2024年01月12日

リベンジ消費はなぜ不発なのか-過剰貯蓄による押し上げ効果はすでに消滅

経済研究部 経済調査部長 斎藤 太郎

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● リベンジ消費はなぜ不発なのか-過剰貯蓄による押し上げ効果はすでに消滅

(下振れが続く個人消費)
新型コロナウイルス感染症の影響で急速に落ち込んだ個人消費は、新型コロナの収束とそれに伴う社会経済活動の正常化に伴い急回復することが期待されていた。しかし、コロナ禍で抑圧されていた消費が一気に拡大する現象、いわゆる「リベンジ消費」は今のところ顕在化しておらず、個人消費の回復ペースは鈍いものにとどまっている。2023年5月には新型コロナウイルス感染症の感染症法上の位置付けが5類に変更されたが、GDP統計の民間消費は2023年4-6月期が前期比▲0.6%、7-9月期が同▲0.2%と逆に停滞色を強めている。
図表1 下振れが続く民間消費の見通し 日本経済研究センターの「ESPフォーキャスト調査」で民間消費の予想を時系列でみると、2021年12月調査では2022年10-12月期にコロナ禍前(2019年平均)の水準を上回ることが予想されていた。しかし、その後の下振れを受けて、民間消費のコロナ禍前の回復時期は2022年12月調査では2024年1-3月期、直近の2023年12月調査では2024年7-9月期へと後ずれしている(図表1)。
社会経済活動の正常化にもかかわらず消費が低迷している背景には、言うまでもなく物価高による悪影響がある。しかし、前年比で2%を超える物価上昇は2022年4月に始まっており、そうした中でも2022年度中の個人消費は比較的堅調に推移していた。この背景には、コロナ禍の度重なる行動制限に伴う消費水準の大幅低下、特別定額給付金の給付などの各種支援策によって、家計の貯蓄率が高水準となっていたことがある。
図表2 実質家計消費支出の変動要因 GDP統計の実質家計消費支出の伸び(前年比)を要因分解すると、2021年4-6月期以降、物価要因(家計消費デフレーターの上昇)が消費の下押し要因となり、2022年度入り後は押し下げ幅が拡大したが、高水準の貯蓄率を引き下げることによる押し上げ効果がそれを上回り、消費は底堅さを維持していた。しかし、2023年度に入ると物価要因による大幅な押し下げが続く中で、貯蓄率要因による押し上げ幅が大きく縮小し、消費がほとんど伸びなくなっている(図表2)。

家計貯蓄率が平常時の水準に近づいてきたことにより、貯蓄率の引き下げ余地がなくなりつつある。
(家計貯蓄率はコロナ禍前の水準を下回っている可能性)
内閣府の「家計可処分所得・家計貯蓄率四半期別速報(参考系列)」によれば、家計貯蓄率はコロナ禍前の2015~2019年平均で1.2%だったが、2020年4月の緊急事態宣言の発令によって消費の水準が急激に落ち込んだこと、特別定額給付金の支給によって可処分所得が大幅に増加したことから、2020年4-6月期に21.5%へと急上昇した。その後、行動制限の緩和や解除によって消費が持ち直したこと、物価高によって消費金額が膨らんだことから、家計貯蓄率は2023年4-6月期には1.8%まで低下した。

さらに、2023年12月25日に内閣府から公表された国民経済計算の2022年度年次推計では、家計貯蓄率が2020年度(12.1%→11.8%)、2021年度(7.1%→6.3%)、2022年度(2.5%→1.7%)のいずれも下方改定された。2020~2022年度の家計消費支出が上方修正されたことが、家計貯蓄額の減少、家計貯蓄率の低下につながった。

現時点では、2022年度年次推計を反映した四半期系列の計数(季節調整値)は公表されていないが、2024年1月下旬に予定されている2023年7-9月期の「家計可処分所得・家計貯蓄率四半期別速報(参考系列)」が公表される際には、過去に遡って家計貯蓄率が下方修正される可能性が高い。
図表3 家計貯蓄率はコロナ禍前の水準を下回っている可能性 2022年度年次推計を反映した計数のうち、現時点で公表されているのは、年度では2022年度まで、四半期では2023年1-3月期まで(ただし、原系列のみ)となっている。そこで、現時点で入手できる計数を用いて、2023年7-9月期までの家計貯蓄率(季節調整値)を試算したところ、2021年度以降の水準が下方修正され、2023年1-3月期以降はゼロ%台となった(図表3)。足もとの家計貯蓄率はすでにコロナ禍前の水準を下回っている公算が大きい。
(実質可処分所得の水準はコロナ禍前よりも低い)
家計貯蓄率がコロナ禍前の水準を下回ったとみられるにもかかわらず、実質ベースの消費がコロナ禍前の水準を回復していないのは、実質可処分所得が減少しているためである。
図表4 実質可処分所得の増減要因 実質可処分所得をコロナ禍前(2019年平均)と比べると、一人当たり10万円の特別定額給付金が支給された2020年4-6月期には大幅に増加したが、その影響が一巡した後は大幅に減少し、2021年4-6月期以降は概ねコロナ禍前の水準を下回っている(図表4)。直近(2023年7-9月期)の実質可処分所得(ニッセイ基礎研究所による試算値)は、2019年平均を▲9.1兆円(季節調整済年率換算値、2019年の実質可処分所得比では▲3.0%)下回っているとみられる。内訳をみると、雇用者報酬(名目)は順調に伸びているが、物価高による押し下げ幅がそれを上回っている。また、その他所得は特別定額給付金による一時的な押し上げはあったが、雇用者報酬の増加に伴う「所得・富等に課される税」の増加などから、足もとでは実質可処分所得の減少要因となっている。
(積み上がった貯蓄は物価高で目減り)
フローベースの貯蓄はすでにコロナ禍前の水準を下回っているため、貯蓄率の引き下げによるリベンジ消費は今後も期待できない。しかし、家計にはコロナ禍で積み上がった累積的な貯蓄が潤沢にあるはずである。

実際、フローの貯蓄額が積み上がった結果、ストックとしての家計の現金・預金残高も大幅に増加している。家計の現金・預金残高はコロナ禍前から年間10~20兆円ペースで増加し2019年末には1,000兆円を超えたが、コロナ禍における貯蓄額の増加を受けて増加ペースが加速し、直近(2023年7-9月期)では1,100兆円台となっている。コロナ禍前のトレンドからの乖離幅は2022年7-9月期の51.6兆円をピークに徐々に縮小しているが、2023年7-9月期も43.8兆円と高水準を維持している(図表5-1)。

しかし、物価高は所得(フロー)だけでなく金融資産(ストック)の目減りにもつながる。家計の現金・預金残高を消費者物価(2020年基準)で実質化すると、コロナ禍前のトレンドを上回っていることは名目ベースと変わらないが、その水準は大きく異なる。実質現金・預金残高のトレンドからの乖離幅は2021年10-12月期に63.2兆円まで拡大したが、その後は物価上昇の影響で急速に縮小し、2023年7-9月期には9.3兆円(現金・預金残高の0.9%)となった(図表5-2)。

フローでみてもストックでみても、過剰貯蓄が消費を押し上げる力はなくなっている。
図表5-1 家計の現金・預金残高の推移/図表5-2 家計の現金・預金残高(実質)の推移
(対面型サービス消費の回復も期待外れ)
社会経済活動の正常化が進むもとでは、外食、宿泊などの対面型サービスが消費の牽引役となることが見込まれていたが、現時点では期待外れとなっている。

総務省統計局の「家計調査」によれば、対面型サービス消費(一般外食、交通、宿泊料、パック旅行費、入場・観覧・ゲーム代)は、最初に緊急事態宣言が発令された2020年4月にコロナ禍前(2019年平均)の2割程度の水準まで急速に落ち込んだ。その後、緊急事態宣言の再発令やまん延防止等重点措置の実施などの行動制限が繰り返されるたびに足踏み状態となったが、均してみれば持ち直しの動きが続いていた。2022年は特別な行動制限が課されなかったことからそのペースが加速する局面もあったが、2023年入り後は横ばい圏の動きとなっている。直近の対面型サービス消費は依然としてコロナ禍前よりも▲10%以上低い水準となっている(図表6)。

対面型サービス消費を世帯主の年齢別にみると、65 歳以上の高齢者は他の年齢層よりも落ち込みが大きかったうえに、その後の持ち直しペースも鈍い。34歳以下の若年層では、2022年以降にはコロナ禍前( 2015~2019 年平均)の水準を上回る月が増えているが、65歳以上の高齢者は一貫して34歳以下、35~64歳の伸びを下回り、足もとでもコロナ禍前を▲10%以上下回る水準にとどまっている(図表7)。 新型コロナはほぼ収束したものの、高齢者は重症化リスクが高いため、感染症への警戒感が依然として強く、外出や対人接触を避ける傾向が他の年齢層に比べて高いことがその背景にあると考えられる。 
図表6 対面型サービス消費の推移/図表7 年齢別の対面型サービス消費の推移
(消費は腰折れリスクの高い状態が続く)
物価高の影響は所得(フロー)だけでなく、コロナ禍で積み上がった金融資産(ストック)の目減りにもつながり、このことがリベンジ消費不発の原因となっている。

過剰貯蓄による押し上げ効果が今後も期待できない中で、個人消費が回復基調を維持するためには、名目賃金の伸びが物価上昇率を上回ることなどから、実質可処分所得が増加することが不可欠である。

ニッセイ基礎研究所では、2024年の春闘賃上げ率は前年を0.4ポイント上回る4.0%と予想しており、2024年度入り後は賃金の上昇ペースが加速することを見込んでいる。一方、消費者物価上昇率は2%台の推移が続き、日銀の物価目標である2%を割り込むのは2024年度後半となるだろう。このため、2022年4月から前年比でマイナスが続く実質賃金の伸びがプラスに転じるのは2024年度後半までずれ込む可能性が高い。2024年6月に実施予定の所得・住民税減税による一時的な押し上げ効果はあるものの、個人消費は当面腰折れリスクの高い状態が続くだろう。
 
 

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斎藤 太郎 (さいとう たろう)

研究・専門分野
日本経済、雇用

経歴
  • ・ 1992年:日本生命保険相互会社
    ・ 1996年:ニッセイ基礎研究所へ
    ・ 2019年8月より現職

    ・ 2010年 拓殖大学非常勤講師(日本経済論)
    ・ 2012年~ 神奈川大学非常勤講師(日本経済論)
    ・ 2018年~ 統計委員会専門委員

(2024年01月12日「Weekly エコノミスト・レター」)

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