2023年10月10日

気候変動と水・食品・気道感染症-極端な気象は、感染症にどのような変化をもたらすのか?

保険研究部 主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員 篠原 拓也

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1――はじめに

気候変動問題への取り組みが世界中で進められている。地球温暖化が進むことで、ハリケーン、豪雨、海面水位上昇、山林火災、干ばつなど、さまざまな形で、極端な気象があらわれつつある。台風により線状降水帯が発生して大規模な水害が起こり、建物の浸水や、橋梁の崩落などの被害が発生した。乾燥が続くなかで山林火災が発生して、市街地に延焼が及ぶとともに、それに伴う大気汚染が進み貴重な生態系が失われた。といったニュースが、連日のように世界各地で報じられている。

気候変動は、人間の生命や健康にも、さまざまな形で影響を与える。台風や豪雨で発生する土砂災害による人身被害や、熱中症による死亡や体調不良は、気候変動との関連がわかりやすい。それとともに、もう1つ危惧されているのが、気候変動に伴う感染症の拡大であろう。気候変動に伴う環境等の変化のために水や食品が汚染されたり、病原体のウイルスや細菌などの活動が増したりすることで、感染症が蔓延して、従来は考えられなかったような人的被害をもたらす、といった懸念である。

昨年、IPCC(気候変動に関する政府間パネル)のWG2(第2作業部会)が公表した第6次評価報告書(以下、「IPCC報告書」)では、気候変動と感染症の関係について、さまざまな研究の結果がまとめられている。それをもとに、気候変動が感染症の変化を通じて生命や健康に与える影響について見ていこう。

2――感染症の由来

2――感染症の由来

まず当然ではあるが、感染症は病原体が感染することによって引き起こされる。どこからどのように感染するかという感染の由来については、さまざまなケースがある。大きく分けると、環境からの感染、動物からの感染、ヒトからの感染の経路がありうる。いくつかの例を、次表のとおりまとめた。

気候変動と感染症の関係を考える際は、気候変動がこうした感染の経路にどのような影響を与えるか、が大きなポイントとなる。本稿では、環境からの由来である水系感染症、動物性食品媒介である食品媒介感染症、動物やヒトから呼吸器に感染する気道感染症について見ていく。1
図表1. 感染の由来
 
1 蚊やダニによるベクター媒介感染症については、既公表の稿 (稿末に記載) をご覧いただきたい。

3――気候変動と水系感染症

3――気候変動と水系感染症

環境に由来する感染症としては、水系感染症が有名だ。特に、コレラのような急速に感染が拡大する感染症では、多くの人が罹患して、健康を損なったり命を落としたりする恐れがある。

1|下痢性疾患は気温の上昇や豪雨との関係が強い
水を介して病原体が体内に侵入して感染を引き起こす水系感染症(Water Borne Diseases, WBD)には、下痢性疾患(コレラ、赤痢、腸チフスなど)、住血吸虫症、A型およびE型肝炎、ポリオなどさまざまなものがある。WBDの症例数はかなり多い。一般に、世界では貧困地域で感染が拡大するケースが多いが、高所得国でもWBDのリスクは高いとされる。

アメリカを中心に100以上もの調査の結果を分析したメタ研究によると、下痢性疾患の増加には、気温の上昇、豪雨、洪水、干ばつが関係しているとの証拠が増えているという。2 IPCC報告書では、下痢性疾患との関連について、気温の上昇(確信度は非常に高い)、豪雨(同高い)、洪水 (同中程度)、干ばつ(同低い)とされている。

2007~13年にエチオピアで発生した小児下痢性疾患の調査によると、病気はランダムに発生するわけではなく、気温の上昇時や乾燥時期に発生率が上がったという。原因として、気温上昇は病原体の生存や活性化につながる、乾燥は人々の飲水時の衛生習慣を疎かにする、などと論じている。3

一方、モザンビークで1997~2014年の健康データを気象データでモデリング(一般化線型モデル)により分析したところ、気温の上昇と降水の増加が、下痢性疾患の増加に関係していたという。4

2010~12年に世界保健機関(WHO)の太平洋部門が行った13の太平洋島嶼(とうしょ)国での気候変動と健康に関する調査によると、下痢性疾患は気候感応度が高いとの結果であった。5

2013年11月26日時点で、複数の疫学論文検索サイトを通じて、「下痢」と、「気候変動」、「気温」、「雨」、「降水」、「洪水」、「干ばつ」、「海水面温度」という用語で該当した各国の141の論文をメタ分析したものもある。それによると、高温との関係あり74(52%)、洪水との関連あり40(28%)、豪雨との関係あり31(22%)、干ばつとの関係あり3(2%)、との結果だったという。6
 
2 Levy, K., S.M. Smith and E.J. Carlton, 2018: Climate change impacts on waterborne diseases: moving toward designing interventions. Curr. Environ. Health Rep., 5(2), 272–282, doi:10.1007/s40572-018-0199-7.
3 Azage, M., A. Kumie, A. Worku and A. Bagtzoglou, 2015: Childhood diarrhea exhibits spatiotemporal variation in Northwest Ethiopia: a SaTScan spatial statistical analysis. PLoS ONE, 10(12), doi:10.1371/journal.pone.0144690.
4 Horn, L.M., et al., 2018: Association between precipitation and diarrheal disease in Mozambique. Int. J. Environ. Res. Public Health, 15(4), doi:10.3390/ijerph15040709
5 McIver, L., et al., 2016a: Health impacts of climate change in Pacific island countries: a regional assessment of vulnerabilities and adaptation priorities. Environ. Health Perspect., 124(11), 1707–1714, doi:10.1289/ehp.1509756.
6 Levy, K., A.P. Woster, R.S. Goldstein and E.J. Carlton, 2016: Untangling the impacts of climate change on waterborne diseases: a systematic review of relationships between diarrheal diseases and temperature, rainfall, flooding, and drought. Environ. Sci. Technol., 50(10), 4905–4922, doi:10.1021/acs. est.5b06186
2|コレラは豪雨との関係が強い
下痢性疾患のなかで、コレラは急性で、蔓延時に重度の罹患や死亡をもたらすものとして知られている。そのため、気候変動とコレラの関係については、数多くの研究がなされている。IPCC報告書では、豪雨と高温は、感染地域におけるコレラリスクの増加と関連している(確信度は非常に高い)とされている。

コレラの感染拡大は自然災害後に発生しやすいとされる。いわゆる災害関連感染症である。例えば、2010年のハイチ大地震7の後にコレラが発生した。一般に、コレラの発生には、クリーンな飲水の確保や適切な衛生施設、実効的な衛生措置が取られているかどうか、が関係する。気候変動により激甚化した自然災害として、大規模な風水災の発生がコレラ発生の引き金となる可能性もある。8  2015~16年のエルニーニョの発生と、アフリカ各地でのコレラの発生の関係を調査した研究によると、エルニーニョの影響を受けやすい地域では、コレラの発生率が3倍に増加していた。その増加分として、1億7700万人が新たにコレラに罹患していたという。9
 
7 震災発生(2010年1月12日)から1年後に、同国首相は、死者数は31.6万人以上に達したと発表した。ただし、集団埋葬等のために正確な数の把握は困難とされる。コレラによる死者数は少なくとも1万人とされている。コレラの病原菌は、ネパールの国連平和維持活動 (PKO) 部隊が持ち込んだとして、2016年12月に国連事務総長が謝罪した。(「ハイチ大地震(2010年)」(ウィキペディア フリー百科事典)等を参考に、筆者がまとめた。)
8 Jutla, A., R. Khan and R. Colwell, 2017: Natural disasters and cholera outbreaks: current understanding and future outlook. Curr. Environ. Health Rep., 4(1), 99–107, doi:10.1007/s40572-017-0132-5.
9 Moore, S.M., et al., 2017: El Niño and the shifting geography of cholera in Africa. Proc. Natl. Acad. Sci. U. S. A., 114(17), 4436–4441, doi:10.1073/ pnas.1617218114
3|気温上昇につれて、消化管感染症の細菌性原因も増加
IPCC報告書によると、豪雨、気温の上昇および干ばつは、コレラ以外の消化管感染症のリスク増加にも関連している (確信度は高い) 。

2006~17年に公表された研究結果をもとに、「消化管感染症」、「下痢」、「気候」、「気象」、「気候変動」、「気温」、「気温変動」、「気温変化」、「熱波」といった用語を含む、8201の記事を特定し、その中から11の論文を選んだうえで、気候変数と消化管感染症の関係を調べた研究もある。それによると、気温が上昇するにつれて、消化管感染症の病原菌が増加する。その関係は、湿度や降雨によってさまざまに影響を受けるとされている。10

また、別の研究では、アメリカ・ニューヨーク州で気温が1℃上昇するごとに、消化管感染症による日々の入院が0.70~0.96%増加する。極端な高温や豪雨は、消化管感染症での入院に大きく影響する。極端な高温は、薬剤の用量反応関係11に影響を及ぼす。といったことも、気候が健康に与える影響の時系列分析を通じて明らかにされている。12
 
10 Ghazani, M., et al., 2018: Temperature variability and gastrointestinal infections: a review of impacts and future perspectives. Int. J. Environ. Res. Public Health, 15(4), 16, doi:10.3390/ijerph15040766. Electronic Resource.
11 化学物質や物理的作用(放射線や温度刺激などのストレス)を生物に与えたとき、その摂取量やストレスの大きさである「用量」と、生物の「反応(薬効や有害影響)」との関係のこと。(益永茂樹, 時事用語事典imidas(集英社)より)
12 Lin, S., M. Sun, E. Fitzgerald and S.A. Hwang, 2016: Did summer weather factors affect gastrointestinal infection hospitalizations in New York State? Sci. Total Environ., 550, 38–44.

4――気候変動と食品媒介感染症

4――気候変動と食品媒介感染症

間接媒介の感染症として、ベクター媒介、環境媒介と並んで、食品媒介もさまざまなものが挙げられる。原因微生物としても、感染症ごとに、細菌、ウイルス、寄生虫など多様なものがある。

1|サルモネラ症やカンピロバクター感染症と気候変動との気候因子との関連が指摘されている
まず、食品媒介感染症の特徴として、リスクが生産から消費までのあらゆる過程に存在することが挙げられる。IPCC報告書は、気候変動により気候リスクの要因が、食品生産・流通システム、都市化と人口増加、資源・エネルギー不足、農業の生産力の低下、食生活トレンドの変化などと相互作用を起こして、複数の経路を通じて、食品媒介感染症に影響を及ぼす可能性があるとしている。

同報告書は、食品媒介感染症の増加と高い気温や水温、長い夏季との間には強い関連性が存在する(確信度は非常に高い)と指摘している。そして、平均気温の上昇とサルモネラ感染症の増加の間には強い関連性が認められる(確信度は高い)。また、カンピロバクターによる食品媒介感染症と、降水量および気温の間には有意な関連性が存在する(確信度は中程度)、としている。

カナダにおける食品媒介感染症についての調査結果によると、疾患の9割超は、ノロウイルス、ウェルシュ菌13、カンピロバクター属菌14、サルモネラ属菌、セレウス菌15の5つが原因だという。このうち、ウェルシュ菌以外の4つは、気候変動の影響を受けるとしている。具体的には、ノロウイルスは、豪雨や洪水などの極端な気象現象や気温低下の影響を受ける。カンピロバクター属菌は、気温上昇、降水増加、洪水の変化によって影響を受ける。サルモネラ属菌は、極端な気象現象や気温上昇の変化によって影響を受ける。セレウス菌は、干ばつの変化によって影響を受けるという。16

一方、ヨーロッパにおけるいくつかの研究をまとめたペーパーによると、イングランドやウェールズでのカンピロバクター感染症は、春の終わりに増加していることが判明したとしている。ただし気温との関係は非線形であるため、間接的な関連性の可能性が高く、ハエによる伝染などの季節要因の可能性もあるという。同ペーパーでは、北欧諸国では、カンピロバクター感染症が気温の上昇と大雨に関連している可能性があるとしている。サルモネラ症については、気温の上昇に続いて発生率が急上昇しており、温暖な気候がサルモネラ菌の繁殖を加速させることが示されたとしている。17
 
13 ヒトや動物の大腸内常在菌であり、下水、河川、海、耕地などの土壌に広く分布する。ヒトの感染症としては食中毒の他に、ガス壊疽、化膿性感染症、敗血症等が知られている。ウエルシュ菌食中毒は、エンテロトキシン産生性ウエルシュ菌(下痢原性ウエルシュ菌)が大量に増殖した食品を喫食することにより、本菌が腸管内で増殖して、芽胞を形成する際に産生・放出するエンテロトキシンにより発症する感染型食中毒である。(「ウェルシュ菌感染症とは」(国立感染症研究所ホームページ)をもとに筆者作成)
14 主に胃腸炎症状を引き起こすカンピロバクター感染症の病原菌。(「カンピロバクター感染症とは」(国立感染症研究所ホームページ)をもとに筆者作成)
15 食中毒の形でセレウス菌感染症を引き起こすことが多い。セレウス菌感染症には、嘔吐型と下痢型があるが、日本ではほとんどが嘔吐型となっている。(「カンピロバクター感染症とは」(国立感染症研究所ホームページ)をもとに筆者作成)
16 Smith, B.A. and A. Fazil, 2019: How will climate change impact microbial foodborne disease in Canada? Can. Commun. Dis. Rep., 45(4), 108–113, doi:10.14745/ccdr.v45i04a05.
17 Semenza, J.C. and S. Paz, 2021: Climate change and infectious disease in Europe: impact, projection and adaptation. Lancet Reg. Health. https://doi. org/10.1016/j.lanepe.2021.100230
2|食品媒介感染症のリスクは根が深い
国連食糧農業機関(FAO)が2020年に公表した報告書18によると、免疫力の低下は、食品媒介感染症の感受性を増加させる。このため、免疫力の低下につながる栄養失調が、食品媒介感染症と関連しているという。

また、欧州食品安全機関(EFSA)が2020年に公表した報告書では、食品媒介感染症のリスクが食物連鎖全体に渡る複雑な伝播経路と、広範囲の病原体を介して高くなることが指摘されている。具体的なリスクとして、海洋生物の毒素、マイコトキシン、サルモネラ症などが示されている。19

このように、食品媒介感染症のリスクは気候変動問題だけではなく、栄養失調のような飢餓問題や、食物連鎖を含む生物多様性の問題とも関係しており、根が深いものと言える。
 
18 FAO, 2020: Climate Change: Unpacking the Burden on Food Safety. Food Safety and Quality Series. Food and Agriculture Organization of the United Nations, Rome, Italy.
19 European Food Safety Authority (EFSA), 2020: Climate Change as a Driver of Emerging Risks for Food and Feed Safety, Plant, Animal Health and Nutritional Quality. EFSA (European Food Safety Authority), 1–146. doi:10.2903/sp.efsa.2020.EN-1881
3|その他の食品媒介感染症にも気候要因が関係している
頭痛、咳、発疹などの症状につながるクリプトコッカス症20の発生にも、気候要因が関連しているとされる。過去100年間に渡る同疾患に関するメタ研究によると、気候変動の危険と環境面の発生がクリプトコッカス症の増加に寄与してきたという。21

小児下痢の原因疾患であるクリプトスポリジウム症に関するメタ研究によると、クリプトスポリジウム属菌による汚染と、豪雨の間に関連が見られたという。豪雨の間や後には、同疾患のオッズ (発生率を(1-発生率)で割り算した値) が通常時の2.61倍に高まっていたという。22 また、アフリカ諸国(ガーナ、ギニアビサウ、タンザニア、ケニア、ザンビア)での研究によると、クリプトスポリジウム症の有病率は、雨季の多い時期に高くなり、雨季の前、雨季の始期や終期にピークが観察されるという。23
 
20 「クリプトコッカス症」(MSDマニュアル家庭版)による。
21 Chang, C.C. and S.C. Chen, 2015: Colliding epidemics and the rise of cryptococcosis. J. Fungi, 2(1), doi:10.3390/jof2010001.
22 Young, I., B.A. Smith and A. Fazil, 2015: A systematic review and meta-analysis of the effects of extreme weather events and other weather-related variables on Cryptosporidium and Giardia in fresh surface waters. J. Water Health, 13(1), 1–17, doi:10.2166/wh.2014.079
23 Squire, S.A. and U. Ryan, 2017: Cryptosporidium and Giardia in Africa: current and future challenges. Parasit Vectors, 10(1), 195, doi:10.1186/s13071-017- 2111-y.
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保険研究部   主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員

篠原 拓也 (しのはら たくや)

研究・専門分野
保険商品・計理、共済計理人・コンサルティング業務

経歴
  • 【職歴】
     1992年 日本生命保険相互会社入社
     2014年 ニッセイ基礎研究所へ

    【加入団体等】
     ・日本アクチュアリー会 正会員

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