2024年01月16日

気候変動と健康の議論-COP28の「気候と健康宣言」-何が宣言されたのか?

保険研究部 主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員 篠原 拓也

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4――気候と健康のソリューション

今回、COP28で気候と健康について議論が行われるにあたり、WHOは、「ヘルスソリューション」を公表している。そこでは、24の具体的な取り組み(ケーススタディ)が示されている。

1気候変動の健康への影響への対応として8つのケーススタディが示されている
気候変動の健康への影響として、自然災害などによる直接的影響の拡大と、感染症を媒介する生物の生息範囲の拡大等による二次的影響が考えられる。これらへの対応として、8つのケーススタディが示されている。

このうち、国際的な取り組みとして、熱波との闘いと都市気候アジェンダ(気候変動に強靭な都市を目指す開発計画)の再構築、蚊へのボルバキア細菌の導入によるデング出血熱等の世界的蔓延の抑制について、次節以降で簡単に見ていく。
4――運輸種類別の影響
図表3. 健康への影響への対応 (8つのケーススタディ)
2熱波との闘いのため、個人、地域、都市の3つのレベルでの活動を進めている
インドのスラム居住者は、熱を閉じ込める素材でできた脆弱なインフラにより、熱ストレスの影響を多く受けている。密集した家屋は暑熱の不快感だけではなく、埃、灰、煙、化学物質等の汚染も深刻となる。在宅労働者は屋内で過ごす時間が長いため、汚染物質の影響を受けて、肺炎、脳卒中、肺がんなどの病気にかかりやすい。特に女性は屋内で仕事をして過ごすことが多く、そのリスクが高い。

インドの草の根の開発組織マヒラ・ハウジング・トラスト(MHT)が主導して、3つのレベルでの活動を進めている。まず、女性個人・世帯レベルで、気候変動に関する知識や考え方を身につけるためのコミュニケーションを実施。併せて、地域社会レベルで、住居の熱を逃がすための涼しい屋根の技術を用いた住居建築を進める。さらに、都市レベルで、地方自治体と協力して都市の暑熱からの公衆衛生保護に向けたヒートアクションプログラムを策定・実施している。

MHTは、こうした取り組みを南アジアの30以上の都市で行ってきた。今後、さらにインド、ネパール、バングラデシュの16都市にも拡大するとしている。

3蚊媒介感染症拡大への対応策として、ボルバキア細菌の導入が模索されている
蚊が関係する病気の防止に取り組む「世界蚊計画」(WMP)は、すべての昆虫種の50%ですでに発見されている天然の細胞内共生細菌ボルバキアを、ネッタイシマカの細胞に導入した。この細菌はウイルスと競合して、ウイルスが蚊の宿主で複製する能力を劇的に低下させる。その結果、ウイルスのヒトへの伝播が制限され、蚊媒介感染症の蔓延を防ぐことにつながる。

地球温暖化に伴い、蚊の生息する期間や地域が拡大して、デング熱、チクングニア熱などの感染症が増大することに対するソリューションの1つとして注目されている。

4保健制度からの温室効果ガス排出削減取り組みとして、14のケーススタディが挙げられている
ヘルスソリューションでは、保健制度からの温室効果ガス排出量を削減する取り組みとして、14のケーススタディが挙げられている。介入の事例としては、保健施設のためのソーラーミニグリッドの採用や、統合早期警戒システム(EWS)などがある。

保健制度自体も排出削減を進めることで、温暖化防止に寄与しようとする取り組みと言える。
図表4. 温室効果ガス排出量を削減する取り組み (14のケーススタディ)
5|汚染物質への取り組み等として2つのケーススタディが示されている
気候緩和プロジェクトの中に、PM2.5のような汚染物質への取り組みや健康的で持続可能な食生活の促進といった健康への配慮を取り入れる動きもある。具体事例として、クリーンなコンロ市場の促進、自転車のような自走輸送の促進などがある。2つのケーススタディが挙げられている。

このうち、6都市での大気汚染対策について、次節で簡単に見ていく。
図表5. 汚染物質への取り組み等 (2つのケーススタディ)
6大気汚染の発生源を特定することで、各都市での効果的な政策決定を促した
グローバルな公衆衛生機関バイタルストラテジーズは、アクラ(ガーナの首都)、バランキージャ(コロンビアの都市)、北京、ジャカルタ、カンパラ(ウガンダの首都)、ニューヨークの6都市に拠点を置き、各都市で、気候変動対策と大気浄化対策の推進に向けて、健康データの活用と保健セクターとの連携の取り組みをまとめ、大気浄化対策を進めた。大気汚染の発生源と影響を分析、特定することにより、各都市での効果的な政策決定を促した。

北京では、さまざまな発生源から大気汚染の健康への影響に関する証拠を収集し、関連出版物が増えて人々の理解が進んだことで、大気汚染対策の資金調達が2013~17年にかけて約6倍に増加。

ニューヨークでは、データの収集により、2015年までに住宅建築にクリーンな燃料を使用することを義務付けたクリーン暖房法が2010年に制定された。

ジャカルタでは、医学生が健康促進と大気汚染の健康影響に関する教育を実施したり、血圧、血中尿酸値、血糖値などの一般的な健康評価も進めたりした。

5――おわりに (私見)

5――おわりに (私見)

本稿では、COP28の「気候と健康宣言」の内容を中心に、気候変動と人々の健康に関する動きを概観していった。宣言では、共通目標、資金面の必要性が示されており、健康への影響を緩和する取り組みが世界レベルで開始される見通しとなった。

一昨年公表されたIPCC第2ワーキンググループの第6次評価報告書によれば、感染症、大気汚染、メンタルヘルスなど、様々な経路で、気候変動が健康に影響をもたらすものと考えられる。WHOは、COP28に先立って、「ヘルスソリューション」を公表しており、その中で、24のソリューションをケーススタディとして挙げている。その中には、世界的な取り組みとして進められている事例もある。

こうした取り組みは、対症療法的な一過性のものとすべきではない。調査・研究に基づく、作用機序の解明をもとに、息の長い着実な取り組みとしていく必要があろう。そもそも気候変動問題自体が、長期的な課題である以上、その対応策には持続可能性が要件として求められよう。

世界各国で展開される、公衆衛生確保のための有効かつ持続可能な気候変動対策について、引き続きウォッチしていくこととしたい。

 
(参考資料)
 
“COP28 UAE Declaration on Climate and Health”(COP28)
 
“Guiding Principles on Financing Climate and Health Solutions”(COP28)
 
“Climate Change 2022: Impacts, Adaptation and Vulnerability”(IPCC WG2, 2022)
 
“Water scarcity”(UNICEF, WASH(Water, Sanitation and Hygiene) and climate change)
 
“Over 120 countries back COP28 UAE Climate and Health Declaration delivering breakthrough moment for health in climate talks”(COP28 UAE Press Release)
 
“Climate change”(WHO, Health Topics, 12 Oct 2023)
 
“Climate and Health Solutions Space”(WHO)
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保険研究部   主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員

篠原 拓也 (しのはら たくや)

研究・専門分野
保険商品・計理、共済計理人・コンサルティング業務

経歴
  • 【職歴】
     1992年 日本生命保険相互会社入社
     2014年 ニッセイ基礎研究所へ

    【加入団体等】
     ・日本アクチュアリー会 正会員

(2024年01月16日「基礎研レター」)

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