2024年03月08日

ECB政策理事会-制限的な姿勢からの転換に関する議論を開始

経済研究部 主任研究員 高山 武士

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1.結果の概要:政策金利の据え置きを決定

3月7日、欧州中央銀行(ECB:European Central Bank)は政策理事会を開催し、金融政策について決定した。概要は以下の通り。
 

【金融政策決定内容】
政策金利の据え置きを決定

【記者会見での発言(趣旨)】
今回の会合では利下げについては議論していない
制限的な姿勢を巻き戻すという議論をちょうどはじめた
4月には少し、6月にはより多くのデータが得られる
・見通しは実質成長率を24年0.6%、25年1.5%、26年1.6%と予想(24年を下方修正)
(前回12月は24年0.8%、25年1.5%、26年1.5%
インフレ率を24年2.3%、25年2.0%、26年1.9%と予想(下方修正)
(前回12月は24年2.7%、25年2.1%、26年1.9%
コアインフレ率を24年2.6%、25年2.1%、26年2.0%と予想(下方修正)
(前回12月は24年2.7%、25年2.3%、26年2.1%

2.金融政策の評価:インフレ見通しは下方修正だが、利下げ判断にはより多くのデータが必要

ECBは今回の会合で、市場予想通りとなる4会合連続での政策金利の据え置きを決定した。今回の理事会では、合わせてスタッフ見通しも公表された。前回12月の見通しと比較すると、成長率は24年が下方修正(26年は上昇修正)、インフレ見通しはヘッドラインインフレ率、コアインフレ率ともに下方修正された。

質疑応答では、利下げ時期に関する質問が多くみられ、中にはユーロ圏の成長が停滞していることもあり、高い政策金利による成長への代償を問うものもあった。

ラガルド総裁は、今回の会合では利下げの議論をしていないが、制限的な姿勢を巻き戻す議論を開始したこと、4月に得られるデータは相対的に少ないが、6月にはより多くのデータが得られること、6月により多くのデータ得られる点には幅広い合意があったことなどを回答している。

利下げに時期ついては、見通しを下方修正したこともあり、インフレ低下の自信を深めているが、データは十分ではなく、より多くの証拠、データを必要としているとの見解を示し、賃金上昇率と企業利益の動向(企業が単位労働コストの上昇を価格転嫁せずに、利益で吸収しているか)を注視している点を強調した。また、成長への代償については、スタッフ見通しにおける今年後半以降に成長率が回復するとの見方を示した。

すでにラガルド総裁はダボス会議で(個人的な見解として)夏の利下げに言及していたが、今回の会合でも、次回4月の利下げの可能性はかなり小さいことが確認されたと言える。そのため、焦点は次々回6月会合での利下げ判断となるが、合わせて、それまでに公表されるデータ(特にECBが注視している賃金や利益関係)が注目される。

3.声明の概要(金融政策の方針)

今回の政策理事会で発表された声明は以下の通り。
 
  • 理事会は、本日、3つの主要な政策金利を据え置くことを決定した
    • 前回1月の理事会以降、インフレ率はさらに低下した
    • 最新のECBスタッフ見通しでは、インフレ率は、特に24年のエネルギー価格の寄与が低下することを受けて下方修正された
    • インフレ率は平均で24年2.3%、25年2.0%、26年1.9%と予想される
    • エネルギーおよび飲食料を除くインフレ率もまた下方修正され、平均で24年2.6%、25年2.1%、26年2.0%と予想される
    • ほとんどの基調的なインフレ率がさらに緩和されているが、域内インフレは賃金上昇の強さを受けて高止まりしている
    • 資金調達環境は制限的であり、過去の利上げは引き続き需要を抑制し、インフレ率の押し下げに寄与している
    • スタッフ見通しは24年の成長率を0.6%と、短期的には経済活動が冴えないとして下方修正した
    • その後は25年1.5%、26年1.6%と予想し、まずは消費が、その後は投資が支援材料となり、経済活動が上向くと予想している
 
  • 理事会は、確実にインフレ率を速やかに中期的に2%という目標に戻すと決意している(変更なし)
    • 現在の評価に基づき、理事会は3つの主要な政策金利が、これが十分に長い期間続けば、インフレ率が目標達成に重要な貢献をする水準にあると考えている
    • 理事会の将来の決定について、政策金利が必要とされる期間にわたり十分に制限的な水準に設定されるよう保証する
 
  • 理事会は、制限的な水準と期間に関して適切に決定するため、引き続きデータ依存のアプローチを続ける(変更なし)
    • 特に、理事会の金利決定は、最新の経済・金融データに照らしたインフレ見通しの評価、基調的なインフレの動向、金融政策の伝達状況によって決定する
 
(政策金利、フォワードガイダンス)
  • 政策金利の維持(変更なし)
    • 主要リファイナンスオペ(MRO)金利:4.50%
    • 限界貸出ファシリティ金利:4.75%
    • 預金ファシリティ金利:4.00%
 
(資産購入プログラム:APP、パンデミック緊急資産購入プログラム:PEPP)
  • APPの元本償還分の再投資(変更なし)
    • APP残高は償還分を再投資しておらず、秩序だった予測可能なペース(measured and predictable pace)で削減している
 
  • PEPP元本償還分の再投資実施(変更なし)
    • 理事会は、PEPPの元本償還について、24年上半期は全額の再投資を続ける
    • 24年下半期にはPEPP保有残高を月額平均75億ユーロ削減する予定である
    • 理事会はPEPPの再投資を24年末で終了する予定である
 
  • PEPP償還再投資の柔軟性について(変更なし)
    • 理事会は引き続きPEPPの償還再投資について、コロナ禍に関する金融政策の伝達機能へのリスクに対抗する観点から、柔軟性を持って実施する
 
(資金供給オペ)
  • 流動性供給策の監視(変更なし)
    • 銀行が貸出条件付長期資金供給オペ下での借入額の返済を行うなか、理事会は条件付貸出オペと現在実施されているその返済が金融政策姿勢にどのように貢献しているかを定期的に評価する
 
(その他)
  • 金融政策のスタンスとTPIについて(変更なし)
    • インフレが2%の中期目標に戻り、金融政策の円滑な伝達機能が維持されるよう、すべての手段を調整する準備がある
    • 加えて、伝達保護措置(TPI)は、ユーロ圏加盟国に対する金融政策伝達への深刻な脅威となる不当で(unwarranted)、無秩序な(disorderly)市場変動に対抗するために利用可能であり、理事会の物価安定責務の達成をより効果的にするだろう

4.記者会見の概要

政策理事会後の記者会見における主な内容は以下の通り。
 
(冒頭説明)
  • (声明文冒頭に記載の政策金利とスタッフ見通しへの言及)
 
  • 経済とインフレ率の状況をどう見ているかの詳細と金融・通貨環境への評価について述べたい

(経済活動)
  • 経済活動は弱い状況が続いている
    • 消費者は引き続き支出を抑制し、投資は鈍化し、企業は、外需の減速と一部は競争力の喪失によって輸出が減少している
    • しかしながら、サーベイデータでは今年にかけて次第に回復していくことが示されている
    • インフレ率が低下し、賃金が成長を続けることで実質所得が反発し、成長を促すだろう
    • 加えて過去の利上げの影響が次第に解消し、ユーロ圏の輸出需要も回復すると見られる
 
  • 失業率はユーロ圏発足以来の最低水準にある
    • 雇用は23年10-12月期に0.3%成長し、経済活動の伸びを上回っている
    • その結果、雇用者1人あたりの生産量はさらに低下した
    • この間、雇用主は求人を減少させ、人手不足が生産を抑制しているとする企業は減少した
 
  • 政府は、引き続きディスインフレの過程が持続的に進むよう、エネルギー関連支援策を終了させるべきである
    • 財政政策、構造政策は我々の経済をより生産的にし、競争力を向上させ、供給能力を拡大させ、高い公的債務を段階的に削減させるように強化されるべきである
    • 次世代EUプログラムのさらに迅速な実行と、国家間障壁を除去し、銀行・資本市場をより深化、統合させる断固とした努力は、グリーンやデジタルへの移行への投資を増やし、中期的なインフレ圧力を低下させる助けになるだろう
    • EUの修正された経済統治枠組み(economic governance framework)は遅延なく実行するべきである
 
(インフレ)
  • インフレ率は1月に2.8%に低下し、Eurostatの速報値によれば、2月はさらに2.6%まで低下した
    • 食料インフレは再び低下し、1月の5.6%から2月には4.0%となり、エネルギー価格は両月とも前年比で減少を続けているが、12月よりは減少幅が縮小している
    • 財インフレはさらに低下して、1月の2.0%から2月は1.6%となった
    • サービスインフレは3か月連続で4.0%となった後、2月にはやや低下して3.9%となった
 
  • 基調的インフレ率は、過去の供給ショックが解消を続け、緊縮的な金融政策が需要の重しになっているため、ほとんどの指標が1月に低下した
    • しかしながら、域内インフレは依然として高止まりしており、これは部分的には賃金上昇率の強さと労働生産性の低下を反映している
    • 同時に、賃金上昇率が減速しはじめている兆しがある
    • 加えて、利益が上昇する労働コストの一部を吸収しており、インフレ的な影響を軽減している
 
  • インフレ率は、今後数か月は下方トレンドが続くと見られる
    • さらに先は労働コストが軟化し、過去のエネルギーショック、供給制約、コロナ禍後の経済再開の影響が解消することで、我々の目標に向かって低下すると見られる
    • 長期のインフレ期待は総じて安定しており、ほとんどが2%近くになっている
 
(リスク評価)
  • 成長率に対するリスクは引き続き下方に傾いている
    • 金融政策の効果が予想以上に強く生じれば成長率が低下する可能性がある
    • 世界経済のさらなる低迷や世界貿易の更なる減速もまた成長率の重しになり得る
    • ロシアの正当化されないウクライナとの戦争、および中東での悲劇的な紛争は地政学的リスクの主要要因である
    • これは企業や家計の将来への景況感を低下させ、また世界的な貿易が混乱することで、成長率がさらに鈍化するかもしれない
    • インフレ率の低下が予想よりも迅速に進み、実質所得の上昇が予想以上に支出を増加させること、世界経済が予想以上に強く成長することが成長率を押し上げる可能性がある
 
  • インフレ率の上方リスクには、特に中東における地政学的緊張の高まりがエネルギー価格や運送費用を短期的に上昇させ、世界貿易を混乱させることが含まれる
    • インフレ率はまた、賃金が予想以上に上昇し、利益率がより強固になることで押し上げられる可能性がある
    • 対照的に、インフレ率は金融政策が予想以上に需要を低下させること、もしくは、予想外に世界経済が悪化することで低下する可能性がある
    • (「加えて、市場が予想する石油・ガスの将来価格が低下しているため、インフレ率は、エネルギー価格がこれらの動きに沿えば、より早く低下する可能性がある」との記載は削除)
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経済研究部   主任研究員

高山 武士 (たかやま たけし)

研究・専門分野
欧州経済、世界経済

経歴
  • 【職歴】
     2002年 東京工業大学入学(理学部)
     2006年 日本生命保険相互会社入社(資金証券部)
     2009年 日本経済研究センターへ派遣
     2010年 米国カンファレンスボードへ派遣
     2011年 ニッセイ基礎研究所(アジア・新興国経済担当)
     2014年 同、米国経済担当
     2014年 日本生命保険相互会社(証券管理部)
     2020年 ニッセイ基礎研究所
     2023年より現職

    【加入団体等】
     ・日本証券アナリスト協会 検定会員

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