2023年05月08日

相次ぐ欧州首脳の中国訪問の狙い

経済研究部 常務理事 伊藤 さゆり

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4月5日から7日までの間、フランスのマクロン大統領が、欧州連合(EU)の行政機関にあたる欧州委員会のフォンデアライエン委員長とともに中国を訪問した。2022年11月のドイツのショルツ首相の訪中を皮切りに、同年12月にはミッシェルEU首脳会議常任議長(通称、EU大統領)、3月にはスペインのサンチェス首相も中国を訪問している。相次ぐ欧州首脳の中国訪問には、どのような狙いがあるのだろうか。
 
狙いは、大きく分けて2つある。第1の狙いはウクライナ問題への中国の建設的な関与の働きかけである。ロシアによるウクライナ侵攻は長期化している。早期の停戦による平和の回復は欧州首脳共通の願いである。欧州は、ウクライナ侵攻直前に行われた首脳会談で、中国がロシアと「無制限の友好、協力」を約束していたことから、中国への警戒を一気に高めた。しかし、中国は、ロシアの動機には理解を示し、西側による経済制裁という手段の行使を批判しながらも、ロシアを積極的に支援する立場はとらなかった。この点は、欧州にとって多少の救いとなった。
 
中国は、今年2月には、ウクライナ侵攻開始から1年に合わせた12項目からなる「仲裁案」とされる文書を公表し、3月には習近平主席がロシアを訪問、プーチン大統領と会談している。米国は中国の「仲裁案」に批判的だ。実際、12項目の中には「軍事ブロックの強化・拡大」や「一方的な制裁の停止」など、ロシアの主張に寄り添った西側批判ととれる文言もある。他方で「原子力発電を安全に保つ」や「核兵器による威嚇、使用の反対」など、ロシアの行動を牽制する内容も含まれている。ウクライナのゼレンスキー大統領は、和平案を決めるのは当事者のみであり「仲裁案」をそのまま受け入れるつもりはないが、中国との対話には前向きである。覇権を争う米国に比べると欧州の中国に対する姿勢はより柔軟である。中国が、どのような立場を取るかによって、ウクライナ侵攻の方向性は大きく変わり得る。ロシアとウクライナの双方と対話できる中国への建設的な関与の働きかけには、今後ともロシア支援に動かないように釘を刺す意図もある。
 
欧州首脳の中国訪問の第2の狙いは、中国とEUとの経済関係の不均衡の是正にある。EUが問題視する経済関係の不均衡には、(1)市場アクセス、(2)EU市場での競争条件、(3)中国市場での競争条件という3つの側面がある。3つのうち、(2)のEU市場内での競争条件については、EU内の法規制による対応が進展している。直接投資のスクリーニングを行う規則が20年10月に完全適用となり、今年半ばには、域外国政府の補助金を受けた企業が、EU域内市場で大規模な合併や買収、公共調達の入札に参加する場合に報告や審査を求める規則も適用開始となる。域外国による経済的威圧への対抗措置を可能にする規則案も4月初めに政治合意に達した。いずれも中国を念頭に置いたものだ。

他方、(1)と(3)は、EUによる法規制では対処できず、中国による取り組みが必要である。2020年12月30日にEUと中国が大筋合意した「包括投資協定(CAI)」には、この点での効果が期待されていた。EUが求めてきた市場アクセスの相互主義化、中国市場における対国有企業での競争条件の公平化、制度・政策面での予見可能性の向上などが盛り込まれていたからだ。しかし、CAIは、少数民族ウイグル族への人権侵害を巡る対立によって法制化に向けた作業は凍結され、再開の目途が立っていない1
 
ドイツのショルツ首相、フランスのマクロン大統領の訪中には大手企業のトップが同行した。Kratzs et.al(2022)2によれば、欧州から中国への直接投資は少数の上位企業への集中傾向が鮮明になっている。例えば、ドイツの3大自動車メーカーや化学大手BASFなどは、中国市場で高収益を上げており、経済的、地政学的な逆風を受けても、市場の成長への期待は高い。激化する中国国内での競争に勝ち残るためにも投資拡大が必要と考えているという。中国とのビジネスに意欲的な欧州の大手企業を、政府が支持する姿勢を示すことは、中国に対して、市場アクセスの相互主義化と中国で活動する欧州企業の競争条件の改善を促す圧力となる。中国がロシア支援に動くことを抑止する効果もある。
 
フォンデアライエン委員長は訪中を前にしたEUと中国の関係についての講演3で、「中国を切り離すことは可能ではないし、欧州の利益にもならない」「デカップリング(切り離し)ではなくデリスキング(リスク削減)に焦点を当てる必要がある」との考えを示した。デリスキングの手段の1つが経済関係の不均衡の是正であり、EUが目指すグリーン移行の実現に必要な原材料の調達先の中国への過度の集中の見直し(図表)、安全保障を脅かす恐れがある機微技術に関する規制の強化、パートナー国との連携も強化する方針である。EU域内でも中国に対する姿勢は、温度差があるが、主要国首脳や欧州機関トップの間には、外交ルートを通じたオープンで率直な対話をデリスキングにつなげたいとの思いがある。
 
図表:EUのグリーン移行に必要な原材料の調達先に占める中国の割合
 
1 CAIの大枠合意の内容と評価、凍結の経緯については、「変わるEUの対中スタンス 2022年7月アップデート( https://www.nli-research.co.jp/report/detail/id=71735?site=nli)」(ニッセイ基礎研究所報 Vol.66 July 2022)をご参照
2 Speech by President von der Leyen on EU-China relations to the Mercator Institute for China Studies and the European Policy Centre, 30 March 2023( https://ec.europa.eu/commission/presscorner/detail/en/speech_23_2063)
3 Kratzs et.al “The Chosen Few: A Fresh Look at European FDI in China” September 14, 2022, Rhodium Group( https://rhg.com/research/the-chosen-few/)

 
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経済研究部   常務理事

伊藤 さゆり (いとう さゆり)

研究・専門分野
欧州の政策、国際経済・金融

経歴
  • ・ 1987年 日本興業銀行入行
    ・ 2001年 ニッセイ基礎研究所入社
    ・ 2023年7月から現職

    ・ 2011~2012年度 二松学舎大学非常勤講師
    ・ 2011~2013年度 獨協大学非常勤講師
    ・ 2015年度~ 早稲田大学商学学術院非常勤講師
    ・ 2017年度~ 日本EU学会理事
    ・ 2017年度~ 日本経済団体連合会21世紀政策研究所研究委員
    ・ 2020~2022年度 日本国際フォーラム「米中覇権競争とインド太平洋地経学」、
               「欧州政策パネル」メンバー
    ・ 2022年度~ Discuss Japan編集委員
    ・ 2023年11月~ ジェトロ情報媒体に対する外部評価委員会委員
    ・ 2023年11月~ 経済産業省 産業構造審議会 経済産業政策新機軸部会 委員

(2023年05月08日「ニッセイ年金ストラテジー」)

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