2024年02月01日

2024年度の社会保障予算の内容と過程を問う(中)-次元の異なる少子化対策と財源対策の論点と問題点

保険研究部 上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任 三原 岳

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2|こども金庫と支援金の詳細
上記のうち、こども金庫と支援金に関して、未来戦略では2024年通常国会に関連法改正案が提出される方針が明記されており、制度設計に関する詳細な内容が「別紙」として書き込まれている9

具体的には、こども金庫については、子ども・子育て支援法に基づく事業を経理する「こども・子育て支援勘定」(仮称)と、雇用保険法に基づく育児休業など給付に関する事業を管理する「育児休業等給付勘定」(仮称)に区分する方針を規定。

歳入は一般会計からの繰入金や企業からの「子ども・子育て拠出金」、育児休業給付などに充てる雇用保険料、支援金を財源とする「こども・子育て支援納付金(仮称、以下、「支援納付金」と記述)」、つなぎ国債のこども・子育て支援特例公債(仮称)の収入で充てると定められた。一方、こども金庫の歳出に関しては、▽子ども・子育て支援法に基づく教育・保育給付や地域子ども・子育て支援事業、▽雇用保険法に基づく育児休業給付――に加えて、未来戦略の施策のうち、出産・子育て応援交付金(仮称)、育児時短就業給付(仮称)など共働き・共育てを推進するための経済支援策、こども誰でも通園制度(仮称)、抜本的に拡充すると説明されている児童手当への支出が該当するとされた。

このうち、支援納付金を充当する事業については、出産・子育て応援交付金(仮称)、育児時短就業給付(仮称)など共働き・共育てを推進するための経済支援策、「こども誰でも通園制度」(仮称)、児童手当が列挙された。さらに、支援納付金やこども・子育て支援特例公債の収入に関する決算剰余金が支援納付金の財源とされている事業以外に流用されないようにするため、こども・子育て支援勘定に「こども・子育て支援資金(仮称)」を設置して分別管理する方向性も示されている。

支援金については、健康保険組合などの保険者(保険制度の管理者)が保険料と合わせて徴収すると規定。さらに、支援金を財源とする支援納付金については、毎年末の予算編成過程で見込み額をベースに、支援金を拠出する関係者などの意見を聴取しつつ、その年度までに生じた実質的な社会保険負担軽減の効果の範囲内で、こども家庭庁が決定するという旨が盛り込まれた。

一方、支援納付金に関する医療保険者間での負担に関しては、現行の出産育児一時金と同じような形で、後期高齢者医療制度とその他の医療保険制度の間で案分し、被用者保険と国民健康保険制度の間では加入者数に応じて案分、被用者保険同士の案分では介護納付金などと同様、総報酬に応じて分ける方針が示された10。このほか、国民健康保険、後期高齢者医療制度に準じる形で、低所得者の保険料軽減措置や負担限度額を作る方向性も盛り込まれた。要するに、全体として支援金は原則として医療保険の現行制度に上乗せする形で制度化されることになる。

図表5では、未来戦略の内容と支援金に関する政府の資料を勘案しつつ、こども金庫や支援金など主な内容のイメージを取りまとめた。政府の資料では詳細が分からない部分が依然として多く、「引き続き検討」という文言も散見されるため、図表5は現時点での筆者の整理とご理解頂きたい。
図表5:こども金庫や支援金制度のイメージ
しかし、筆者自身の意見では、支援金を含めた財源対策は多くの問題を孕んでいると考えており、実際に一部の関係者から批判も出ている。以下では未来戦略に盛り込まれた施策とともに、財源対策の論点や問題点を探る。
 
9 上記とは別に、授業料後払い制度の導入については、学生などからの納付金で償還が見込まれるため、日本学生支援機構が財政融資資金から借入する「HECS債」(仮称)を創設するとされている。
10 出産育児一時金に関しては、2023年通常国会で成立した改正法に基づき、最終的には7%分の給付費を後期高齢者医療制度に課すことになっている。この時の制度改正の詳細については、2023年8月9日拙稿「全世代社会保障法の成立で何が変わるのか(上)」を参照。

5――次元の異なる少子化対策の意味合いと問題点

5――次元の異なる少子化対策の意味合いと問題点

1|次元の異なる少子化対策の意味合い
未来戦略に盛り込まれた内容の全体的な感想として、筆者自身は児童手当の所得制限撤廃を除けば、それほどの違和感を持っていない。むしろ、「少子化対策」という看板の下、深刻化している児童虐待や子どもの貧困対策が言及されたり、遅れが指摘されていた育児を巡る性的分業の解消や住まい政策が盛り込まれたりした点はプラス材料と受け止めている11。さらに、プレコンセプションケアを含めて、一貫した育児支援の必要性が強調されている点など、単なる「出産や子どもを増やすための少子化対策」になっていない点は高く評価できると考えている。

ここで簡単に日本の少子化対策の歴史を振り返ると、淵源は1990年の「1.57ショック」に求められる。この時、前年の合計特殊出生率(出産可能年齢な15~49歳の女性に関して、年齢ごとの出生率を足し合わせ、1人の女性が生涯、何人の子どもを産むのか推計した数字)が当時、最低だった1966年の1.58を下回った12ことに端を発する。その後、初めの総合的な少子化対策である「エンゼルプラン」が1994年に策定されるなど、少子化対策が少しずつ進められてきた。

一方、少子化対策や子育て支援策は「家族政策」に区分される時がある13。確かに日本では、この言葉は余り使われていないし、未来戦略でも全く見受けられないが、この分類に従えば、施策の内容は単なる「出産や子どもを増やすための少子化対策」という観点だけではなく、児童手当や保育サービス、育児や働き方を巡る性的分業の見直し、児童虐待や子どもの貧困問題、住まいの問題など、女性や家族に関わる広範な領域に広がることになる。

しかし、日本での家族政策は専ら「少子化対策」と説明された経緯がある。これは「育児は家庭が担うべき」と考える自民党保守派の反対意見や、財政支出を渋る財政当局などの反対を回避するため、「少子化対策」という言説が意図的に選ばれて来た14ためであり、今回も「次元の異なる少子化対策」という看板の下、様々な家族政策が盛り込まれた。

その意味では、「家族政策を少子化対策で実施する」という今までの流れが踏襲された形であり、出生数の減少に対する危機感を背景に、次元の異なる少子化対策という看板の下、家族政策に関して、かなり思い切った対策が打ち出された印象を受ける。

さらに、そもそもの問題として、結婚や出産など個人の生き方や自由な選択に関わる部分を国家がダイレクトに操作することは難しく、国や自治体が対応できる対策としては、結婚や出産、育児を諦めないように選択肢を広げることしかない。この点が累次の少子化対策にもかかわらず、出生数が反転できない状況を作り出していると言える。これに対し、未来戦略では出産や育児に関わる部分だけでなく、働き方や住まいなど個人の選択肢を広げるような観点の施策が幅広く盛り込まれている点は評価できると考えている。
 
11 育児の性的分業については、2023年12月発刊の『社会保障研究』特集に加えて、筒井淳也(2015)『仕事と家族』中公新書などを参照。住まいの保障については、国立社会保障・人口問題研究所編著(2021)『日本の居住保障』慶應義塾大学出版会などを参照。
12 1966年は丙午に当たり、「この年に生まれた女性は気が強くなる」という迷信で出生率が下がった。
13 家族政策の定義や認識は多様だが、ここではOECD(経済協力開発機構)の社会支出の定義に沿って、「家族を支援するために支出される現金給付及び現物給付(サービス)」と位置付ける。国立社会保障・人口問題研究所の資料を参照。
14 家族政策が少子化対策に置き換えられる傾向については、日本の子育て支援策の言説を丁寧に実証した西岡晋(2021)『日本型福祉国家再編の言説政治と官僚制』ナカニシヤ書店の分析を参照した。
2|次元の異なる少子化対策の問題点(1)~「規模ありき」の議論?~
一方、問題点として、児童手当の拡充も含めて、1年間に及んだ議論が「規模ありき」になった点を指摘せざるを得ない15 。そもそも、少子化対策の問題が混乱した背景は「倍増」発言に求められると考えている。以下、筆者なりの整理を説明すると、自民党総裁選での発言が政権公約のようになり、2023年1月の首相会見などを経て、「次元の異なる少子化対策」という言葉に置き換わり、「規模ありき」の議論になった。

具体的には、「どんな施策を優先的に実施すれば出生率が上がるのか」「どんなニーズや課題に対応する必要があるか」という議論が展開されず、事業と規模を積み増すことが半ば目的化していたと指摘せざるを得ない。分かりやすい言葉で言うと、「Why(なぜ必要か)」「What(何が課題か)」ではなく、「How(どうするか)」という議論に終始した印象である。

例えば、未来戦略では「理想のこども数(筆者注:2.25人)を持たない理由として、『子育てや教育にお金がかかりすぎるから』という経済的理由が 52.6%で最も高く…」という一文が出ている。なぜか未来戦略に調査の出典先が出ていないが、これは国立社会保障・人口問題研究所公表による「2021年社会保障・人口問題基本調査(結婚と出産に関する全国調査)」に依拠しており、経済的な負担軽減が求められる点は十分に理解できる。

しかし、そのための解消策として、様々な方策が考えられるため、本来であれば、施策の利害得失や費用対効果、実現可能性、実施に際しての負担やコスト、優先順位などを勘案しつつ、選択肢を絞り込んで行くのがスジである。それにもかかわらず、未来戦略の検討過程では上記のような議論を経た形跡がほとんど見受けられなかった。最初から「規模ありき」「施策ありき」で議論が展開されたためである。

その端的な例が児童手当の所得制限撤廃である。この問題は民主党政権期の「子ども手当」以来の懸案16だが、所得制限の撤廃は2023年3月に示された「こども・子育て政策の強化について(試案)」で早々に盛り込まれていた。恐らく少子化対策の大半は金額の小さいソフト施策であり、「倍増」レベルまで大幅に予算を積み増すことは難しいため、トータルの規模が2兆円単位と突出している児童手当の拡充方針が先行的に決まったのだろう。つまり、議論の中心は「どうやって予算を増やすか」という「規模ありき」「施策ありき」だったと言わざるを得ない。
 
15 予算倍増という首相の指示を満たそうとした結果、審議会などでの合意形成プロセスが疎かになった点については、2024年1月23日拙稿「政策形成の『L』と『R』で考える少子化対策の問題点」でも取り上げた。ここで言う「L」は「正統性(legitimacy)、「R」は「rightness」を意味しており、次元の異なる少子化対策の検討では、一貫して「首相の指示」という「L」が先行した点を批判的に論じた。
16 この問題の淵源は2009年8月の総選挙に遡る。この時、勝利した民主党(当時)は政権公約(マニフェスト)で、子育ての社会化を目指す観点に立ち、▽児童手当を「子ども手当」に改組、▽支給額を月額2万6,000円に引き上げ、▽所得制限を撤廃、▽財源対策として、配偶者控除と扶養控除を廃止――といった方針を掲げていた。しかし、財源確保のメドが立たなかった上、当時の野党だった自民党が「バラマキ」などと批判。結局、所得制限付きの新しい児童手当に改組された。
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保険研究部   上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任

三原 岳 (みはら たかし)

研究・専門分野
医療・介護・福祉、政策過程論

経歴
  • プロフィール
    【職歴】
     1995年4月~ 時事通信社
     2011年4月~ 東京財団研究員
     2017年10月~ ニッセイ基礎研究所
     2023年7月から現職

    【加入団体等】
    ・社会政策学会
    ・日本財政学会
    ・日本地方財政学会
    ・自治体学会
    ・日本ケアマネジメント学会

    【講演等】
    ・経団連、経済同友会、日本商工会議所、財政制度等審議会、日本医師会、連合など多数
    ・藤田医科大学を中心とする厚生労働省の市町村人材育成プログラムの講師(2020年度~)

    【主な著書・寄稿など】
    ・『必携自治体職員ハンドブック』公職研(2021年5月、共著)
    ・『地域医療は再生するか』医薬経済社(2020年11月)
    ・『医薬経済』に『現場が望む社会保障制度』を連載中(毎月)
    ・「障害者政策の変容と差別解消法の意義」「合理的配慮の考え方と決定過程」日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク編『トピック別 聴覚障害学生支援ガイド』(2017年3月、共著)
    ・「介護報酬複雑化の過程と問題点」『社会政策』(通巻第20号、2015年7月)ほか多数

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