2023年08月31日

気候変動と死亡数の増減-死亡率を気候指数で回帰分析してみると…

保険研究部 主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員 篠原 拓也

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6|人口は、国勢調査と人口推計のデータを用いる
次に、死亡率の分母である人口について、見ていく。人口は、国勢調査の実施年は、同調査のデータ。それ以外の年は、人口推計の性別、年齢別、都道府県別のデータをベースとする。なお、国勢調査、人口推計とも、各年の10月1日現在のデータを用いることとし、10月以外の月については、直前・直後の10月のデータを1次補間して算出する。

また、人口推計では、高齢ゾーンで「85歳以上」などと、まとめて人口が掲載されている10。これについては、5年に1度の国勢調査によるデータでは各年齢の人口の把握が可能であるため、これを用いて「85~89歳」、「90~94歳」、「95~99歳」、「100歳以上」など、各年齢区分ごとの人口を算定する。そして、当該統計年の直前・直後の国勢調査の結果から得られる各年齢群団の人口割合を1次補間することで、当該統計年の各年齢群団の人口割合を計算によって求め、それをもとに上述の按分処理を行う。
 
10 1979年までは「65歳以上」、1981~2006年は「80歳以上」、2007年以降は「85歳以上」が同一区分にまとめられている。
7|「死亡率」は死亡数を人口で割り算したものを調整して算出する
ここで、死亡率をどう位置づけるかについて整理しておく。一般に、死亡率は、人口に対する一定期間の死亡数の割合として表される。保険会社などで保険料や責任準備金などの計算に用いられる場合、一定期間は1年間とされることが多い。このため、今回、一定期間を1ヵ月間とすると、よく用いられる死亡率と水準が大きく(約12倍)異なってしまい、わかりづらくなる恐れがある。そこで、下記の関係式から、年換算の死亡率を計算することとする。
死亡率と死亡数の関係式
1ヵ月間の生存率を12乗することで、その生存率が1年間続くものとして、年換算の生存率を計算し、これを1から差し引いて、年換算の死亡率を計算する。この計算は、1ヵ月間の死亡動向が1年間継続することを仮定している。だが、実際には、季節によってその動向は異なるため、架空の死亡率となる点に注意が必要と言える。本稿では、年換算の死亡率を、単に「死亡率」と呼ぶこととする。

なお、ある月について、死因別に上記の死亡率が計算されている場合、その月の全死因の死亡率は、上記の関係式を用いて、次のように計算する。
全死因の死亡率の計算

3――気候指数の設定

3――気候指数の設定

前章に続いて、関係式右辺の気候指数を見ていく。原則として、前回のレポートで設定した気候指数を用いる。ただし、前回のレポートでは、指数そのものの月や季節ごとの変動をならすために、5年平均の指数を表示した。今回は、月単位の指数をそのまま用いるなど、いくつか変更箇所がある。

1|気候指数は、全国を11の地域区分に分けて設定する
前回のレポートでは、気象庁の気候区分をもとに、「北日本」「東日本」「西日本」「沖縄・奄美」の4つに分けたうえで、日本全体を12の地域区分に分けて、気候指数を作成することとしている。一般的な地方区分を踏まえつつ、都道府県の行政単位ごとに設定することが、主な狙いとなっている。
図表2. 12の地域区分
このうち、奄美は、鹿児島県の一部であり、この地域区分だけは市町村単位での設定となっている。また、奄美は、面積が0.1万km2、人口が11万人であり、他の地域区分と比べて小さい。そこで、前回のレポートでの気候指数作成において、奄美については、九州南部と合わせた「九州南部・奄美」の地域区分を設定した。

今回、死亡数との関係性を定式化するにあたり、宮崎県と鹿児島県を、奄美地域を含めて、「九州南部・奄美」として地域区分を設定する。これにより、気候指数は、全国を11の地域区分に分けて設定することとなる。
図表3-1. 面積の内訳/図表3-2. 人口の内訳
2|気候指数は、月単位のものを用いる
前回のレポートで、気候指数は、月単位と季節単位の2種類を設定していた。今回、死亡数との関係性を定式化するにあたり、右辺に用いる気候指数は、月単位のものとする。なお、前回のレポートで用いていた5年平均ではなく、月々の気候指数をそのまま用いることとする。

本来、死亡指数の期間の設定にあたっては、極端な気象が発生してから、それが死亡率に影響をもたらすまでのタイムラグをどう想定するかという問題が存在する。例えば、死因が熱中症の場合は、高温等の極端な気象が発生してから、暑熱による死亡に至るまでの期間は多くても数日程度に限られるものとみられる。

一方、寒冷により、脳卒中や心疾患等の循環器系の疾患を発症して死に至る場合、必ずしも疾患は急性とは限らず、発症から一定の時間が経過した亜急性や陳旧性の場合もあり得る。その場合、数週間から数ヵ月程度のタイムラグが生じることも考えられる11

今回の計算では、1ヵ月単位で定式化を行うため、1ヵ月以上のタイムラグは生じないものと想定する。また、1ヵ月未満のタイムラグは考慮しない(1ヵ月単位での定式化のため捨象)こととした12
 
11 例えば心筋梗塞の場合、発症から3日以内を急性、3日以降30日以内を亜急性、30日以降を陳旧性とする定義もある。
12 なお、今後、感染から発症までの間にウイルス等の一定の潜伏期間がある感染症などを考慮する場合には、潜伏期間に対応するタイムラグを織り込むことも考えられる。

4――回帰式の立式

4――回帰式の立式

本章では、気候指数と死亡率の関係性を回帰分析する際の、回帰式について検討する。両者の関係性を表示する上で、回帰式の立式は最も重要な検討ポイントと言える。

1|回帰式には気候指数の他に定数やダミー変数を組み込む
まず、結論的に、気候指数を全て用いた状態での回帰式のカタチを示しておく。次節以降で、このカタチに至る検討の過程を述べていく。
(回帰式) [気候指数を全て用いた状態]
(ロジット変換・逆変換)
ロジット変換・逆変換は、回帰計算の結果、死亡率が0~1の範囲に入るようにするために行う。死亡率実績データをロジット変換して回帰式に代入。回帰式の結果を逆変換して死亡率を計算する。

このロジット変換は、死亡率が0に等しいほど小さい場合、死亡率の自然対数をとったものとほぼ同じものとなる。その結果、気候指数の変化が生じた場合、右辺の変化“幅”が、左辺では死亡率の変化“割合”に換算されることとなる。これを避けるために、右辺でも、各気候指数の自然対数をとることとする。

ただし、気候指数は負値の場合もありうる。その場合は、そのまま自然対数をとることはできない。そこで、ある定数Cをすべての気候指数に足し算して負値を解消したうえで、自然対数をとることとする。

1971年1月~2021年12月の月ごとの気候指数を見ていったところ、最小値は、1977年5月に北陸で記録された海面水位指数 -3.142。最大値は、2012年9月に北海道で記録された高温指数5.709であった。負値の解消ということであれば、Cを3.142を上回る定数として設定すればよいこととなる。

ただし、今後の変動が過去の変動範囲におさまるという保証はない。そこで、気候指数の絶対値の最大値5.709をも上回る安全な水準に設定するものとして、今回は、C=10と置くこととした。

ここで、回帰式の各記号についてまとめておこう。13
回帰式の記号のまとめ
左辺の「死亡率」と、右辺の「変数」に、1971年1月~2021年12月の実績データを入力する。そして、重回帰分析を通じて、「係数」の値を求めていく。

ここで、3行目の時間項については、1970年からの経過年数(整数値)をTIMEという変数で持たせて、死亡率の説明要素として用いる。通常、死亡率は医療技術の進歩等、気候の要因とは別の、時間に応じた改善トレンドを有していることから、それを表現するために、この項を設定することとした。

また、ダミー変数については、地域区分(Da1~Da10)と月(Dm1~Dm11)の2種類のものを用いる。

このうち、Da1~Da10については、北海道はDa1のみ1。東北はDa2のみ1。関東甲信はDa3のみ1。北陸はDa4のみ1。東海はDa5のみ1。近畿はDa6のみ1。中国はDa7のみ1。四国はDa8のみ1。九州北部はDa9のみ1。九州南部・奄美はDa10のみ1。それ以外はすべて0とする。

また、Dm1~Dm11については、1月はDm1のみ1。2月はDm2のみ1。3月はDm3のみ1。4月はDm4のみ1。5月はDm5のみ1。6月はDm6のみ1。7月はDm7のみ1。8月はDm8のみ1。9月はDm9のみ1。10月はDm10のみ1。11月はDm11のみ1。それ以外はすべて0とする。

その結果、具体例を挙げると、回帰式の4行目は以下のようになる。

(例)
北海道の3月    →  I + da1 + dm3
関東甲信の12月  →  I + da3
沖縄の6月     →  I + dm6
沖縄の12月    → I

つまり、定数と、地域区分ダミー、月ダミーにより、気候指数以外の、地域区分や月の違いにともなう死亡率の違いを表すこととなる。

回帰式は、性別(2個)、年齢区分(21個)、死因(6個)ごとに設ける。すなわち全部で、2×21×6の、252個の回帰式を設けることとなる。

また、回帰式ごとに、過去に蓄積されたデータとして、1971~2021年(51年)、地域区分(11区分)、月(12ヵ月)がある。つまり全部で、51×11×12の6732個のデータがある。ただし、沖縄については、本土復帰前の1971年や1972年のデータは一部欠落しているため、1973年以降のデータを用いることとする。その結果、6708個のデータを回帰式に入力することとなる14

まとめると、これら6708個のデータをもとに、252個の回帰式の係数を求めていく。それを通じて、死亡率と気候指数の関係性を明らかにしていく。これが、今回の回帰分析の内容となる。
 
13 回帰計算にあたり、統計ソフトとして、IBM SPSS Statistics バージョン29.0.1.0 を使用する。
14 また、一部の月では、北陸の海面水位指数のデータも欠落している。さらに、若齢では、異常無(老衰等)の死因で、死亡率がゼロとなり、ロジット変換できない場合もある。こうしたデータがないものや、ロジット変換できないものについては除外して、回帰分析の作業を進めることとする。
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保険研究部   主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員

篠原 拓也 (しのはら たくや)

研究・専門分野
保険商品・計理、共済計理人・コンサルティング業務

経歴
  • 【職歴】
     1992年 日本生命保険相互会社入社
     2014年 ニッセイ基礎研究所へ

    【加入団体等】
     ・日本アクチュアリー会 正会員

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