2024年05月09日

インド経済の見通し-当面は総選挙を控え投資が鈍化、景気減速へ

基礎研REPORT(冊子版)5月号[vol.326]

経済研究部 准主任研究員 斉藤 誠

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1―3四半期連続の+8%成長

インド経済は世界的な景気減速やインド準備銀行(RBI)の金融引き締めにも関わらず、高成長が続いている。実質GDP成長率は22年10-12月期に前年同期比+4.5%まで低下したが、その後は23年10-12月期に同+8.4%まで加速、+3四半期連続の8%成長となった[図表1]。もっとも供給側の指標である実質GVA成長率が同+6.5%と低かったことを踏まえると、実質GDPは実体経済より高く出ている可能性がある。GDPとGVAの違いは主に純間接税(間接税-補助金)であり、10-12月期は補助金の支払いが減少したため乖離が生まれたようだ。
[図表1]インドの実質GDP成長率
10-12月期の高成長は投資の好調による影響が大きい。総固定資本形成は同+10.6%(前期:同+11.6%)と二桁成長が続いた。23年度国家予算では資本的支出が前年度比+28.4%の9.5兆ルピー(約17兆円、1ルピー1.82円として換算)となり大幅な支出が続いている[図表2]。公共投資は民間の経済活動に波及しているほか、中国からのデリスキングを目的とするサプライチェーン再編を進める企業の動きも投資の追い風になっている。
[図表2]連邦政府の資本的支出
GDPの約7割を占める民間消費は前年同期比+3.5%(前期:同+2.4%)と、緩慢な成長にとどまった。都市部の雇用環境は改善傾向にあるが[図表3]、農村部の消費需要が弱く、また10-12月期の消費者物価上昇率が同+5.4%と高止まりして家計の実質所得が目減りしたことなどが影響したとみられる[図表4]。
[図表3]都市部の失業率と労働参加率
[図表4]インフレ率と政策金利、通貨
純輸出は財・サービス輸出が同+3.4%と増加傾向が続いた。通関ベースの貿易統計をみると、財輸出は海外経済の減速により伸び悩んでいるが、10-12月期の外国人観光客数は280万人(同+14.0%)と大幅な増加が続いており、サービス輸出は好調とみられる。一方、財・サービス輸入は同+8.3%(前期:同+11.9%)と増勢が鈍化した。結果として、純輸出の成長率寄与度は▲1.2%ポイント(前期:▲1.8%ポイント)とマイナス幅が縮小した。

2―食品価格安定でインフレ低下へ

インフレ率(消費者物価上昇率)の先行きは、消費の減速や緊縮的な金融引き締め策によりディスインフレ圧力が働きそうだ。足元では野菜価格の高騰が続いているが、乾期作の播種は昨年の水準を上回っており、また今年の南西モンスーンは平年を上回る降水量が予測されている。今後農産物の供給量が増えるなかで食品価格は落ち着くだろう。従って、今後インフレ率は4%まで低下するとみているが、ベース効果の剥落により下げ止まり、その後は消費マインドの改善を受けて再び上向くと予想する。米国が利下げに踏み切る2024年はドル安傾向が強まり、通貨ルピーの下落圧力が弱まることも物価の安定に繋がるだろう。結果として、インフレ率は食品価格が高騰した23年度の+5.4%から24年度が+4.6%まで低下すると予想する。

3―今年後半から金融緩和に舵

金融政策の先行きは、RBIが24年後半から政策金利(レポレート)を引き下げると予想する。24年前半は堅調な経済と物価目標の中央値を上回るインフレが続くなか、緊縮的な金融政策が維持されるだろう。当研究所では今年9月に米国が利下げサイクルに転換すると予測している。今後の米国の利下げによって資金流出圧力が和らぐと、通貨ルピーが安定してインフレ圧力が低下するため、RBIは米国に追随する形で2024年度末にかけて3回の利下げに踏み切ると予想する。

4―24年度も財政健全化路線を維持

インド政府が今年2月に発表した24年度暫定予算案(会計年度は4月開始)によると、歳出は前年度比+6.1%の47兆6,577億ルピー( 約87兆円)となり、23年度の同+7.1%と比べて抑制気味だった。歳出の内訳をみると、収益的支出が同+3.2%の36兆5,466億ルピー( 約66兆円)と緩やかな増加にとどまったが、資本的支出が同+16.9%の11兆1,111億ルピー(約20兆円)と大幅に増額された。資本的支出は毎年二桁増が続いており、5年間で約3倍に膨れ上がっている。

一方、歳入は純税収が同+11.9%の26兆157億ルピー(約47兆円)だった。法人税、所得税、物品サービス税はそれぞれ二桁増の見通しであり、経済成長に伴う税収の堅調な拡大が予測されている。

24年度の財政赤字(GDP比)は5.1%となり、前年度の同5.8%から低下した。インド政府は税収の堅調な増加が続く一方、歳出の伸びを抑制することで、コロナ禍の財政出動により悪化した財政収支の改善に向けて、健全化の取組み路線を継続する計画だ。

主要分野の歳出(内訳)をみると、農村開発が前年度比+11.2%の2.7兆ルピー( 約4.8兆円)、IT・通信が同+20.9%の1.2兆ルピー( 約2.1兆円)となり、大幅な積み増しとなった[図表5]。ここ数年でインフラ開発が加速している交通は同+3.6%の5.4兆ルピー(約9.9兆円)だった。伸び率こそ小幅だが、引き続き重点分野と言える規模感だった。

一方、食料、肥料、燃料などの補助金の支出額は同▲7.8%の3.8兆ルピー(約6.9兆円)であり、昨年に続き減額された。バラマキ色の強い補助金の予算を減らすことにより、インフラや農村開発など主要分野に財源を振り分ける形となった。
[図表5]主要分野の歳出額

5―総選挙前に投資鈍化、景気減速へ

先行きのインド経済は次回総選挙を控えて投資が鈍化、景気の減速傾向が続くだろう。もっとも23年度は第3四半期まで+8%成長が続いたため、1-3月期の景気減速を織り込んでも通年の成長率は前年度比+7.6%と、世界最高ペースの成長速度となるだろう。

24年度は当面のタカ派的な金融政策により成長ペースが低下するだろうが、内需主導の高成長は続くと予想する。24年度は世界的な製造業の調整局面の一巡による財貨輸出の回復とインバウンド需要の持続的拡大が予想されるが、世界経済の減速により財・サービス輸出の増勢は緩やかなものとなりそうだ。また輸入は内需拡大を背景に輸出を上回る伸びが続くものとみられ、外需は引き続き成長率の押し下げ要因になるとみられる。

内需は投資を中心に短期的に鈍化するだろう。24年前半は借入コストの上昇や総選挙前の政治的不透明感の高まりから民間投資が一時的に下振れるとみられる。しかし、次回総選挙を巡っては世論調査で優勢を保つインド人民党が勝利する可能性が高く、政策の継続性が保たれることとなりそうだ。そのため、民間投資は総選挙後に持ち直し、サプライチェーンの多様化を図る企業の動きと生産連動型インセンティブ制度をはじめとした海外からの投資誘致策が追い風となり加速するだろう。また24年度暫定予算案では資本的支出が大幅な積み増しとなり、インフラ開発などの公共投資は好調が続きそうだ。

緩慢な成長が続く民間消費は農村部を中心に回復するだろう。先行きは農業生産の拡大により食品インフレの鈍化と農村部の所得増が予想されるため、農村部の消費需要が拡大しよう。また都市部の消費需要も投資拡大に伴う雇用環境の改善を背景に堅調に推移するだろう。

以上の結果、24年度の実質GDP成長率は金融引き締めの累積効果が徐々に経済活動の重石となり前年度比+6.4%(23年度:同+7.6%)と低下するだろうが、内需の堅調な拡大により高成長軌道を維持すると予想する[図表6]。
[図表6]経済予測表
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経済研究部   准主任研究員

斉藤 誠 (さいとう まこと)

研究・専門分野
東南アジア経済、インド経済

経歴
  • 【職歴】
     2008年 日本生命保険相互会社入社
     2012年 ニッセイ基礎研究所へ
     2014年 アジア新興国の経済調査を担当
     2018年8月より現職

(2024年05月09日「基礎研マンスリー」)

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