2023年04月03日

経営者と投資家が注意すべき東証のPBR改善要請~株主代表訴訟リスクも~

金融研究部 主席研究員 チーフ株式ストラテジスト 井出 真吾

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5――日本企業は“食い物”にされたのか

週刊エコノミスト誌が指摘したように日本企業を“食い物”にするような金融取引が実際に横行したのか検証してみよう。2013年以降に発行された83本のリキャップCBについて、額面100円あたりの払込額(CB発行企業に入る額、手数料を除く)と証券会社の手数料を集計した(図表5)。払込額は100円と100.5円が74%を占め、101円を合わせると全体の9割超だ。一方、手数料は95%のケースで2.5円だった。
 
そもそもCBの理論価格は発行条件(満期までの期間、転換価格など)や発行企業の株価変動率(ボラティリティ)などで決まるので、額面が同じ100円でも83本のCBの理論価格は101円から135円まで開きがある(詳細条件の全てを考慮したわけではなく簡易的な理論値)。それにもかかわらず、払込額の大半が額面に近い100円~101円というのは不自然ではないか。
 
この結果から次のようなシナリオが推測される。すなわち、日本企業にできるだけ安くCBを発行させてヘッジファンド等の利益(濡れ手に粟)を多くすればCBをスムーズに売りさばけるうえ、ヘッジファンド等に“恩”を売り、その後の株式等の売買注文を誘引することができる。しかも証券会社は2.5%の手数料を確保できる、というシナリオだ。
 
さすがに払込額が100円未満というケースは無いが、これもCB発行企業にとって魅力的に映るのだろう。つまり、満期時のCB償還額と同等か少し多い現金が手に入り、さらに利払いも無いので、企業側は“お得”と勘違いしてしまうのかもしれない。
 
いくら国内金利が低いとはいえ、デフォルトリスクがゼロでない民間企業が無コストで資金調達できるはずがない。後述する「株式価値の希薄化リスク」と引き換えに無コストだという理屈かもしれないが、流動性なども加味した適正価格よりも安く発行する必然性は一切ない。
【図表5】額面100円あたりの払込額と手数料
実際、CBの理論価格の内訳である「資本の価値」(株式に転換できる権利の価値)と「払込額÷理論価格」の関係からは(図表6)、資本の価値が高いCBほど理論値よりも払込額が少ないことが一目瞭然だ。
 
この「資本の価値」を算定するには高度な金融知識が必要で、一般企業が適正性をチェックするのは容易でない。CBの難解さゆえ、プレミアムが高いCBほど適正価格よりも安く発行してしまった様子がうかがえる。
【図表6】理論価値が高いCBほど“安売り”した可能性

6――将来の価値低下リスクも

6――将来の価値低下リスクも

株式を長期保有する既存株主は、CBの発行により潜在的な株式価値の希薄化や、将来のROEの低下といったリスクに晒されることになる。というのも、CBは株式に転換される可能性がある金融商品だからだ。
 
CBで調達した資金で自社株買いを実施してROEが上昇しても、将来的にCBが株式に転換されれば再び自己資本は増加する。つまりROEの上昇は一時的なものに終わる可能性がある。さらには、発行済み株式数の増加により1株あたり利益が少なくなり、株式価値の希薄化を招く。金融審議会が問題視したのはこの点だ。
 
そもそも米国では、リキャップCBを実施するのは信用力が低く、資金調達金利の高いベンチャー企業がほとんどと言う。日本のように低金利環境のもと、信用力の高い上場企業がわざわざ希薄化リスクのあるCBを選ぶ必要性はまずないと言える。
 
現金(内部留保)や普通社債、銀行融資など、CBよりも低コストかつ希薄化リスクの低い資金調達方法を優先的に検討すべきであり、リキャップCBを選択する企業には合理的な説明が求められる。この点は東証の注意喚起文書も明確に注意を促している。
 
CBの発行条件は様々でリキャップCBの全てが悪いわけではないが(たとえば希薄化リスクを抑制したCBもある)、今回のPBR改善要請に応じるためリキャップCBのような手法を検討する場合は、実績があるコンサルティング会社等からセカンドオピニオンを得るなど、事業会社として最低限の自己防衛策を講じておくのが賢明だろう。
 
 

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金融研究部   主席研究員 チーフ株式ストラテジスト

井出 真吾 (いで しんご)

研究・専門分野
株式市場・株式投資・マクロ経済・資産形成

経歴
  • 【職歴】
     1993年 日本生命保険相互会社入社
     1999年 (株)ニッセイ基礎研究所へ
     2023年より現職

    【加入団体等】
     ・日本ファイナンス学会理事
     ・日本証券アナリスト協会認定アナリスト

(2023年04月03日「基礎研レポート」)

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