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気候変動と健康の議論-COP28の「気候と健康宣言」-何が宣言されたのか?
保険研究部 主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員 篠原 拓也
1――はじめに
しかしその後、COP28は、最終的な成果文書における「化石燃料の削減を促す方針」の明記や、「化石燃料の段階的廃止」の記載見送りといった、関係国の合意の内容に関心が移った。その結果、気候変動と健康のテーマについては、注目度がやや低下したように思われる。
本稿では、COP28をはじめ、関係する諸資料をもとに、その内容を見ていくこととしたい。
2――気候と健康宣言の内容
1|気候と健康の問題に関する会合が初めて開催され、宣言が採択された
COP28では、世界保健機関(WHO)と、議長国であるアラブ首長国連邦(UAE)が、気候変動と健康の問題を主導した。12月3日を「ヘルスデー」と位置づけて、初めて各国の保健大臣による関連会合を開催した。
その結果、コロナ禍の教訓などを踏まえて、医療提供体制の強化などを進める「COP28気候と健康に関するUAE宣言」(以下、「宣言」)1 が、日本など123ヵ国の賛同により採択された。
宣言では、気候変動に対する行動をとることの緊急性を認識し、温室効果ガス排出の削減による健康への便益に留意したうえで、次の共通目標を追求することをコミットするとしている。
1 “COP28 UAE Declaration on Climate and Health”(COP28)
3――気候変動が健康に与える影響
1|蚊やダニが熱帯性感染症を媒介
気候変動は、ハマダラカが媒介するマラリア、ネッタイシマカやヒトスジシマカが媒介するデング熱やチクングニア熱、マダニが媒介するライム病など、ベクター媒介疾患の地理的分布と有病率に影響を与えているとされる。これらの感染症の蔓延には、気温、降雨量の変化、ベクターに適した生息地の拡大などが関係しているという。
特に熱帯や亜熱帯地域の女性は、これらの媒介生物による感染症に見舞われるリスクが高く、妊婦が感染した場合、母子の健康に影響を及ぼす可能性がある。
2|食料と水による感染症も健康を悪化させる
気候変動は、生活用水や農業に悪影響をもたらしている。干ばつや洪水などの異常気象は、水源の汚染をもたらす。その結果、貧困地域では、食品媒介感染症や水系感染症の発生頻度が増している。
ユニセフのまとめによると、現在、20億人超の人々が水の供給が不十分な国で生活している。2040年には、世界の子どもたちの4人に1人が極端に水ストレス(水不足により日常生活に不便が生じている状態)の高い地域で暮らすことになるだろう、としている。3これは、主にアフリカやアジアで、栄養不足や下痢を引き起こすと予想されている。
3|大気汚染による死亡は増加
化石燃料の燃焼によって引き起こされる大気汚染は、肺感染症のリスクを高める一因となる。特に、喘(ぜん)息に苦しんでいる人や、HIVや結核に感染している人にとって深刻で、死に至ることもある。
COP28の気候変動と健康に関するプレス発表によれば、毎年約900万人が大気汚染の結果として死亡している。高温関連の疾病や死亡は上昇している。さらに、1億8900万人が異常気象に関連した(健康に影響する)事象にさらされているという。4
4|影響は、メンタルヘルスにも及ぶ
気候変動の影響は、身体的な健康だけにとどまらず、精神的な健康にも影響を与える。台風や豪雨、洪水などの自然災害の増加、生計手段の喪失、移動や移住は、抑うつ、不安、心的外傷後ストレス障害(PTSD)等の精神障害を引き起こす可能性がある。
5|医療制度にも影響が及ぶ
異常気象や気候変動は、医療制度にも影響を与える。WHOのまとめ5によれば、さまざまな形で、ユニバーサル・ヘルスケアの実現が危険にさらされる。例えば、既存の疾病負担(疾病の影響の大きさを罹患率、死亡率、治療日数、医療費などの指標で表したもの)が悪化したり、保健サービスへのアクセスが滞ったりする。現在、世界人口の約12%にあたる9.3億人以上が、家計の10%以上を医療費に充てている。最貧困層の人々は保険に加入していない。気候変動は、こうした傾向を悪化させるという。
6|影響は、脆弱な人々に不均衡に及ぶ
気候危機の影響は、全員が平等に受けるわけではない。化石燃料を多く使った人々と、気候変動で苦しむ人々の関係は、地域や世代などの面で異なっている。貧困層、女性や性的マイノリティ、移民の人々ほど、影響を受けやすく、苦しむことになりやすい。
WHOのまとめによれば、すでに 36 億人が気候変動の影響を非常に受けやすい地域で暮らしている。2030~50年の間に、気候変動により、栄養不足、マラリア、下痢、熱ストレスだけで、さらに年間約 25 万人が死亡すると予想されている。
2 “Climate Change 2022: Impacts, Adaptation and Vulnerability”(IPCC WG2, 2022)
3 “Water scarcity”(UNICEF, WASH(Water, Sanitation and Hygiene) and climate change)
4 “Over 120 countries back COP28 UAE Climate and Health Declaration delivering breakthrough moment for health in climate talks”(COP28 UAE Press Release)より。なお、同プレスリリースでは、1億8900万人が異常気象に関連した事象にさらされているとあるのみで、これが健康に影響する事象であること(括弧書き部分)は、筆者の解釈による。
5 “Climate change”(WHO, Health Topics, 12 Oct 2023)
(2024年01月16日「基礎研レター」)
保険研究部 主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員
篠原 拓也 (しのはら たくや)
研究・専門分野
保険商品・計理、共済計理人・コンサルティング業務
03-3512-1823
- 【職歴】
1992年 日本生命保険相互会社入社
2014年 ニッセイ基礎研究所へ
【加入団体等】
・日本アクチュアリー会 正会員
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