2023年05月15日

DB回帰も退職金制度の選択肢-リスク性資産頼みの企業型DCを前に-

保険研究部 主任研究員・気候変動リサーチセンター兼任 磯部 広貴

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1――はじめに

老後資金の準備策として「確定拠出年金制度」通称DCは導入以来20年を超える歴史を経て、日本に定着したと言えよう。

このレポートでは、退職金制度の一環としてスタートした企業型DCの推移、想定利回りに達しないと退職金が従前の制度に比し減少することを振り返りつつ、現時点における資産運用の状況を確認する。

結果としては想定利回りを達成しているものの、リスク性資産頼みという問題を内包していることから、その課題に退職金制度の関係者が向き合うことを提言したい。

2――退職金制度として企業での普及が進んだDC

2――退職金制度として企業での普及が進んだDC

2001年10月、日本の企業年金に拠出建ての「確定拠出年金制度」が新しく加わった。従業員への拠出金額(Contribution)が予め定まっている(Defined)ことからDCと呼ばれる。誕生してから暫くの間は米国の401k1にちなんで日本版401kと言われることが多かったものの、相違点も数多くあることから現在はDCという呼び方が主流となった。

それ以前の日本の企業年金制度は適格退職年金2など3全てDBに属するものであった。従業員が退職後に実際に受け取る(年金)給付額(Benefit) が予め定まっている(Defined)ものである。

DCとDBの相違が当初どのように理解されてDCの導入が進んできたかを知るため、図表1にDC誕生前夜とも言える2001年2月に出版された書籍より簡易な比較表を引用する。
【図表1】 両制度の比較
当然ながら従業員にとって重要であるのは、実際にいくらもらえるか、即ち給付額である。DBの場合は年金制度がその給付額を約束通りに支払ってくれるところ、DCでは受け取った拠出額を自分が給付のときまで運用していかねばならない。その巧拙によって給付額が大きくもなれば小さくもなる。図表1で運用リスクがDCにおいて「従業員が負担」とあるのはこれを意味している。

従業員に対し負担を強いる制度であるものの、DC誕生後、多くの企業が退職金制度をDCに移行させてきた。企業が重視したのは図表1の最下段にある企業会計である。DCでは従業員に拠出すれば終わりであるところ、DBでは従業員に約束した将来の給付を企業会計上、債務として計上せねばならない。この特性を踏まえて企業がDC導入を進めたことには二つの背景がある。一つは1990年代以降、金利の低下や株価の下落など運用環境の悪化を受け、企業年金が約束した給付額を実現するための予定利率に実際の運用利率が追いつかず、積立不足が発生するようになったことである。もう一つは、2000年4月に導入された退職給付に係る新会計基準である。以後、企業年金に関する積立不足を企業本体のバランスシートに負債計上することが求められ、その規模如何では企業の財務ひいては経営の根幹に影響を与えることになった。

当レポートでは個人型のiDeCo4と区別するため、企業が導入した「確定拠出年金制度」を企業型DCと称し、この後の記述を進めていくこととする。

これまでの推移を知るため図表2を参照いただきたい。
【図表2】DB規約数、企業型DC規約数/加入者数の推移
DB規約5とは企業型DCに若干遅れて2002年4月に創設された「確定給付企業年金制度」のことである。そのDB規約の数が2011年度末まで急増しているのは旧来のDB制度であった適格退職年金(同年度末で廃止)などの減少を受けての結果に過ぎない。ピークをつけた後は減少傾向にある。他方、企業型DCは制度誕生以来、着実に増加を続けている。2021年度末で規約数6826、加入者は782万人である。

このような流れを経て、DBには企業経営の不安定要素になる古い制度との印象が残り、企業型DCは老後準備の新しい仕組みとして日本に定着したと言ってよいだろう。
 
1 米国の確定拠出年金制度の一つで、内国歳入法401条(k)項を根拠とするためこのように呼ばれる。従業員の給与からの拠出金がベースであるなど日本で誕生した確定拠出年金制度とは異なる点も多い。
2 1962年に創設された年金制度。一定の要件を満たせば給付時まで課税を繰り延べることが可能。2011年度末で廃止。
3 企業年金に厚生年金保険の一部を代行させる厚生年金基金制度がある。
4 加入者本人が拠出する個人型確定拠出年金の愛称。individual-type Defined Contribution pension planに基づきイデコと呼ばれる。
5 2002年4月に創設された「確定給付企業年金制度」では、労使合意に基づいて規約を作成し厚生労働大臣の認可を受ける必要がある。一般に制度の数は規約数でカウントされる。

3――想定利回りに達しないと退職金は従前より減少

3――想定利回りに達しないと退職金は従前より減少

その後、従業員負担で行うマッチング拠出6導入など7があったものの、企業型DCの多くは従前より存在した退職金制度からの移行部分である。そのイメージは図表3の通りとなる。
【図表3】退職金制度における企業型DC移行のイメージ
上図は退職金制度の中に従来から退職一時金とDBがあり、両者を縮減した上で縮減部分を企業型DCに移行した場合である。従業員にとって重要な点は右側の二つの三角形の高さ(右辺の長さ)が従前より低く(短く)ならないことである。低く(短く)なった場合は退職金の総額が減少したことを意味するためだ。

一時金とDBは会社が約束通りに支払うため想定から変わることはない。但し企業型DCについては、まず企業型DCで準備される退職金の額を定めた上で、それを一定の利率で割り引くことによって企業型DC導入後の掛金の水準が設計される。その一定の利率を一般に想定利回りと呼ぶが、結果として運用成果が想定利回り未満に終わった場合、企業型DCで運用された退職金は当初の想定よりも少なくなる。よって全体の三角形の高さが従前より低くなってしまい、企業型DC導入前に比し退職金総額が減少したという不利益を従業員に与える事態となる。

ゆえに想定利回りの水準は非常に重要であり、労使協議事項にもなっている。想定利回りが高ければ高いほど企業型DC導入後の掛金は少額となり、低ければ低いほど多額になる。

図表1で引用した企業型DC誕生前夜の書籍(富士総合研究所「確定拠出型年金導入ハンドブック」)では「基本的には運用リスクを従業員が被ることから、換算利率(筆者注:想定利回りの意)に関してはリスクフリーレート(国債または格付けの高い事業債の利回り)をベースにして協議を行うべきであろう」と記されている。株式などリスク性資産の組み入れが可能であることを考慮すれば、リスクフリーレートまで低い水準とせねばならないかは議論の分かれるところと思われる。但しリスクフリーレート超の水準を容認したとしても、投資教育8を受けた従業員の大多数が長期で達成できないような想定利回りならば、企業型DC導入は実質的な退職金削減だったと非難される可能性も出るであろう。
 
6 2012年1月より、規約に定めることで会社拠出の上乗せとして加入者自ら拠出することが認められた。
7 給与等の一部をライププラン手当などの名称で再定義した上で、従業員が従来通り給与等として受け取るかDCに拠出するか選択することが可能(選択制DC)。
8 確定拠出年金法第22条に基づき、加入者等に対し継続的な投資教育を行うことが企業型DCを実施する事業主の努力義務となっている。
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保険研究部   主任研究員・気候変動リサーチセンター兼任

磯部 広貴 (いそべ ひろたか)

研究・専門分野
内外生命保険会社経営・制度(販売チャネルなど)

経歴
  • 【職歴】
    1990年 日本生命保険相互会社に入社。
    通算して10年間、米国3都市(ニューヨーク、アトランタ、ロサンゼルス)に駐在し、現地の民間医療保険に従事。
    日本生命では法人営業が長く、官公庁、IT企業、リース会社、電力会社、総合型年金基金など幅広く担当。
    2015年から2年間、公益財団法人国際金融情報センターにて欧州部長兼アフリカ部長。
    資産運用会社における機関投資家向け商品提案、生命保険の銀行窓版推進の経験も持つ。

    【加入団体等】
    日本FP協会(CFP)
    生命保険経営学会
    一般社団法人アフリカ協会
    2006年 保険毎日新聞社より「アメリカの民間医療保険」を出版

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