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2024年度の年金額の見通しは2.6%増だが、2年連続の目減り (前編)-年金額改定の仕組み

保険研究部 主席研究員・年金総合リサーチセンター 公的年金調査部長 兼任 中嶋 邦夫
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1 年金額の改定は、前年(1~12月)の物価上昇率が発表される日(原則として1月19日を含む週の金曜日)に公表される。
2 より詳しい仕組みや経緯は、拙稿「年金額改定の本来の意義は実質的な価値の維持」「将来世代の給付低下を抑えるため少子化や長寿化に合わせて調整」を参照。
1 ―― 年金額改定の仕組み:実質価値維持が基本だが、近年は健全化のための調整も加味
本来の改定ルールは、年金額の実質的な価値を維持するという年金額改定の本来的な役割のための仕組みであり、年金財政の健全化中か否かにかかわらず常に適用される。
2000年改正の前までは、新たに受け取り始める(新規裁定の)年金額も受給開始後の(既裁定の)年金額も、約5年ごとの法改正によって加入者全体の賃金水準の変化に連動して改定されていた3。これは、年金受給者の生活水準の変化を現役世代の生活水準の変化、すなわち賃金水準の変化に合わせるためである。言い換えれば、現役世代と高齢世代が生活水準の向上を分かち合う仕組みといえる。また、年金財政の主な収入は保険料で、これは賃金の水準に連動して変化する。このため、年金財政の支出である給付費も賃金に連動して変化させれば、年金財政のバランスが維持される。
しかし、この財政バランスが維持される話は、現役世代と高齢世代の人数のバランスが変わらない場合にしか成り立たない。少子化や長寿化が起きると、現役世代の人数が減って保険料収入が減り、高齢世代の人数が増えて支出である給付費が増えるため、財政バランスが悪化する。そこで2000年改正後は、受給開始後(65歳以後)の年金額は物価上昇率に連動して改定されることになった4。当時は賃金上昇率よりも物価上昇率が低かったため、この見直しによる財政バランスの改善が期待された。
さらに2004年改正では、従来は法改正を経ていた年金額の改定を、予め法定したルールで毎年度自動的に行うことになった。改定に使う賃金上昇率は、物価変動になるべく早く対応しつつ過度な変動を抑えるため、前年(暦年)の物価上昇率と実質賃金変動率の2~4年度前の平均を合わせた値が使われる形になった5。これに伴い、改正前と同様に64歳時点までの賃金変動率が年金額に反映されるよう、受給開始後でも67歳になる年度までは賃金上昇率が適用されることになった(図表2上段)。
68歳になる年度からは、原則として2000年改正後と同様に物価上昇率が使われる(図表2下段)。しかし、近年は物価上昇率が賃金上昇率よりも高いことが多く、支出である年金が賃金上昇率よりも高い物価上昇率に連動すると、財政バランスの悪化要因となる。そこで2016年の法改正で、物価上昇率が賃金上昇率よりも高い場合には物価上昇率ではなく賃金上昇率を使うことになり、総じて見れば、賃金上昇率と物価上昇率のいずれか低い方を使う形になった(施行は2021年度分から)。これにより、本来の改定ルールによって年金財政が悪化する事態を避けられることになった(図表3)。
3 毎年度の年金額は物価上昇率に連動して改定され、5年目に過去5年分の賃金変動率に合わせて改定される方式だった。
4 諸外国の中には受給開始後の年金額を物価水準の変化に連動する国があることも、見直しの根拠とされた。年金額が物価上昇率に連動することで、現役世代の生活水準向上には追いつかないが、購買力は維持される形になった。
5 前年度の実質賃金変動率が参照されないのは、改定率を決める1月時点では前年度が終わっていないためである。
(1) 原則:少子化に伴う収入減の要因と長寿化に伴う支出増の要因を、毎年の年金額改定の中で吸収
年金財政健全化のための調整ルール(いわゆるマクロ経済スライド)は、年金財政が健全化されるまで実施される仕組みであり、2004年改正で導入され、2015年度から適用が始まった。
2004年の改正より前は、おおまかに言えば、少子化や長寿化の進展にあわせて将来の保険料を引き上げて、給付水準を維持する仕組みだった。しかし、2004年改正では将来の企業や現役世代の負担を考慮して保険料(率)の引上げを2017年に停止し6、その代わりに給付水準を段階的に引き下げて年金財政のバランスを取ることになった。この給付水準を引き下げる仕組みが年金財政健全化のための調整ルールであり、「マクロ経済スライド」と呼ばれるものである。この仕組みは年金財政が健全化するまで続くが、年金財政がいつ健全化するかは今後の人口や経済の状況によって変わる。
この仕組みでは、原則として、少子化によって保険料を支払う現役世代が減少した影響(すなわち年金財政の収入減の要因)と、長寿化によって年金を受給する高齢世代が増加する影響(すなわち年金財政の支出増の要因)にあわせて、年金額の改定率が調整される(図表4の原則)。収入減の要因と支出増の要因を毎年度の年金額改定、すなわち単価の見直しの中で吸収する形になるため、年金財政の健全化に寄与する7(図表5)。
6 厚生年金の保険料率は18.3%で固定された。国民年金の保険料(額)は2017年度に実質的な引き上げが停止され、以降は賃金上昇率に応じた改定のみが行われている。この改定は、厚生年金において保険料率が固定されても賃金の変動に応じて保険料の金額が変動することに相当する、と言える。
7 加えて、この仕組みには世代間の不公平を改善する効果もある。改正前の仕組みでは将来の保険料を引き上げて年金財政を健全化するため、既に保険料を払い終わった受給者には追加負担がなく、将来世代に負担が集中する。しかし改正後の仕組みでは、現在の受給者も年金額の実質的な目減りという形で少子化や長寿化の影響を負担する。これにより、改正前と比べて世代間の不公平が縮小する。
原則的な考え方は上記の通りであるが、年金財政健全化のための調整ルール(マクロ経済スライド)には特例(いわゆる名目下限措置)が設けられている。特例は、a:原則どおりに調整率を適用すると調整後の改定率がマイナスになる場合と、b:本来の改定率がマイナスの場合、に適用される(図表6左の特例aと特例b)。大雑把に言えば、特例aは物価や賃金の伸びが小さいとき、特例bは物価や賃金が下落しているときに適用される。
特例aの場合は、単純に調整すると調整後の改定率がマイナスになるので、名目の年金額が前年度を下回ることになる。これを避けるため、実際に適用される調整率の大きさ(絶対値)を本来の改定率と同じ大きさ(絶対値)にとどめて、調整後の改定率はゼロ%にされる。特例bの場合は、本来の改定率がマイナスなので、この場合も名目の年金額が前年度を下回ることになる。そこで、年金財政健全化のための調整を行わず、本来の改定率の分だけ年金額がマイナス改定される。
2017年度までは、これらの特例ルールに該当した場合に生じる未調整分は繰り越されていなかった。しかし、前述した本来の改定率と同様に多くの年度で特例に該当する状況だったため、2016年の法改正で見直された。2018年度から未調整分が翌年度へ繰り越され、2019年度以降で特例に該当しない年度、すなわち原則どおりに当年度の調整率を適用しても調整後の改定率がプラスになり、さらなる調整余地が残っている年度に、当年度の調整率と前年度からの繰越分を合わせて調整する仕組みになった(図表6右の繰越適用(原則)。厚生労働省の資料では「キャリーオーバー」と称される仕組み)。
なお、当年度分の調整率と前年度からの繰越分の合計を適用すると調整後の改定率がマイナスになる場合には特例aが適用される。当年度の調整率と前年度からの繰越分の合計のうち本来の改定率と同水準までを調整して調整後の改定率はゼロ%になり、未調整分は翌年度へ繰り越される(図表6右の繰越適用(特例a))。また、本来の改定率がマイナスの場合には特例bが適用され、当年度の調整率と前年度からの繰越分の合計が翌年度へ繰り越される(図表6右の繰越適用(特例b))。
後編では、これらの仕組みを踏まえて、現時点のデータに基づく粗い見通しと注目ポイントを考察する。
(2023年11月16日「基礎研レポート」)
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03-3512-1859
- 【職歴】
1995年 日本生命保険相互会社入社
2001年 日本経済研究センター(委託研究生)
2002年 ニッセイ基礎研究所(現在に至る)
(2007年 東洋大学大学院経済学研究科博士後期課程修了)
【社外委員等】
・厚生労働省 年金局 年金調査員 (2010~2011年度)
・参議院 厚生労働委員会調査室 客員調査員 (2011~2012年度)
・厚生労働省 ねんきん定期便・ねんきんネット・年金通帳等に関する検討会 委員 (2011年度)
・生命保険経営学会 編集委員 (2014年~)
・国家公務員共済組合連合会 資産運用委員会 委員 (2023年度~)
【加入団体等】
・生活経済学会、日本財政学会、ほか
・博士(経済学)
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