2024年01月16日

新たな金融手法「ブレンデッド・ファイナンス」-気候変動対策への活用

総合政策研究部 准主任研究員 鈴木 智也

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4――環境変動対応型ブレンデッド・ファイナンスと民間投資家

民間投資家の気候変動対応型のブレンデッド・ファイナンスに対する関心は、2021年にグラスゴー金融同盟(GFANZ7)が創設され高まりを見せている。

グラスゴー金融同盟は、前イングランド銀行総裁のマーク・カーニー氏が提唱した金融機関の有志連合であり、2050年までに温暖化ガス排出量のネット・ゼロを目指す企業の集まりである。銀行や保険、資産運用会社など、50ヵ国地域から650を超える金融機関が加盟し、加盟金融機関の総資産は、世界の民間金融資産の4割を占めるなど、国際社会や市場に対して大きな影響力がある。

グラスゴー金融同盟の傘下には、8つの独立した金融同盟があり、その中の1つに機関投資家で構成されるネット・ゼロ・アセット・オーナー・アライアンス(以下NZAOA8)がある。NZAOAは、2019年に国連環境計画・金融イニシアチブ(UNEPFI9)と、国連責任投資原則(PRI10)によって発足した国際的なイニシアチブであり、メンバー企業はそれぞれ、2025年に22%~32%、2030年に40%~60%の範囲で、二酸化炭素排出量を削減する目標を掲げ、ポートフォリオの排出削減に取組んでいる。

NZAOAはブレンデッド・ファイナンスに関して、新興国および発展途上国への投資を拡大し、気候変動対策における資金不足を埋める手段になると考えており、各国政府・関連機関に政策的支援を拡大するよう主張している。加えて、ブレンデッド・ファイナンスは、先進国市場においてもクリーン・テクノロジー・インパクト投資分野で、機関投資家のリスク・リターン・ニーズを満たし、投資規模を拡大するうえで有用であることも指摘している11

メンバー企業は、NZAOAの理念に沿った投資行動を取ることから、民間投資家のブレンデッド・ファイナンスへの資金供給が増えていくことが期待される。
 
7 正式名称「Glasgow Financial Alliance for Net Zero」。
8 正式名称「Net-Zero Asset Owner Alliance」。
9 正式名称「United Nations Environment Programme Finance Initiative」。
10 正式名称「Principles for Responsible Investment」。
11 NZAOA「Scaling Blended Finance UN-convened Net-Zero Asset Owner Alliance Discussion Paper」(2021年11月)

5――気候変動対応型ブレンデッド・ファイナンスの広がり

5――気候変動対応型ブレンデッド・ファイナンスの広がり

ブレンデッド・ファイナンスは、歴史的に開発金融に導入されてきた背景から、気候変動対応型の取組みも、やはり新興国や発展途上向けの取組みが多い。

2020年から2022年の取引比率をみると、ケニアやナイジェリアを含むサブサハラ/アフリカ地域、ブラジルやコロンビアを含む南米/カリブ地域の比率が高くなっている[図表5左]。所得階級別には、中所得国が変動対応型のブレンデッド・ファイナンスの中心となっていることも分かる[図表5右]。ただ、投資額でみると、高中所得国と低中所得国は、2022年の取引実績の約95%を占め、低所得国、高所得国向けの投資額は非常に少ない。
[図表5]気候変動対応型ブレンデッド・ファイナンスの取引比率
これまでに資金供給が少ない発展途上国・新興国の脱炭素化を支援する、複数の国際的なイニシアチブが立ち上がっている。2021年のCOP26で締結された「公正なエネルギー移行パートナーシップ(JETPs12)」は、パートナー国での高排出インフラの早期退役の加速化と、再生可能エネルギー及び関連インフラへの投資のための支援をパートナー国が連携し、実施するパートナーシップであり、米国、日本、EU、英国などが支援している。また、民間団体が創設した「人と地球のためのグローバル・エネルギー同盟(GEAPP13)」は、米アマゾン・ドット・コム創業者のジェフ・ベゾス氏やロックフェラー財団などが拠出しており、発展途上国の再生可能エネルギーへの移行を加速させる新たな戦略や技術の導入を支援する。いずれも、ブレンデッド・ファイナンスの活用を前提とした取組みである。

先進国では、気候変動対策としてブレンデッド・ファイナンスが利用される例は少ないものの、日本で大きな動きが進んでいる。それが、今後10年間に官民合わせて150兆円の投資実現を目指す、グリーン・トランスフォーメーション(GX)改革である。日本では2050年のカーボン・ニュートラルを実現するため、国が20兆円を「GX経済移行債」で調達し、それを呼び水として民間投資をGX分野に誘導する計画が進行中である。GX投資には、政策リスク、技術リスク、需要リスクなど、様々なリスクが存在するため、この大きな部分を公的資金が補完し、民間による資金供給を促進しようというものである。これまでに対処したことがないリスクを扱う仕組みとなることから、新たな金融手法として知見を蓄積している。
 
12 正式名称「Just Energy Transition Partnership」
13 正式名称「Global Energy Alliance People &Planet」

6――課題

6――課題

ブレンデッド・ファイナンスは、気候変動対策における資金ギャップを埋める手段となり得るが、その投資規模は、当初期待されたほどには拡大していない。

その要因には、(1)民間資金の投資リスクを軽減する譲許的資本の供給が少ないこと、(2)官民の資金を組み合わせる標準化された仕組みが無いこと、(3)投資に関する情報やデータの透明性が確保されていないこと、(4)高度な専門性が投資判断に求められること、(5)開発成果を適切に評価するための標準的な測定ツールがないこと、などの課題が挙げられる。

中でも、とりわけ民間資金の呼び水となる公的資金の不足は、リスクの高い発展途上国への投資で大きな問題となる。民間資金の出し手である機関投資家は、信用格付けがBB以下(投資不適格債券)になると、多くの場合、投資の実行・継続が難しくなる。このような制約を持つ機関投資家を呼び込むには、少なくともBBB格以上(投資適格水準)の格付けが必要になる。その一方で、ブレンデッド・ファイナンスで資金調達されるプロジェクトは、先例のないビジネスモデルや野心的な目標を掲げた技術開発プロジェクト、リスクの高い発展途上国のプロジェクトなどであることが多く、損失リスクの吸収には厚いバッファーが必要になる。ただ、各国の政府・関連機関のバランスシートは悪化するマクロ経済環境への対応で痛んでおり、早期の回復を期待することが難しくなっている。

これからブレンデッド・ファイナンスを拡大していくには、各国が単独で動くだけでは十分ではない。国際機関や各国機関、企業、非政府組織など様々な主体と連携し、実績を積み上げる中で知見やデータを蓄積し、最小の公的資金で大規模に民間資金を動員できる、新たな仕組みを作り上げていく必要がある。その過程では、強いリーダーシップや政治的な決断も求められることだろう。

7――おわりに

7――おわりに

ブレンデッド・ファイナンスは、社会課題を解決する金融手法として、今後ますます注目を集めて行くと思われる。発展途上国・新興国への資金供給の拡大においては勿論のこと、先進国における脱炭素化技術の開発や、早期の社会実装にも用いられる有用な金融手法となるだろう。

その意味で、日本で今般進む取組みは意義がある。ブレンデッド・ファイナンスの仕組みは、国際的にまだ定まった形がないことから、こうした取組みで知見を蓄積することが重要だ。少ない公的資金で、如何に大きな成果を生み出せるか。その仕組みを模索する試みに注目していきたい。
 
 

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総合政策研究部   准主任研究員

鈴木 智也 (すずき ともや)

研究・専門分野
経済産業政策、金融

経歴
  • 【職歴】
     2011年 日本生命保険相互会社入社
     2017年 日本経済研究センター派遣
     2018年 ニッセイ基礎研究所へ
     2021年より現職
    【加入団体等】
     ・日本証券アナリスト協会検定会員

(2024年01月16日「基礎研レター」)

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