2024年04月24日

米国でのiPhone競争法訴訟-司法省等が違法な独占確保につき訴え

保険研究部 専務取締役 研究理事 兼 ヘルスケアリサーチセンター長 松澤 登

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1――はじめに

2024年3月21日、米国司法省およびニュージャージー州をはじめとする16州が、ニュージャージー州連邦地裁において、Appleを被告として、競争法違反による救済を求める訴訟(以下、本訴訟)を提起した。本稿は本訴訟における米国司法省等の訴状(以下、本訴状)1について解説を試みるものである。

Appleは米国カリフォルニア州に本社を置く、GAFA(Google、Apple、Facebook(現Meta)、Amazon)の一角を占めるデジタルプラットフォーム事業者である2。AppleはPCの販売のほか、主力製品であるiPhone、すなわちスマートフォンの販売で大きな市場シェアを占める事業者である。物の製品であるiPhoneやApple Watchなどの販売のほか、Apple Musicなどの音楽配信事業などのサービス業も行っている。

本訴訟はスマートフォン、あるいはスマートフォンのなかの上位機種であるパフォーマンス・スマートフォンの市場において、独占を不当に確保、維持していることについて、米国シャーマン法2条(私的独占の禁止)違反および州の競争法違反を主張するものである。

なお、以下は本訴状に沿って記載しており、Appleの反論は反映されていない。またすべての論点をカバーするものではないことにご留意いただきたい。
 
1 https://www.justice.gov/opa/media/1344546/dl?inline 参照
2 Microsoftを加えてGAFAM ともいう。また、最近ではエヌデビィアとテスラを加えて、マグニフィセント・セブンともいう。

2――Appleの市場支配の経緯

2――Appleの市場支配の経緯

1|Appleの現状状
2023年会計年度、Appleの年間純収入は3830億ドル、純利益は970億ドルで米国でもトップクラスの利益を獲得している。その代表的な製品はiPhoneであり、iPhoneデバイス単体で30%の利益率を確保している。さらにiPhoneを利用する際に、有料アプリの利用、有料のデジタルサービス(音楽ストリーミングなど)、iPhoneのアクセサリー(ヘッドフォンや充電器)により収入を得ている。2023会計年度にはAppleの総収入の3分の1近くを占め、これはMacコンピュータの販売から得られる収入の4倍にもなる。

Appleの米国市場における売り上げシェアは、パフォーマンス・スマートフォンで70%を超え、スマートフォン全体でも65%を超えているとのことである3
 
3 前景注1 p17参照
2|Appleの発展の経緯
iPhoneが大きなシェアを獲得する前段として、iPodとiTunesの普及がある。これはMicrosoftのWindows OS向けのクロスプラットフォーム版を販売できるようになったのがきっかけである。Microsoftは1988年に米国司法省等からオペレーティングシステム(OS)の独占について提訴された。具体的には、PCのOSであるWindowsが高いシェアを占めているところ、WindowsにMicrosoft Explorerというミドルウェア(ウェブ閲覧ソフト)を抱き合わせていた。この点に関し、様々なミドルウェア(たとえばNetscape)経由で様々なコンテンツやサービスにアクセスできること等をできるようにし、競争状態を回復することを司法省等は求めた。

Appleは訴訟進行中の2001年に音楽サービスであるiTunesと、iTunesと連動するポータブルプレーヤーであるiPodを販売したが、Microsoftの制限もあり、当初はMacintoshにしか対応していなかった(図表1)。
【図表1】初期のiPod
他方、米国司法省等とMicrosoftの訴訟は、Microsoftの慣行が2000年4月にシャーマン法2条(私的独占の禁止)違反として認定され、2002年11月に同意判決案が裁判所に受理された。このことにより、Microsoftが競合製品を開発・配布する事業者へ報復することが禁止され、また、アプリ開発者がAPI4連動を要求できるようになった。すなわち、Windows閲覧ソフトと他社製品の連動を認めることとされた。

これを受け、AppleはWindowsと互換性のあるiTunesを発売した。Appleはその後何億台ものiPodを販売することができ、iTunesはオンライン音楽サービスのマーケットリーダーになった5(図表2)。
【図表2】Microsoftの訴訟後のiPod
2007年、AppleはiPhoneを発表したが、これを「iPodであり、電話であり、インターネット・コミュニケーターである」と説明した。当初、iPhoneのネイティブアプリはほとんどすべてApple社製であった。しかし、発売後1年もたたないうちにサードパーティ(アプリ開発・運営業者)にアプリ開発を呼びかけた。呼びかけにあたって、開発キットや収益獲得方法を開発者に提供した。

サードパーティのアプリの普及はAppleに数十億ドルの利益をもたらし、iPhoneのユーザーベースは米国で2億5000万台を超えた6
 
4 Application programing interfaceのこと。相互のシステムを連動する仕組みを指す。
5 前掲注1 p20参照
6 前掲注1 p21参照
3|Appleのサードパーティへの規制
Appleはサードパーティのアプリがスマートフォンの独占を根本的に破壊し、Appleに対する競争圧力を高める可能性があることを理解していた。そのため、サードパーティのアプリの作成・配布に厳しい規制を課した7

まず、サードパーティはiPhoneのアプリを配布するには、AppleのApp Storeを通じてのみ可能になっている。App Storeで配布するにあたっては、Appleの定めた厳格な審査ガイドラインによって、配布可能なアプリの条件を定めている。Appleは自社の利益のためにルールを恣意的に執行し、Appleに脅威を与えるサードパーティのアプリにペナルティを課し、制限するために頻繁にルールを変更した。AppleではいくつかのAPIを保有し、どのAPIを利用できるかでアプリをコントロールしている。また、契約面ではDeveloper Program License Agreement(DPLA)の締結を要求しており、Appleに脅威を与えかねないサードパーティに罰則を科し、制限を課す。

サードパーティがウェブアプリ(iPhoneのApp Store外のインターネット上でダウンロードできるアプリ)でAppleの制約を逃れることはできない。iPhoneユーザーがApp Store以外でアプリを探すことは通常はないからだ。そのうえ、Appleはウェブアプリにもコントロールを及ぼしている。AppleはApp Storeで配布するサードパーティアプリにAppleのブラウザエンジン(閲覧ソフト)であるWebKitの使用を義務付けているからだ。
【図表3】アプリはApp Storeのみからダウンロード可能
サードパーティはまた、たとえば子ども向けの代替アプリストアから配布することはできない。対象的に企業や公共部門向けバージョンのアプリストアをAppleは認めている。

さらにAppleはショートメッセージサービス(SMS、電話番号でメールを送れるサービス)のAPI利用をサードパーティに認めていない。

Appleのこのような独占的行為によりサードパーティもユーザーも低コスト・高品質なサービスから利益を得ることができない。
 
7 前掲注1 p22参照

3――スマートフォンの独自性

3――スマートフォンの独自性

スマートフォンは伝統的な携帯電話に、先進的なハードウェアとソフトウェア要素を結び付けたものである。このようなサービスや特性の集合体は利用者とサードパーティにとって独特の製品となる。

スマートフォンはプラットフォームである8。たとえば、フードデリバリーアプリは多面的なプラットフォームであり、飲食店、利用者、宅配者を結びつける。

ただし、クレジットカードのような同時に取引が行われる技術と経済性を持つ単純な二面性プラットフォームとは根本的に異なる。というのは、スマートフォンというプラットフォームは、App Storeの取引とは直接の関係なしに、機器(ここではiPhone)の特徴や価格をめぐって競争するものだからである。クレジットカード取引は、取引の両面に存在する当事者間の単一の同時的取引するものに過ぎないが、スマートフォン・プラットフォームに関して利用者は同時取引を促進する能力とは異なる様々な理由を含めて評価する(図表4)。
【図表4】スマートフォンの競争要素
スマートフォン・プラットフォームの経済的利益とは、利用者にとって(さらにはプラットフォーム運営者にとって)新たなアプリや新たな機能がプラットフォームに追加されることによって増加する。このような経済的利益を自社と利用者にもたらすために、Appleはスマートフォンのプラットフォームをサードパーティに開放してきた。この点で、スマートフォン・プラットフォームは固定電話網のようなプラットフォームとも異なる。

iPhoneのサードパーティが価値ある新機能を開発すれば、利用者は恩恵を受け、Apple製品に対する利用者の需要が高まり、AppleにとってのiPhoneの経済的価値が高まる。このように新たな特徴や新機能から得られる経済的な利益を対価なく犠牲にすることはAppleにとって意味をなさない9
 
8 前掲注1 p24参照
9 前掲注1 p26参照
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保険研究部   専務取締役 研究理事 兼 ヘルスケアリサーチセンター長

松澤 登 (まつざわ のぼる)

研究・専門分野
保険業法・保険法|企業法務

経歴
  • 【職歴】
     1985年 日本生命保険相互会社入社
     2014年 ニッセイ基礎研究所 内部監査室長兼システム部長
     2015年4月 生活研究部部長兼システム部長
     2018年4月 取締役保険研究部研究理事
     2021年4月 常務取締役保険研究部研究理事
     2024年4月より現職

    【加入団体等】
     東京大学法学部(学士)、ハーバードロースクール(LLM:修士)
     東京大学経済学部非常勤講師(2022年度・2023年度)
     大阪経済大学非常勤講師(2018年度~2022年度)
     金融審議会専門委員(2004年7月~2008年7月)
     日本保険学会理事、生命保険経営学会常務理事 等

    【著書】
     『はじめて学ぶ少額短期保険』
      出版社:保険毎日新聞社
      発行年月:2024年02月

     『Q&Aで読み解く保険業法』
      出版社:保険毎日新聞社
      発行年月:2022年07月

     『はじめて学ぶ生命保険』
      出版社:保険毎日新聞社
      発行年月:2021年05月

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