2023年03月31日

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1――コロナ禍による高齢者への影響

コロナ禍で高齢者の外出頻度が減少したことや、移動時間が減った高齢者は健康不安が増していることについては、筆者のこれまでのレポートでも報告してきた1。本座談会では、山田氏から改めて、高齢者の身体活動時間や社会活動がコロナ禍で減少したこと、その影響として、高齢者のフレイル発症率が高まっているというエビデンスが明らかにされた。

山田氏の発表によると、コロナ禍1年目で身体活動は約3割減少し、仕事やボランティア、趣味活動などの社会活動も連動して大幅に減少した。コロナ禍2年目でいったん回復の兆しを見せたが、3年目に入ると、また1年目と同程度まで落ち込んだという。

また、各種の機能低下などを確認できる厚生労働省の「基本チェックリスト」を用いて調査したところ、大幅に状態が悪化しており、項目別に変化をみると、特に身体機能と精神機能の低下が顕著だったという。実際に、コロナ禍になってフレイルを発症した高齢者は約23%おり、通常の3年間の発症率(約15%)と比べて上昇したという研究成果を明らかにした。コロナ禍では、通常に比べて約1.5倍の割合で発症したことになる。コロナ禍の自粛生活によって、高齢者に「健康二次被害」が起きていることは明らかである。

ここで、筆者の主要な研究テーマである「移動課題」という観点から、コロナ禍の高齢者への影響について整理し直したい。筆者は、高齢者の移動課題とは、(1)高齢ドライバーによる交通事故、(2)高齢者の外出困難、の2種類だと考えている。本座談会でも述べたように、コロナ禍になって、高齢者の移動が減少し、高齢ドライバーの交通死亡事故は大きく減少した。つまり、高齢者の移動課題のうち(1)はコロナ禍で縮小したことになる。これに対して、(2)外出困難は、コロナ禍の外出自粛によって深刻化し、身体機能や精神機能の低下、フレイル発症率上昇というように、健康二次被害が増していると言える。

コロナ禍に入り、連日テレビで報道されるような高齢ドライバーによる重大死傷事故が減り、高齢者の移動に関する社会的関心はやや下火になっているように筆者は感じているが、コロナ禍では、(1)は縮小しても、むしろ(2)が拡大しており、「高齢者の移動」は依然大きな社会課題だということを強調しておきたい。

2――今後の回復に向けた取組の方向性

2――今後の回復に向けた取組の方向性

1では、高齢者の外出困難がコロナ禍で深刻化し、健康二次被害を起こしている状況について説明した。今後、この状態をどのように打開していくかについて、本座談会のディスカッションから得られたインプリケーションを整理したい。

アイシンのAIオンデマンド乗合タクシー「チョイソコ」は、全国50か所以上で運行されているが、そのうち最初に運行が始まった愛知県豊明市のコロナ禍の利用状況についてみていきたい。「令和4年度第1回豊明市地域公共交通会議」配布資料によると、同市におけるチョイソコの利用回数は、2019年度は約10,000回、2020年度は約8,700回、2021年度は約9,500回となっており、コロナ禍直後の落ち込みは2022年度に入って回復してきていると言える。

そこで、どのように利用されているのかをみると、「利用回数の目的別内訳」では「買い物」(41%)、「医療」(37%)の他に、「文化」と「運動」が計22%を占めている。買い物や医療といった、日常生活上、必要不可欠な移動だけではなく、文化・運動というような、生活の質を上げるための移動が2割あることで、利用を底上げしていると言える。これまでにも述べてきたように、チョイソコでは、運行エリアで「文化」「運動」に相当するようなイベントが積極的に開かれており、それが利用回復、外出回復の一助となっていると推察できる。

そこで次に、チョイソコのイベントの特徴をみていきたい。加藤氏が発表したように、チョイソコを運行するエリアでは、アイシンが地元自治体や、停留所を置く地元スポンサーと連携してイベントを開いたり、アイシンと協業する企業がイベントを開いたりと、多彩な枠組みで高齢者向けのイベントが開催されている。

その中でも、アイシンが最近、開発に力を入れているというのが、特典付きのイベントである。例えば岐阜県各務原市では、高齢者がチョイソコを利用してハーブ園へ行き、ハーブ摘み作業を行うと、施設内の温浴施設の無料券をもらえるという取組が紹介された。チョイソコ利用料はかかるものの(各務原市の場合は往復600円)、仲間と一緒に収穫作業で体を動かし、その後、温浴施設も楽しめることが、インセンティブになっていると考えられる。チョイソコではほかにも、ミニトマト摘みやブルーベリーの収穫など、農作業を体験すると、何らかの特典を得られるような企画がある。アイシンは、人手不足の産業に呼びかけて、このように高齢者が生産活動に貢献できる場を積極的に開拓しているという。

チョイソコに限らず、国内で乗合タクシーを導入しているエリアには、農村部も多い。農作業の収穫作業に特典をつけて、楽しい体験イベントとして企画することで、地域の高齢者に乗合タクシーに乗って参加してもらえるなら、農家側にも参加者側にもメリットが生まれる仕組みにできるのではないだろうか。

また、加藤氏から紹介されたチョイソコの外出機会の中でもう一つ注目されたのが、介護予防のプロジェクトである。昨年度、埼玉県入間市で行った3か月間の実証実験では、イチゴ狩りやミニゴルフ大会など外出促進イベントをたくさん用意し、実証実験参加者の健康状態の変化を調べたところ、チョイソコを利用して積極的に外出し、外出先でもしっかり体を動かした参加者は、健康状態を示す値が上昇したというものである。高齢者に対して、移動手段と移動目的をセットで提供することの有用性と重要性を示している。

このように健康増進効果の裏付けを示すことができれば、健康に関心の高い高齢者に対し、外出のインセンティブにもなり得る。コロナ禍で、「地域の高齢者の基本チェックリストの値が悪化した」、「閉じこもり、うつになった高齢者が報告されている」という自治体は、全国にあるだろう。今後の対策の候補として、「移動手段と移動目的をセットで提供する」ことを検討してもらえると良いのではないだろうか。

3――社会参加のポイント

3――社会参加のポイント

高齢者の活動回復に向けて、座談会で出されたキーワードは「継続性」と「重層性」である。介護予防の効果を出すためには、活動を継続することが必要であり、山田氏はそのために、自分のライフスタイルに合った活動をするということと、活動の種類をたくさん持っておくということが必要だと指摘している。

例えば、普段全く運動していない人が、コロナ禍で外出が減ったからといって「1日〇分間の体操」などを継続することは難しいが、自分の趣味のためのお出かけなら継続でき、結果的に身体活動や社会参加が増えることになる。例えば、シルバーカートを押している人でも、自分が好きであればデパートへ行く、といった例が出された。「むしろ、大切なのは誰かと会うこと」だと言い、喫茶店や定食屋へ行くだけでも良いので、形にとらわれずに出かけて、誰かと話すことを山田氏は勧めている。筆者もこれまでのレポートで説明してきたように、外出して自然に身体を動かし、コミュニケーションすることで、心身機能の低下を防ぐことが期待できるからである。

「重層性」も、社会参加の機会を失わないために必要なポイントの一つである。高齢者が「仕事」、「趣味」など、もともとたくさんの外出目的を持っておくことで、コロナ禍のような社会の異変が生じたときにも、いずれかの活動が残る可能性が高い。

「継続性」は、チョイソコにとってもキーワードである。まずは、移動サービスの運行継続である。事業を撤退すれば、たちまち地域の高齢者が生活に困るため、チョイソコでは、乗合送迎以外のサービスを増やしている。人だけではなく、地元野菜や信書などの「モノ」を輸送したり、災害発生時に備蓄品の輸送や携帯電話の充電用に使用してもらう準備を進めたりして、サービスを増やして採算を向上させている工夫も披露された。

また、チョイソコが地元高齢者の「利用継続」を重視して外出目的作りに力を入れていることは、前述のとおりである。全国では、オンデマンド乗合タクシーを導入している地域が増えているが、利用低迷に悩むケースが多い。チョイソコのように、移動手段とセットで移動目的を提供して利用を継続してもらい、事業の持続可能性を高めていく工夫は、他の地域にも参考になるのではないだろうか。

4――今後の課題

4――今後の課題

高齢者の移動の領域では、コロナ禍における外出自粛などを機に、既に閉じこもりになった高齢者や、身体機能が低下した高齢者に対し、どのように外出機会と外出手段を提供していくかは、一つのテーマである。例えば、閉じこもりの人には情報を届けることが難しいという課題があり、車いすなどの高齢者は、一人では乗合タクシーや普通タクシーに乗ることが難しい、という課題がある。

前者について、山田氏は、あらゆるチャンネルを使って情報発信を続ける必要性に言及した。インターネットやSNSなど、メディアの種類が増えたことで、情報格差が開いているのは高齢者も若者も同じだと指摘する。従って、インターネットから回覧板、自治会の掲示板に至るまで、あらゆる媒体を使って情報発信することが必要だという。

筆者はそれに加えて、地域の医療機関や金融機関など、高齢者サービスに携わる様々な民間プレーヤーが、アウトリーチの面で貢献できる可能性があるのではないかと考えている。

また、後者の自立度が低下した高齢者の外出については、チョイソコが新たな取組を始めたことが、座談会で紹介された。アイシンと協業する企業グループの介護施設と連携し、介護施設の車椅子の利用者をチョイソコに乗せ、介護職員にも付き添ってもらって、外出を支援する取組である。

もちろん、このような取組には大きな人件費がかかるため、どこの事業者でも行える訳ではない。ただ、チョイソコの場合はもともと、午後の早い時間帯は一般の高齢者の利用が少なく、車両とドライバーに空きが生じることが多い。また介護施設側にとっても、車いすの利用者に、乗合タクシーを利用した外出サービスを定期的に実施できれば、他の施設との差異化につながり、新規利用者の獲得につなげられる可能性があると加藤氏は説明する。乗合タクシー事業者と介護事業者の双方が、持っている資源を有効活用して、車いすの高齢者の外出支援を行い、新規利用者の確保につなげられるならば、実用化できる可能性もある。

国内では、要介護高齢者は今後も増加すると見込まれるため、要介護高齢者向けの移動サービスを誰が、どのように供給していくかは、大きな問題である。しかし、介助サービスが行える「介護タクシー」は供給量が少なく、乗合タクシーや普通タクシーは、基本的に乗客を介助することはない。従って、交通事業者と介護事業者が連携していくことは欠かせないと筆者は考えている。

ただし、介護業界は人手不足が顕著であり、交通事業者もコロナ禍で益々経営状態が悪化し、要介護高齢者対象の外出サービスまで手を伸ばす余裕はなかなかない。そのような中で、アイシンと介護施設が、互いの資源を有効活用してこのような取組を行ったことは大変興味深く、要介護高齢者向けの移動サービスの一つのパターンとして、今後も継続されることを期待したい。
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生活研究部   准主任研究員・ジェロントロジー推進室兼任

坊 美生子 (ぼう みおこ)

研究・専門分野
中高年女性の雇用と暮らし、高齢者の移動サービス、ジェロントロジー

経歴
  • 【職歴】
     2002年 読売新聞大阪本社入社
     2017年 ニッセイ基礎研究所入社

    【委員活動】
     2023年度~ 「次世代自動車産業研究会」幹事
     2023年度  日本民間放送連盟賞近畿地区審査会審査員

(2023年03月31日「ジェロントロジーレポート」)

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【コロナ禍が高齢者の生活に与えた影響と回復に向けた取組(総括編)】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

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