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商業施設売上高の長期予測

金融研究部 主任研究員 佐久間 誠
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以上のように、2020年に加速したECシフトは、2021年に入りコロナ以前のペースまで鈍化している。しかし、もともとEC化率が低い品目や年齢層にEC普及が進んだことで、今後のEC拡大ペースが速まるかもしれない。これまで、実物を見て選びたいとのニーズから食料品のEC化率は低かったが、コロナ禍を経て急拡大した。また、高年層のEC支出額は他の年代より大きい伸び率を維持しており、こうした傾向は今後も継続する可能性がある。
5――商業施設の売上環境のシミュレーション手法とシナリオ設定
コロナ禍による消費行動の変容が感染収束後も定着するかどうかは、不確実性が大きいため、シナリオを設定する。コロナ禍による消費行動の変容には、消費構造の変化である「コト消費からモノ消費へのシフト」と、消費チャネルの変化である「ECシフトの加速」がある。これらの変化は、2020年にピークを迎えた可能性がある。そのため、消費構造の変化に関しては、品目別支出についてコロナ前の2019年に戻ることを想定した「コロナ前回帰シナリオ」と2021年のウィズコロナの状態が定着する「ニューノーマルシナリオ」の2つのシナリオを設定する。ポストコロナにおける消費構造は依然不透明だが、恐らくこの2つのシナリオの間に落ち着くことが予想される。また、消費チャネルの変化に関しても、EC化率についてコロナ前回帰シナリオとニューノーマルシナリオの2つのシナリオを設定する。したがって、品目別支出の2シナリオとEC化率の2シナリオを組み合わせた4つのシナリオのもと、商業施設の売上環境の変化を試算する(図表20)。
コロナ前回帰シナリオでは、2021年の年齢毎の品目別支出を起点として、2019年水準に回帰した後、一定で推移する。つまり、コロナ禍で進んだコト消費からモノ消費へのシフトが、完全にコロナ前に戻る想定である。
ニューノーマルシナリオでは、年齢毎の品目別支出が2021年水準から一定で推移する。つまり、家計の消費構造が現在のウィズコロナの状況から変化せず、将来の物販・外食・サービス支出は人口動態によってのみ変動することを意味する。
(2)EC化率のシナリオ
コロナ前回帰シナリオでは、2019年までの過去10年と同じペースで拡大する。これは、ECシフトの加速が2020年で終了し、EC拡大ペースはコロナ以前に戻ることを意味する。当シナリオでのEC化率は2020年の8.1%から、2030年に12.9%、2040年に17.6%となる(図表21)。
ニューノーマルシナリオでは、コロナ前回帰シナリオをベースに食料品と高年層は2021年のEC拡大ペースを維持すると仮定した。2020年に加速したECシフトは、2021年に入りコロナ前のペースまで鈍化している。しかし、品目別に見ると食料品、年齢別に見ると高年層は、2021年においても2019年を上回る拡大ペースを維持しているため、これらの変化をシナリオに反映する。当シナリオでのEC化率は2020年の8.1%から、2030年に15.6%、2040年に23.2%となる(図表21)。
6――2040年までの商業施設の売上環境のシミュレーション結果
2040年までの物販・外食・サービス支出を、品目別支出に関する2つのシナリオのもと試算した。
(1)品目別支出のコロナ前回帰シナリオ
物販・外食・サービス支出は、2019年の水準を100とすると、2030年に97.7、2035年に92.3となる(図表22)。物販・外食・サービス支出は、コロナ以前へ回帰することで一時的に増加するものの、その後は少子高齢化の影響が徐々に強まり、減少ペースが加速する。
品目別に見ると、その変化は一様ではない。2030年までは、雑貨(96.0)、被服・靴(96.1)、教養娯楽用品(96.6)、外食(96.0)の減少率が大きい。一方、書籍(100.5)や医薬品関連(100.5)は増加する。他にも、食料(97.9)、家具・寝具(97.1)、家電(98.9)、旅行サービス(97.4)、医療サービス(98.8)、観覧・入場料等(97.2)は高齢化の影響が少ない品目のため、減少率が小幅にとどまる。観覧・入場料等、交際費といった品目には単身世帯増加によるプラスの影響があるため、高齢化の影響が一部相殺された。
2040年までの品目別変化を見ると、世帯数の減少や高齢者世帯の増加により支出の減少が加速し、全ての品目で減少する。特に、雑貨(89.4)、被服・靴(89.2)、外食(89.2)、習い事(84.9)は、2019年から10%以上の減少となる。医薬品関連(96.2)や交際費(95.2)は小幅な減少にとどまるが、高齢化の恩恵を受ける品目についてもマイナスに転じる結果となった。
2040年までの品目別変化を見ると、家電(106.2)や医薬品関連(99.4)は、2019年以上または同水準を維持する。他のモノ消費の品目も底堅く推移し、二桁台の減少となるのは、被服・靴(73.0)のみである。また少子高齢化の影響が強まり、コト消費の品目については、外食(63.7)、旅行サービス(28.3)など、更なる落ち込みが想定される。
コロナ禍での消費構造の変化に伴う、物販・外食・サービス支出への影響は、全体でみればそれほど大きくない。コロナ前回帰シナリオとニューノーマルシナリオにおける物販・外食・サービス支出は、2019年の水準を100とすると、2040年に87.8~92.3のレンジとなり、双方の差は4.5に過ぎない。
しかしながら、品目別にみると大きな差が生じている(図表24)。双方の差を確認すると、旅行サービス(2040年:66.3)や外食(同25.6)といったコト消費のほか、モノ消費においても被服・靴(同16.2)、家電(同12.1)の差が大きい。もちろん、2019年時点に戻ることを想定したコロナ前回帰シナリオと、コロナ対策で人流抑制が続いた2021年の消費構造の定着を想定したニューノーマルシナリオは、ともにやや極端なシナリオであり、今後は2つのシナリオの間に落ち着くと予想される。しかし、その落ち着きどころ次第では品目によって売上環境が大きく変化する可能性を示唆している。コロナ禍収束の見通しが立ち難いなか、上記で示した差の大きい品目は先行きの不確実性が高いと言えそうだ。
(2023年07月21日「ニッセイ基礎研所報」)

03-3512-1778
- 【職歴】 2006年4月 住友信託銀行(現 三井住友信託銀行) 2013年10月 国際石油開発帝石(現 INPEX) 2015年9月 ニッセイ基礎研究所 2019年1月 ラサール不動産投資顧問 2020年5月 ニッセイ基礎研究所 2022年7月より現職 【加入団体等】 ・一般社団法人不動産証券化協会認定マスター ・日本証券アナリスト協会検定会員
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