2023年11月02日

少子化問題に影を落とす若年層の経済状況

坂田 紘野

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1――少子化の一因は若年層の抱える経済的不安

「少子化は、我が国が直面する、最大の危機である」、2023年6月に閣議決定された「こども未来戦略方針」はその冒頭において、このような文言で現状への強い危機感を示した。

少子化問題を引き起こす要因は多岐に渡る。そのうちの1つとしてしばしば指摘されるのが、子育てに伴う経済的負担の重さに不安を抱き、理想の数の子どもを持たなかったり、子どもを持つこと自体をあきらめてしまったりする人がいるという問題だ。こども未来戦略方針においても、「若者・子育て世代の所得を伸ばさない限り、少子化を反転させることはできない」との認識が示されている。

実際、所得別に男性の未婚率を確認すると、年代を問わず、所得が低いほど未婚率が高い傾向が見られる(図表1)。特に、年収300万円未満で男性の未婚率が増加している現状は、一般に「300万円の壁」と認識され、課題となっている。また、男性の正規職員・従業員の有配偶率が非正規の職員・従業員の有配偶率よりも高く、雇用形態の違いによる有配偶率の差が大きい点もしばしば指摘される。1嫡出子2が出生数の大半を占める日本において婚姻をためらう人が増えれば、結果として出生数の減少にもつながる。
(図表1)男性の年齢階級・所得別未婚率
さらに、結婚した後、経済的なハードルの高さから理想の子ども数を持つことができない世帯も少なくない。国立社会保障・人口問題研究所が実施した「出生動向基本調査」によると、理想の数の子どもを持たない理由として最も大きいのは「子育てや教育にお金がかかりすぎるから」であった(図表2)。

これらの状況からは、若者・子育て世帯の中に経済的理由から結婚や理想の子ども数を持つことをあきらめる人が存在しており、そのために少子化が一層進展してしまっている可能性が浮かび上がる。
(図表2)理想の数の子どもを持たない理由
 
1 こども家庭庁「こども未来戦略方針」(令和5年6月13日)など
2 婚姻中の夫婦の間に生まれた子どもを指す

2――こども未来戦略方針の施策は子育て世帯への支援が中心

2――こども未来戦略方針の施策は子育て世帯への支援が中心

こども未来戦略方針においては、こども・子育て政策の強化を早急に実現するため、今後3年間で集中的に取り組むべき「こども・子育て支援加速化プラン」(「加速化プラン」)が明らかにされた。「加速化プラン」で実施される具体的な施策を確認すると、そのほとんどが既に子どもを持つ世帯、あるいは間もなく子どもを持つ予定の世帯(妊娠期・出産)に関する取組となっている(図表3)。「加速化プラン」は「こども・子育て政策の強化を早急に実現」3するための計画であることから、子どもを持つ(あるいは間もなく子どもを持つ予定の)世帯を対象とした施策が中心となっているのは当然のことなのかもしれない。
(図表3)「加速化プラン」において実施される施策
しかし、前項でも述べた通り、少子化問題の原因は子育て世帯が理想の子どもの数を持てていないことだけではなく、未婚の若年層が増えていることもその一因となっている。未婚率は上昇傾向にあり、2020年には、25~29歳の女性の62%、男性の73%が未婚であった(図表4)。また、人口減少の影響もあり、1970年には約1743万世帯であった児童のいる世帯数は、2022年には約992万世帯にまで減少した(図表5)。

それにもかかわらず、こども未来戦略方針には、未婚の若年層やまだ子どもを持っていない世帯の経済状況の改善に資するような具体的施策はほとんどみられない。確かにこども未来戦略方針においては、「若い世代の所得を増やす」「社会全体の構造・意識を変える」といった基本理念が示されている4。しかし、これらの基本理念に沿って掲げられている政策は未だ抽象的なものにとどまっているように思われる。
(図表4)年齢別未婚率の推移/(図表5)児童のいる世帯数推移
だが、少子化問題の改善を図るにあたっては、これらのこれから子どもを持つ人々への支援もまた、重要であると思われる。かかる状況下において、若年層はどれほど経済的に苦しい状況に置かれており、なぜ、将来の経済的な不安を抱えているのだろうか。

本稿においては、少子化問題を念頭に置きつつ、社会全般にみて若年層がどれほど経済的に苦しい状況に置かれているか、について確認する。
 
3 こども家庭庁「こども未来戦略方針」(令和5年6月13日)
4 「こども未来戦略方針」には、「全てのこども・子育て世帯を切れ目なく支援する」との基本理念もあり、計3つの基本理念が示されている。

3――20代の実質賃金水準は増加傾向

3――20代の実質賃金水準は増加傾向

社会全般にみて若年層がどれほど経済的に苦しい状況に置かれているか、を確認するにあたって、はじめに若年層の賃金水準の推移を明らかにする。昔と今の賃金水準の比較に際しては、物価水準の影響を除くため、所定内賃金額を消費者物価指数(持家の帰属家賃を除く総合)で割って算出した実質賃金を用いる。この実質賃金の水準の推移を確認すると、20代男女の賃金は、いずれの区分においても増加傾向を示している(図表6)。前項の記述に反して、若年層の実質賃金水準は以前よりも上昇していることが読み取れる。

この理由としては、人手不足等を背景に新卒等の処遇改善が進められてきたことの影響が考えられる。また、男性よりも女性の方が実質賃金水準の上昇率が大きいことについては、女性の社会進出が進んだことが影響していると思われる。
(図表6)20 代男女の実質賃金水準の推移
それにもかかわらずなぜ、少子化問題に関しては、若年層の経済的な不安が課題として取り上げられることが多いのだろうか。以下では、その理由となりうる要因について取り上げる。

4――それでも経済的に苦しい理由

4――それでも経済的に苦しい理由

1│国民負担率の上昇
第一に挙げられるのが、実質賃金水準は上昇しているものの、それとともに、租税負担率と社会保障負担率を合計した義務的な公的負担である国民負担率も上昇している点だ。直接税や社会保険料等の非消費支出が実収入を上回る水準で増加しているため、可処分所得の伸びは実収入よりも低い水準に留まっており、消費支出の増加にはつながっていない(図表7)。この点が、若年層にも経済的な苦しさをもたらしていると考えられる。

言い換えると、租税と社会保障の負担増大が、少子化の観点からは悪影響を及ぼしている可能性がある。財務省によると、1970年度には24.3%であった国民負担率(対国民所得比)は、2023年度には46.8%にまで増大する見通しだ。将来世代の潜在的な負担である財政赤字も加えると2023年度の見通しは53.9%に達する(図表8)。
(図表7)実収入・支出・可処分所得の推移/(図表8)国民負担率(対国民所得比)の推移
確かに、税金や社会保険料を負担するのは若年層に限られているわけではなく、また、税や社会保険料は、所得再分配を通して国民に還元されてもいる。しかし、社会保障給付の大部分は年金・恩給、医療、介護であり、これらは主に高齢者世帯に給付されている。そのため、世帯主の年齢階級別に所得再分配状況を確認すると、65歳未満ではマイナス、65歳以上でプラスとなっている。若年層を含む現役世代の多くは、当初所得よりも再分配所得の方が少ない状況となっている(図表9)。
(図表9)世帯主の年齢階級別所得再分配状況
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坂田 紘野

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