2023年08月21日

FRBは巨額の債務超過もドルの信認は揺るがず~日銀の出口戦略への参考となるか~

金融研究部 客員研究員 小林 正宏

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1.FRBの総資産と政策金利

アメリカの中央銀行に相当するFRB(連邦準備制度理事会)はリーマン・ショック後にゼロ金利政策と量的緩和(Quantitative Easing:QE)を導入した。コロナ後にバランスシートの規模は一段と拡大し、ピーク時には総資産が9兆ドルに迫る水準に達した。その後、インフレが深刻化する中、利上げと量的引き締め(Quantitative Tightening:QT)に転じたが、2023年8月16日時点でもなお8兆ドル余の資産規模を有している(図表1)。
図表1 FF金利とFRBの総資産/図表2 FRBのバランスシート(8月16日)
QEが一般化する前の中央銀行のバランスシートは、負債の太宗が銀行券(紙幣)で、資産には短期の国債を保有するケースが多かった。よく「中央銀行には発券機能があり、財務が悪化すれば紙幣を印刷すればよいので債務超過に陥ることはない」と言われた。しかしQE導入後は、FRBであれ日銀であれ、中央銀行の資産と負債の構成と内容は大きく変容した。

FRBが保有する資産の多くは長期の固定利付の債券で、直近の残高は米国債が約4.3兆ドル1、政府系の住宅ローン担保証券(MB2)が約2.5兆ドルで、残高で加重平均した利回りはそれぞれ2.31%、2.51%となっている3(図表2)。QE導入後もゼロ金利政策の頃はこれらの資産からの金利収入に対し、負債サイドでは調達コストがゼロに近かったため、膨大な利益を上げ、特別法による部分を除き、2009年から2022年の14年間で1兆1,254億ドルを米財務省に国庫納付していた(図表3)。

しかし、インフレ対応のため2022年3月から利上げに転じ、アメリカで政策金利とされるフェデラル・ファンド(FF)金利の誘導目標水準は0~0.25%から順次引き上げられ、2023年7月には5.25~5.5%となった。FF金利を一定のレンジに誘導するため、FRBは準備預金への付利4(interest on reserve balances:IORB) を活用し、補完的に下限5を翌日物のリバース・レポ(overnight reverse repurchase agreement:ON RRP)として、市場の流動性をコントロールしつつ、民間金融機関に金利を支払っている。この利払いの水準が直近では前者が5.4%、後者が5.3%と、保有する資産からの金利水準を上回る「逆鞘」状態となっている。
 
1 US Treasury Notes and Bondsのみの額。米国債としては、他にUS Treasury Bills (T-Bills)、US Treasury Floating Rate Notes (FRNs)、US Treasury Inflation-Protected Securities (TIPS)も保有している。
2 Mortgage Backed Securities。FRBはQEでMBSを大量に購入したが、日銀は購入していない。
3 Federal Reserve Bank of New York ”System Open Market Account Holdings of Domestic Securities”より
4 準備預金が所要準備と超過準備に区分され、異なる金利水準が適用されていた当時は、超過準備への付利(interest on excess reserves: IOER)は上限金利とされていた(Addendum to the Policy Normalization Principles and Plans)。2020年3月26日にFRBは所要準備を0にしたため、超過準備と準備預金は同額となっている。実効FF金利は概ねIORBの範囲内で推移しているが、一時的に超えていることもある。
5 下限を構成する理由として非預金金融機関による資金供給が指摘されている。

2.利上げのFRBの財務への影響と米ドルへの信認

2.利上げのFRBの財務への影響と米ドルへの信認

FRBは2022年も760億ドルを国庫納付したが、この逆鞘状態のため、同年9月以降はほとんどの連銀が財務省への送金を停止しており、2023年1月に前年の決算を発表した時点で、事実上の債務超過額に相当する繰延資産は188億ドルとなっていた。ただし、FRBは繰延資産について、「金融政策の実施や債務の履行能力に何の影響も及ぼさない6」と明記している。
図表3 FRBの国庫納付額の推移/図表4 FRBの国庫納付金未納額と各種金利
その後も資産の圧縮を上回るペースで利上げが続いたため逆鞘による損失見合いである財務省への国庫納付金未納額7は拡大を続け、8月16日時点では902.55億ドルとなっている(図表4)。年初からのペースが続いた場合、2023年末には1,300億ドル前後の水準となる見込みであり、これは図表2で示した保有する国債・MBSからの金利収入と準備預金・リバース・レポの利払い額の差を年率換算した金額と概ね整合的なレベルとなっている。

このように、FRBの財務内容は急激に悪化しているが、ドルの信認が失墜するには至っていない。ドルの実質実効為替レートとFRBの債務超過額との相関係数はほぼ0である(図表5)。円ドルレートで見ても同じで、円ドル相場は足元では日米金利差でほぼ説明できる(図表6)。無論、金利が高い国の通貨が常に強いわけではないが、こと米ドルについては現状、FRBが利上げすることでFRBの財務内容は悪化しているものの、高金利により投資対象としての魅力が高まり、むしろドル高となる構図となっている。
図表5 実質実効為替レート/図表6 円ドルレート

3.日本銀行への示唆

3.日本銀行への示唆

日本銀行も黒田前総裁が2013年4月に異次元金融緩和を導入して以降、国債の保有を増やし、2023年7月末時点で572兆353億円の固定利付債(2年~40年債)を保有している8。日銀も大量の国債を保有しており、財務の健全性を懸念する声もあるが、いずれ日本でも異次元金融緩和からの出口戦略を議論する際の先行事例としてFRBの事例は参考になろう。

7月末時点で日銀とFRBが保有する固定利付国債の満期構造を見ると、加重平均年限(WAL9)は日銀が6.59年、FRBが8.70年となっている。足元の為替レートで円換算して両者の保有する国債の残高が今度どのように推移するかを試算すると、両者の規模はほぼ同じで、向こう数年間は同じような速度で残高が減少していくことがわかる10(図表7)。

日銀は2022年11月28日に公表した令和4年上半期の決算で、保有有価証券の時価情報として国債の評価損益について▲8,749億円の含み損が出たことを明らかにした。参議院予算委員会の議事録によれば、これを踏まえ、日銀の雨宮前副総裁は同年12月2日、長期金利が上昇した場合に日銀が保有する国債に生じる含み損について「1%の場合マイナス28兆6千億円」との試算を示した11。その後、2023年5月26日に公表された「第138回事業年度(令和4年度)決算等について」では、令和5年3月末時点で保有していた国債の評価損益は▲1,571億円に損失額が縮小している。3月に米国で銀行破綻が続き、「質への逃避」から国債の利回りが低下したことが影響している。
図表7 日銀とFRBが保有する固定利付国債の満期構造(2023年7月末)/図表8 FRBが保有する有価証券の評価損益
日銀は保有国債の評価方法について償却原価法を採用しており、長期金利が上昇して国債の市場価格が下落したとしても決算上の期間損益に影響はない。それはFRBも同じで、2022年末時点で保有した有価証券の評価損は1兆ドルを超えていた(図表8)が、ほとんど話題にならなかった。しかし、FRB同様、金融引き締めの局面において、負債の調達コストが上昇した際に準備金等への付利水準が切り上がることで期間損益に影響が及ぶことはありえる。実際、FRBは週次のデータで損失が拡大していることを公表しているが、そのことでドルの信認が揺らいでいるという事実はない。

日銀の雨宮前副総裁は通貨の信認について「適切な金融政策で物価の安定を図るという金融政策の運営で価値あるいは信用が裏付けされている」と述べ、仮に財務が悪化しても「金融政策の運営能力、遂行能力は損なわれない」と述べた。後段についてはFRBも同じことを述べている。その上で、既に出口戦略に着手し、FRBの財務内容が悪化しているにもかかわらずドルの信認が揺らいでいない12ことは、ドルが基軸通貨であるが故の特権の可能性もあるものの、日銀にとっても将来、異次元金融緩和からの出口戦略を検討する上で参考になるだろう13

日本銀行の植田総裁もかつて審議委員だった当時、「自己資本と中央銀行」と題する講演14で、「量的緩和策からの脱出期に日本銀行が会計上債務超過に陥る可能性は、それほど高くないといえようか。またもしも一時的に債務超過に陥ったとしても、それがあまり多額ではなく、平常時に戻った後の期間収益を利用して比較的速やかに債務超過状態が解消される可能性もあろう」と述べた。ただ、当時と比較すると、黒田前総裁の異次元金融緩和により、保有する国債の量は10倍近くに膨らんだ。それでも、日銀よりもWALが長く、大きな金利リスクを抱えているFRBにおいて事実上の債務超過が現実の問題として発生しているにもかかわらずドルの信認が揺らいではいないことは、物価の見通しについては不確実性が高く「確信」が持てない日銀にとっても、金融政策の実施において円の暴落を意識する必要性は低い可能性を示唆しており、その点については確信を持って政策運営を実施してよいという示唆を与えているかもしれない。

とはいえ、市場のセンチメントは急変しうる。日銀の期間損益が赤字に転落し、そのことが殊更大きく報道され、市場関係者が動揺するようなことがあれば、円が下落することはあり得ないではない。その意味でも、日銀にはこれまでにも増して市場との対話、コミュニケーションが重要になってくると思われる。
 
8 日本銀行が保有する国債の銘柄別残高より。
9 Weighted Average Life。
10 FRBはMBSも2.5兆ドル余、保有しているが、金利環境により繰上償還が変動するため同じように残高の推移を推計するのは困難なためここでは割愛している。
11 参議院予算委員会議事録より。
12 オーストラリア準備銀行も2022年に124億豪ドル余の債務超過に陥っているが、豪ドルが暴落している事実はない。
13 なお、日銀が他の中央銀行と大きく異なる点として、令和5年3月末時点で信託財産指数連動型上場投資信託(ETF)を簿価で37兆1,160億円、時価で53兆1,517億円保有しており、評価損益は16兆0,356億円のプラスと、巨額の含み益を抱えている。一方で価格下落リスクにも晒されているが、この点は海外で参考になる先例がないため、本稿での考察からは割愛している。
14 2003年10月25日、2003年度日本金融学会秋季大会における植田審議委員記念講演要旨
 
 

(お願い)本誌記載のデータは各種の情報源から入手・加工したものであり、その正確性と安全性を保証するものではありません。また、本誌は情報提供が目的であり、記載の意見や予測は、いかなる契約の締結や解約を勧誘するものではありません。
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金融研究部   客員研究員

小林 正宏 (こばやし まさひろ)

研究・専門分野
国内外の住宅・住宅金融市場

経歴
  • 【職歴】
     1988年 住宅金融公庫入社
     1996年 海外経済協力基金(OECF)出向(マニラ事務所に3年間駐在)
     1999年 国際協力銀行(JBIC)出向
     2002年 米国ファニーメイ特別研修派遣
     2022年 住宅金融支援機構 審議役
     2023年 6月 日本生命保険相互会社 顧問
          7月 ニッセイ基礎研究所 客員研究員(現職)

    【加入団体等】
    ・日本不動産学会 正会員
    ・資産評価政策学会 正会員
    ・早稲田大学大学院経営管理研究科 非常勤講師

    【著書等】
    ・サブプライム問題の正しい考え方(中央公論新社、2008年、共著)
    ・世界金融危機はなぜ起こったのか(東洋経済新報社、2008年、共著)
    ・通貨で読み解く世界経済(中央公論新社、2010年、共著)
    ・通貨の品格(中央公論新社、2012年)など

(2023年08月21日「基礎研レポート」)

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