2024年02月01日

2024年度の社会保障予算の内容と過程を問う(中)-次元の異なる少子化対策と財源対策の論点と問題点

保険研究部 上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任 三原 岳

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4|「共働き・共育ての推進」に関する部分
この分野では、法改正案件を含めて、男性の育児参加促進や育児の性的分業の見直しも含めて、育児や働き方の変化を促すための細かい施策が列挙された。
図表3:こども未来戦略のうち、共働き・共育ての推進に関する部分
まず、国際的に見ても低水準にある夫の家事・育児関連時間を増やすため、男性の育児休業取得率に関する政府目標(2025 年までに30%)を大幅に引き上げる方針が示された。例えば、国・地方の常勤公務員については、1週間以上の取得率を2025年で85%、2週間以上の取得率を2030年で85%を目指すという目標が掲げられた。

さらに、2025年3月末で失効する次世代育成支援対策推進法の期限を延長した上で、一般事業主行動計画について、数値目標の設定やPDCA サイクルの確立を法律上の仕組みとして位置付けると規定。今後の次世代育成支援として、「男女とも仕事と子育てを両立できる職場」が重要という観点を明確化しつつ、男性の育児休業取得を含めた育児参加や育児休業からの円滑な職場復帰支援、育児に必要な時間帯や勤務地への配慮などを促す方向性が示された。

併せて、育児・介護休業法に基づく育児休業取得率の開示制度を見直す方針も打ち出された。2023年4月に施行された改正育児・介護休業法では、常時雇用する労働者が1,000人を超える事業主に対し、育児休業の取得状況などを毎年公表することが義務付けられており、未来戦略では要件を「300人超の事業主」に拡充するため、2024年通常国会に改正案を提出することが明示された。この方向性に沿って、「有価証券報告書における開示を進める」という文言も入った。

このほか、業務を代替する周囲の社員への応援手当の支給とか、代替期間の長さに応じた支給額の増額など中小企業の支援を拡充する方針が打ち出された。次世代育成支援対策推進法に基づく行動計画を策定した企業のうち、一定程度の基準を満たした企業を「子育てサポート企業」と認定している「くるみん認定」の取得など、企業に対するインセンティブ強化も図るとされた。

給付面の対応としても、出生直後の一定期間内(男性は出生後8週間以内、女性は産後休業後8週間以内)に、両親が共に14 日以上の育児休業を取得した場合、28日間を限度に、その期間の給付率を現行の 67%(手取りで8割相当)から80%(手取りで10割相当)に拡充すると規定。2025 年度から実施するため、関連法改正案を2024年次期通常国会に提出する方向性が盛り込まれた。

さらに、育児休業給付を支える労働保険特別会計雇用勘定の財政基盤を強化する観点に立ち、▽2024 年度から国庫負担割合を現行の1/80から本則の1/8に引き上げ、▽当面の保険料率は現行の 0.4%に据え置きつつ、本則料率を2025年度から0.5%に引き上げ、▽実際の料率は保険財政の状況に応じて弾力的に調整する仕組みの導入――などの制度改正も盛り込まれた。こちらも2024年通常国会に関連法案を提出するとしている。

育児期を通じた柔軟な働き方を推進する環境整備に関しても、関連法改正案を2024年通常国会に提出する方向性が示された。具体的には、現在の育児・介護休業法に基づく制度では、こどもが3歳になるまで、短時間勤務の実施が事業主に義務付けられており、フレックスタイム制を含む出社・退社時刻の調整が努力義務となっている。これらに加え、テレワークも事業主の努力義務の対象に追加する方針が明示された。

さらに、事業主が職場の労働者のニーズを把握しつつ、テレワークや短時間勤務制度など複数の制度を選択して措置し、その中から労働者が選択できる「親と子のための選べる働き方制度(仮称)」を創設することも盛り込まれた。現在、こどもが3歳になるまで請求できる残業免除(所定外労働の制限)についても、こどもの対象年齢を小学校就学前まで引き上げる見直しも明記された。

このほか、医療的ケア児など多様なニーズに対応しつつ、労働者の離職を防ぐため、妊娠・出産の申出時や子が3歳になる前に、労働者の仕事と育児の両立に関する個別の意向を聴取したり、その意向に対する自社の状況に応じた配慮を事業主に求めたりするため、法改正に取り組む方針を規定。育児中の柔軟な働き方として、男女ともに時短勤務を選択しやすくするため、2025年度から「育児時短就業給付(仮称)」を創設することで、こどもが2歳未満の期間で時短勤務を選択した場合、時短勤務時の賃金の10%を支給する方針が示された。

こどもが病気の際に休みを取れるようにするため、既述した病児保育の拡充と併せて、こどもが就学前の場合に年5日間取得が認められる「子の看護休暇」を拡充することで、こどもの対象年齢を小学校3年生修了時まで引き上げる制度改正も盛り込まれた。さらに、入園式などこどもの行事参加や、感染症に伴う学級閉鎖などにも使えるようにするため、休暇取得事由の範囲も見直すと規定し、これらの内容を含んだ関連法改正案を2024年通常国会に提出する方針が打ち出された。

未来戦略では、非正規雇用者など社会保険の適用が不十分、あるいは適用外の人に対する支援措置も示された。例えば、雇用保険が適用されていない週所定労働時間10時間以上 20時間未満の労働者について、失業給付や育児休業給付などを受給できるようにするため、2028年度施行に向けて、関連法改正案を2024年通常国会に提出する方針が明示された。

自営業やフリーランスなどの育児期間中の経済的な給付に相当する支援策として、国民年金の第1号被保険者について、育児期間に関する保険料免除措置を創設する方針も示され、2025年度施行に向けて、関連法改正案を2024年通常国会に提出する意向も盛り込まれた。

仕事と育児の両立支援に向けた方策として、企業における勤務間インターバル制度の導入やストレスチェック制度の活用、選択的週休3日制度の普及に加え、企業の働き方改革による長時間労働是正の必要性も言及された。
5|「こども・子育てにやさしい社会づくりのための意識改革」に関する部分
ここの部分では、こどもや子育て世帯を社会全体で支える機運情勢の必要性が言及されている。具体的な施策としては、▽鉄道やバスなどでのベビーカー使用者のためのフリースペースなどの設置や分かりやすい案内の促進、▽公共交通機関などで、妊産婦や乳幼児連れの方を含め、配慮が必要な利用者に対する利用者の理解・協力を啓発する取り組みの推進――などが示された。

さらに、「こどもたちのために何がもっともよいことかを常に考え、こどもたちが健やかで幸せに成長できるような社会を実現する」という「こどもまんなか宣言」の趣旨に賛同する企業・個人・自治体などを「こどもまんなか応援サポーター」に任命し、それぞれで必要な取り組みを実践してもらうことを規定。このほか、その内容を発表する「こどもまんなか応援プロジェクト」に取り組むと定めた。こども・子育てを応援する地域や企業の好事例の共有や各地域でリレーシンポジウムを開く方針も盛り込まれた。
6|未来戦略以外の少子化対策・子育て支援策
未来戦略に必ずしも明確に位置付けられていない少子化対策・子育て支援策として、与党が2023年12月に公表した2024年度税制改正大綱では、子育て世帯の住宅ローン拡充として、借入限度額を引き上げる方針が盛り込まれた。新築などの認定住宅については500万円、新築の省エネルギー基準適合住宅は1,000万円の上乗せ措置が講じられた。さらに、子育て世帯に関する生命保険料に関して、4万円の適用限度額に2万円を上乗せする措置が盛り込まれた。

地方財政での対応では、自治体が地域の実情に応じた独自の施策を展開できるようにするため、地方財政計画の一般行政経費(単独)を1,000億円増額。さらに、自治体の子育て支援経費の全体像を分かりやすく示すため、自治体に配分される普通交付税の算定ルールが見直される。具体的には、人口をベースに算定されている「社会福祉費」「衛生費」などのうち、こども・子育てに関する部分を「こども子育て費」(仮称)に統合し、「18歳以下人口」を基準にして普通交付税を算定する方向性も打ち出された。

さらに、子育て支援に関わる自治体の施設整備や環境改善を支えるため、公共施設における子育て相談室の整備や児童館・保育所の空調、遊具整備などに使える「こども・子育て支援事業債(仮称)」が創設されることとなり、総務省が毎年度、策定している「地方債計画」に450億円が計上された。

このほか、ヤングケアラーを支援するための法整備が検討されており、2024年通常国会で子ども・若者育成支援推進法を改正し、国や自治体が支援に努める対象にヤングケアラーを加える方向と報じられている8。以上のような記述を通じて、次元の異なる少子化対策(及び関連施策)として、様々な分野の施策が網羅されている様子を理解できる。

しかし、いくら大風呂敷を広げても、財源を伴わなければ実現可能性は担保されない。以下、未来戦略に沿って、次元の異なる少子化対策で打ち出されている財源対策の概要を取り上げる。
 
8 2023年12月26日『毎日新聞』などを参照。

4――次元の異なる少子化対策の財源対策

4――次元の異なる少子化対策の財源対策

1|少子化対策の財源
まず、未来戦略では財源対策として、こども家庭庁の下に、「こども・子育て支援特別会計(いわゆる「こども金庫」)を2025年度に創設する方針が明記された。その際には、年金特別会計子ども・子育て支援勘定や労働保険特別会計雇用勘定(育児休業給付)という既存の特別会計事業を統合することで、政策の全体像と費用負担の見える化を進めるとした。

さらに、2026年度までの「加速化プラン」の予算規模として、国・地方の事業費ベースで計3.6兆円程度と予想されており、その内訳については、先に上げた施策の整理に沿って、「経済的支援の強化や若い世代の所得向上」に約1.7兆円、「全てのこども・子育て世帯を対象とする支援の拡充」に約1.3兆円、「共働き・共育ての推進」に約0.6兆円とされている。

その上で、約3.6兆円に及ぶ財源については、未来戦略では「国民的な理解が重要」としつつ、(1)既定予算の最大限の活用等、(2)歳出改革の徹底等――の2つで賄うことで、実質的な国民負担を増やさない方針が強調されている。
図表4:次元の異なる少子化対策の財源対策のイメージ
このうち、(1)の既定予算の最大限活用では、子ども・子育て拠出金など既定の財源とか、消費増税を充当している歳出の執行見直し、インボイス制度導入に伴う消費税収相当分などを活用しつつ、約1.5兆円を確保すると規定された。

さらに、(2)の約2.1兆円に関しては、2028年度までに徹底した歳出改革を通じて確保する財源と説明されており、公費(税金)と社会保険料負担に区分されている。このうち、前者では約1.1兆円の公費(税金)の歳出削減効果が見込まれており、予算編成を通して少子化対策に充当するという方針が示された。

一方、後者の残りの1.0兆円程度に関しては、賃上げによる保険料の増収効果に加えて、軽減される社会保険料負担の範囲内で、新設される「支援金」で賄う方針が打ち出された。さらに、2026年度から2028年度まで段階的に制度を整備する方向性、2028 年度までに安定財源を確保するまでの間の「つなぎ財源」として「こども・子育て支援特例公債」を特別会計から発行する方針も盛り込まれた。約3.6兆円に及ぶ財源対策のイメージは図表4の通りである。

なお、歳出改革策に関しては、「全世代型社会保障構築を目指す改革の道筋(改革工程)」(以下、「改革工程」と表記)が2023年12月に閣議決定されており、その内容は(下)で述べる。
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保険研究部   上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任

三原 岳 (みはら たかし)

研究・専門分野
医療・介護・福祉、政策過程論

経歴
  • プロフィール
    【職歴】
     1995年4月~ 時事通信社
     2011年4月~ 東京財団研究員
     2017年10月~ ニッセイ基礎研究所
     2023年7月から現職

    【加入団体等】
    ・社会政策学会
    ・日本財政学会
    ・日本地方財政学会
    ・自治体学会
    ・日本ケアマネジメント学会

    【講演等】
    ・経団連、経済同友会、日本商工会議所、財政制度等審議会、日本医師会、連合など多数
    ・藤田医科大学を中心とする厚生労働省の市町村人材育成プログラムの講師(2020年度~)

    【主な著書・寄稿など】
    ・『必携自治体職員ハンドブック』公職研(2021年5月、共著)
    ・『地域医療は再生するか』医薬経済社(2020年11月)
    ・『医薬経済』に『現場が望む社会保障制度』を連載中(毎月)
    ・「障害者政策の変容と差別解消法の意義」「合理的配慮の考え方と決定過程」日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク編『トピック別 聴覚障害学生支援ガイド』(2017年3月、共著)
    ・「介護報酬複雑化の過程と問題点」『社会政策』(通巻第20号、2015年7月)ほか多数

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