2023年11月07日

生物多様性ネットゲイン(英国)-開発するのはいい、緑もさらに増やすならば、といったような方策

保険研究部 主任研究員 年金総合リサーチセンター・気候変動リサーチセンター兼任 安井 義浩

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1――英国における生物多様性への対応のひとつ

生物多様性を保全しようという動きは、様々な方向からアプローチされており、例えば

・実際に講じる方策や、生物多様性の定量的な評価方法といった科学技術的な面の検討

・事業会社が、それぞれの分野で生物多様性に与える影響と、対応方針の開示を促すことで、一定の歯止めを掛けようとする動き、

・事業会社にとって、その資金な後ろ盾となる金融機関を通じて、間接的に何らかの対応をせざるをえないように誘導すること、

など、いくつかの異なる方策がありうる。
 
そのひとつ(上の分類でいうと実際に講じる方策?)として、英国における自然多様性ネットゲイン(BNG :Biodiversity Net Gain)1という考え方と規制について紹介する。

生物多様性ネットゲインは、土地開発と自然の回復を同時に行う方策である。一般には、土地開発によって、野生動物の生息環境などの自然は失われるが、その代わりに、何らかの形で失われた以上の自然を増やすことで、現状を回復させるどころか、さらに緑を、あるいは生物多様性を増加(=ネットでゲイン)させようということである。
 
英国においては、2021年に成立した環境法において、「開発前と比べて生物多様性を10%増加させる」ことを義務付けられた。実際にはこの2023年11月より実際に大規模開発に対して適用され始め、2024年4月からはさらに小規模の開発にも適用される予定とされている。
 
そのやり方には、開発地域内の対応だけで「+10%」を達成できるかどうかによって、大きく3つの方策が認められている。開発地域内で増加させることが原則であるが、それが難しい場合には、他の箇所でも認められるということである。すなわち、
 
・開発が行われる土地内(オンサイト)で対応できれば、それが望ましい。

・しかしそれが無理でも、開発用地からはなれた自分の土地や土地管理者から購入したい一区画(オフサイト)で対応できればそれも認められる。

・さらにそれも難しい場合には「生物多様性クレジット」なる、他のあらかじめ増加させた土地の購入も認められる(しかし、割高?)
 
といった、いくつかの手段がある。

(この最後の手段は、気候変動問題への対処における、二酸化炭素排出量の規制でいうところの、「排出権取引」に類似した考え方であろう。)
 
今のところ、これらについて理解しておく必要があるのは、直接開発に携わるような土地管理者、土地の開発業者、地方計画当局(ローカルプランニングオーソリティ)などで、さらに具体的には、地主、農場経営者、不動産所有者、地方自治体、生物生息地の運営者、施設・不動産の管理者、土地アドバイザー、などである。
 
土地管理者は、生物多様性ユニットを売って報酬が得られる。

土地開発者は、開発中の土地の生物生息域が失われないように、というかむしろ、10%増加させるように努力しなければならない。その土地だけでできない場合には、別の場所で生息域を造らなければならない。どちらも使用できない場合には、政府から法定クレジットを購入する必要がある。このオプションを利用するには、その根拠を示す必要がある。これが最後の手段である。政府は(この資金を用いて?)英国の他の場所での生息地の創出に投資することになる。あるいはこれらの手段を組み合わせて、ネットゲインを作成できる場合もある。

ある特定のオプションを使用できない理由を示すためには、生態学者も交えて検討する必要がある。そして建設等を開始する前に地元の計画当局から承認を得る必要がある。

地方計画当局は、開発が始まる前に、開発による生物多様性ネットゲイン計画を(問題なければ)承認する。

2――定量的評価方法の概要

2――定量的評価方法の概要

生物多様性の「定量的」評価というのは、相当困難なものと予想され、実際まだ確立した方法はないと思われるが、当規制においては「+10%」という評価が必要となるため、さしあたって決められた手法が用いられ、今後も刷新されてゆくものと宣言されている。

その評価方法(生物多様性メトリック)は、ナチュラルイングランド(政府外の機関)なる組織が開発してきた。大まかに言って、種の多様性を直接、測定・評価するのではなく、いくつかの要素で生息域の状態を評価した何段階かの評点をつけた、「生物多様性ユニット」という値を計算し、比較する。ただし開発後の評価においては、実現リスクについても考慮する。
 
<開発前>
生物多様性ユニット =  生息場の面積 × その質(特色 × 状態 × 戦略的意義)
 
<開発後>
生物多様性ユニット =  生息場の面積 × その質(特色 × 状態 × 戦略的意義)
×(その再生困難度、実現に向けた時間的・空間的なリスクを反映する係数)
 
特色・・・相対的な希少性(例えば、人工的な植林地よりも、原生林のほうが高い評価となる)

状態・・・他の同様の生息地と比較して密度が高いなど

戦略的意義・・・自治体の計画における位置づけなどの戦略的重要性
 
再生困難度・・・その状態を復元する技術的な難易度(ただの雑草地よりも湿原、など)

時間的リスク・・・目標とする生息状況に至る時間(樹木が成長するのに要する時間)などの考慮

空間的リスク・・・開発する場(生息地域が失われる場)と再生される場との距離や、例えば同じ川の流域であるかどうかなどの考慮
 
この開発後の評価が、開発前より10%以上上回っていればよい、ということになる。

3――おわりに

3――おわりに

英国ではこうしたことが法による規制の段階にまで及んでいるが、わが国でも、基本的な考え方であれば、似たようなものはある。例えば、環境影響評価法(1997年)では、大規模な開発(道路、河川工事、鉄道、埋め立てなど13事業)においては、環境への影響を予測評価し、その結果に基づく事業の回避、修正などが行われることになっている。また生物多様性基本法(2008年)においても、開発事業前の環境アセスメントを行うことが規定されている。また国だけではなく、地方自治体が条例としてさらに広く(=厳しく)環境への配慮を求めている例もあるようだ。

わが国では、土地開発や土木事業などにおける環境への配慮という点は、すでに相当進んでいるように思われるが、英国の規制のように、明示的・定量的に「ネットゲイン増加」の形をとってはいないようだ。今後、さらに定量的な評価ルールの導入など、修正されていく可能性もあるだろう。
 
ところで、さしあたってこの規制自体が土地開発などに直接関係することから、金融機関の経営方針・活動への影響という点については、今のところ少し遠い話のようにも思われる。

しかし、金融機関は工場・設備を持ってはいないとしても、契約書など紙の消費量が多いとされてきた。それを贖う?ために、我が国の金融機関を見る限りでは、例えばその分、紙の原料となる(あるいはそれに近い)植樹活動に力を入れ、木材の増加に貢献する、などといった活動を、すでに多くの金融機関が実施している。(とはいえ、今はペーパーレスの時代でもあり、その意義は薄れている。むしろペーパーレスに向かうこと自体が間接的に自然環境保護の一つとなっているとも評価されるかもしれない。)

これを実際に法律で規制したり、定量的評価を行ったりする段階にまではなっていなかったが、今後生物多様性を保全(あるいはさらに増やす)することを重視する動きの高まりの中で、直接の土地開発等とは遠い一般事業会社や金融機関にも、何らかの定量的な評価や規制が検討されることにもなるかもしれない。
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保険研究部   主任研究員 年金総合リサーチセンター・気候変動リサーチセンター兼任

安井 義浩 (やすい よしひろ)

研究・専門分野
保険会計・計理、共済計理人・コンサルティング業務

経歴
  • 【職歴】
     1987年 日本生命保険相互会社入社
     ・主計部、財務企画部、調査部、ニッセイ同和損害保険(現 あいおいニッセイ同和損害保険)(2007年‐2010年)を経て
     2012年 ニッセイ基礎研究所

    【加入団体等】
     ・日本アクチュアリー会 正会員
     ・日本証券アナリスト協会 検定会員

(2023年11月07日「基礎研レター」)

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