2023年03月15日

金利先高観が強まる住宅ローン金利市場

金融研究部 金融調査室長・年金総合リサーチセンター兼任 福本 勇樹

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1――民間金融機関における住宅ローンの店頭金利の状況

2023年3月時点の住宅ローンの期間選択型(10年)の店頭金利をみると、大手5行(三菱UFJ銀行、三井住友銀行、みずほ銀行、りそな銀行、三井住友信託銀行)の平均は3.744%である。2022年12月と比較すると、平均で0.278%上昇している。一方で変動金利型の店頭金利は2.475%と横ばいで推移しており、据え置かれている。

変動金利型の店頭金利は短期金利の水準を参照して決定される。短期金利の指標としては、例えば、短期プライムレート、無担保コールレート(オーバーナイト物)や定期預金金利などが挙げられる。期間選択型や全期間固定型の店頭金利は長期金利や超長期金利の水準を参照して決定される。長期金利や超長期金利の指標としては、長期プライムレート、日本国債利回りやスワップレートなどが挙げられる。これらの店頭金利の決定に際して、他行の店頭金利の水準も参考にする場合がある。

期間選択型(10年)や全期間固定型の店頭金利が上昇しているのは、長期金利や超長期金利に先高観があるためである。長期金利や超長期金利に先高観は、新型コロナウイルス感染症拡大に伴う供給不足・人手不足問題やロシアによるウクライナ侵攻によるエネルギーや食料品などの価格高騰が発端になっている。海外の中央銀行はインフレの高騰に対処するため、金融緩和政策から金融引き締めに転換し、大幅な利上げを決行している。日本においてもエネルギーや食料品などの高騰だけでなく、内外金利差拡大に伴う円安の影響なども受けて、2023年1月の生鮮食品を除く消費者物価指数は4.2%(前年同月比)と41年4カ月ぶりの上昇率となった。

日本銀行は「インフレは一時的である」として日本国債利回り(10年)をゼロ%近辺とするイールドカーブ・コントロール(YCC)を継続しており、上限を設定して抑制している。2022年に海外中銀が金融引き締めに転じて以降、日本国債利回り(10年)は許容変動幅の上限である0.25%に張り付くようになった。日本銀行は2022年12月の金融政策決定会合で長期金利の変動許容幅を±0.25%から±0.50%に拡大した。しかしながら、2023年2月末時点で日本国債利回り(10年)は変動許容幅の上限である0.50%に再び張り付いている。一方で、YCCの目標対象ではないスワップレート(10年)は日本国債利回り(10年)と乖離する形で上昇し、それに平仄合わせる形で長期プライムレートも上昇している(図表1)。これは、日本においてもインフレ率が上昇傾向を示していることから、海外中銀と同様に日本銀行も金融緩和縮小や金融引き締めに転換するのではないかと金利市場が予想しているためである。
図表1:主な長期金利指標の推移(2016年9月~2023年2月:月末値)
このように、固定金利型の住宅ローン金利の決定に際して主に参照される長期プライムレートとスワップレートとの連動性が強まっているといえる。住宅ローン市場における日本国債利回り(10年)の指標性は失われており、価格発見機能を喪失した状況にある。日本国債利回り(10年)に代表される「日本国債の市場機能問題」に対処するべく2022年12月の金融政策決定会合にて金融政策を修正したものの、日本国債利回り(10年)とスワップレートや長期プライムレートとの金利差は拡大したままであり、日本国債のイールドカーブも残存10年近辺で不自然に落ち込む歪な形状になっているなど、少なくとも本稿の執筆時点では市場機能の回復の兆候は未だ見られていない(図表2)。
図表2:日本国債イールドカーブの形状変化(2022年11月~2023年2月:月末値)
一方で、変動金利型は短期金利と連動しており、マイナス金利政策によって無担保コールレート(オーバーナイト物)は▲0.1%に近い水準で推移している(図表3)。2022年12月の日本国債利回り(10年)に対する政策修正を受けて、マイナス金利政策も撤廃・修正するという見方が一時的に台頭した。しかし、2023年に入ってから拡充した共通担保オペ(2年物、5年物)により短中期金利が低位に抑制されたことで、マイナス金利政策を撤廃・修正するという市場予想は急速にしぼんでおり、日銀総裁交代後もマイナス金利政策の撤廃・修正はしばらく実行されないとの見方がメインシナリオとして広く共有されている状況にある。
図表3:主な短期金利指標の推移(2016年9月~2023年2月:月末値)

2――住宅ローン金利市場に関する今後の留意点

2――住宅ローン金利市場に関する今後の留意点

これまで述べてきた事情から、住宅ローン市場では変動金利型と固定金利型の金利差が拡大している。相対的に変動金利型の魅力が高まっており、変動金利型の契約割合もさらに高まることが予想される。一方で、すでに2022年より生じている住宅価格の高まりや固定金利型の金利上昇を受けて、個人向けの貸出需要に落ち込みがみられる(図表4)。
図表4:資金需要判断D.I.(個人向け住宅ローン)と貸出運営スタンスD.I.(個人向け)の推移
今後も住宅ローン市場は日本銀行の金融政策に大きく左右される展開が継続するものと見られる。日銀総裁交代後の日本銀行の政策を読み解く上で重要になってくるのは、「日本国債を中心とする市場機能の回復状況」と「国内外のインフレの状況」の2点ではないかと考えている。

「日本国債を中心とする市場機能の回復状況」については、市場機能の回復が芳しくなければ、2022年12月末と同様に市場機能の回復を企図したYCCのさらなる修正・撤廃につながることになる。この場合、10年物を中心に日本国債利回りが上昇すること予想される。筆者のモデル1によると日本国債利回り(10年)は1%前後にまで上昇すると推定している。ただし、YCCの修正・撤廃に伴う固定金利型の住宅ローン金利の上昇幅は、日本国債利回り(10年)の上昇幅ほど大きくならないものと考えている。その理由は、スワップレート(10年)は2022年12月に0.9%前後まで上昇し、長期プライムレートも上昇傾向を示していることから、直近の固定金利型の住宅ローン金利の水準はYCCの修正・撤廃をすでにいくらか織り込んでいるとみられるためである。

「国内外のインフレの状況」だが、国内外のインフレの収束がみられなければ、海外においてはさらなる利上げが行われる可能性があり、日本銀行も金融緩和政策の縮小や金融引き締めに転換する可能性も考えられる。この場合、YCCの修正・撤廃に留まらず、マイナス金利政策の撤廃や大規模な国債買い入れの終了も想定されることになる。海外では中央銀行が金融緩和策を維持したことでインフレの抑制に失敗し、それが大幅な利上げにつながったとの見方がある。景気悪化も辞さないとする米FRBの姿勢が象徴的だが、海外の主要な中央銀行はインフレ抑制を主眼に金融政策を遂行している。このようにして、先進国を中心に海外の中央銀行は、インフレ見通しを決め打ちせず、直近のデータを見ながら今後の政策の方向性を決める方針に転換している。

今のところ、日本銀行は2023年3月の金融政策決定会合において、「消費者物価(除く生鮮食品)の前年比は、政府の経済対策によるエネルギー価格の押し下げ効果に加え、輸入物価の上昇を起点とする価格転嫁の影響も減衰していくことから、来年度半ばにかけて、プラス幅を縮小していく」との見通しから大規模な金融政策を維持している。その一方で、2023年1月に日本銀行が公表した展望レポートでは「物価の見通しについては、上振れリスクの方が大きい」とある。つまり、リスクシナリオの下では、マイナス金利政策の撤廃から、固定金利型のみならず変動金利型の金利上昇もありうることが見込まれる。ただし、共担オペ(2年物や5年物)の実施を受けて、海外と同様に短期金利の大幅な利上げが実行されるとの予想はしばらく立たないだろう。短期金利の利上げが実行されるにしても、共担オペの貸付利率であるゼロ%近辺がしばらくの目処となるのではないか。

もし仮にマイナス金利政策が撤廃され、短期金利が利上げされるような事態になった場合、短期金利の上昇分は少なくとも変動金利型の店頭金利にも転嫁されるだろうが、新規借入金利については優遇金利幅で工夫するなどしてローン獲得競争は継続することになるだろう。その一方で、住宅ローン既契約者は店頭金利の上昇を通じて借入金利に直接的に影響が出る。家計のリスク管理という意味で、住宅ローンの利息支払いが増えるというリスクシナリオについても留意して、あらかじめ繰り上げ返済の原資を確保するなどの対応策を備えておく必要があるように思われる2
 
1YCCを撤廃した際の長期金利水準を推定する-日銀の金融緩和政策による長期金利の下押し効果の測定」(ニッセイ基礎研究所、基礎研レター、2023年3月13日)
2 住宅ローン利用者の金利上昇に向けた対応策については、例えば「住宅ローン利用者は金利上昇に対してどのように備えるべきか」(ニッセイ基礎研究所、基礎研レポート、2022年8月31日)などを参照されたい。
 
 

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金融研究部   金融調査室長・年金総合リサーチセンター兼任

福本 勇樹 (ふくもと ゆうき)

研究・専門分野
金融・決済・価格評価

経歴
  • 【職歴】
     2005年4月 住友信託銀行株式会社(現 三井住友信託銀行株式会社)入社
     2014年9月 株式会社ニッセイ基礎研究所 入社
     2021年7月より現職

    【加入団体等】
     ・日本証券アナリスト協会検定会員
     ・経済産業省「キャッシュレスの普及加速に向けた基盤強化事業」における検討会委員(2022年)
     ・経済産業省 割賦販売小委員会委員(産業構造審議会臨時委員)(2023年)

    【著書】
     成城大学経済研究所 研究報告No.88
     『日本のキャッシュレス化の進展状況と金融リテラシーの影響』
      著者:ニッセイ基礎研究所 福本勇樹
      出版社:成城大学経済研究所
      発行年月:2020年02月

(2023年03月15日「基礎研レター」)

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