2023年12月21日

改正ベトナム保険事業法(7)-財産保険・ダメージ保険(その1)

保険研究部 専務取締役 研究理事 兼 ヘルスケアリサーチセンター長 松澤 登

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1――はじめに

今回もベトナムにおいて大改正(2023年1月より施行)された保険事業法(Law on Insurance Business)の続き(7回目)を解説したい。

2023年保険事業法の英語版はベトナムの国会あるいは監督官庁である財務省としては出していないので、本稿は翻訳ソフトを使用してベトナム語を英語および日本語に翻訳したものをベースとしている。したがって正確に翻訳できていない可能性がある。これはこれまでと同様である。

本稿ではシリーズ7回目として保険事業法第2章保険契約(Insurance policy)の第3節財産保険契約(Property insurance  policy)・損害保険契約(Damage insurance policy)の最初の部分(43条~50条)について述べることとする。ここで損害保険契約とあるが、日本における概念とは異なり、後述の通り、たとえば信用保険などを指しているものと考えられる。そこで損害保険契約全体と区別するため、以下ではこの類型の保険をダメージ保険契約と表記する。

今回の解説部分は日本では原則保険法(一部保険業法)の取り扱う分野であり、ベトナム保険事業法と日本の保険法を比較しながら論じていきたい。なお、以降ではベトナム保険事業法を単に保険事業法と記載し、日本の保険法を単に保険法と記載するのでご留意願いたい。また、保険事業法の本稿で取り扱う該当部分と保険法のそれに対応する部分は保険会社と外国保険事業者の国内支店が対象となる条文だが、保険会社と外国保険事業者の国内支店を併せて保険企業等と呼称する。

2――財産保険契約・ダメージ保険契約の補償対象等(43条~44条)

2――財産保険契約・ダメージ保険契約の補償対象等(43条~44条)

1財産保険契約・ダメージ保険契約の目的(43条)
保険事業法43条は、財産保険契約・ダメージ保険契約に関する被保険者または保険金受取人(beneficiaries、以下被保険者で統一する)および保険の目的物について規定する。内容は以下の通りである。

(1) 財産保険契約は民法に定める財産について被保険者に対して補償する(同条1項)。
―保険法に財産保険契約の規定は存在しない。保険法は疾病傷害損害保険(34条と35条)以外の損害保険のサブカテゴリーを設けていないので保険法と比較することはできない。なお、日本でも民法の定める財産以外を補償する財産保険契約は想像しづらいので、日本とベトナムで差異はないように思われる。

(2) ダメージ保険契約の保険の目的は、金銭的価値、契約を履行する義務、または法的に要請される義務であって損害が発生したときに被保険者が負担すべきものを指す(同条2項)。
―保険事業法の文言だけではなかなかわかりにくい。そこで、ベトナムの財務省の保険市場に関する年次報告書1を見ると、保険事業法がサブカテゴリーとして規定する財産保険(上述)、責任保険(同法57条。次回で解説予定)に該当しないカテゴリーとしてCredit & Financial Risks insuranceが項目として挙げられている。これには、典型的には信用保険(融資先の破綻時に融資額を支払う)が該当する2。日本では、この点について保険業法3条6項によって保証証券業務が損害保険の引受けとみなすとされている。保証証券業務とは債務保証のうち、保険数理等に基づくなど保険固有の手法を用いていて行われるものである3。これに該当するものとして、日本の損害保険会社では信用保険(債権者が契約するもの)と補償保険(債務者が契約するもの)を販売している4
 
1 THE ANNUAL REPORT OF VIETNAM INSURANCE MARKET 2022 p7参照。
2 そのほか、テナントの破綻時に賃料相当額を補償する商品もある。
3 安居孝啓「最新保険業法の解説」(大成出版社・2016年)p53。
4 https://www.tokiomarine-nichido.co.jp/hojin/shinyo-hosho/about/ 参照。
2|財産保険契約・ダメージ保険契約で補償される権利 (44条)
保険事業法44条は、財産保険契約・ダメージ保険契約において、補償される権利を規定する。条文は以下の通りである。

(1) 財産保険契約の場合、所有権、財産に対するその他の権利、所有権を伴わない利用権が保険契約者の補償対象となる(同条1項)。
―財産保険におけるいわゆる被保険利益に関する条文と考えられる。保険法では損害保険がその成立に必要とする被保険利益を単に「損害保険契約は、金銭に見積もることができる利益に限り、その目的とすることができる」とのみ規定している(3条)。財産保険において被保険者が補償対象に何らかの権利を有することが必要であることについては、ベトナムと日本で大きく相違することはないように思われる。

(2) ダメージ保険契約の場合、被保険者にとって金銭的利益または金銭的義務があり、あるいは経済的損害が生ずるものである場合に、保険契約者は保険に対する権利を有する(同条2項)。
―上述の通りダメージ保険の典型例は信用保険であり、この場合、債権債務関係が成立していることがダメージ保険契約成立の条件となる。これは日本の信用保険・補償保険でも同じである。日本におけるダメージ保険契約に該当する保険種類について、信用保険以外あまり明確ではないので、これ以上の検討は行わない。

(3) 損害発生時に保険契約者または被保険者は補償対象となる権利を有していなければならない(同条3項)。
―被保険利益は損害発生時にも存在しなければならないという原則を規定している。日本では明文としてこのような規定はないものの、伝統的には、保険による利得禁止原則が存在し、自身が経済的な損失を受けていないのに、保険によって利益を得ることは禁止されると解するのが通説である5。したがって日本でも同様の結論になると考えられる。
 
5 関連する条文としては保険法9条の超過保険の場合における、保険契約者から超過部分について取消権できるとの規定がある。
3|合計保険金額(45条)
保険事業法45条は損害保険金の合計額算定の原則を定める。具体的には以下の通りである。

保険金額に関しては、保険事業法に基づく保険契約者の有する請求権を基礎とし、保険契約者と保険企業等とが財産保険契約またはダメージ保険契約にかかる保険金額について合意をしなければならない(同条)。
―被保険者が受け取ることのできる保険金額は、たとえば財産保険契約であれば、後述(保険事業法47条)の通り、時価が上限とされている。本条文はたとえば財産保険契約においては時価を上限として、その範囲内で保険金を保険契約者と保険企業等が合意をしておかなければならないことを定めている。日本では、保険法に同趣旨の条文はないが、実務では同様の取扱いが行われている(ただし、日本では再調達価格での保険金設定も可能なところが異なる(詳細は後述))。

3――保険事故発生時の通知義務(46条)

3――保険事故発生時の通知義務(46条)

保険事業法46条は保険事故発生時の通知義務と通知が遅滞したときの取扱いについて定める。具体的には以下の通りである。

(1) 保険契約者は保険期間内において保険事故が発生した場合には、保険企業等に通知をしなければならない。仮に保険契約者が通知義務に従わず、あるいは通知を遅滞した場合には、保険企業等に発生した損害に応じ、保険金額を削減する権利を保険企業等は有する。ただし、不可抗力または障害事由がある場合を除く(同条1項)。
―保険法では、保険契約者または被保険者は、損害が発生したことを知ったときは、遅滞なく保険会社にその旨を通知する義務を負う(14条)とする。これを「損害発生の通知義務」という。そして、正当な理由なく損害発生の通知義務を怠った場合には、約款でそのことによって保険会社が被った損害の額を差し引きする旨が規定されているのが一般的である6。ベトナムと日本ではほぼ同じ取り扱いとなる。

(2) 保険企業等は遅滞なく通知する義務を保険契約に定めていないときは上記(1)のような権利を有さない。
―日本でも、保険法には通知義務違反の「効果」に関する規定がないので、この点について約款で定めている。ベトナムと日本とで同様の結論になると考えられる。

4――時価を超える財産保険契約・一部保険・重複保険による(47条~49条)

4――時価を超える財産保険契約・一部保険・重複保険による(47条~49条)

1|時価を超える保険契約(47条)
保険事業法47条は、財産保険契約において、市場価格で契約すべきものとしている。条文は以下の通りである。

(1) 時価を超える保険金額の財産保険契約とは、契約締結時における保険金額が保険目的物の市場価格を超えているものをいう。保険企業等は意図的に時価を超える保険金額の財産保険契約を締結してはならない(同条1項)。
―日本では保険法において「損害保険契約によりてん補すべき損害の額は、その損害が生じた地及び時における価額によって算定する」(18条1項)として、損害保険契約の補償額が時価に基づくことを明言している。ただし、18条2項において約定保険価額での締結を認めている。約定保険価額として、再調達価額を保険価額とする保険契約の締結も可能である。すなわち建物でいえば経年劣化した建物の時価ではなく、同等の建物を建て直す価額を補償する保険契約(=再調達価額保険または新価保険)である。保険事業法47条1項のみを見ると、ベトナムでは再調達価額保険は認められていないものと考えられる。

(2) 時価を超える保険金額の財産保険契約が、保険契約者のミス(undetermined error)で締結された場合には以下の通り処理される(同条2項)
a) 保険事故が発生していない場合には、保険企業等は保険加入時の保険の目的財産の時価に照らして支払保険料を返還する。支払保険料からは保険契約で定めた合理的なコストを控除することができる。

b) 保険事故が発生した場合には、保険企業等は保険事故発生時の時価に応じた補償のみに支払い責任を有し、保険企業等は保険加入時の保険の目的財産の時価に照らして支払保険料を返還する7。支払保険料からは保険契約で定めた合理的なコストを控除することができる。
―保険法では保険金額が保険の目的物の価額を上回っていた場合であって、保険契約者または被保険者に故意または重過失がなかったときには、超過部分を取消すことができる(9条)。取り消された部分については、はじめから保険がかかっていなかったことになり、差額の保険料の全額が返還されることになる8。結果からみるとベトナムと日本で大きな相違はないものと考えられる。
 
7 建物などは年々減価するものであるため、毎年時価ベースで契約をし直しているとも思われるが、詳細は不明である。
8 萩本修「一問一答・保険法」(商事法務・2009年)p117参照。
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保険研究部   専務取締役 研究理事 兼 ヘルスケアリサーチセンター長

松澤 登 (まつざわ のぼる)

研究・専門分野
保険業法・保険法|企業法務

経歴
  • 【職歴】
     1985年 日本生命保険相互会社入社
     2014年 ニッセイ基礎研究所 内部監査室長兼システム部長
     2015年4月 生活研究部部長兼システム部長
     2018年4月 取締役保険研究部研究理事
     2021年4月 常務取締役保険研究部研究理事
     2024年4月より現職

    【加入団体等】
     東京大学法学部(学士)、ハーバードロースクール(LLM:修士)
     東京大学経済学部非常勤講師(2022年度・2023年度)
     大阪経済大学非常勤講師(2018年度~2022年度)
     金融審議会専門委員(2004年7月~2008年7月)
     日本保険学会理事、生命保険経営学会常務理事 等

    【著書】
     『はじめて学ぶ少額短期保険』
      出版社:保険毎日新聞社
      発行年月:2024年02月

     『Q&Aで読み解く保険業法』
      出版社:保険毎日新聞社
      発行年月:2022年07月

     『はじめて学ぶ生命保険』
      出版社:保険毎日新聞社
      発行年月:2021年05月

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