2023年07月13日

気候指数 [日本全国版] の作成-日本の気候の極端さは1971年以降の最高水準

保険研究部 主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員 篠原 拓也

文字サイズ

4|地域レベルの推定の安定度は低い
ln(Loss)の算式によるモデル化においては、アメリカ全体では推定の安定度が高かった。一方、地域レベルでの推定や、地域・月レベルでの推定では、安定度が低かった。たとえば、推定の安定度を決定係数でみると、アメリカ全体は0.62なのに対し、各地域は0.22~0.50の範囲にとどまっている。

5|ACRIは、損失額から参照期間中の平均損失額を差し引いて計算する
以上のように、パラメータを推定して、モデルを作ることができる。このモデルに、エクスポージャーや4つの変数(降水、低温、高温、強風)を代入することで、モデル化された損失額が計算できる。そして、モデルにより計算された各年の損失額から、参照期間中の損失額の平均を差し引くことで、ACRIが計算される。ただし、ACRIの計算において、パラメータが統計的に有意でない場合には、モデルによる計算は行われない。この場合は、ACRIはゼロとなる。

6|ACRIは、近年、変動が激しくなってきている
こうして構築されたACRIの実際の推移をみておこう。つぎの図表のとおりとなる。
図表4. ACRIの推移
「モデルにより計算された各年の損失額から、参照期間中の損失額の平均を差し引く」というACRIの計算方法により、参照期間中のACRIの平均は、ゼロとなる。1979年に31億ドルとなり、この間の最高値となっている。 30年の参照期間のうち、22年はACRIがマイナスとなっており、多くの年は平穏であった、とみることができる。

一方、参照期間後の1991年以降、2016年までに、ACRIが40億ドル超となった年は4つあった。特に、2008年には120億ドル近くまで上昇した。これは、同年6月に中西部で発生した、大洪水の損害によるものとみられる。このように、年次によっては自然災害で巨額の損失が発生することを示している。なお、ACRIは1991年以降も14年でマイナスとなっている。近年、年次ごとのACRIの変動が激しくなってきている様子がうかがえる。

4――オーストラリアの気候指数

4――オーストラリアの気候指数

つづいて、オーストラリアで開発・運用されている気候指数(AACI)についても、簡単に見ておこう。

1|オーストラリアを12の地域に分けて、地域ごとに指数を設定
オーストラリアは、日本の20倍にあたる約769.2万平方キロメートルの国土を有している。国土は、南北約3,700キロ、東西約4,000キロに広がっており、北部の熱帯気候、中央部の乾燥帯気候、南部の温帯気候17など、地域ごとに気候が大きく異なっている。

そこで、AACIでは、オーストラリアを12の地域に分けて、地域ごとに指数を設けている。そして、12の地域の指数を平均することで、オーストラリア全体の指数(AACI合成指数)を設定している。

AACIは、アクチュアリーをはじめ、公共政策の立案者、企業、一般市民に、オーストラリアの気候の極端さについて情報を提供することを目的としている。たとえば、洪水、サイクロン、干ばつ、熱波などの気候関連の極端な現象の発生を念頭に置いて作成されている。気候変動の結果、特定のリスクがどのように変化するかについて理解を深める意図が込められている。
図表5. オーストラリアの12の地域区分
 
17 ドイツの気候学者ケッペンが考案した「ケッペンの気候区分法」による。

2|季節単位で、単年と5年移動平均の指数が設けられている
指数は、四半期の季節単位(12月~2月、3月~5月、6月~8月、9月~11月)で設けられている。そして、単年の季節の指数と併せて、5年移動平均と、当該季節の5年移動平均の指数も設定されている。これは、気候変動を、より長いスパンで捉えようとするものと考えられる。

3|指数は、参照期間からの乖離度の大きさで表される
指数は、高温、低温、降水、風、連続乾燥日、海面水位の6つの項目について、計算される。1981年~2010年の30年間を参照期間として、あらかじめ、各項目について、参照期間中の平均と標準偏差を求めておく。

ある1つの項目に、注目しよう。この項目について、ある四半期の乖離度を求めることにしよう。そのためには、その季節の計数値から、参照期間中の平均を引き算する。その引き算の結果を、参照期間中の標準偏差で割り算する。このようにすることで、その季節の計数値が、標準偏差の何倍くらい、平均から乖離しているかという、乖離度が計算できる。

4|AACI合成指数の計算には、高温、降水、海面水位の指数しか用いない
気候の指数として、6つの項目をとっているが、AACI合成指数の計算には、高温、降水、海面水位の指数しか用いない。低温、風、連続乾燥日を除外する理由は、つぎのように説明されている。

低温    : すでに高温が合成指数に用いられており、気温が強調され過ぎないようにするため
風     : 1995年頃の風速計の最新化で測定方法が変更されており、データが一貫しないため
連続乾燥日 : 合成指数に用いられている降水と、強い負の相関を持つため

これにより、合成指数は、高温、降水、海面水位の3つの指数の平均として、計算されることとなる。

(1) 高温は、上側1%に入る日の割合から算出
指数の作成方法を簡単にみていこう。気候の元データは、オーストラリア気象局(the Bureau of Meteorology, BoM)のものを用いている。以下では、項目別にみていこう。

気温については、112ヵ所のBoMの気象観測所のデータが用いられる18

高温は、参照期間中の最高気温の99%閾値(しきいち)を超えた日が、その季節にどれだけあったかという割合でみていく。たとえば、ある年の3月6日については、1981年から2010年までの3月6日とその前後5日間の、合計330日分のデータのうち、4番目に高いデータが99%閾値となる。3月6日の最高気温が99%閾値を上回っていれば、「超過」とカウントされる。このような「超過」の日数が、その季節の日数に占める割合をみる。同様のことを、1日の最低気温についても行い、99%閾値を超えた日数の割合をとる。

この割合から、参照期間の平均を差し引き、その結果を参照期間の標準偏差で割り算してそれぞれの乖離度が計算される。そして、最高気温と最低気温について、乖離度の平均をとって、高温の指数が計算される。
 
18 参照するデータは、Australian Climate Observations Reference Network – Surface Air Temperature(ACORN-SAT)のもの。長期間観測を行っている112の観測所のデータを抽出する。データ取得方法の違いなどを補正するために、“homogenisation”(均質化)と呼ばれる処理を行っている。

(2) 低温は、下側1%に入る日の割合から算出
低温は、AACI合成指数の計算からは除外されているが、高温と同様に指数の計算は行われる。ただし、その際、閾値には1%閾値が用いられる。330日分のデータのうち、4番目に低いデータが1%閾値となる。1%閾値を下回った日数の割合から計算される。

(3) 降水は、5日間の降水量の最大値から算出
降水については、降雨の観測・報告を行っている約2,000ヵ所の観測所のデータが用いられる。

降水は、季節のうち、連続する5日間の降水量をみる。高温と同様に、参照期間中の降水量の99%閾値を超えた日が、その季節にどれだけあったかという割合でみていく。この割合から、参照期間の平均を差し引き、その結果を参照期間の標準偏差で割り算して、降水の指数が計算される。

(4) 風は、99%閾値を上回る日数の割合から算出
風は、AACI合成指数の計算からは除外されているが、指数の計算は行われる。信頼できる風速の時系列データを提供するとされる、BoMの38ヵ所の観測所のデータが用いられる。高温や降水と同様に、参照期間中の風速の99%閾値を超えた日が、その季節にどれだけあったかという割合でみていく。この割合から、参照期間の平均を差し引き、その結果を参照期間の標準偏差で割り算して、風の指数が計算される。なお、風は、他の項目より遅れて、1992年冬季(6~8月)以降の分が公表されている。

(5) 連続乾燥日は、雨が1ミリメートル未満となる乾燥日の最大連続日数から算出
連続乾燥日は、AACI合成指数の計算からは除外されているが、指数の計算は行われる。BoMの降水データをベースに、雨が1ミリメートル未満となる乾燥日が何日続くかという、最大連続日数についてデータをとる。気温や降水と同様に、連続乾燥日の指数が計算される。

(6) 海面水位は、季節の最大水位のデータから算出
海面水位は、BoMによって設置された「基線海面水位監視計画」というプロジェクトで観測される、16ヵ所の潮位計によるデータが用いられる。海洋に面した8つの地域区分で指数が計算される。

海面水位は、季節の最大水位のデータをとる。このデータから、参照期間の平均を差し引き、その結果を参照期間の標準偏差で割り算して、海面水位の指数が計算される。

これらのうち、高温、降水、海面水位の3項目の指数の単純平均として、AACI合成指数が計算される。ただし、海に面していない観測地点では、海面水位を除いて合成指数が計算される。

5|AACIの合成指数は上昇傾向
ここで、指数のこれまでの推移を見ておこう。指数には、各季節の指数、5年移動平均、当該季節の5年移動平均、の3種類の指数がある。オーストラリアのアクチュアリー会が、主として公表しているのは、5年移動平均の指数となっている。これを、全体のAACIと、各項目について示すと、次の図の通りとなる。
図表6. 指数推移 (5年平均)
1981年から2010年は参照期間であり、この期間には、横軸の付近で推移している。2011年以降、AACI合成指数の値は、徐々に高くなっている。2022年秋季(3~5月)には、0.47となっている。近年、オーストラリアの気候の極端さは上昇傾向にある、ということが、定量的に示されている。

項目ごとに見ると、高温や海面水位は、AACI合成指数を上回って推移している。温暖化により、高温日数の増加や、海面水位の上昇が進んでいる様子がうかがえる。

一方、降水、風、連続乾燥日の3項目については、上下の振幅の幅が大きい。これらについては、今後も振幅の幅が拡大していくかどうかなど、中長期的な動きを、慎重にみていく必要があるものと考えられる。

5――日本版の作成

5――日本版の作成-主な検討ポイント

本章では、北米とオーストラリアで開発されたアクチュアリー気候指数を参考に、日本での指数の作成に向けて検討していこう。

1|どの項目を指数化するか?―高温、低温、降水、乾燥、強風、湿度、海面水位を指数化
まず、そもそも気象に関するどの項目をみるべきか、という検討ポイントが考えられる。ただ、これについて検討を進めていくと、候補としてさまざまな項目が考えられて、収拾がつかなくなる恐れがある。そこで、北米やオーストラリアと同様に、6つの項目を用いることを前提とする。

ただし、日本では、春から秋にかけて、高温の日に熱中症を発症する人が増える。特に、高齢者や乳幼児の場合、熱中症により、生命を失うような深刻な事態も発生している。こうした熱中症は、気温が高くなることに加えて、湿度が上昇して、“暑さ”(暑熱)が生じることに起因するという19。そこで、日本版の気候指数では、項目の1つとして、湿度を追加する。

この結果、高温、低温、降水、乾燥、強風、湿度、海面水位の7項目を指数化する。

(※) 湿度指数には相対湿度を用いる
一般に、湿度には相対湿度と絶対湿度がある。指数にどちらの湿度を用いるか、検討が必要となる。

相対湿度とは、単位容積内の水蒸気の量と、その温度に対応する飽和水蒸気密度の比である。通常は、パーセント単位で表す。単位容積内の水蒸気の量が一定のままで、気温が上がると、分母の飽和水蒸気密度が上昇するため、相対湿度は下がる。つまり、相対湿度は、気温の影響を受ける。通常、日々の天気予報等の気象関係のニュースで湿度として示されるのは、相対湿度である。

一方、絶対湿度とは、単位容積内の水蒸気の質量と、乾燥空気の密度の比である。単位は、「kg/kg」となる。一般に、絶対湿度は、気温が上がっても下がっても変わらない。気象学では、「混合比」とも呼ばれ、湿度の指標としてよく用いられる。その理由は、「(a)空気塊が不飽和で水蒸気の凝結が起こらない、(b)上方から雨粒が落ちてきて雨粒から蒸発が起こるということがない、(c)まわりの違った混合比をもつ空気と混合しない。このような条件が満足されているときには、大気中の混合比の分布の変化を見ると、大気がどう動いているか見当をつけることができる」ためとされている20

今回、湿度指数に相対湿度と絶対湿度のどちらを用いるべきか、検討を要する。湿度指数と、高温指数や低温指数の指数間の独立性を重視する観点からは、絶対湿度を用いることが考えられる。しかし、絶対湿度は日々の天気予報等での湿度とは異なる。絶対湿度ベースの湿度指数は、一般の人々の肌感覚に合わない可能性がある。こうした点を踏まえて、今回は相対湿度を用いることとしたい。
 
19 熱中症とは暑熱環境で発生する障害の総称である。(「スポーツ医学検定 公式テキスト 1級」(一般社団法人 スポーツ医学検定機構, 東洋館出版社, 2019年)より)
20 「 」内は、「一般気象学〔第2版補訂版〕」小倉義光著(東京大学出版会, 2016年)より、引用。

2|元データとして何を用いるか?―気象庁の気象データと潮位データを使用
指数作成の元データとして何を用いるか、についても検討が必要となる。特に、潮位データについては、気象庁以外が観測を行っているケースもある21。気象庁以外のデータを使用する場合には、データの同等性について、確認や検討が必要となるものと考えられる。

今回の指数作成の元データは、高温、低温、降水、乾燥、風、湿度については、気象庁がホームページで公開している気象データ(「過去の気象データ・ダウンロード」(気象庁HP))。海面水位については、潮位データ(「歴史的潮位資料+近年の潮位資料」(気象庁HP))を用いることとする。いずれも気象庁のホームページからダウンロードして取得したデータとする。

気象データは、日単位のものとし、各観測地点の「日最高気温 (℃)」、「日最低気温(℃)」、「降水量の日合計 (mm)」、「日平均風速 (m/s)」、「日平均相対湿度 (%)」のデータである。乾燥指数のために、降水に関しては、降水現象の有無に関する「現象なし情報」も用いる。

一方、潮位データは、月単位のものとし、各観測地点の「月平均潮位 (cm)」を用いる。

各地域区分で設定する気象データの観測地点は、原則として気象台等22とする。気象台等では、過去からの日々の観測要素(降水量、風、気温、湿度、天気など)が取得できるためである23。無人観測施設であるアメダス24による観測地点でも、降水量、風、気温などのデータが取得できるが、湿度や一部の項目が取得できないなどの制約があることから、今回の気候指数作成のための気象データとしては用いない。なお、すでに観測を停止している地点のデータは、用いないこととする。
 
21 海面水位については、地点ごとに、国土地理院、海上保安庁、国土交通省、地方自治体の港湾局などがそれぞれ観測を行っている。
22 気象台の他に、有人の気象観測施設も含まれる。
23 一部の項目のデータが取得できない気象台等もある。その場合、その観測地点データは気候指数作成には用いない。
24 国内約1300か所の気象観測所で構成される気象庁の無人観測施設。アメダス(AMeDAS)は、Automated Meteorological Data Acquisition System(地域気象観測システム)の通称。

3|参照期間をどの期間に設定するか?―1971~2000年に設定
気候指数では、参照期間を設定してその期間の平均からの乖離度をもとに、気候変動の様子を捉えることが行われる。その際、まず検討点となるのが、参照期間である。

参照期間を考える際は、気象観測における「平年」と整合的であること、有用なデータが取得できることなどが要件となる。

まず、平年について。気象観測でよくいわれる平年値は、西暦年の一の位が1の年から、30年後の一の位が0の年までの30年間の平均値をいう。参照期間を平年と揃えて設定すれば、気象観測と気候指数の関係が保ちやすくなり、さまざまな点で都合がよいと考えられる。

つぎに、有用なデータが取得できること。一般に、古いデータほど、対象地域が限られていたり、データの観測方法が現在と異なっていたりするため、データの有用性は乏しくなる。たとえば、風速や潮位のデータについては、1960年代まではデータが一部欠損していたり、観測方法が異なっていたりするため、有用性に難がある。

これらを踏まえて、今回は参照期間を1971~2000年に設定することとした。

4|季節だけではなく月の指数も作るか?―月の指数も作る
オーストラリアでは、季節の指数だけを作成している。北米でも、主にグラフなどで公表しているのは季節の指数だ。そこで、月の指数は作るか、という検討点が生じる。

本稿では、季節の指数でグラフ表示を行うこととしている。しかし、月ごとに推移をみるニーズが皆無とは言えない。そこで、今回は、季節だけではなく月の指数も作ることとする。

指数は、月ごとおよび四半期の季節単位(12~2月、3~5月、6~8月、9~11月)に作成する。そして、月や季節の指数と併せて、月の5年移動平均、季節の5年移動平均の指数も設定する。これは、気候変動を、短期間の変動としてではなく、より長いスパンで捉えようとする試みである。

なお、やや細かいが、参照期間の当初5年間(1971~1975年)については、実績が5年分に満たないため、移動平均をとっても変動が大きくなる。そこで、この期間は、5年移動平均の不足分を1971~1975年の平均で補うこととする。
Xでシェアする Facebookでシェアする

保険研究部   主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員

篠原 拓也 (しのはら たくや)

研究・専門分野
保険商品・計理、共済計理人・コンサルティング業務

経歴
  • 【職歴】
     1992年 日本生命保険相互会社入社
     2014年 ニッセイ基礎研究所へ

    【加入団体等】
     ・日本アクチュアリー会 正会員

公式SNSアカウント

新着レポートを随時お届け!
日々の情報収集にぜひご活用ください。

週間アクセスランキング

レポート紹介

【気候指数 [日本全国版] の作成-日本の気候の極端さは1971年以降の最高水準】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

気候指数 [日本全国版] の作成-日本の気候の極端さは1971年以降の最高水準のレポート Topへ