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差別的な保険料設定に関する監督(欧州)-EIOPAの監督声明の紹介

保険研究部 主任研究員 年金総合リサーチセンター・気候変動リサーチセンター兼任 安井 義浩
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以下、声明の概要を紹介していく。
1 Supervisory statement on differential pricing practices in non-life insurance in lines of business
https://www.eiopa.europa.eu/system/files/2023-03/EIOPA-BoS-23-076-Supervisory-Statement-on-differential-pricing-practices_0.pdf
1――欧州における差別的価格設定の監督に関して
保険市場は、顧客に万一の備えを提供する役割をもち、少なくとも財務・家計上の安心を提供する点で、充分に信頼されよく機能している限りにおいては、社会全体にとって有益なものである。そして、その保険料水準は、個人や企業の対象リスクの大きさによって決まるのが、一般には妥当である。
また保険金を受けとる機会のあった加入者もいれば、結局は受けとる機会のない加入者もいることは、相互扶助の考え方に基づけば通常のことであり、これを不公平であるとは言えない。さらに、保険会社の経費などを加算して、最終的な保険料が決められる。ここまではよく行われる慣行である。
しかし、それらとは別に、顧客の他の特性に応じて保険料が調整される場合は、それは妥当だろうか。この特性とは、価格弾力性、アップセリング(さらに「上位」の商品への誘導)やクロスセリング(関連商品の重ね売り)への対応、そこから生まれる保険会社の増収度合いなどである。一部の保険会社は、実際にこうした「顧客スコア」を付けてそれをもとに価格を調整している。これらは顧客から引き受ける保険そのもののリスクとは無関係である。こうした価格設定のことを、ここでは「差別的価格設定(differential pricing practices)」と呼ぶことにする。これ自体は特段目新しいものではなく、保険分野に限ったことでもない。例えば販売上の戦略として、新規の顧客獲得のため安い価格で商品を提供することなどは、一般的なことでもあった2。
しかし現在、AIやビッグデータを活用すれば、そうした調整が大規模かつ簡単に展開できるようになっており、保険分野では不公平さの問題をひきおこしつつあるようだ。
特に過去数年間、欧州の損害保険セクターにおいては、市場競争がますます激しくなって、提供する商品やサービスだけでなく、価格設定のこうした新しい方法にまで影響が及んでいる。
EU内ではドイツ、アイルランド、イタリア、オランダ、スウェーデンでそうした動きが報告されており、この声明はその調査に基づいている。またEU外でも英国、米国で同じ問題が起こっており、そこでの先行する監督措置の例も参考にしている。
2 以後述べるように、肯定的な慣行・問題あるものの両方があるが、この文章では用語を区別せず、両方ともそう呼ぶ。
これまでも損害保険においては、顧客をつなぎとめるため、あるいは潜在的な顧客の関心を引くために、保険料の割引を行うことはよくあった。これにより一部の顧客は、更新時に最も保険料が安くなる会社や商品に切り替える傾向があった
一方で、情報へのアクセスが制限されている顧客、あるいは価格にあまり敏感でない顧客においては、必要な情報を入手できずに、代案を探らないまま更新して、損をする可能性がある。そして更新の段階で、本来の引受リスクとは関係のない保険料調整が多くの割合を占めるようになり、不公平さが拡大する。
こうしたことが常に行われるようになると、保険監督の観点から、特に高齢者や情報へのアクセスが制限されている人々のような、脆弱な顧客層を保護する必要があるという認識に至る。
保険リスクの程度に応じた保険料の差異や、相互扶助に基づくある程度の価格差や保険金受け取りの多少がある点には、特段の問題はなく、今回の監督声明の対象外である。
今回は特に「プライスウォーキング」とよばれるものを監督しようとしている。すなわち
「契約の更新の際、どの顧客層がどれほどの値上げを(状況を知らずに)許容するかを見て、許容すると思われる顧客層の保険料を値上げする(その結果、新規加入よりも更新後の方が、保険料が高くなってしまう。)」
といった価格設定が懸念される問題である。
2――各国の保険監督者に求められること
保険会社や代理店は、そもそも常に、顧客の利益を考え専門的見地から、誠実かつ公正に行動すべきとされていて、保険商品が顧客のニーズに合致していることを確認する必要がある。特に2018年10月以降は、EU内におけるPOG(Products Oversight and Governance)規則が適用されており、顧客ニーズや目的と整合がある商品特性があることを明確に顧客に示し、誤解を防ぎ、不利益にならない保険商品であることを示す必要がある。
なお、保険募集時に必要な手続き等については、国によっては、より詳細な要件を設定していることもあろうが、今回その緩和を求めているわけではない。
商品審査に関しては、既存のPOG規則に従って、保険会社は、保険商品が顧客のニーズ等に従った保険機能をもち、公平で倫理的に問題ないことなどの審査を受ける必要がある。
設定された保険料が、引受リスクとサービスコストを考慮したものであることの説明はもちろん、割引がある場合にもその説明が必要である。さらには、複雑な手法と技術を使用する場合には、様々な利害関係者(顧客、保険代理店、監督者など)に、それぞれ適切な説明が求められる。
また、差別的価格設定の影響を常に監視し、特に脆弱な顧客層(年配者、低学歴層、低所得層など)への影響を監視し、影響が大きければ軽減する措置が必要である。
また、販売スタッフには、保険価格の設定と顧客の性質との関係について、充分な専門知識があることが求められる。その上で、顧客が差別的価格設定があることを知らない可能性があるため、それらを知らせるべく、保険料の割引など一部には、保険リスクと必要コストによらない部分があることを説明し、理解してもらう必要がある。
保険監督者は、価格設定の方法が充分に顧客本位であることを確認しなければならない。また価格設定の手段と慣行が、市場のニーズに合致しているかについても、適切に監督しなければならない。特に更新される可能性が高い損害保険では、最初の期間だけでなく、更新後の取り扱いも妥当であるかを確認し、顧客への情報提供がはっきりなされており、例えば保険料の割引や、上がる場合にはその理由なども含めて説明されていることを監督しなければならない。
また、保険会社だけでなく、保険代理店も、そうした価格設定の方法について十分な知識を持ち、必要な情報を得て、顧客のニーズに対し最善の商品を提供しなければならないし、差別的価格設定があることを知っている場合には、販売時に適切な説明を行う必要がある。
こうした適切な保険料設定方法などはは、、文書化し、常にモニタリングしなければならない。
3――おわりに
(2023年04月20日「基礎研レター」)

03-3512-1833
- 【職歴】
1987年 日本生命保険相互会社入社
・主計部、財務企画部、調査部、ニッセイ同和損害保険(現 あいおいニッセイ同和損害保険)(2007年‐2010年)を経て
2012年 ニッセイ基礎研究所
【加入団体等】
・日本アクチュアリー会 正会員
・日本証券アナリスト協会 検定会員
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