2023年09月05日

サステナビリティ開示と企業価値創造

一橋大学大学院 経営管理研究科 加賀谷 哲之

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サステナビリティ開示をめぐる制度整備が進展している。2023年6月にはサステナビリティ関連財務情報のグローバルベース・ラインを確立することで、非財務情報の比較可能性や一貫性を高めることを目指す国際サステナビリティ基準審議会(ISSB)がIFRS S1号「サステナビリティ関連財務情報の開示に関する全般的要求事項」、IFRS S2号「気候関連開示」を公表した。また2023年7月には、サステナビリティ開示や金融をめぐる取り組みで世界をけん引してきた欧州委員会(EU)が、企業持続可能性報告指令(CSRD)に基づく欧州持続可能性報告基準(ESRS)を承認した。ともに2024年1月1日事業開始年度以降に適宜適用される予定である。
 
なぜサステナビリティ開示をめぐる制度整備が進展しているのか。地球環境や社会をめぐる状況がより厳しさを増す中、経済活動の中核を担う企業にそれらに対する説明責任を求める声が高まっている。特に資本市場からのそうした情報を積極的に開示することを企業に求める動きが加速している。そうした開示の多くは、これまで企業の自発的開示に依拠して進展してきたが、ステークホルダーの情報ニーズを満たすことができなかったことが制度整備の背景にある。
 
そもそもサステナビリティ関連情報は、(1)利用者・使途、(2)トピックス、(3)使用目的、(4)測定手法・単位、(5)時間軸などが多様であることから、開示ニーズを満たすことが容易ではない。近年のサステナビリティ開示をめぐる研究は、こうした点を裏付けている。たとえば、Berg et al.(2022)では、複数のESG評価機関が提供するサステナビリティ情報を分析した結果、評価機関の間でESGスコアの測定手法、スコープ、重みづけで大きな乖離があることを確認している1。こうしたESG評価の分岐そのものは、企業のサステナビリティをめぐる取り組みの評価軸やそのスコア算出の基礎となる情報が標準化されていないことを示唆している。この結果として、近年は「グリーンウォッシング」など見かけ上のサステナビリティに関わる取り組みに基づき、金融商品を組成するような動きも進展している。サステナビリティ開示をめぐる制度整備が進展してきた背景には、その情報の比較可能性を高めることで、投資家などのステークホルダーが企業によるサステナビリティに関わる取り組みを評価できる環境を整備し、企業の説明責任を果たす状況を醸成する狙いがあると考えることができる。
 
一方で、サステナビリティ情報の開示制度を設計することは容易ではない。そもそも企業ごとに国や産業、重要となるステークホルダーが異なり、またビジネスモデルが同じではないことを前提とすれば、重要なサステナビリティ情報も異なってくる。またサステナビリティに関わる取り組みの多くは、中長期的に解決が望まれる内容であることが多く、その情報の重要性も時間軸を通じて変化する可能性もある。このため、サステナビリティ関連財務情報が自社の短期・中期・長期的な将来キャッシュ・フローの創造にどれほど貢献するか、あるいは地球環境や社会的課題の解決にどれほど結び付くかについては、産業セクターによる開示モデルの提示や企業によるマテリアリティ(重要度)の判断に依拠しつつ、ベースとなる情報や指標の定義についてはより標準化を促進させるような開示制度が進展することが予想される。
図表1:経済価値と社会・環境価値をいかに統合するか
サステナビリティ情報を企業価値の向上や地球環境・社会課題の解決に結び付けるためには、基準設定機関が定義した情報や指標をそのまま開示することでは十分ではない。上述した通りサステナビリティに関わる取り組みが自社の企業価値創造プロセスにいかに結び付くかは必ずしも一様ではなく、将来財務・サステナビリティ業績との関連には長い時間軸が想定される。開示にあたっては、価値創造ストーリー、将来財務・サステナビリティ業績にどう結び付くかを示すロジック、それらの進捗を定点観測する評価システムを示す必要がある2
 
またサステナビリティ情報を投資家がいかに評価するかという観点でも必ずしも一様ではない。たとえば、Serafeim(2023)では、ESG指標の高低に注目するか、改善の余地に注目するかなどに応じて投資家が注目するサステナビリティ情報などが異なることを示している3。このため、投資家のESG投資に対する姿勢やサステナビリティ情報へのニーズに応じて、実施すべき対話・エンゲージメントを整理・展開し、自社の価値創造プロセスを磨き高める必要がある。さらにそうした開示や対話・エンゲージメントを受けて、どのような人財や活動を評価するのか、どのようなリスクをより意識してコントロールしていくのかに応じて、指名・報酬・監査等のコーポレートガバナンスの枠組みを設計する必要がある。
 
サステナビリティ評価の枠組みやその取り組みに対する投資家の姿勢が必ずしもグローバルに標準化されていないことを前提とすれば、図表1にある「開示-対話・エンゲージメント-ガバナンス」の好循環を通じた持続的な価値創造の取り組みが不可欠となる。これらの取り組みを通じて持続的な価値創造を実現する日本企業が増加することを期待している。
 
1 Berg, Florian, Julian F. Koelbel, and Roberto Rigobon. "Aggregate confusion: The divergence of ESG ratings." Review of Finance 26,  no. 6 (2022): 1315-1344.
2 サステナビリティ情報も知財・無形資産と同様、価値創造への結びつきが多面的かつ長期的であり同様のフレームワークでの分析が可能である。知財・無形資産情報と企業価値の結びつきについては次を参照。https://www.kantei.go.jp/jp/singi/titeki2/tyousakai/tousi_kentokai/pdf/v2_shiryo1.pdf
3 Serafeim, George. "ESG: From Process to Product." HBS Working Paper 23-069 (2023).
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一橋大学大学院 経営管理研究科

加賀谷 哲之

研究・専門分野

(2023年09月05日「ニッセイ年金ストラテジー」)

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