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- 立ち飲み屋はなぜ「話しやすい」のか-空間構造と身体配置が生む偶発的コミュニケーション-
コラム
2025年04月07日
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私自身、初めて訪れる土地や街で飲食店を探す際には、立ち飲み屋を選ぶことが少なくない。比較的安価に酒を楽しめる費用対効果の高さや、入りやすく滞在時間を柔軟に調整できる点などが、その理由として挙げられる。加えて、他の客と自然にコミュニケーションが生まれやすいという特徴も、立ち飲み屋の大きな魅力といえる。他の飲食空間と比較して、見知らぬ者同士が会話を交わす頻度が高いというこの現象には、立ち飲み屋の空間構成や身体の動きや姿勢といった要素が深く関わっていると考えられる。
第一に、「立つこと」という身体姿勢の影響が挙げられる。立った状態では身体の可動性が高まり、視線の移動や身体の向きの変更が容易になる。この開放性は、会話における反応の速さや発話のテンポが高まり、結果として相互行為の活性化をもたらす。実際、立っていると発話数やうなずき、笑いの頻度が増加する傾向が確認されており1、姿勢は単なる身体的な状態にとどまらず、対話の流れに構造的影響を及ぼす要因と位置づけられる。身体の緊張感が軽減され、同時に注意が周囲に向かいやすくなることも、他者との相互行為の起点になり得る。
第二に、立ち飲み屋に特有の身体間距離の短さが、相互作用の誘因となっている。椅子が設置されていないことにより、客は空間内を自由に移動でき、結果として近接した距離で他者と並ぶことになる。この物理的近接性は、視線の交錯や身体の方向づけを通じて、非言語的接触の機会を増加させる。人と人との距離が縮まるほど、会話が生起する確率が高まることは、計測データを用いた分析によっても支持されている2。こうした距離感は、相手との関係の程度を定めるような社会的合意に頼らずとも、自然なかたちで相互行為が立ち上がるための環境的前提として機能している。
第三に、空間構成そのものが会話の発生に影響を与えている点も重要である。立ち飲み屋は一般に、パーテーションや個室を有せず、開かれたレイアウトが採用されていることが多い。この構造は、音声や視線が遮られにくく、他者の存在が常に認識される環境を形成する。人の動きも視線も自由に空間を行き来し、それによって他者の存在が自己の注意の射程内に留まりやすくなる。類似の傾向は、オフィス環境においても報告されており、先行研究では、仕切りのない空間においては対面コミュニケーションの頻度が有意に増加することが示されている3。
このような空間では、視線や身体の向き、立ち位置の調整などを通じて、意図的でない接触が頻繁に生じる。たとえば、注文時に隣人に声をかける、身体を少し譲るといった行為が、結果として会話のきっかけとなることが多い。これらは本来的には社会的な相互行為とは無関係に発生する動作であるが、立ち飲み屋という空間の構成により、それらが自然に対話のきっかけとなる。立ち飲み屋の空間特性は、思いがけない出会いを誘発するだけでなく、それを深い交流へと自然に発展しやすい土台を備えているといえる。
さらに、着席型の飲食空間との比較において、立ち飲み屋では関係の流動性が高くなる傾向も見逃せない。椅子がないことにより、滞在時間のコントロールが個人の裁量に委ねられ、他者との関係を長く継続することも、適度な距離で切り上げることも容易である。こうした時間的自由度は、関係性の深度において一律ではないコミュニケーションの様式を可能にし、「一言交わすだけ」「短い共感だけを共有する」といった軽量なやり取りを肯定する基盤ともなっている。
以上を踏まえると、立ち飲み屋は、「立つこと」、身体間距離、空間設計、そして関係の柔軟性といった複数の要素を通じて、対話の発生と展開を構造的に支援する場として位置づけられる。このように、形式化された対話や事前の合意に依存することなく、偶然の接触を契機として関係が生成される点に、この空間の特異性と魅力がある。
もっとも、こうした空間が常に快適であるとは限らない点には留意が必要である。対人関係における不安傾向や恥ずかしさといった個人的特性は、他者との距離の取り方に影響を及ぼすことが指摘されており4、必ずしもすべての客がこの開放性を歓迎するとは限らない。物理的・心理的な距離を一定程度保ちたいと感じる者にとって、立ち飲み屋の環境は過度の緊張や不快感の原因ともなり得る。
ゆえに、立ち飲み屋を「話しやすい空間」として評価する際には、その空間がすべての人にとって等しく快適な場ではないという前提を持つべきである。他者への配慮や距離感への感受性がなければ、場の魅力は特定の客に限定される可能性がある。偶発的な出会いと、自由な選択が両立するような構造が維持されていてこそ、立ち飲み屋は多様な人々にとって「話しやすい場」として機能し続けるのではないだろうか。
第一に、「立つこと」という身体姿勢の影響が挙げられる。立った状態では身体の可動性が高まり、視線の移動や身体の向きの変更が容易になる。この開放性は、会話における反応の速さや発話のテンポが高まり、結果として相互行為の活性化をもたらす。実際、立っていると発話数やうなずき、笑いの頻度が増加する傾向が確認されており1、姿勢は単なる身体的な状態にとどまらず、対話の流れに構造的影響を及ぼす要因と位置づけられる。身体の緊張感が軽減され、同時に注意が周囲に向かいやすくなることも、他者との相互行為の起点になり得る。
第二に、立ち飲み屋に特有の身体間距離の短さが、相互作用の誘因となっている。椅子が設置されていないことにより、客は空間内を自由に移動でき、結果として近接した距離で他者と並ぶことになる。この物理的近接性は、視線の交錯や身体の方向づけを通じて、非言語的接触の機会を増加させる。人と人との距離が縮まるほど、会話が生起する確率が高まることは、計測データを用いた分析によっても支持されている2。こうした距離感は、相手との関係の程度を定めるような社会的合意に頼らずとも、自然なかたちで相互行為が立ち上がるための環境的前提として機能している。
第三に、空間構成そのものが会話の発生に影響を与えている点も重要である。立ち飲み屋は一般に、パーテーションや個室を有せず、開かれたレイアウトが採用されていることが多い。この構造は、音声や視線が遮られにくく、他者の存在が常に認識される環境を形成する。人の動きも視線も自由に空間を行き来し、それによって他者の存在が自己の注意の射程内に留まりやすくなる。類似の傾向は、オフィス環境においても報告されており、先行研究では、仕切りのない空間においては対面コミュニケーションの頻度が有意に増加することが示されている3。
このような空間では、視線や身体の向き、立ち位置の調整などを通じて、意図的でない接触が頻繁に生じる。たとえば、注文時に隣人に声をかける、身体を少し譲るといった行為が、結果として会話のきっかけとなることが多い。これらは本来的には社会的な相互行為とは無関係に発生する動作であるが、立ち飲み屋という空間の構成により、それらが自然に対話のきっかけとなる。立ち飲み屋の空間特性は、思いがけない出会いを誘発するだけでなく、それを深い交流へと自然に発展しやすい土台を備えているといえる。
さらに、着席型の飲食空間との比較において、立ち飲み屋では関係の流動性が高くなる傾向も見逃せない。椅子がないことにより、滞在時間のコントロールが個人の裁量に委ねられ、他者との関係を長く継続することも、適度な距離で切り上げることも容易である。こうした時間的自由度は、関係性の深度において一律ではないコミュニケーションの様式を可能にし、「一言交わすだけ」「短い共感だけを共有する」といった軽量なやり取りを肯定する基盤ともなっている。
以上を踏まえると、立ち飲み屋は、「立つこと」、身体間距離、空間設計、そして関係の柔軟性といった複数の要素を通じて、対話の発生と展開を構造的に支援する場として位置づけられる。このように、形式化された対話や事前の合意に依存することなく、偶然の接触を契機として関係が生成される点に、この空間の特異性と魅力がある。
もっとも、こうした空間が常に快適であるとは限らない点には留意が必要である。対人関係における不安傾向や恥ずかしさといった個人的特性は、他者との距離の取り方に影響を及ぼすことが指摘されており4、必ずしもすべての客がこの開放性を歓迎するとは限らない。物理的・心理的な距離を一定程度保ちたいと感じる者にとって、立ち飲み屋の環境は過度の緊張や不快感の原因ともなり得る。
ゆえに、立ち飲み屋を「話しやすい空間」として評価する際には、その空間がすべての人にとって等しく快適な場ではないという前提を持つべきである。他者への配慮や距離感への感受性がなければ、場の魅力は特定の客に限定される可能性がある。偶発的な出会いと、自由な選択が両立するような構造が維持されていてこそ、立ち飲み屋は多様な人々にとって「話しやすい場」として機能し続けるのではないだろうか。
1. Noguchi, Y. & Tomoo Inoue. Difference between Standing and Seated Conversation over Meal toward Better Communication Support. Communications in Computer and Information Science 460, 62–76 (2014).
2. Inamizu, N. Estimating communication by position information in office. Annals of Business Administrative Science 19, 67–80 (2020).
3. Roman, B., Fredrik, U., Jürg, S. & Reto, N. Impact of Office Layout on Communication in a Science-Driven Business. R&d Management 38, 372–391 (2008).
4. 齋藤ひとみ. コミュニケーション能力とパーソナルスペースの関連性. 愛知教育大学研究報告. 教育科学編 60, 197–203 (2011).
(2025年04月07日「研究員の眼」)

03-3512-1817
経歴
- 【職歴】
2022年 名古屋工業大学大学院 工学研究科 博士(工学)
2022年 ニッセイ基礎研究所 入社
【加入団体等】
・土木学会
・日本都市計画学会
・日本計画行政学会
島田 壮一郎のレポート
日付 | タイトル | 執筆者 | 媒体 |
---|---|---|---|
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