2023年12月06日

無償労働を考慮した男女の収入比較(2)-推計手法によらず子育て期は女性が男性を上回る

生活研究部 上席研究員 久我 尚子

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1――はじめに~家事等を逸失利益で推計すると子育て期の女性の収入は男性を上回るが他手法では?

前稿では、一般労働者の男女の無償労働(家事や育児など)の収入換算額と有償労働である給与収入の合算収入を比較した。その結果、20歳代~40歳代前半では女性の収入が男性を上回り、最も差のひらく30歳代では女性が男性を約80万円上回っていた。

なお、無償労働については、内閣府「2022年度「無償労働等の貨幣評価」に関する検討作業報告書」における機会費用法(市場に労働を提供することを見合わせたことで失う逸失利益で評価する方法)による推計値を用いた。ただし、前稿でも触れた通り、同報告書では3種類の手法で推計を実施しており(図表1)、「家計と専門職種では、規模の経済性や資本装備率の違いがあるため、生産性に差が生じうる」ため、前稿で用いた機会費用法と代替費用法による推計値には違いがある。

前稿で機会費用法の値を用いた理由は、現在の日本では日常的な家事代行サービスの利用が必ずしも浸透しているわけではないためだが、代替費用法では機会費用法と比べて収入換算額が下がるため(詳細は後述)、同様の結論を導けない可能性もある。

よって、本稿では、代替費用法による推計値を加えて一般労働者の男女比較を実施する。
図表1 無償労働の収入換算の方法

2――年収および家事活動の収入換算額の推計方法

2――年収および家事活動の収入換算額の推計方法

有償労働である給与収入(年収)は、前稿と同様、一般労働者の所定内給与額等を用いて下記の式にて推計した値を用いる。
 
一人当たりの年収=一人当たりの月当たり所定内給与額×12カ月分+年間賞与その他特別給与額
 
なお、一般労働者とは常用労働者(期間を定めずに雇われている者、あるいは1ヵ月以上の期間を定めて雇われている者)のうちパートタイム労働者を除いた労働者であるため、非正規雇用者を含む労働者全体の年収水準と比べてやや高い水準になる。よって、前稿と同様、本稿における男女比較も、おおむねフルタイムで働いている男女の違いに注目したものということになる。

また、無償労働である家事や育児等の収入換算額には、内閣府「2022年度「無償労働等の貨幣評価」に関する検討作業報告書」において、下記の式にて推計された値を用いる。
 
一人当たりの無償労働の貨幣評価額(年間)=一人当たり無償労働時間(年間)×時間当たり賃金
 
なお、同報告書では、無償労働として、家事活動(家事:炊事や掃除、洗濯、縫物・編物、家庭雑事、介護・看護、育児、買物)に加えてボランティア活動も対象としているが、本稿では家事活動のみを対象とする。

また、時間当たり賃金(賃金率)は、図表1に示した通り、3種類の手法で推計されており、機会費用法では厚生労働省「賃金構造基本統計調査」の一般労働者(産業計)の性別・年齢階層別所定内平均賃金率を、代替費用法スペシャリストアプローチでは同調査の一般労働者(産業計)の職種別所定内平均賃金率を、代替費用法ジェネラリストアプローチでは既存の調査結果などを基にした家事使用人の賃金率を用いて推計されている。

3――年収推計額と家事活動の収入換算額

3――年収推計額と家事活動の収入換算額~家事活動は推計手法によらず、女性が男性を+100万円超

1年収推計額~全年代で男性>女性、管理職の増える50歳代後半で男女差約230万円
年収推計額は前稿に示した通りである。簡単に要点を述べると、全体で男性では513.5万円、女性では373.5万円(男性より▲140.0万円)である(図表2)。男女とも50歳代をピークに増え、全ての年代で男性が女性を上回る。年齢とともに男性は管理職が増える一方、女性は非正規雇用者が増えることで、男女差は55~59歳で最大となる(女性が男性より▲228.2万円)。
図表2 性年代別に見た給与収入(年収)の推計値(年間、万円)
2家事活動の収入換算額~専門職種より産業平均賃金による推計が上回る、手法によらず女性>男性
家事活動の収入換算額については、機会費用法については前稿に示した通りである(全体で男性は年間60.4万円、女性は年間194.3万円で女性が男性より+133.9万円)。さらに代替費用法による推計値に注目すると、スペシャリストアプローチでは全体で男性では42.8万円(機会費用法より▲17.6万円)、女性では167.7万円(同▲26.6万円)、ジェネラリストアプローチでは全体で男性では37.0万円(同▲23.4万円)、女性では146.7万円(同▲47.6万円)であり、男女とも、機会費用法>代替費用法スペシャリストアプローチ>同ジェネラリストアプローチの順に多い。これは、前述の通り、それぞれの賃金率を推計する際に基にしている職種の違いによるものであり(機会費用法は一般労働者(産業計)の性別・年齢階層別所定内平均賃金、代替費用法スペシャリストアプローチは職種別所定内平均賃金、ジェネラリストアプローチは家事使用人の平均賃金)、冒頭で触れた通り、専門職種では規模の経済性などからサービス当たりの単価を下げる効果が働くことで、機会費用法と比べて推計値が低くなるためと考えられる。

また、いずれの手法でも全体では女性が男性を100万円以上上回る(機会費用法で女性が+133.9万円、代替費用法ジェネラリストアプローチで同+124.9万円、スペシャリストアプローチで同+109.7万円)。

年代別に見ても同様に、おおむね機会費用法>代替費用法スペシャリストアプローチ>ジェネラリストアプローチの順であり、いずれの手法でも全ての年代で女性が男性を上回る。

一方で年代による推移を見ると、機会費用法では男女とも20歳代から30歳代にかけて増えた後、男性では横ばいに推移、女性では30歳代後半をピークに減少していくが、代替費用法では、男女とも30歳代と70歳代前後で2つのピークを示し、50歳代を中心にやや減少している。よって、機会費用法と代替費用法を比べると、男女とも50歳代付近で差がひらき、スペシャリストアプローチでは男性は約30万円、女性は約60万円、ジェネラリストアプローチでは男性は40万円弱、女性は約80万円の差が生じている。

機会費用法と代替費用法で推移が異なる理由には、前者は後者と比べて収入換算額を推計するために基にしている賃金の水準が高く、年齢による差も大きいことがあげられる1

つまり、代替費用法で使用している専門職種の賃金は産業平均の賃金より水準が低く、年齢による差も小さいため、家事活動時間の多寡が収入換算額に大きな影響を与えている。
図表3 性年代別に見た年間の家事活動の収入換算額(万円)および家事時間(時間)の平均
 
1 厚生労働省「賃金構造基本統計調査」によると、所定内給与額は、男性では産業計でも家事サービスの含まれる生活関連サービス・娯楽業でも50歳代後半にかけて年齢とともに増え、60歳未満で最も平均額の低い19歳未満と比べてピークの55~59歳で前者は+228.8万円、後者は+101.6万円の差、女性では前者(ピークは50~54歳)は+182.7万円、後者(同45~49歳)+72.1万円の差を示す。
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生活研究部   上席研究員

久我 尚子 (くが なおこ)

研究・専門分野
消費者行動、心理統計、マーケティング

経歴
  • プロフィール
    【職歴】
     2001年 株式会社エヌ・ティ・ティ・ドコモ入社
     2007年 独立行政法人日本学術振興会特別研究員(統計科学)採用
     2010年 ニッセイ基礎研究所 生活研究部門
     2021年7月より現職

    ・神奈川県「神奈川なでしこブランドアドバイザリー委員会」委員(2013年~2019年)
    ・内閣府「統計委員会」専門委員(2013年~2015年)
    ・総務省「速報性のある包括的な消費関連指標の在り方に関する研究会」委員(2016~2017年)
    ・東京都「東京都監理団体経営目標評価制度に係る評価委員会」委員(2017年~2021年)
    ・東京都「東京都立図書館協議会」委員(2019年~2023年)
    ・総務省「統計委員会」臨時委員(2019年~2023年)
    ・経済産業省「産業構造審議会」臨時委員(2022年~)
    ・総務省「統計委員会」委員(2023年~)

    【加入団体等】
     日本マーケティング・サイエンス学会、日本消費者行動研究学会、
     生命保険経営学会、日本行動計量学会、Psychometric Society

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