2023年09月07日

日本の不妊治療動向2020-2020年の不妊治療件数は約45万件で、40歳が実施件数・流産数ともにトップ、流産率は36歳で20%超え一気に上昇

基礎研REPORT(冊子版)9月号[vol.318]

生活研究部 研究員・ジェロントロジー推進室・ヘルスケアリサーチセンター 兼任 乾 愛

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1―はじめに

2022年4月より不妊治療の保険適用が開始され、早1年が経過した。今回、新たに2020年ARTデータ(日本産科婦人科学会より)が公表されたことを受け、本稿では日本の不妊治療の特徴を整理する。

(本稿は、基礎研レター「日本の不妊治療動向2020」*1を要約したものである。)
 
*1 乾 愛「日本の不妊治療動向2020」(2023年7月18日)https://www.nli-research.co.jp/report/detail/id=75458?site=nli

2―2020年(最新版)不妊治療の特徴

1|不妊治療実績件数(年別治療周期総数の推移)
図表1に示す通り、2020 年の不妊治療実績件数( 年別治療周期総数*2 )は、449,900件(前年差:-8,201件)、治療法別では、体外受精を示すIVF(GIFT,その他を含む)*2が、82,883件(前年差:-5,191件)、顕微授精を示すICSI(SPLITを含む)*2が151,732件(前年差:-3,092件)、凍結保存した受精卵を子宮内に移植する凍結融解胚(卵)*2は、215,285件(前年差:+82件)の実績が確認された。
[図表1]不妊治療実績件数の推移(治療周期総数及び治療法別周期数推移)
2019年からの前年差では、全体的な実施件数が減少したものの、治療法別にみると、凍結保存した受精卵を子宮内に移植する凍結融解胚(卵)のみ増加していることが分かる。この凍結融解胚を用いた治療法は、一回の採卵で採取した卵子から複数の受精卵を作ることができ、母体の身体侵襲も少ない上、移植する胚の数を制限すれば多胎妊娠を防ぐことができる
などのメリットが認められている。

また、この方法は、採卵後に凍結しない生鮮胚移植よりも着床率が高いことが報告されていることから、不妊治療の治療法の中でもニーズが高くなったことが推察される。

この様に様々な利点が認められる凍結融解胚であるが、-196℃の超低温の液体窒素で凍結し保存することから、一定の確率で受精卵が凍結融解胚後に変性が認められ破損してしまうことや、一旦温度が上昇し融解してしまうと細胞が死滅してしまうなど取扱いが非常に繊細であることが知られている*6。一般的な保存期限も1年間と、延長には夫婦2人の同意の元、毎年度手続きが必要になるため、保存期限まで不妊治療を続ける確固たる意志と計画性が必要となる。今後も、着床率の高さからニーズの増大が推測されるが、メリットデメリットを認識した上で取り組む必要があろう。
 
*2 治療周期数とは、「月経開始から次の月経開始までを1周期ととらえ治療する回数」のことを示す。
*3 IVFとは、体外受精(in vitro fertilization)の略で、GIFTとは受精卵管内移植法のことを示す。
*4 ICSI(SPLIT を含む)とは、卵細胞内精子注入法(intracytoplasmic sperm injection,ICSI)などの
顕微授精を示す。
*5 凍結融解胚(卵)とは、妊娠成立時の副作用の重症化予防や妊娠率の向上を目的に、受精卵を凍結保存した後に子宮内に移植する方法を示す。
*6 日本生殖医学会「Q14.受精卵の凍結保存とはどんな治療法ですか?」http://www.jsrm.or.jp/public/funinsho_qa14.html
2|2020年 年齢別の治療実績件数(治療周期総数) 
次に、2020年に不妊治療を実施した者を年齢別に分け、各年齢における不妊治療実績件数(治療周期数)を図表2へ示した。

その結果、不妊治療実績件数(治療周期数)のピークは、40歳における36,049件であった。全体的な治療実績件数は、27歳頃から上昇し40歳をピークに47歳頃まで下降する山形曲線を描いている。高齢出産の境目を見ると、34歳では24,485件に対し、35歳では27,685件と3,200人の増加、特定不妊治療助成事業適用年齢の境目では、適用内の42歳が33,771件に対し、適用外となる43歳では26,438件と7333人の減少が認められる結果となった。
[図表2]年齢別の不妊治療実績件数(治療周期総数)
3|2020年 年齢別の治療実績件数(妊娠周期数・流産数・生産周期数)
続いて、2020年に不妊治療を実施した者を年齢別に分け、各年齢における不妊治療の妊娠周期数、流産数、生産周期数について図表3へ示した。

その結果、妊娠周期数は35歳をピークに7,176件、流産数は40歳をピークに1,896件、生産周期数は35歳をピークに5,449件であることが明らかとなった。先ほどの、不妊治療周期総数と合わせると、40歳で不妊治療を受ける者が最も多いが、合わせて流産数も最も多い年齢となり、妊娠に至る件数も出産に至る件数も高齢出産の境目となる35歳が最も多くなるという特徴が認められている。

尚、43歳における流産数は946件、生産周期数は970件に対し、44歳では流産数が574件、生産周期数が417件と、生産周期数よりも流産件数が上回り、妊孕性の限界が認められる。
[図表3]年齢別の不妊治療実績件数(妊娠周期数・流産数・生産周期数)
4|2020年 年齢別の不妊治療実績(妊娠率・生産率・流産率)
最後に、2020年に不妊治療を実施した者を年齢別に分け、20歳以下から50歳以上の各年齢における不妊治療の妊娠率・流産率・生産率を図表4へ示した。

その結果、妊娠率(赤線)は、24歳頃から33歳頃まで40%前後を推移し、徐々に下降している。また、生産率(緑線)についても、23歳頃から33歳頃まで安定して30%前後を推移したのち、下降している。一方で、流産率(紫線)*7は、36歳で20%を超過し、その後一気に上昇曲線を描いていることが分かる。

特に注目したいのは、不妊治療により妊娠をしても無事に出産できる指標となる生産率が、43歳で5%、44歳で3%へ下がり、臨界点となる5%を切ることである。

特定不妊治療助成事業及び2022年4月からの保険適用における適用年齢についても43歳未満とされていることから、年齢別の生産率を考慮すると医学的妥当性のある要件であることが分かる。しかし、助成適用外の43歳の治療者件数が26,438件に上り、全体治療周期数の5.9%を占めており、助成適用外の43歳以上(50歳以上も含む)全てを合わせると75,526件と全体の16.8%を占める割合となる。

2020年には、2022年の保険適用を見越して助成対象要件の所得制限が撤廃された年次となっており、所得要件により助成制度が適用されなかった世帯は、治療に踏み込みやすくなった一方で、妊孕性の限界が訪れる年齢から治療を開始する者が増加すると、成果が得られにくいというデメリットも生じている。心身ともに大きな侵襲を受ける不妊治療において治療ニーズと成果減益の相関は、今後も議論の要点となることが推察される。
[図表4]年齢別の不妊治療実績(妊娠率・生産率・流産率)
 
*7 この流産率は、流産数を総妊娠周期数で割った値であり、併記している妊娠率と生産率とは分母が異なることに留意。

3―まとめ

本稿では、日本産科婦人科学会が公表する2020年(最新版)ARTデータを用いて日本の不妊治療の特徴を整理した。

その結果、2020年の不妊治療実績件数( 年別治療周期総数)は、449,900件(前年差:-8,201件)であり、治療法別では着床率の高さから凍結融解胚(卵)が215,285件(前年差:+82件)と微増しており、不妊治療実績件数(治療周期数)のピークは40歳における36,049件であり、流産数も40歳をピークに1,896件と、治療ニーズと妊孕性の限界が鬩せめぎあうぎ合う実態が浮き彫りとなった。

また、2020年の不妊治療の妊娠率・流産率・生産率(全凍結周期を除外)を見たところ、24歳から33歳頃まで妊娠率は40%前後で推移したのち下降、生産率も30%前後で推移したのち下降、流産率は36歳で20%を超過し、一気に上昇曲線を描いている。生産率は44歳で医学的臨界点となる5%を切ることも明らかとなった。

2020年時点において特定不妊治療助成の適用要件から所得制限が撤廃され、治療に踏み込みやすくなった一方で、妊孕性の限界が迫る43歳以上の治療者が全体の16.8%を占める実態は、不妊治療ニーズと制度の在り方に議論が必要となろう。

尚、日本産科婦人科学会では、毎年ARTデータを公表しており、引き続き、そのデータを用いて日本生殖補助医療の特徴を解析する予定である。
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生活研究部   研究員・ジェロントロジー推進室・ヘルスケアリサーチセンター 兼任

乾 愛 (いぬい めぐみ)

研究・専門分野
母子保健・高齢社会・健康・医療・ヘルスケア

経歴
  • 【職歴】
     2012年 東大阪市 入庁(保健師)
     2018年 大阪市立大学大学院 看護学研究科 公衆衛生看護学専攻 前期博士課程修了
         (看護学修士)
     2019年 ニッセイ基礎研究所 入社
     2019年~大阪市立大学大学院 看護学研究科 研究員(現:大阪公立大学 研究員)

    【資格】
    看護師・保健師・養護教諭一種・第一種衛生管理者

    【加入団体等】
    日本公衆衛生学会・日本公衆衛生看護学会・日本疫学会

(2023年09月07日「基礎研マンスリー」)

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