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山林火災が健康に与える影響-北極圏でも山林火災のリスクが高まっている
保険研究部 主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員 篠原 拓也
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煙霧の身体への影響というと、呼吸器系統を考えがちだが、影響はそれだけにとどまらないとされている。例えば、PM2.5が血流に入り込んで、循環器系統によって全身に運搬されることで、さまざまな疾患につながる恐れがあるとみられている。
英国の38-73歳の成人49万人あまりを対象に微粒子状物質への長期曝露と死亡との関連を調査した、研究を見てみよう。この研究によると、山林火災に関連するPM2.5への曝露が1立方メートルあたり10マイクログラム増加すると、総死亡と非偶発的死亡のリスクが高くなり、腫瘍による死亡のリスクが高くなる、とのことであった。なお同研究では、心血管疾患、呼吸器疾患、精神疾患による死亡との有意な関連は認められなかった、としている。5
山林火災に伴う煙霧が健康に影響を及ぼす経路の解明は、まだこれから、というものが多いものと思われる。
5 “Association between long-term exposure to wildfire-related PM2.5 and mortality: A longitudinal analysis of the UK Biobank” Yuan Gao et al. (Journal of Hazardous Materials, 2023)
気候変動の影響の多くは、山林火災を増加させ、その結果、煙霧への曝露を増加させる。
2023年1月の世界経済フォーラムで公表された気候変動関連のペーパーによると、極地方での気温上昇に伴い、北極圏での山林火災のリスクが上昇しているという。泥炭地では、冬季に氷の下で“ゾンビ火災”がくすぶっていて、春になると地表の植生に再点火して火災を引き起こすことがあるとされる。これは、いわば「火災の越冬」であり、北極圏での火災防止を困難にしている。6
気候変動による変化は極地方で顕著であり、今後は、カナダ北部やロシアにおいて山林火災が増加する可能性がある。
6 ロイターの報告によると、シベリアでは2021年に16.8万平方キロメートルの針葉樹林が燃えた。(“Why Arctic wildfires are releasing more carbon than ever” Gloria Dickie (Insight, Reuter, 2022.9.8)より) また、コペルニクス気候変動サービスの報告によると、2021年に北極の山林火災により1600万トンの二酸化炭素が発生したとされる。(“Wildfires”(ESOTC 2021| Arctic, Copernicus Climate Change Service)より)
山林火災による被害は、全ての人に平等に降りかかる訳ではない。貧困状態や健康に不安を抱える人ほど、大きな被害を受けやすい。
健康な人は、山林火災による大気汚染に対して一時的な体調不良を訴えるだけで回復することがある。一方、既往症のある人は、症状が悪化して入院等による長期の診療を必要とする場合がある。
また、貧困状態のため、窓やドアがガタついている低品質の住宅で暮らす場合、外気が室内に入り込みやすい。空気清浄機を購入したり使用したりすることも難しく、煙霧の曝露が増すこととなる。
さらに、山林火災は暑熱期と重なることが多い。エアコンが使用できないと暑さを和らげるために窓を開けることになり、それによっても煙霧への曝露が起こる。
職種によっても煙霧の影響は異なるものとみられる。例えば、農業や建設業など、主に戸外で行う労働では、長時間、煙霧に曝露する可能性がある。
メンタルヘルスの面でも影響が異なってくる。被災時に社会的孤立が高まることで、メンタルヘルスが悪化してしまう可能性もある。その他にも、農村部と都市部の違い、子どもの健康と高齢者のつながりを支えるコミュニティ構造の崩壊など、さまざまな視点から影響を見ていく必要がある。
4――おわりに (私見)
シベリア地域での山林火災により、日本でもPM2.5などによる大気汚染が増える可能性がある。生命や健康への影響を踏まえて、保険の対応について検討することが必要となろう。引き続き、世界の山林火災の動向についてウォッチしていくこととしたい。
(参考文献)
「令和4年(1~12月)における火災の状況(確定値)について」(総務省消防庁, 令和5年11月29日)
「令和5年(1~12月)における火災の概要(概数)について」(総務省消防庁, 令和6年5月23日)
“Wildland Fire Summary and Statistics Annual Report 2023”(NICC)
“Air Quality Index (AQI) Basics”(EPA)
“Association between long-term exposure to wildfire-related PM2.5 and mortality: A longitudinal analysis of the UK Biobank” Yuan Gao et al. (Journal of Hazardous Materials, 2023)
“Why Arctic wildfires are releasing more carbon than ever” Gloria Dickie (Insight, Reuter, 2022.9.8)
“Wildfires”(ESOTC 2021| Arctic, Copernicus Climate Change Service)
(2024年06月04日「保険・年金フォーカス」)
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保険研究部 主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員
篠原 拓也 (しのはら たくや)
研究・専門分野
保険商品・計理、共済計理人・コンサルティング業務
03-3512-1823
- 【職歴】
1992年 日本生命保険相互会社入社
2014年 ニッセイ基礎研究所へ
【加入団体等】
・日本アクチュアリー会 正会員
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