2023年09月11日

米国経済の見通し-年末から来年にかけて大幅な景気減速も景気後退は回避される見通し

経済研究部 主任研究員 窪谷 浩

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1.経済概況・見通し

(経済概況)4‐6月期の成長率は4期連続のプラス、前期並みの伸びを維持
米国の23年4-6月期の実質GDP成長率(以下、成長率)は、改定値が前期比年率+2.1%(前期:+2.0%)と4期連続のプラス成長となったほか、前期並みの伸びを維持した(図表1、図表6)。

需要項目別では、住宅投資が前期比年率▲3.6%(前期:▲4.0%)と9期連続のマイナス成長となったほか、外需の成長率寄与度が▲0.2%ポイント(前期:+0.6%ポイント)と前期からマイナスに転じて成長率を押し下げた。一方、設備投資が前期比年率+6.1%(前期:+0.6%)と前期から伸びが大幅に加速したほか、個人消費が+1.7%(前期:+4.2%)と高い伸びとなった前期からは低下したものの、堅調な伸びを維持した。
(図表2)非農業部門雇用者数(前月比増減) 個人消費が堅調な要因としては雇用者数の堅調な増加が続いていることがある。実際に非農業部門雇用者数は23年4-6月期の月間平均雇用増加ペースが+20.1万人増と21年後半からの雇用増加ペースの鈍化傾向は継続しているものの、依然として新型コロナ流行前(19年3月~20年2月)の同+19.0万人増のペースを上回っている(図表2)。雇用の増加に加え、後述するように労働需給の逼迫から賃金が高止まりしていることもあって、実質可処分所得は23年4-6月期が前期比年率+3.3%(前期:+8.5%)と非常に高い伸びとなった前期からは低下も堅調な伸びを維持して個人消費を下支えした。
(図表3)融資基準(商工ローン) 一方、米国では3月10日のシリコンバレー銀行の破綻をきっかけに金融システム不安が広がり、経済への影響が懸念された。FRBによる融資担当者調査では商工ローンに対する融資基準は22年後半以降に厳格化の動きが続いている中、シリコンバレー銀行が破綻した後に実施された4月調査および7月調査でも厳格化の動きが続いていることが確認された(図表3)。融資基準の厳格化は資金調達コストの上昇などを通じて米国経済の下押し要因とみられる。

もっとも、厳格化のスピードは足元で鈍化しているほか、今般の金融システム不安では財務省やFRBによる迅速な危機対応もあって連鎖的な銀行破綻は回避されており、現状で金融システム不安に伴う米経済への影響は限定的に留まっている。
なお、7月以降も堅調な雇用増加を背景にした個人消費の堅調は持続している。非農業部門雇用者数は23年6-8月期の月間平均増加ペースが+15.0万人増と新型コロナ流行前の増加ペースを下回った(前掲図表2)。もっとも、失業率を維持するのに必要な+10万人増は上回っており、依然として堅調なペースを維持している。また、実質個人消費は23年7月が前月比+0.6%と23年1月以来の伸びとなった(図表4)。財消費が+0.9%と23年1月以来の伸びとなったほか、サービス消費も+0.4%と23年3月以来の伸びとなった。一方、実質可処分所得は23年6月が前月比横這い、7月が▲0.2%と22年6月以来のマイナスに転じるなど、6月以降は個人消費が所得を上回る伸びを示しており、可処分所得の個人消費に対する下支え効果は弱まっている。

一方、足元の堅調な個人消費を受けてアトランタ連銀が推計するGDPナウは23年7-9月期の実質GDPにおける個人消費が前期比年率+4.0%と4-6月期の+1.7%から大幅に加速することを予想している。この結果、同連銀は7-9月期の実質GDP成長率を+5.6%と21年10-12月期以来の水準に加速するほか、ブルームバーグのコンセンサス予想の+2.0%を大幅に上回ると予想している。このため、足元で米国経済が景気後退に陥っている兆候はみられない。
(図表4)実質個人消費および可処分所得(前月比)/(図表5)GDPナウ、コンセンサス予想(23年7-9月期)
(経済見通し)成長率は23年が前年比+2.2%、24年が+1.1%を予想、景気後退は回避
当研究所は経済見通しの策定にあたっての前提として金融のシステミックリスクが限定的とした。米国経済は足元の堅調な経済指標を受けて7-9月期の高成長が予想されている。しかしながら、7-9月期の高成長の反動に加え、FRBによる大幅な金融引締めを受けて政策金利は当面引締め的な水準で推移することが見込まれ、これまでの累積的な金融引締めの影響から、今後は失業率の上昇を伴う労働需要の低下に伴い、個人消費は23年末から24年にかけて減速することが見込まれる。この結果、実質GDP成長率(前期比年率)は23年10-12月期が+0.1%、24年1-3月期が▲0.4%と大幅に低下しよう。その後は金融緩和を織り込んで金融環境が緩和することもあって24年4-6月期以降に成長率は上昇に転じるものの、24年10-12月期でも+1.6%に留まり、2%弱とみられる潜在成長率を下回ろう。

これらの結果、成長率(前年比)は通年では23年が+2.2%と22年の+2.1%並みの成長を維持するものの、24年は+1.1%と23年から大幅に低下しよう。前回見通し(6月時点)では23年後半からマイルドな景気後退をメインシナリオとしていたものの、個人消費を中心に足元の経済指標が上振れる一方、インフレの緩やかな低下傾向が持続しており、今回提示する見通しでは当該予測期間(24年末まで)において景気後退を見込んでいない。

一方、FRBによる大幅な金融引締めにも関わらず、インフレが高止まりする局面では金融引締めが長期化し、24年以降に景気後退に陥る可能性が高まるが、これは後述するようにリスクシナリオと考えている。

物価は、足元の堅調な経済状況を反映して当面はインフレの高止まりが見込まれる。また、足元で原油価格が23年6月の70ドル割れから80ドル台後半まで上昇しているほか、当研究所は24年を通じて91ドルまで上昇すると予想しており、今年みられたエネルギー価格の下落による物価押し下げは来年以降減退するとみられる。一方、足元で物価の基調を示すエネルギーと食料品を除いたコアインフレ率を高止まりさせている住居費や賃金上昇率の低下から、24年末にかけてコアインフレ率は緩やかに低下しよう。これらの結果、当研究所はCPIの総合指数が22年の+8.0%から23年に+4.1%、24年に+2.7%へ低下すると予想する。もっとも、ウクライナ侵攻に伴うエネルギー、食料品価格の動向が依然不透明なほか、労働需給の逼迫に伴い賃金上昇率が高止まりする可能性があるため、インフレ見通しには上振れリスクがある。

金融政策は、インフレ率の総合指数は緩やかに低下しているものの、コア指数が依然としてFRBの物価目標(2%)を大幅に上回る水準が続くことから、FRBは23年11月に0.25%の追加利上げを実施し、政策金利を5.75%まで引き上げると予想する。その後、インフレ率は物価目標を上回る状況が続くものの、インフレ率の低下に伴う実質金利の上昇の影響を緩和するために、FRBは24年後半に利下げに転じると予想する。また、バランスシート政策は米国債とMBS債の合計で毎月950億ドルの減少ペースを当面は維持しよう。

長期金利は23年7-9月期平均で4.1%のピークをつけた後、FRBによる利上げ打ち止めやインフレ率の低下もあって23年10-12月には同3.9%まで低下しよう。24年もインフレ率の低下が続くほか、金融緩和に転じることから24年10-12月に同3.5%までの低下を予想する。
(図表6)米国経済の見通し
(図表7)消費者物価指数 上記見通しに対するリスクは、インフレ高進による政策金利の上振れが挙げられる。消費者物価指数は総合指数が23年7月に前年同月比+3.2%と22年6月の+9.1%からの低下基調が鮮明となっている(図表7)。もっとも、コア指数は7月が+4.7%と23年3月の+5.6%から低下しているものの、総合指数を大幅に上回っているほか、FRBの物価目標も大幅に上回っている。これは前述のように家賃や賃金の高止まりに伴うコアサービス価格の高止まりが背景にある。

今後、ウクライナ侵攻の長期化により、エネルギー、食料品価格などが再び急騰することで総合指数が上振れすることや、労働需給の逼迫が長期化し賃金が高止まりすることなどによってインフレ高進が長期化する場合には、政策金利の引上げ幅拡大や金融引締め期間が長期化し、これまでの累積的な金融引締めの影響もあって、需要が大幅に抑制されることで将来の景気後退リスクが高まろう。

2.実体経済の動向

2.実体経済の動向

(労働市場、個人消費)累積的な金融引締めの影響から労働市場、個人消費は減速へ
非農業部門雇用者数の堅調な増加が持続しているものの、労働市場は減速傾向が続いている。23年7月の求人数は883万人と23年4月の1,032万人から3ヵ月連続減少した(図表8)。また、求人数と失業数の比較では失業者1人に対して求人数が1.5件とこちらも23年4月の1.8件から3ヵ月連続で低下した。もっとも、求人数は新型コロナ流行前の700万人を大幅に上回っているほか、求人数と失業者数の比較でも新型コロナ流行前の1.2件を大幅に上回っており、FRBによる大幅な金融引締めにもかかわらず、労働需要は依然として強いことを示している。

また、失業率が23年8月に3.8%と23年4月の3.4%からは上昇したものの、依然として1970年以来の低水準を維持するなど労働需給が逼迫しており、時間当たり賃金(前年同月比)は23年7月が+4.3%と22年3月につけた+5.9%のピークからは低下したものの、新型コロナ感染拡大前の3%近辺を大幅に上回っている(図表9)。さらに、賃金・給与に加え、給付金も反映した雇用コスト指数も23年4-6月期が前年同期比+4.5%と新型コロナ流行前の2%台後半を大幅に上回っており、賃金上昇率は高止まりしている。

今後もFRBによる金融引締めの累積的な影響により、労働需給の緩和が見込まれる。しかしながら、労働需給の緩和ペースは緩やかに留まっており、労働需給の逼迫が長期化する場合には賃金やインフレが高止まりし、金融引締めが長期化する可能性がある。
(図表8)求人数および求人数/失業者数/(図表9)賃金上昇率および失業率
一方、個人消費に関連して消費者センチメントはコンファレンスボード、ミシガン大学指数ともに新型コロナ感染拡大前の水準は下回っているものの、昨年夏場を底に回復基調を示しており、個人消費には追い風となっている(図表10)。もっとも、消費者センチメントに影響を与えるガソリン価格は足元で3.9ドルと22年10月以来の水準まで上昇しているため、今後は消費者センチメントの回復に水を差す可能性がある。

さらに、個人所得と個人消費のデータを用いて、新型コロナ流行前の17~19年のトレンドラインと実施の個人所得、個人消費の差かから推計される累積の過剰貯蓄残高は21年7-9月期に1.9兆ドルまで拡大した後減少に転じ、23年4-6月期には▲2,200億ドル程度のマイナスに転じた可能性が高い(図表11)。過剰貯蓄はこれまで個人消費を下支えしてきたが、今後はこれらの下支え要因は期待できない状況となっている。
(図表10)消費者センチメントおよびガソリン小売価格/(図表11)家計の累積過剰貯蓄試算
当研究所は、足元で個人消費は堅調となっているものの、金融引締めに伴う今後の労働市場の減速を受けて23年10-12月期から個人消費の減速を見込んでおり、実質GDPにおける個人消費(前年比)は24年1-3月期に小幅ながらマイナス成長に転じるなど、通年でも22年の+2.7%から23年は+2.4%、24年は+0.9%への低下を予想する。
(設備投資)調達コストの上昇などから23年末から24年初にかけてマイナス成長へ
実質GDPにおける23年4-6月期の設備投資は前述のように前期から伸びが大幅に加速した。当期の設備投資は建設、設備機器、知的財産のすべてでプラス成長となったが、とくに輸送機器が大幅に回復した設備機器投資の増加が大きい。

また、設備投資の先行指標であるコア資本財受注(3ヵ月移動平均、3ヵ月前比年率)は23年7月が年率+1.7%(前月:+1.6%)と前月から伸びが小幅ながら加速しており、7月に入っても設備投資の緩やかな回復が続いている可能性を示している(図表12)。

一方、製造業の企業景況感を示すISM製造業景況感指数は23年8月が47.6(前月:46.4)と10ヵ月連続で好不況の境となる50を割り込んでいるものの、3ヵ月連続で改善しており製造業需要が安定している可能性を示唆している(図表13)。また、製造業指数のうち、新規受注は46.8(前月:47.3)と前月からは低下したものの、23年5月の42.6からは明確な回復がみられる。さらに、生産指数も50.0(前月:48.3)と4ヵ月ぶりに50の水準に回復するなど改善を示した。

なお、8月はインフレに関連する支払価格指数が48.4(前月:42.6)と依然として50を下回っているものの、23年6月の41.8から2ヵ月連続で上昇しており、足元でインフレ圧力の緩和傾向が一服している可能性を示した。
(図表12)米国製造業の耐久財受注・出荷と設備投資/(図表13)ISM製造業指数
設備投資は、先行指標など足元でプラス成長が続いている可能性が示唆されているほか、製造業需要が安定していることが示されており、23年7-9月以降もプラス成長が見込まれる。もっとも、金融引締めの影響で長期金利が上昇しているほか、商工ローン融資の貸出基準の厳格化の影響など資金調達コストが上昇していることもあって23年10-12月期から24年1-3月期にかけてはマイナス成長に転じることが見込まれる。当研究所は実質GDPにおける設備投資(前年比)が通年では22年の+3.9%から23年に+2.8%へ低下した後、24年は+0.1%までの大幅な低下を予想する。
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経済研究部   主任研究員

窪谷 浩 (くぼたに ひろし)

研究・専門分野
米国経済

経歴
  • 【職歴】
     1991年 日本生命保険相互会社入社
     1999年 NLI International Inc.(米国)
     2004年 ニッセイアセットマネジメント株式会社
     2008年 公益財団法人 国際金融情報センター
     2014年10月より現職

    【加入団体等】
     ・日本証券アナリスト協会 検定会員

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