2023年05月10日

求められる将来世代の経済基盤の安定化-非正規雇用が生む経済格差と家族形成格差

基礎研REPORT(冊子版)5月号[vol.314]

生活研究部 上席研究員 久我 尚子

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1―世代間と世代内の経済格差

世界的なインフレを背景に賃上げ機運が高まる中で、この春は日本でも初任給の大胆な引き上げに踏み切る企業が相次いだ。日本では少子高齢化による生産年齢人口の減少で構造的に人手不足であり、若手人材の獲得競争は今後とも激化していくと見られる。一方で新卒一括採用の歴史が長いために、新卒で正規雇用の職に就けない場合、非正規雇用のループから抜け出せずに、経済状況のみならず家族形成状況にも差異が生じやすい。

1990年代半ば以降、25~34歳の家族形成期の若者の非正規雇用者率が上昇している[図表1]。背景にはバブル崩壊後の景気低迷や「労働者派遣法」の改正(適用対象業務が原則自由化)があげられる。
[図表1]雇用者に占める非正規雇用者の割合の推移(25~34歳)
一方、2014年頃からは政府の大規模な金融緩和政策による景気回復や「女性活躍推進法」の成立によって、特に女性の非正規雇用者率は低下しているが、男性では大きくは変わらず、2022年で14.3%を占める。つまり、現在の日本では、家族形成期の男性の7人に1人は不安定な立場で働いており、これは少子化の進行を考える上で大きな課題と言える。

正規雇用者と非正規雇用者では賃金水準に差があり、特に男性で顕著だ。年齢とともに賃金が上がる正規雇用者では、40代後半ともなれば平均年収は600万円を超えるが、非正規雇用者では300万円程度にとどまる[図表2]。
[図表2]年齢階層別・雇用形態別に見た平均年収
また、学歴別に平均年収を推計しても、男性では全ての年齢階級で、大学卒の非正規雇用者は中学卒や高校卒の正規雇用者の平均年収を下回る*(図略)。

つまり、若い世代では非正規雇用者が増えているため「世代間の経済格差」が生じており、同時に、同世代でも正規雇用者か非正規雇用者かによって「世代内の経済格差」も生じている。そして、その経済格差は必ずしも学歴によって是正できるわけではない。

では、正規雇用の職に就くことができれば安泰なのか、というと必ずしもそうではない。大学・大学院卒の正規雇用者の賃金カーブについて2018年と2008年を比べると30~40代で平坦化し賃金が伸びにくくなっている[図表3]。なお、図中に水色で示した35~49歳で減少した累積所得は約730万円(女性は約820万円、図略)と推計される。
[図表3]大学卒・大学院卒世紀雇用者の賃金カーブの変化(男性)
この要因について、「高年齢者雇用安定法」の改正によって、雇用期間が延長されたことで中間年齢層の賃金カーブが平坦化しただけで、生涯所得として見れば変わらない、という説明もある。しかし、それは一世代のみに注目した場合の解釈でしかない。例えば、今の若者と親世代を比べると、既にこれまでの累積所得に差が生じている上、60歳以降の雇用環境が同様とも考えにくい。

30~40代は結婚や子育ての家族形成期であり、住居や教育費等の出費がかさむ時期だ。この時期に収入が伸びにくくなると、消費抑制だけでなく家族形成にも影響を与えかねない。
 
* 久我尚子「求められる将来世代の経済基盤の安定化」、ニッセイ基礎研レポート(2023/3/27)参照。

2―経済格差は家族形成格差へ

30歳前後の男性の年収と既婚率の関係を見ると、おおむね比例関係にあり、年収300万円までは同年代の平均と比べて未婚者が多いが、年収300万円を超えると既婚者が増えていく。つまり、結婚には「300万円の壁」があるようだ。図表2の通り、非正規雇用の男性の平均年収は年齢を重ねても300万円程度であり、「300万円の壁」は単なる金額の多寡ではなく、将来を考えられる安定的な職に就いているかどうかの壁と言える。

経済環境の厳しさは、未婚化だけでなく、子どもを産み控えることにもつながる。夫婦の理想子ども数は平均2.25人だが、実際に持つつもりの予定子ども数は2.01人である(国立社会保障人口問題研究所「第16回出生動向基本調査」)。予定子ども数が理想子ども数を下回る理由の首位は「子育てや教育にお金がかかりすぎるから」(52.6%)という経済的な理由だ。

若者の経済環境の厳しさが増す中で、1990年代以降、経済的に独立ができないままに中年期を迎える者が増えている。「パラサイト・シングル」とは、学校卒業後も親元に同居し、基本的な生計を親に頼る独身者のことだが、この言葉が登場した1997年当時は、基本的な生活を親に頼っているために、自分の収入を自由に使える経済的に余裕のある独身者と揶揄されていた。しかし、長らく続いた景気低迷の中で、パラサイト・シングルは、希望通りの職に就けずに経済的独立が難しいために親元に同居する独身者と意味合いが変わっていった。

さらに、親世代が年金受給年代となることで、2010年には「年金パラサイト」という親の年金をあてにして生活するパラサイト・シングルを示す言葉が登場した。世代間・世代内の経済格差に苦しみながら中年期を迎えた就職氷河期世代は、今まさに年金パラサイトの当事者であり、貧困高齢者予備軍と言える。

3―高齢者の貧困と孤立

1990年代以降、生活保護受給世帯数が増えており、2021年度で163万世帯と20年前の約2倍にのぼる(厚生労働省「被保護者調査」)。親の死亡等で親の年金をあてにできなくなった年金パラサイトは生活保護の受給に直結しやすい。また、貯金等の喪失で親が生活保護を受給するようになればパラサイト・シングルの子も同様に生活保護を受給することになる。

高齢期の貧困は、近年、社会問題化している孤立死にもつながる。少し前のものになるが、当研究所の孤立予防に関する研究(2014年)では、孤立死は年間約3万件と推計している。高齢単身世帯の増加を背景に、今後、増え行く懸念が強い。当研究では、日頃の周囲とのコミュニケーション状況、人間関係や働き方といった価値観等を定量的に把握し、孤立リスクを測定したところ、孤立リスクの高い層は、就職氷河期世代の中核となる1971~1974年生まれの団塊ジュニア世代では15%(105万人)が相当した。

4―将来世代の経済基盤安定化は急務

新型コロナ禍の影響も相まって日本国内の少子化の進行が加速している。2022年の出生数は統計が開始された1899年以降、初めて80万人(速報値)を下回った(厚生労働省「人口動態調査」)。国立社会保障人口問題研究所では2030年に80万人(確定値)を下回るとの推計であったが、想定より8年早い速度で少子高齢化が進行している。

一方で独身者が積極的に結婚しない理由の上位には「結婚に縛られたくない、自由でいたいから」(37.0%)や「結婚するほど好きな人に巡りあっていないから」(36.2%)、「結婚生活を送る経済力がない・仕事が不安定だから」(36.0%)などがあがり(内閣府「男女共同参画白書令和4年版」)、経済的な問題を解決するだけでは未婚化や少子化の進行を食い止められるわけではない。しかし、若者が経済的な理由で家族形成をあきらめる状況は政策等で救済されるべきであり、逆に経済的な側面は政策等で現状を改善できる要素とも言える。

足元では若者の雇用環境には追い風も吹いている。2020年から「同一労働同一賃金」の導入が進められ、正規雇用者と非正規雇用者の不合理な待遇差の解消が進められている。また、今後とも若手人材の獲得競争が激化する中で、コロナ禍後の需要も見据えて、これまで採用を絞っていた業種等でも新卒採用を積極化している動きもある。また、国際展開する企業並の賃金水準へと見直す動きもある。

これらの背景には構造的な要因もあるため、短期的には多少の景気変動の影響は受けにくいだろう。しかし、今後の世界経済の停滞度合いによっては、再び景気に敏感な業種を中心に若者の採用計画を見直す動きもあらわれかねない。業績が低迷した際に優先されるのは、やはり既存社員の雇用維持であり、新卒採用は調整対象となりやすい。

少子化が想定以上に進む日本では、将来を担う世代の経済基盤の安定化は急務であり、景気に任せるのではなく、政策として強い方針のもとに継続的な取り組みが求められる。経済不安が強い世代に対しては大胆な経済支援などを講じることで、価値観を根底から変えていくことも重要だ。将来的に賃金が伸びていく、安心して働き続けられるという明るい見通しを持ててこそ、若者が家庭を持ちたいと考えるのではないか。
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生活研究部   上席研究員

久我 尚子 (くが なおこ)

研究・専門分野
消費者行動、心理統計、マーケティング

経歴
  • プロフィール
    【職歴】
     2001年 株式会社エヌ・ティ・ティ・ドコモ入社
     2007年 独立行政法人日本学術振興会特別研究員(統計科学)採用
     2010年 ニッセイ基礎研究所 生活研究部門
     2021年7月より現職

    ・神奈川県「神奈川なでしこブランドアドバイザリー委員会」委員(2013年~2019年)
    ・内閣府「統計委員会」専門委員(2013年~2015年)
    ・総務省「速報性のある包括的な消費関連指標の在り方に関する研究会」委員(2016~2017年)
    ・東京都「東京都監理団体経営目標評価制度に係る評価委員会」委員(2017年~2021年)
    ・東京都「東京都立図書館協議会」委員(2019年~2023年)
    ・総務省「統計委員会」臨時委員(2019年~2023年)
    ・経済産業省「産業構造審議会」臨時委員(2022年~)
    ・総務省「統計委員会」委員(2023年~)

    【加入団体等】
     日本マーケティング・サイエンス学会、日本消費者行動研究学会、
     生命保険経営学会、日本行動計量学会、Psychometric Society

(2023年05月10日「基礎研マンスリー」)

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