2023年09月27日

お酒についてシラフで考える-日本酒とファシリテーション-

社会研究部 研究員 島田 壮一郎

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2日本酒提供者の役割
酒瓶には上記のような様々な記載がされており、その一つ一つがそのお酒の味を伝えるためのメッセージである。そのメッセージをしっかり受け取り、さらに適切な条件で味わうことで、自分に合った日本酒を楽しむことが出来る。それはまるで日本酒とのコミュニケーションである。しかし、日本酒の味を決める要因は数多くあり、一つのパラメーターだけでは味の判断が難しいことが分かる。例えば、「辛口のお酒」が飲みたいと思って日本酒度が高いものを選んだとしても、それ以外のパラメーターの影響で求めているような日本酒に出会えないことも考えられる。

そこで頼りになるのが利き酒師などの日本酒を提供する立場の人である。彼らは日本酒への知識や経験が豊富であり、日本酒とのコミュニケーションを補助してくれるであろう。
3|コミュニケーションを補助する技法
コミュニケーションを補助するものとしてファシリテーションが存在する。日本ファシリテーション協会によると、「ファシリテーション(facilitation)とは、人々の活動が容易にできるよう支援し、うまくことが運ぶよう舵取りすること。集団による問題解決、アイデア創造、教育、学習等、あらゆる知識創造活動を支援し促進していく働き3」としており、それを行う人をファシリテーターと呼ぶ。また、ファシリテーターの役割として大きく4つのスキルが必要とされる4

(1) 場のデザインのスキル
ファシリテーションは議論の間だけではなく、議論を行うために場を設計するところから行われるものである。場の設計のためには「目的」、「目標」、「プロセス」、「ルール」、「メンバー」の5つの要素が重要である。とりあえず人を集めて議論をしても、よい結果は望めない。議論が始まる前にしっかりとこれらを決めていくことがこの後の流れを円滑に進めることに繋がる。また、議論をする環境によって、議論の空気は変わってくる。どのような場所で、どのような配置で議論を行うか等の設計もファシリテーターにとって重要な役割である。

(2) 対人関係のスキル
議論では様々な考えを持った参加者が意見をぶつけ合うことでより良い結果が生まれるものである。そのためにはそれぞれの参加者が十分に発言し、理解してもらうことが不可欠である、ファシリテーターはその手助けをするために意見を出しやすくしたり、理解のしやすくしたりするような技術が求められる。

(3) 構造化のスキル
意見が十分に出されたら、それを整理することでその議論における筋道を明確化する必要がある。そのためには意見の内容を理解し、整理するために十分な思考力が求められる。KJ法やマインドマップなどの手法を用いることもある。

(4) 合意形成のスキル
議論の結果、複数の案が出た場合に一つの案に絞る必要がある。参加者が納得して結論を導くための合意の仕方を行うことが求められる。
 
上記のスキルを駆使し、議論などの場においてコミュニケーションを補助するものとして、幅広く活用されている。
4日本酒の提供とファシリテーション
日本酒を楽しむことはコミュニケーションであると先述した。であるとするならば日本酒を楽しんでもらえるようにするための日本酒提供者はまさにファシリテーターであり、前述の4つのスキルも生かされるべきではないか。

(1) 場のデザインのスキル
日本酒提供者においても、お客様に提供するときだけではなく、その準備から力を注ぐべきであるのは明らかである。そのためには、前述に倣い場の設計のための5つの要素を考えることが重要である。

まず考えるべきなのはお客様にどのように楽しんでもらうのかという「目的」である。例えば、普段呑んでいる味わいのお酒を楽しんでもらうか、いつもと違った味わいのお酒を楽しんでもらうか、特別感のあるレアなお酒を楽しんでもらうか、普段使い出来るようなお酒を楽しんでもらうかなど様々である。その違いによってどのようなお酒を気に入ってもらえるようにするかという「目標」が決まる。また、日本酒を楽しんでもらうためにどのような「プロセス」で楽しんでもらうかも重要である。その場合、どのような順番で提供するかだけでなく、料理と合わせるのか、お酒だけを楽しんでもらうのかも重要なプロセスである。また、楽しんでもらうための「ルール」も重要である。まず思い浮かびそうなのが価格帯である。他にも飲み比べのセットなどの設定も重要なルールであろう。例えば、ある日本酒バーの「利き酒コース」は時間内で、30種類程度ある日本酒の中で、同じものを繰り返すことでなければ飲み放題というものである。このシステムは幅広い種類の日本酒を楽しんでもらうために設計されたものである。そして一番重要なのが「メンバー」である。これはどのような日本酒を揃えるかが当てはまるのではないか。例えば、純米酒だけや、熟成酒を主に揃えるなどテーマを決めるのも一つの方法である。さらに、議論が行われる場の環境が重要であったようにお店においても、照明などの環境等が味覚に影響を与える可能性が考えられる5ため、店舗の設計から日本酒のことを考えて行う日必要がある。
(2) 対人関係のスキル
ここではコミュニケーションをしっかりと行うことで必要な情報を手に入れることが重要となる。お客様とのコミュニケーションを行う前に必要なことは提供する日本酒に関する理解をしておくことである。まずはお客様とのコミュニケーションの前に日本酒とのコミュニケーションを行う必要がある。いわゆるテイスティングをしっかりとしておくことが重要である。そのためにはそのお酒に関する知識や経験がないと日本酒の味を理解することが出来ないであろう。

ここまでがお客様との対面する前に行っておくことであり、ここからが実際の接客となる。議論におけるファシリテーションでは、参加者が委縮せずに発言出来るようにすることが求められる。日本酒を提供する際にもお客様がどのようなものが好みであるかを伝えてもらえるようにすることが重要である。しかし、必ずしも好きな日本酒について説明できるお客様だけではないことや、その説明だけで特定できるものでないことも考えられる。堀は著書にて対人関係のスキルについて「聴く力」、「応える力」、「見る力」、「訊く力」を挙げている4。それぞれについて、その方法が日本酒の提供においてどのように活用が出来るかを明らかにしたい。

・「聴く力」
日本酒を選ぶときにお客様の方からどのようなお酒が欲しいかを伝えられることも多い。その言葉に対して真摯に向かい合うことが大事である。あまり日本酒に触れてこなかった人にとっては適当な言葉を用いて説明することは難しい。その中でもしっかり聴くことが必要である。この際に注意するべきなのはあまり専門家の雰囲気を出しすぎないことが挙げられる。実際の議論でも専門家がテーブルファシリテーターを行うと参加者を委縮させてしまう事例も見られている6。あくまで押し付けないようにすることが必要である。また、お客様の好みを聞く際だけでなく、呑んでいるときの感想などをしっかり耳に入れておくことで次の提供への判断材料にすることが出来る。 
 
・「応える力」
自分の発言が相手にどのように響いたかはコミュニケーションの積極性に大きくかかわる。これは日本酒の提供時にも同じである。しっかりとお客様の言葉を受けとっているということを相手に理解してもらうことが必要であり、簡単な所ではしっかりと相槌を打つというところから始まり、お客様の言葉を要約したり、言い換えたりすることも効果的である。そのようなやり取りによってお客様はしっかりと好みを聴いてくれているという安心感が生まれる。
 
・「観る力」
お客様の好みを判断する材料は言葉だけではない。コミュニケーションにおいては、非言語コミュニケーションが7割~9割を占めている7。呑んでいるときの表情や口に含む頻度など非言語の部分も重要な判断基準となる。店内を俯瞰することが必要であり、そのためには最初のスキルであった「場づくり」から考えて行うことが重要である。
 
・「訊く力」
お客様の発するメッセージだけではお客様の好みを把握することが出来ない場合もある。例えば、日本酒の知識が全くないため、お客様が伝え方が分からない場合や、内容が曖昧な時には、こちらから言葉を引き出す必要がある。例えば普段呑むお酒の種類、どんな食べ物に合わせたいかなどを聞き、そこからどのような日本酒を求めているかを確認するのも一つの手である。一例として、「辛口のお酒が欲しい」と言われたとして、ただただ日本酒度の高いお酒を提供すればいいわけではない。上記のように日本酒度の高いものでも、後味が残らないもの、旨味が少ないもの、水のように飲みやすいもの等、いろんなイメージで「辛口」と言っていることが多い。このような時にはどのイメージでその言葉を使っているかを確認することが必要である。
(3) 構造化のスキル
対人関係のスキルを用いてお客様の好みが分かったら、その好みに合うお酒がどれかを選ぶ必要がある。そのためにはお客様の好みと日本酒の味を繋げることが必要である。そのような際に構造化のスキルが役に立つと考えられる。議論でのファシリテーションの際にKJ法やマインドマップを用いたように視覚的に分かりやすいものを用意するとよい。日本酒においてよく活用されているのが「薫酒」、「熟酒」、「爽酒」、「醇酒」の4タイプに分けるものである(図-4)。香りの強弱や味の濃淡によって分類したものである。揃えた日本酒がどのタイプに当てはまるかとお客様の好みがどのタイプかを把握し、それに合った日本酒を提供することが出来る。このような指標を用いて提供するお酒を選ぶことで適当な日本酒を選択することが出来る。
図-4 香りと味の濃さによる分類(吉沢1991)
(4) 合意形成のスキル
複数人で決めるものではないので普通の議論と比べて、合意形成のスキルは多くは必要ないかもしれない。最後に意思決定するのはお客様であり、満足して選んでもらうためにはどのような日本酒であるか説明することも重要であるし、なぜその日本酒を選んだかを説明することも必要になる。また、お客様の好みにある日本酒を何種類か提示して決めてもらうことも方法である。最後はお客様に納得して決めてもらうことが重要であり、それによって次の注文や来店に繋がる可能性は高くなる。

4――まとめ

4――まとめ

わが国において酒類の消費量は年々減少している。その中でも日本酒の下げ幅は大きい。このような状況において、希望となるのは特定名称酒など、こだわって呑むような消費者の存在や海外に向けた輸出の増加であろう。その道筋を進むためには日本酒についてより知ってもらうことが重要である。日本酒のラベルで分かる情報では味を理解することは難しいことである。そのような理由から日本酒を避けているという人も一定数いる9。業界としては顧客の損失であり、消費者としては日本酒を楽しむ機会を損失している。このことは本当にもったいないことである。そのような人のためにも日本酒の味を適切に伝えていくことは今後の日本酒業界の盛況には重要である。そのためには日本酒の知識だけではなく上記のようなコミュニケーションに係る知識や技法を得ることも求められる。また、消費者においても、日本酒にこだわったお店に足を運んで欲しい。想像以上に広く深い世界を楽しめるであろう。

参考文献
1. 国税庁. 酒レポート 令和5年6月. (2023).
2. 旭酒造株式会社. 「DASSAI BLUE」について. https://www.asahishuzo.ne.jp/dassaiblue/jp/.
3. 日本ファシリテーション協会. ファシリテーションとは?. 日本ファシリテーション協会.
4. 堀公俊. ファシリテーション入門. (日経文庫, 2004).
5. 金信琴, 勝浦哲夫, 岩永光一, 下村義弘 & 井上学. 異なる照明が日本人と中国人の唾液量と味覚閾値に及ぼす影響. 日本生理人類学会誌 10, 9–16 (2005).
6. 島田壮一郎 & 秀島栄三. ワークショップにおけるコミュニケーション不安と納得度の関係からみるコミュニケーションの働きおよびファシリテーションの技法に関する研究.  土木学会論文集D3(土木計画学)  78, 34–44 (2022).
7. 大橋理枝 & 根橋玲子. コミュニケーション学入門. vol. 1 (2019).
8. 吉沢淑. 酒の文化誌. (丸善, 1991).
9. 国税庁. 「清酒製造業の健全な発展に向けた調査研究」に関する報告書.
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社会研究部   研究員

島田 壮一郎 (しまだ そういちろう)

研究・専門分野
都市・地域計画、住民参加、コミュニケーション、合意形成

経歴
  • 【職歴】
     2022年 名古屋工業大学大学院 工学研究科 博士(工学)
     2022年 ニッセイ基礎研究所 入社
    【加入団体等】
     ・土木学会
     ・日本都市計画学会
     ・日本計画行政学会

(2023年09月27日「基礎研レポート」)

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