2024年01月16日

新たな金融手法「ブレンデッド・ファイナンス」-気候変動対策への活用

総合政策研究部 准主任研究員 鈴木 智也

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1――はじめに

国際エネルギー機関(IEA)の分析1によると、世界が2050年までにネット・ゼロに向けた軌道に乗るには、2030年までに年間約4.5兆ドルのクリーン・エネルギー関連投資が必要だとされる。また、2022年にエジプトのシャルム・エル・シェイクで開催された、国連気候変動枠組条約第27回締約国会議(COP27)の合意文章2には、2050年までにネット・ゼロを達成するには、2030年までに再生可能エネルギーに年間約4兆ドル、低炭素経済への世界変革には、少なくとも年間4~6兆ドルの投資が必要になると明記されている。また、国際再生可能エネルギー機関(IRENA)の推計3でも、エネルギー転換技術を含めた関連投資が、2030年までに年間約5兆ドル必要になるとされており、これは2022年の投資実績1.3兆ドルの約4倍に相当する。これから短期間で、世界の投資規模を大きく拡大しなければならない。

ただ、これだけ大規模な投資を、公的資金だけで賄っていくことは難しい。2020年以降、ポスト・コロナやインフレ対策、複雑化する国際情勢への対応で、財政に余裕のある国は多くない。この資金ギャップを埋めるには、民間資金を大規模に動員していくことが欠かせない。

その手段として、いま注目を集めているのが、ブレンデッド・ファイナンス(Blended Finance)という金融手法である。ブレンデッド・ファイナンスは、公的資金と民間資金を組み合わせて、投資規模を拡大する仕組みであり、主に信用格付が低く民間資金が投じられ難い、発展途上国向けの資金調達手段として利用されて来た。それが近年、先進国のクリーン・エネルギー関連投資においても活用の範囲を拡げようとしている。

本稿では、このような古くて新しいブレンデッド・ファイナンスの金融手法に着目し、今後、拡大が見込まれる気候変動対策(GX分野)への活用について考察する。
 
1 IEA「Net Zero Roadmap A Global Pathway to Keep the 1.5 °C Goal in Reach」(2023年9月)
2 UN「Sharm el-Sheikh Implementation Plan」(2022年11月20日)
3 IRENA「Global landscape of renewable energy finance 2023」(2023年2月)

2――ブレンデットファイナンスの仕組み

2――ブレンデットファイナンスの仕組み

ブレンデッド・ファイナンスは、国際社会においては国連の持続可能な開発目標(SDGs)の実現を目指す手段としての活用が期待されている。その主な担い手には、国際開発金融機関である国際金融公社(IFC)やアジア開発銀行(ADB)、民間金融機関である銀行や保険会社、各国の政府機関や慈善団体などがある。ブレンデッド・ファイナンスでは、これらリスク選好やリスク許容度が異なる多様な主体が集まり、エネルギー・インフラの整備や衛生環境改善のためのプロジェクトなどに資金を提供する。その際、民間が負えない部分のリスクは公的部門が負担することになり、民間資金をプロジェクトに呼び込む触媒の役割を果たす。リスク・リターンが調整されたプロジェクトは、民間の投資目線に合うものとなり、官民の資金が合わさることで投資規模は拡大する。

このように公的資金がリスク吸収する仕組みは幾つかある。例えば、カナダに本拠地を置くブレンデッド・ファイナンスの国際的な推進組織「コンバージェンス(Convergence4)」は、この仕組みを4つの一般的なアプローチに分類している。すなわち、(1)譲許的資本、(2)保証・リスク保険、(3)技術支援、(4)助成金の4つである[図表1]。
[図表1]ブレンデッド・ファイナンスの一般的なアプローチ
(1) 譲許的資本は、公的資金がリスクの高い部分を引き受け、民間資金に追加的なリスクバッファーを提供し、プロジェクト全体の資本コストを引き下げる。一般的には、調達資金の返済順位に差を設ける優先/劣後構造が構築される。リスク許容度の高い公的資金は、最初に損失を吸収する劣後(Junior)部分を保有し、リスク許容度の低い民間資金は、相対的に損失リスクの低い優先(Senior)部分を保有する。この際、民間投資を促すことを目的とする公的資金は、市場より有利な条件で資金提供するのが一般的なため、プロジェクト全体の資本コストは低下し、弁済順位の高い優先部分を保有する民間資金は、自らの投資目線にあった水準で資金提供することが可能となる。

(2) 保証・リスク保険は、公的機関等がプロジェクトに保証や保険を提供して信用補完する。保証には、投資額の全額または一部を保障するものや、政治的リスクなど特定のリスクを補償するものがあり、損失が出た場合だけ支出が必要となる保証は、資金効率的で開発金融ツールとしての期待が大きい。実際、OECDの調査5では、直接投融資より多くの民間資金が動員できるとされる。

(3) 技術援助は、主に公的機関が補助金などを提供し、プロジェクトの準備や実施、より広範なビジネス環境の整備など様々な活動を支援する。資金調達から運営全般にわたる計画を最適化し、そのために必要な研究や調査(デュー・ディリジェンス)、運営人材を維持・強化するための教育を施し、プロジェクト全体のリスクを低減する。

(4) 設計段階の助成金は、プロジェクトの実現可能性や開発効果を改善し、民間資金を大規模かつ持続的に呼び込むため、プロジェクトの立ち上げ・設計段階で提供される。

最も一般的に使用される手法は、公的資金が提供する譲許的資本(株式や低利融資など)であり、7割を超えるプロジェクトで使用されている[図表2]。
[図表2]ブレンデッド・ファイナンスの類型(件数)
 
4 Convergence は、2015年に世界経済フォーラム(WEF)および経済協力開発機構(OECD)が主導するイニシアチブ"Redesigning Development Finance Initiative”の一環で設立された民間組織。発展途上国におけるブレンデッド・ファイナンスに焦点を当て、発展途上国における民間資金の投資を促進することを目指す。
5 OECD「THE ROLE OF GUARANTEES IN BLENDED FINANCE」(2021年5月)

3――環境変動対応型ブレンデッド・ファイナンスの現状

3――環境変動対応型ブレンデッド・ファイナンスの現状

実のところ、気候変動は既にブレンデッド・ファイナンスや政府開発援助(ODA)など、より広範な持続可能な開発の中心にある。コンバージェンス6によれば、気候変動対応型のブレンデッド・ファイナンスは、投資件数で市場全体の約半分、年間投資額で3分の2以上を占めるとされる[図表3]。
[図表3]気候変動対応型のブレンド・ファイナンス
ただ、気候変動対応型のブレンデッド・ファイナンスは、足元で縮小傾向にある。2022年の気候変動対応型の投資件数は、45件と前年比で約3割減し、年間投資額も約57%減少して、直近10年間で過去最低を記録している。気候変動対応型のブレンデッド・ファイナンスが、投資件数全体に占める割合は、10年平均の5割超から3割強の水準まで低下してきた。

世界では、気候変動に対する関心が高まっているにも関わらず、気候変動対応型のブレンデッド・ファイナンスが減少している背景には、国際的に悪化したマクロ環境の変化がある。例えば、2020年以降に深刻化したコロナ禍では、ロックダウンや経済活動の自粛が続き、各国の経済社会が麻痺し、各国の財政負担が増加した。また、2022年に勃発したロシア・ウクライナ戦争では、物流網の混乱や一次産品の高騰で、各国の物価が大きく高騰した。さらに、パキスタンやリビアで大規模な洪水が被害をもたらすなど、緊急の人道的支援が必要となる案件が増えている。こうしたマクロ面の動きが重なり、気候変動に割く資金が世界的に減少したことが影響したとされる。

なお、気候変動への取組みは、原因物質の温室効果ガスを削減する「緩和(Mitigation)」、気候変動の悪影響を軽減する「適応(Adaptation)」、両者の特性を併せ持つ「ハイブリッド(Hybrid)」の3つに分けることができる。

気候変動対応型のブレンデッド・ファイナンスにおいては、そのほとんどが緩和であり、年間取引件数の約6割(25件程度)、年間投資総額の約7割(65億ドル程度)を占めている。緩和は、温室効果ガスの排出削減に直接つながるため、定義が明確で目標の設定がしやすく、排出量取引を通じて投資収益を上げやすいなど、投資を手掛けやすい特徴がある。

取組み別に次に多いのはハイブリットである。ハイブリッドは、年間取引件数の約25%(10件程度)、年間投資総額の約2割(18億ドル程度)を占めている。農業分野が取組みの中心であり、インフラ、金融サービス、住宅、不動産など幅広い領域が対象となる。緩和と適応の両者の特徴を併せ持つことが特徴であり、農業分野では二酸化炭素の排出防止は緩和、食糧供給の確保が適応に該当する。

資金集めに最も苦労するのは適応である。適応は、年間取引件数の約15%(6件程度)、年間投資総額の約1割(7億ドル程度)を占めるに過ぎない。高リスク・低リターンとの認識が持たれる適応は、目的達成に掛かる時間の長さや、投資家の基準を満たさない取引規模の小ささ、投資成果を図るのに標準化された基準がないといった特徴が影響し、なかなか投資規模を拡大できないでいる。

民間資金のリスクを低減する手法については、気候変動対応型のブレンデッド・ファイナンスにおいても譲許的資本が中心である。譲許的な手段としては、シニア債(Senior Debt)の利用が一般的であり、次いで劣後債(Subordinate Debt)の利用が多い[図表4]。以前は、複数の譲許的手段を用いられて来たが、最近は投資家を惹きつけるため、よりシンプルな構造に変わって来たようだ。
[図表4]気候変動型ブレンデッド・ファイナンスの譲許的資本(件数)
 
6 Convergence「State of Blended Finance 2023」(2023年10月25日)
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総合政策研究部   准主任研究員

鈴木 智也 (すずき ともや)

研究・専門分野
経済産業政策、金融

経歴
  • 【職歴】
     2011年 日本生命保険相互会社入社
     2017年 日本経済研究センター派遣
     2018年 ニッセイ基礎研究所へ
     2021年より現職
    【加入団体等】
     ・日本証券アナリスト協会検定会員

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