2024年05月27日

スマートフォン競争促進法案-日本版Digital Markets Act

保険研究部 取締役 研究理事 兼 ヘルスケアリサーチセンター長 松澤 登

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1――はじめに

第213回通常国会に「スマートフォンにおいて利用される特定ソフトウェアに係る競争の促進に関する法律案」(以下、本法案。なお、条文を引用するときは〇条とのみ記載する)が提出された。本法案は、直接的に事業者名をあげて説明すると、iPhoneを販売するAppleやAndroid端末を提供するGoogleに対して、市場からの十分な競争圧力が存在しないことを理由として、AppleのiOS等の基本オペレーティングシステム(OS、なお本法案では基本動作ソフトウェアと呼称している。後述)等を利用して、アプリ事業者に不当な条件を付するなどして、独占禁止法上の懸念が生ずることを防止するためのものである。

本法案は、日本版Digital Markets Act(DMA)1とでもいうべきもので、デジタルプラットフォームの運営者(DMAではGate Keeperという)に一定の禁止事項と積極的な一定の措置対応を求めるものである2

なお、本法案の立案にあたっては、2023年2月公正取引委員会(以下、公取委)「モバイルOS等における実態調査報告書」(以下、実態調査)および2023年6月デジタル市場競争会議「モバイル・エコシステムに関する競争評価 最終報告」(以下、競争評価)がベースとなっている。

解説にあたっては、本法案が参考にした欧州のDigital Market Act(以下、DMA)との比較を中心に解説していきたい。なお、本稿で引用する本法案の条文、およびDMAの条文はわかりやすさを優先して、一部省略、あるいは簡単な用語に置き換えることをしているので、条文を正確に記載したものではないことをお断りしておく。
 
1 DMAについては、基礎研レポート「EUのデジタル市場法の公布・施行-Contestabilityの確保」https://www.nli-research.co.jp/report/detail/id=72386?site=nli 参照。
2 なお、本法案は2024年5月23日に衆議院を通過した。

2――法案の概要

2――法案の概要

1|背景・趣旨
本法案の趣旨は1条に記載されている。1条について公取委資料の「スマートフォンにおいて利用される特定ソフトウェアに係る競争の促進に関する法律案の概要」3を参考にしながら解説すると、まず本法案はスマートフォンが「国民生活及び経済活動の基盤としての役割」を果たしていることを前提とする。そして、スマートフォン利用に必須のサービスを提供するOS(iPhoneではAppleのiOS、Android端末ではGoogleのAndroid)やブラウザ(Firefox、Chrome)、検索エンジン(Google)といった特定ソフトウエア(後述)の提供等を行う事業者が、それら市場において寡占状態にあり自由な競争が行われていないとの認識の下で、これら事業者が「自ら提供する商品または役務を競争上優位にすること」およびこれらの事業者の特定ソフトウェアを利用する「事業者の事業活動に不利益を及ぼすことの禁止」について定める。その結果として「特定ソフトウェアにかかる公正かつ自由な競争の促進を図」ることを目指すとする(「」内は1条の条文)。

(解説)ここで「公正かつ自由な競争の促進を図る」という文節は、独占禁止法1条にも存在するので、本法案は市場における競争にかかわる法律であることが確認できる。ただし、下記2|の通り、禁止事項が「事前規制」であるところが、原則として「事後規制」である独占禁止法と異なる。この点、DMAでもcontestabilityという法益、和訳すると「競争可能性」を確保すること、すなわち競争が制限されることを事前に抑止することを目的とする規制であることと共通している。
2法案の骨子
公取委の前述資料によると本法案の骨子は以下の通りである。

(1)規制対象事業者の指定 公正取引委員会は、特定ソフトウェアを提供する事業者のうち、特定ソフトウェアの種類ごとに政令で定める一定規模以上の事業を行う者を規制対象事業者として指定する(指定を受けた事業者を「指定事業者」という。)。

(2)禁止事項及び遵守事項の整備(事前規制) 特定ソフトウェアを巡る競争上の課題に対応するため、指定事業者に対して、一定の行為の禁止(禁止事項)や、一定の措置を講ずる義務付け(遵守事項)を定める。

(3)規制の実効性確保のための措置 指定事業者による規制の遵守状況に関する報告、関係事業者による情報提供、関係行政機関との連携、公正取引委員会の調査権限や違反を是正するための命令、課徴金納付命令等の規定を整備する。

(4)施行期日 原則として公布の日から起算して1年6月を超えない範囲内において政令で定める日とする。

(解説)本法案は規制対象となる事業者を規模によって指定し、指定事業者に対して禁止行為と積極的措置義務を課すこととしている。この構成はDMAと同様である。

3――定義と特定ソフトウェア事業者の指定

3――定義と特定ソフトウェア事業者の指定

1|定義
(1) スマートフォンの定義 スマートフォンの定義は 1) 常時携帯して利用できる大きさの端末であること、2) 端末にソフトウェアを追加的に組み込み、ソフトウェアを端末で利用できること、3) 端末で電話及びインターネットの利用ができることである(2条1項)。

(2) 特定ソフトウェア これには、以下のものが含まれる(2条7項)。1) 基本動作ソフトウェア:これは上述の通り、OSを指す。端末をスマートフォンとして動作させるソフトウェアを指す(同条2項)。2) アプリストア:追加的に個別ソフトウェアを組み込む用途に供される個別ソフトウェアをいう(同条4項)。3) ブラウザ:インターネットを閲覧する用途に供される個別ソフトウェアをいう(同条5項)。4) 検索エンジン:入力された検索情報に対応して、情報に対応するウェブページのドメイン名等を出力するソフトウェアをいう(同条6項)。

(3) 個別ソフトウェア 個別ソフトウェアとはスマートフォンに組み込まれ、電子メールの送受信、地図の表示その他のスマートフォンの利用者の個別の用途に供されるものをいう(同条3項)。個別ソフトウェアとはいわゆるアプリと呼ばれるものであるが、上記(2)で個別ソフトウェアと記載のあるもの(=2) アプリストア、3) ブラウザ)を含み、1) 基本動作ソフトウェアと4) 検索エンジンは含まれない。個別ソフトウェアを提供する事業者を個別アプリ事業者という(同条9項)。

特定ソフトウェアと個別ソフトウェアの関係は図表1の通りである。
【図表1】特定ソフトウェアと個別ソフトウェア
(解説)本法案では法案名に明確にスマートフォンの用語を使用している。また、2条1項の定義うち、常時携行することができ、電話もできるとする1) 3) からするとラップトップ端末はやパッド型の端末は、スマートフォンの定義から原則として除外されることになりそうである。

本法案の建付けとしては、上述の通り、特定ソフトウェアを提供する事業者を指定して、一定の禁止事項を課し、また一定の措置を求める。そして規制対象となるのは、特定ソフトウェア、すなわち、基本動作ソフトウェア、検索エンジン、ブラウザ、アプリストアに限定される。これはDMAより適用範囲が狭い。たとえば、Amazonの物販サイトはDMAでは指定対象だが、本法案では指定対象とならない。そのほか、DMAでは適用対象となるFacebookなどのソーシャルネットワークサービス(SNS)やYouTubeなどの映像共有プラットフォームなども本法案では対象外である。
2特定ソフトウェア事業者の指定
公取委は、特定ソフトウェア事業者のうち、他の事業者の事業活動を排除・支配できるものとして、特定ソフトウェアの種類ごとに利用者数等の指標によって政令で定める規模以上のものを指定する(3条1項)。政令で定められた規模以上の特定ソフトウェアは公取委に届出をする必要があり、届け出を受けて公取委に指定された事業者を指定事業者と呼ぶ(同条2項)。

指定事業者は特定ソフトウェアの提供を行わなくなった場合、あるいは利用者等の規模が政令を下回り、再び政令指定規模以上にならないことが明らかなときは指定が取り消される(4条1項、2項)。

(解説)本法案では事業者を特定ソフトウェアの種類ごとに指定することとされている。DMAでも事業者(DMAではGate Keeper、GKという)は、特定ソフトウェア(DMAではCore Platform Services、CPSという)が閾値を超える大きなプラットフォームを有しているときにGKとして指定される。

なお、本法案では、たとえばAppleについては基本動作ソフトウェア(iOS)とアプリストア(App Store)の二つの特定ソフトウェアが指定される可能性が高い。そうすると、この二つの特定ソフトウェアの種類に基づいて、Appleがそれぞれ指定されることになると考えられる。

4――指定事業者の禁止行為

4――指定事業者の禁止行為

1|取得したデータの不当な使用の禁止
以下の行為について各指定事業者に対して禁止される(5条)。

(1) 基本動作ソフトウェア 他の個別アプリ事業者が基本動作ソフトウェアを利用することに伴い取得した利用状況に関するデータ、作動状況に係るデータその他の規則で定めるデータを基本動作ソフトウェアの提供者自身が使用し、またはその子会社等に使用させること(1項)。

(2) アプリストア 他の個別アプリ事業者がアプリストアを利用することに伴い、取得した個別ソフトウェア売り上げに係るデータ、個別ソフトウェアの仕様に係るデータその他の規則で定めるデータをアプリストアの提供者自身が使用し、またはその子会社等に使用させること(2項)。

(3) ブラウザ 他のウェブサイト事業者がブラウザによる表示に伴い取得した閲覧履歴に係るデータ、ウェブページの作動状況に係るデータその他の規則で定めるデータを、当該ウェブサイトと競争関係にある商品・役務のためにブラウザの提供者自身が使用し、またはその子会社等に使用させること(3項)。

(解説)DMAでは以下の通りの定めがある。
 

GK は 1) CPS での第三者事業者のサービスを利用したエンドユーザーの個人情報を、オンライン広告サービスの目的で使用してはならない(5 条2項(a))。また、GKは 2) CPSから得られた個人情報を、他のGKのCPSあるいは第三者のサービスから得られた個人情報と統合してはならない(同項(b))。そしてGKは 3) CPSから得られた個人情報をGKの提供する他のサービスで使用してはならない(同項 (c))。また、GKはCPS利用により生成された情報をビジネスユーザーとの競争のために使用してはならない(DMA6条1項)

DMAと本法案との差異は、DMAは個人データ使用目的を限定して使用を禁止しているところである。本法案は指定事業者によるデータの使用全般を禁止している(ただし、データの種類が限定されている)。さらにDMAではGKの使用する目的を個別に指定して使用を禁止している。これは主には、特定ソフトウェア事業者が、自社が競争上有利になるようなデータ使用は競争上の観点から問題となる一方で、特定ソフトウェア事業者が自社サービスの改善のために使用すること等を認める必要があるからである。5条3項はそのままこの趣旨を読み取ることができるが、同条1項と2項はどうであろうか。使用できないデータを規則で定めるので、ここで競争上有利になるような情報のみが指定されるということであろうか。この点、結論は留保したい。
2個別アプリ事業者に対する不公正な取扱いの禁止
基本動作ソフトウェアおよびアプリストアに係る指定を受けた指定事業者が、個別ソフトウェアの仕様等の表示の方法に係る条件その他の利用条件に基づく取引の実施について、不当に差別的な取り扱いその他の不公正な取り扱いをすることが禁止される(6条)。

(解説)DMAに該当する規定は存在しない。本条は条文だけでは理解できないので、具体的事例をあげる。Appleの案件であるが、各iOS端末に広告識別子(Identifier for Advertisers、IDFA)というものが割り当てられる。これを追跡することで閲覧者の閲覧履歴がわかり、より洗練された広告表示ができるというものだが、IDFAを利用して追跡するにあたっては、利用者の同意を取ることとされている。この同意を取るにあたっては「あなたのアクティビティを追跡することを許可しますか」という表示がなされる。他方で、IDFAを利用しないで追跡する、Appleをはじめとする事業者は「製品・サービスを見つけるのに役立ちます。・・・あなたのプライバシーを保護します」との表示がなされる4。同様にアクティビティを追跡するのにもかかわらず、IDFAを利用する一般のアプリ開発者のほうにだけ、利用者にとってマイナスに読み取れる警告表示を行うことを求めている。このようなことを禁止するのが本条である。
 
4 競争評価p57参照。なお、IDFAを利用しない追跡の仕方については具体的記載がない。

(2024年05月27日「基礎研レポート」)

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保険研究部   取締役 研究理事 兼 ヘルスケアリサーチセンター長

松澤 登 (まつざわ のぼる)

研究・専門分野
保険業法・保険法|企業法務

経歴
  • 【職歴】
     1985年 日本生命保険相互会社入社
     2014年 ニッセイ基礎研究所 内部監査室長兼システム部長
     2015年4月 生活研究部部長兼システム部長
     2018年4月 取締役保険研究部研究理事
     2021年4月 常務取締役保険研究部研究理事
     2025年4月より現職

    【加入団体等】
     東京大学法学部(学士)、ハーバードロースクール(LLM:修士)
     東京大学経済学部非常勤講師(2022年度・2023年度)
     大阪経済大学非常勤講師(2018年度~2022年度)
     金融審議会専門委員(2004年7月~2008年7月)
     日本保険学会理事、生命保険経営学会常務理事 等

    【著書】
     『はじめて学ぶ少額短期保険』
      出版社:保険毎日新聞社
      発行年月:2024年02月

     『Q&Aで読み解く保険業法』
      出版社:保険毎日新聞社
      発行年月:2022年07月

     『はじめて学ぶ生命保険』
      出版社:保険毎日新聞社
      発行年月:2021年05月

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