2024年03月06日

産業集積でみる東京オフィスエリアの特色~探索的空間解析によるオフィス需要の「ホットスポット」検出~

金融研究部 主任研究員 吉田 資

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1.はじめに

近年、東京都区部において大規模オフィス開発が多数進行している。三幸エステートの調査によれば、昨年(2023年)は、東京23区で「麻布台ヒルズ森JP タワー」や「虎ノ門ヒルズステーションタワー」等、大規模ビルの竣工が相次ぎ、新規供給面積は約26万坪に達した。今年は、約15万坪に一旦落ち着くものの、来年は「高輪ゲートウェイ」等の大規模開発が予定され、新規供給面積は、再び約27万坪に達する見通しである(図表-1)。

今後もオフィス開発が相次ぐなか、不動産事業者は、各エリアにおけるオフィス需要を把握し、その特徴に合わせた事業戦略を練る必要性がこれまで以上に高まっているといえよう。一方、オフィスの新規供給量をエリア毎に把握することは一定程度可能であるものの、オフィス需要に関するエリア毎の特色は十分明らかになっていないと思われる。

東京都の就業者を産業別にみると、2016 年第1 四半期を100 とした場合、「情報通信業」が142、「学術研究,専門・技術サービス業」が142、「金融業,保険業」が132 となり、全体(113)を上回るペースで増加し、東京のオフィス需要を牽引している(図表-2)。

そこで、本稿では、「産業集積」に注目し、探索的空間解析の手法を用いて、「情報通信業」・「金融業,保険業」・「学術研究,専門・技術サービス業」の事業所立地について、オフィスエリア毎の特色やその経年変化を確認したい。
図表-1 東京23区 オフィスビル新規供給面積/図表-2 東京都の産業別就業者数

2.産業集積でみる東京オフィスエリアの特色

2.産業集積でみる東京オフィスエリアの特色

2-1.分析方法
2-1-1.分析手法
本章では、「産業集積」に注目し、東京23区における事業所立地のエリア別特色を明らかにする。「産業集積」とは、「地理的に近接した特定の地域内に多数の企業が立地すると共に、各企業が受発注取引や情報交流、連携などの企業間関係を生じている状態1」を指す。簡潔に言うと、「情報通信業の産業集積地域」とは、情報通信業の企業(事業所)が情報交換や業務連携等のために多く集積しているエリアといえる。

本稿では、「産業集積地域」を特定するため、探索的空間解析の1つであるホットスポット分析を用いる。ホットスポット分析は、位置情報データの空間的自己相関2の特徴に着目し、サンプル(例:情報通信業の事業所)の多い地区が、都市内部のどのエリアに集積3しているのかを特定するものである。

具体的には、各地区を(1)「ホットスポット(High- High)」(自地区、近隣地区ともに事業所数が平均より多い)、(2)「コールドスポット(Low-Low)」(自地区、近隣地区ともに事業所数が少ない)、(3)「一人勝ち(High- Low)」(自地区は事業所数が多いが、近隣地区は少ない)(4)「一人負け(Low - High)」(自地区は事業所数が少ないが、近隣地区は多い)の4つに分類し、統計的検定4を行う(図表-3)。

統計的に有意で、「ホットスポット」に分類された地区は、「産業集積」が起こっている可能性があるエリアと考えられる。先行研究5によれば、産業集積が起こっているエリアは、新しい企業が誕生しやすいことが指摘されており、オフィス需要が底堅いエリアと解釈できよう。
図表-3 ホットスポット分析の概念
 
1 平成12年版中小企業白書
2 事物間の距離が近いほど強く関係し合うという普遍的な地理学的法則(地理学の第一法則)に基づき、隣接性に基づいた事象の空間的相互従属を表す。
3 地区における特定の業種の事業所数が平均よりも高い地区が連続している状態。
4 本稿では、空間的自己相関の代表的な尺度であるMoran's I統計量を採用したホットスポット分析を行った。
5 Armington,C., &Acs,Z.J.(2002).The determinants of regional variation in new firm formation. Regional Studies,36 (1).33-45
2-1-2.分析対象データ
「事業所」のデータは、総務省・経済産業省「経済センサス‐活動調査」の「町丁・大字別」事業所数を採用した。業種は、(1)「情報通信業」(2)「金融業,保険業」(3)「学術研究,専門・技術サービス業」の3業種を対象とする。また、2012年と2021年を分析し、経年での変化を確かめる。
2-2.分析結果
2-2-1.「情報通信業」
「情報通信業」について、統計的に有意で「ホットスポット(赤色)」に分類された地区(町丁目)は2012年が286箇所、2021年が289箇所、「一人負け(青色)」に分類された地区は2012年が28箇所、2021年が31箇所となり、経年による大きな増減はみられなかった。また、「一人勝ち」と「コールドスポット」に分類された地区はゼロであった(図表-4)。

「ホットスポット」は、東京駅から凡そ5キロ圏内に集中している。皇居を中心に同心円状に分布しているほか、渋谷や新宿、池袋、品川駅等のターミナル駅周辺に集まっている。
図表-4 「情報通信業」 ホットスポット分析結果
次に、東京の主要オフィスエリア別6(主要36エリア)に、「ホットスポット」の占める割合(2021年・面積ベース)を確認すると、「西新宿(100%)」が最も大きく、次いで「新橋・虎ノ門(90%)」、「桜丘・南平台(89%)」、「渋谷・道玄坂(83%)」、「内神田・鍛冶町(82%)」の順に大きい(図表-5)。

「ホットスポット」の占める割合が50%以上のエリアは、36エリアのうち19エリア(千代田区「5」、中央区「3」、港区「4」、新宿区「2」、渋谷区「3」、豊島区「2」)に達した。情報通信業が東京のオフィス需要を下支えしている状況が伺える。
図表-5 「情報通信業」の 「ホットスポット」の占める割合(36エリア)
また、「ホットスポット」の占める割合の増減(2012年⇒2021年)をみると、「2012年時点はホットスポットに分類されなかったが、2021年時点でホットスポットに分類された地区」(グラフでは赤色棒グラフ「2012No2021Yes」と表記)の占める割合は、「丸の内・大手町(27%)」が最も大きく、次いで「池袋・西池袋(25%)」、「渋谷・道玄坂(22%)」、「恵比寿・広尾(19%)」の順に大きかった(図表-6)。

渋谷周辺(渋谷・恵比寿等)は、2000年代初期のインターネットバブル期にIT企業の集積が進み、「ビットバレー」と呼ばれた。その後も、IT技術者の交流を促すプロジェクト「シブヤ・ビットバレー」が2018年にスタートする等、拠点を置くIT企業が自ら渋谷周辺を盛り上げる動きも出ており7、事業所の集積が進んでいるものと考えられる(参考図表 図表-16)。

一方、「2012年時点はホットスポットに分類されたが、2021年時点でホットスポットに分類されなかった地区」(グラフでは青色棒グラフ「2012 Yes 2021 No」と表記)の占める割合は、「築地・新富・茅場町(30%)」が最も大きく、次いで、「京橋・八重洲・日本橋(27%)」、「日本橋本町・日本橋室町(24%)」、「銀座(22%)」の順に大きかった。「ホットスポット」が大きく減少したエリアは、いずれも中央区に属するエリアであった。

「情報通信業」は、東京23区全体でみると、産業集積の地区数に大きな増減はみられなかった。しかし、オフィスエリア別にみると、渋谷駅や池袋駅周辺等において産業集積が進んだ一方、中央区では総じて後退傾向にあり、企業のオフィス戦略におけるエリア選好の変化が大きい業種といえよう。
図表-6 「情報通信業」の 「ホットスポット」の割合増減(36エリア)
 
6 三幸エステート「オフィスレントデータ2024」におけるエリア分けの定義に基づく。
7 日本経済新聞 「渋谷ビットバレー再興へ グーグル、9年ぶり里帰り」2018/09/16
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金融研究部   主任研究員

吉田 資 (よしだ たすく)

研究・専門分野
不動産市場、投資分析

経歴
  • 【職歴】
     2007年 住信基礎研究所(現 三井住友トラスト基礎研究所)
     2018年 ニッセイ基礎研究所

    【加入団体等】
     一般社団法人不動産証券化協会資格教育小委員会分科会委員(2020年度~)

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