2023年09月11日

米国経済の見通し-年末から来年にかけて大幅な景気減速も景気後退は回避される見通し

経済研究部 主任研究員 窪谷 浩

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(住宅投資)足元で減速に歯止めがかかっている可能性
実質GDPにおける住宅投資は、前述のように23年4-6月期まで9期連続のマイナス成長となったものの、マイナス幅が小幅に縮小しており、住宅市場には底入れの兆しがみられる。実際に、住宅着工件数(3ヵ月移動平均、3ヵ月前比年率)は23年7月が+28.5%(前月:+17.7%)と22年2月以来の大幅な伸びとなっている(図表14)。さらに、先行指標である住宅着工許可件数(同)も+4.1%(前月:+7.8%)と前月から伸びは鈍化しているものの、4ヵ月連続でプラスとなっており、23年7-9月期の住宅投資は10期ぶりにプラスに転じる可能性が高い。

もっとも、住宅ローン金利(30年)は23年1月の6.2%から足元では7.2%台と22年11月につけた7.1%台を上回って推移している(図表15)。これは、22年11月の7.1%台を超えて2000年12月以来の水準であり、今後は再び住宅需要を低下させる可能性が高い。

一方、米抵当銀行協会(MBA)が公表している住宅購入目的の住宅ローン申請件数(90年3月を100とする指数)は21年1月についけた980近辺から住宅ローン金利の上昇に伴い大幅に減少しており、足元では184近辺と96年12月以来の水準に低迷している。

これらの結果、23年10-12月期の住宅投資はプラスに転じるとみられるものの、住宅ローン金利の高止まりから住宅市場の本格的な回復はほど遠いだろう。もっとも、長期金利は足元がピークで24年末に向けて緩やかに低下が見込まれるほか、24年後半の利下げ転換もあって、住宅ローン金利の低下に拍車が掛かるとみられ、24年後半には住宅市場の回復は明確となろう。当研究所は実質GDPにおける住宅投資(前年比)が22年の▲10.6%から23年は▲10.8%とマイナス幅が小幅拡大した後、24年は+1.9%とプラス成長に転じると予想する。
(図表14)住宅着工件数と実質住宅投資の伸び率/(図表15)住宅ローン金利および住宅ローン申請件数
(政府支出、債務残高)財政責任法により、財政赤字は今後10年間で▲1.5兆ドル削減見込み
米議会は財政赤字削減と引き換えに連邦政府の法定債務上限額(現行31.4兆ドル)を25年1月まで不適用とすることを盛り込んだ「財政責任法」を超党派で可決して、23年6月2日にバイデン大統領の署名を経て成立させた。同法では24年度(23年10月~24年9月)の裁量的経費を国防関連で8,863億ドルと23年度の8,8583億ドルから+3.3%増額する一方、非国防関連では23年度の7,672億ドルから24年度に7,037億ドルと▲8.3%減額することを盛り込んでいる。一方、25年度は国防、非国防ともに24年度からそれぞれ1%の伸びに留まる。この結果、裁量的経費合計では23年度の1兆6,255億ドルから24年度は1兆5,900億ドルと前年比▲2.2%、25年度は1兆6,059億ドルと前年比+1.0%となる。

もっとも、同法では災害救助などの特定のプログラムはこれらの裁量的経費の例外として認められており、これらの例外規定などを含めた裁量的経費の合計額は23年度の1兆8265億ドルから24年度が1兆7953億ドル(前年度比▲1.7%)、25年度が1兆8,179億ドル(+1.3%)となっており、24年度の非国防予算額についても概ね前年度並みが見込まれている。
(図表16)財政収支・債務残高見通し 同法施行に関する議会予算局(CBO)の試算では、24年度の財政赤字が23年5月時点のベースライン予測より▲695億ドル(名目GDP比▲0.3%ポイント)削減されるほか、33年度にかけて各年度の財政赤字(名目GDP比)が▲0.3%ポイント~▲0.5%ポイント削減される見通しになっている(図表16)。これらの結果、今後10年間の財政赤字削減額は▲1兆5,277億ドルが見込まれている。また、債務残高(名目GDP比)も33年度時点でベースライン予測の119%から財政責任法によって115%と▲4%ポイントの削減が見込まれている。

一方、24年度の予算審議では前述のように財政責任法によって裁量的経費が1兆5,900億ドルに決まったものの、下院共和党はこれを下回る1兆4,710億ドルの予算編成を目指して強硬に歳出削減を主張している。このため、10月からの新年度に向けて12本の歳出法案はいずれも成立しておらず、このままでは予算不成立に伴う10月からの連邦政府の一部閉鎖が懸念される状況となっている。休会明けの議会では与野党の幹部を中心に政府閉鎖を回避するための暫定予算の交渉が本格化している。今後も予算審議は紆余曲折が予想されるものの、最終的には財政責任法によって24年度の裁量的経費は前年並みの水準となることが予想されることから、米経済への影響は限定的に留まろう。

当研究所は実質GDPにおける政府支出(前年比)予想について、22年の暦年ベースで▲0.6%から23年は+3.2%とプラス成長になった後、24年も+1.3%とプラス成長を維持すると予想する。
(貿易)外需の成長率寄与度は足元でマイナスも成長率格差から24年にかけてプラス寄与へ
実質GDPにおける23年4-6月期の外需は成長率寄与度がマイナスに転じたが、輸出入の内訳をみると輸入が前期比年率▲7.0%(前期:+2.5%)と前期からマイナスに転じた一方、輸出が▲10.6%(前期:+7.8%)と輸入を上回る落ち込みとなって、外需を押し下げた。

先日発表された23年7月の貿易収支(3ヵ月移動平均)は季節調整済で652億ドル(前月:678億ドル)の赤字となり、前月から赤字幅が▲26億ドル縮小した(図表17)。輸出入では輸入が▲19億ドル減少した一方、輸出が+8億ドル増加するなど、輸出入ともに貿易赤字を縮小する方向に働いた。このため、7月の貿易収支は7-9月期の外需の成長率寄与度がプラスに転じる可能性を示唆している。

一方、IMFの見通しに基づく米国の輸出相手国上位10ヵ国の平均成長率は、23年は輸出相手国と米国成長率がほぼ一致するものの、24年は輸出相手国の成長率が当研究所の米国成長率見通しを上回るとみられる(図表18)。このため、7-9月期に成長率寄与度がプラスに転じた後、海外との成長格差からその後は24年にかけてプラスに転じる可能性が高い。
(図表17)貿易収支(財・サービス)/(図表18)米国の輸出相手国の成長率と外需の成長率寄与度
当研究所は外需の成長率寄与度について、22年の▲0.6%ポイントから23年は+0.7%ポイントとプラスに転じるほか、24年も+0.2%ポイントとプラス寄与を維持すると予想する。

3.物価・金融政策・長期金利の動向

3.物価・金融政策・長期金利の動向

(物価)住居費、賃金上昇圧力の低下からインフレ率の低下が持続
CPI(前年同月比)は前述のようにコア指数は23年7月が前年同月比+4.7%と総合指数を上回っているほか、FRBの物価目標を大幅に上回っており、コア指数は高止まりしている(前掲図表7)。CPIの内訳をみると、エネルギーが23年7月の前年同月比▲12.5%と前月の▲16.7%からマイナス幅は縮小も大幅に物価を押し下げているほか、食料品価格も+4.9%と22年8月の+11.4%をピークに低下基調が持続している(図表19)。

また、コア指数でもコア財価格は+0.8%とコア指数の押し下げ要因となっている。コアサービス価格のうち、住居費については23年7月が+8.1%と4ヵ月連続で横這いとなっており、高止まりが続いている。また、コアサービス価格のうち、住居費を除いた部分については23年7月が+4.1%と22年9月の+6.5%からは低下基調となっているものの、低下は緩やかに留まっている。同指数はサービス業を中心に賃金との連動性が高いと指摘されているが、前述のように足元で労働需給が逼迫しており、賃金上昇率は高止まりしていることが同指数の高止まりの要因とみられる。

一方、足元でWTI原油先物価格が23年6月の70ドル割れからサウジアラビアやロシアの減産継続を受けて足元で80ドル台後半まで上昇しているほか、エネルギーに加え貴金属や穀物なども含めた国際商品価格指数は原油価格と同様に23年5月の250台前半から足元は280台半ばまで上昇している(図表20)。
(図表19)CPI内訳(前年同月比)/(図表20)原油およぼ商品先物価格
当研究所は、原油価格は24年を通じて91ドルで推移すると予想しており、エネルギーや食料品価格の物価押し下げ効果が減殺される可能性が高い。もっとも、コロナ禍に伴う供給制約が概ね解消されている中でコア財価格は引き続き低位で推移することが見込まれるほか、住居費は新規契約の家賃の伸びが落ち着いてきており、早晩低下基調に転じることが見込まれるほか、労働需給の緩和から賃金上昇圧力の緩和が見込まれることもあって、コア指数は24年末にかけて低下基調が持続すると予想される。この結果、総合指数も緩やかながら低下基調が持続しよう。

当研究所はCPIの総合指数(前年比)は22年の+8.0%から23年は+4.1%、24年は+2.7%に低下すると予想する。もっとも、ウクライナ侵攻に伴うエネルギー、食料品価格動向が不透明なほか、労働需給の逼迫に伴い賃金上昇率が高止まりする可能性があるため、インフレ見通しには上振れリスクがある。
(金融政策)政策金利は23年末が5.75%、24年末が4.75%を予想
FRBはインフレ抑制のために22年3月から政策金利の引上げを開始し、23年7月までに政策金利を合計5.25%ポイント引上げ、5.5%とした(図表21)。23年6月のFOMC会合で示されたFOMC参加者の政策金利見通し(中央値)は23年末が5.625%となっており、23年内に0.25%の追加利上げが見込まれている。
(図表21)PCE価格、失業率、政策金利およびFOMC参加者見通し また、バランスシート政策については22年6月に量的引締めを開始し、9月以降は米国債と住宅ローン担保証券(MBS)を合わせて950億ドルのペースで残高を縮小させている。

一方、注目された8月下旬のパウエルFRB議長によるジャクソンホール演説ではインフレ率がピークから低下してきたことを歓迎しつつも、依然として高すぎるとして、インフレ率が目標に向かって持続的に低下していると確信できるまでは制限的な水準で政策を維持するとした。

当研究所は労働市場の減速や賃金上昇率の低下が続く中、足元のインフレ率も低下していることから、次回9月のFOMC会合ではFRBは政策金利を据え置く可能性が高いとみられる。しかしながら、FRBが物価指標としているPCE価格指数のコア指数が23年7月の前年同月比で+4.2%と物価目標を大幅に上回る水準が続いているほか、前述のように23年7-9月期の実質GDP成長率が2%弱とみられる潜在成長率を大幅に上回る可能性が高くなっている。このため、23年内にFRBが追加利上げを実施する可能性が高い。

当研究所は11月に0.25%の利上げを実施し、23年末時点で政策金利を5.75%まで引上げると予想する。FRBが利下げに転じる時期は、インフレ率は物価目標を上回るものの、金融引締め的となっている実質金利の上昇を抑制するために、24年後半を予想する。FRBは24年末時点の政策金利を4.75%まで低下させよう。

一方、バランスシート政策については、パウエル議長はこれまで金融政策の調整手段は一義的には政策金利としているため、バランスシートの縮小金額を機動的に調整する可能性は低いだろう。このため、当面FRBは月950億ドルの削減ペースを維持すると予想する。
(長期金利)23年10-12月期平均が3.9%、24年10-12月期が同3.5%への低下を予想
長期金利(10年金利)は、23年年初の3.8%台から3月上旬のシリコンバレー銀行の破綻をきっかけに広がった金融不安を背景に4月上旬には一時3.3%台に低下した。その後は、堅調な米経済指標などを受けて政策金利の引上げが継続するとの見方や連邦債務上限問題を嫌気して5月下旬には一時3.8%台に上昇した。さらに、その後も金融引締め長期化に加え、米国債の需給悪化懸念もあって8月下旬に一時4.3%台まで上昇、足元は4.2%台で推移している。
(図表22)米国金利見通し 当研究所は、当面はインフレの高止まりなどから長期金利は一時的に上昇する可能性はあるものの、今般の利上げが最終局面に近づく中で足元の金利水準がピークと考えており、インフレが緩やかながら低下基調が持続することを背景に23年10-12月期平均で3.9%へ、24年は利下げに転じることもあって24年10-12月期に3.5%へ緩やかな低下を予想する。
 
 

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経済研究部   主任研究員

窪谷 浩 (くぼたに ひろし)

研究・専門分野
米国経済

経歴
  • 【職歴】
     1991年 日本生命保険相互会社入社
     1999年 NLI International Inc.(米国)
     2004年 ニッセイアセットマネジメント株式会社
     2008年 公益財団法人 国際金融情報センター
     2014年10月より現職

    【加入団体等】
     ・日本証券アナリスト協会 検定会員

(2023年09月11日「Weekly エコノミスト・レター」)

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