有し、モノづくりを得意とする日本にとって、決して悪い話ではない。既にある半導体製造装置や部素材などの強みを活かしながら、先端半導体の分野でも勢いを取り戻すことができれば、世界のサプライチェーンの中核を担うこともできるだろう。

ただ、その実現には、成長ドライバーである企業が、積極的にリスク・テイクしていくことが欠かせない。企業は、それぞれの見通しをもとに事業戦略を立案し、最適解を導き出していく。国には、そのような企業を支援するため、国際協調の枠組み等も使いながら、予見性の高いビジネス環境を作っていくことを期待したい。

各国の半導体戦略は、2030年頃までに自国・地域内でサプライチェーンを完結するという目標に向かって動き始めている。覇権争いの中核にある半導体産業が、今後どのような発展を遂げるのか。経済産業面への影響だけでなく、地政学の面からも大注目である。

(2024年06月07日「基礎研マンスリー」)

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総合政策研究部   准主任研究員

鈴木 智也 (すずき ともや)

研究・専門分野
経済産業政策、金融

経歴
  • 【職歴】
     2011年 日本生命保険相互会社入社
     2017年 日本経済研究センター派遣
     2018年 ニッセイ基礎研究所へ
     2021年より現職
    【加入団体等】
     ・日本証券アナリスト協会検定会員

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