2023年03月09日

韓国の出生率0.78で、7年連続過去最低を更新-少子化の主な原因と今後の対策について-

生活研究部 上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任 金 明中

文字サイズ

(4)男女差別がまだ残存する
また、男女差別がまだ残存していることも少子化の原因として考えられる。韓国では女性の大学進学率が男性を上回っているにもかかわらず、大卒女性の就業率は男性を下回っている。韓国の教育部と韓国教育開発院が発表した「2020年高等教育機関卒業者就業統計」によると、大卒以上の者の就業率は65.1%で2011年以降最低値を記録した。女性の就業率は63.1%で男性の67.1%より4.0ポイントも低く、2016年以降その差が少しずつ広がっている(女性大卒者の就業率は男性と比べて2016年2.6ポイント、2017年3.0ポイント、2018年3.6ポイント、2019年3.8ポイント低い)。

大卒女性の就業率が男性に比べて低い理由としては、統計的差別がまだ残存していることが考えられる。統計的差別とは、差別を行う意図がなくても、過去の統計データに基づいた合理的判断から結果的に生じる差別をいう。つまり、まだ韓国の一部の企業は、「〇割の女性が出産を機に仕事を辞める、女性の〇割は専業主婦になることを望んでいる」といった統計データに基づいて採用を行っており、統計的差別が発生している。また、女性は産休や育休を取得するケースが多いことや、結婚や出産により退職する場合もある、という統計を見て採用を躊躇する企業もある。

他方、大学進学の目的が、就職よりも将来の結婚相手を見つけるため、という女性が一部にいることも、大卒女性の就業率が男性より低くなっている理由の一つであろう。2021年現在の韓国の就業率を他のOECD諸国と比較すると、38か国中、男性は75.2%で19位であるが、女性は57.7%で31位となっている。日本の男性84.1%、女性71.5%と比べても大きな差があり、特に女性の方が差が大きい。さらに、韓国はOECD加盟国の中で男女間の賃金格差が最も大きい国である。2021年の男性の賃金水準は女性と比べて31.1%高く、日本の22.1%やOECD平均12.0%を大きく上回る(図表7)。
図7 OECD加盟国の男女別賃金格差(男性の賃金が女性よりどのぐらい高いのか)
(5)子育ての経済的負担感が重い
子育ての経済的負担感が重いことも少子化の一因になっている。特に韓国では私的教育費の負担が大きい。韓国における小学生から高校生までの私教育費は2020年の約19.4兆ウォン(2兆円)7から2021年には23兆4千億ウォン(2.4兆円)に21.0%増加した。また、全学生のうち、私教育を受けている学生の割合も同期間に67.1%から75.5%に12.4%上昇した。新型コロナウイルスのパンデミックによる落ち込みからの反動増の側面が強い。私教育を受けている学生の一人当たり一カ月平均私教育費は48.5万ウォン(5.1万円)で、高校生が64.9万ウォン(6.8万円)で最も高かった(小学生40万ウォン(4.2万円)、中学生53.5万ウォン(5.6万円))8

しかしながら、この金額はあくまでも平均であり、地域や所得階層間で私教育にかける費用には大きな格差がある。特に、ソウル市の江南区、その中でも有名塾が集まっている大峙洞(テチドン)で使われている私教育費は想像を絶する。例えば、大峙洞(テチドン)の有名塾に子供を通わせる場合、学生生活記録簿(以下、生活記録簿)の管理を専門の入試コーディネーターに頼むだけで年間2,000万ウォン(209万円)の費用がかかる。生活記録簿には高校1年から3年までの成績はもちろん、学内や学外の受賞歴、資格証の取得状況、語学試験の結果、課外活動、ボランティア活動、クラブ活動など、進路希望などが書かれており、日本の「内申書」にあたるものである。では、なぜ生活記録簿の作成・管理にここまで大金をかけているのだろうか。

韓国の大学入試は大きく「随時募集(日本の推薦入学に相当)」と「定時募集(日本のセンター試験に相当)」に区分することができる。「随時募集」は高校の学校生活記録簿、自己紹介書、教師推薦書、面接などが選別に反映されることに対して、「定時募集」では大学修学能力試験(以下、「修能」)の点数を中心に選別する。

韓国の大学入試と言えば「定時募集」を思い浮かべる方が多いと思うが、最近は「随時募集」の割合が年々高くなっている。例えば、2000年に3.4%に過ぎなかった「随時募集」の割合は2023年には78.0%まで上昇した(全国の大学基準)。しかしながら、首都圏9大学の「随時募集」の割合は64.7%で全国の大学基準と差を見せている。多くの大学は「修能」が採択している五肢択一の問題を解いた点数だけでは、問題を見つける能力、批判的思考、創意的思考、表現力を測定することが難しいと判断し、大学の基準に適合した学生を選別するために「定時募集」より「随時募集」の割合を上げているのだ。

従って、「インソウル」、つまり、ソウルにある大学に入るためには、生活記録簿が何より重要であり、そのために大峙洞(テチドン)等の有名塾に子供を通わせているのである。もちろん、他の学生と差別化された生活記録簿を作成するためには高校での成績なども大事だ。だから、生活記録簿の管理を依頼することとは別に塾に通いながら英語、数学等科目ごとのプライベートレッスンを受ける。プライベートレッスンの費用は科目当たり1カ月に数十万ウォン以上かかる。特に毎年11月に行われる「修能」直前の7月~10月には1カ月に1000万ウォン(104.4万円)以上する有名講師の特別プライベートレッスンを子どもに受けさせる親も多い。ある有名塾の有名講師は個人が運営するYouTubeチャンネルで2014年以降本人の年収が100億ウォン(10.4億円)以下に下がったことがないと発表し世間を驚かせた。

韓国の受験戦争をテーマに、上級階級の人々のサスペンスストーリーや社会問題を映し出した韓国ドラマ『SKYキャッスル~上流階級の妻たち~』10の内容が現実でもある程度確認されたので驚きを隠すことができない。

子供たちは1日に数カ所の塾に移動しなければならないので、鞄の代わりに旅行用のキャリーバッグに教科書などを入れて移動する。塾の授業が終わって次の塾の授業が始まるまでの残り時間はスタディ(Study)塾11に移動して宿題などをする。もちろん、そこにも宿題などを指導してくれる専門の講師がおり、塾の費用とは別のお金がかかる。塾の授業が一斉に終わる時間帯には塾が密集している「ウンマ交差点」をはじめとした大峙洞(カンナムグ・テチドン)一帯の道路は駐車場に変わる。母親たちが子供たちを乗せるために車の中で待機しているからだ。そして、子どもたちは家に帰ってもすぐに寝ることはできない。復習や宿題が終わると寝る時間は夜中3時から4時…、銃声の聞こえない「入試」という戦場で子供たちは孤独に戦っているのだ。

このような教育熱は高校生だけに限らない。多くの親が幼稚園時代から子供に私教育をさせている。英語を基本言語として使う英語幼稚園の費用は1カ月150万ウォン(15.7万円)もする。また、それ以外にも水泳、ピアノ、テコンドー、バレー、サッカーなどを学ばせる。小学生になると塾に通わせながら英語や数学などのプライベートレッスンを受けさせる。すると子ども一人当たりの私教育費用は1カ月200万(20.9万円)~300万ウォン(31.3万円)もかかっており、それ以上を支出する世帯も少なくない。

世代の収入より子供の教育費に対する支出が多い、いわゆるエデュプアが多く発生していると言える。エデュプアとは、英語のエデュケーションプアの略語で、家計が赤字で負債があるにも関わらず平均以上の教育費を支出したために、貧困な状態で生活する世帯、いわゆる「教育貧困層」である。韓国の民間シンクタンクである現代経済研究院の推計結果(2011年基準)によると、都市部の2人以上世帯のうち、子どもの教育費に平均教育費以上を支出する世帯は288.7万世帯で、このうち負債があり、家計が赤字状態である世帯、いわゆるエデュプアは82.4万世帯に達した。つまり、子どもの教育費を支出する世帯(632.6万世帯)のうち、13.0%はエデュプアであるという結果であり、調査から10年以上経った現在はより多くの世帯がエデュプアになっている可能性が高い12
 
7 2023年2月の平均為替レート(TTSとTTBの中間の相場である公表仲値(TTM)を利用)1円=9.579ウォンを適用、以下同一。
8 結婚情報会社DUOが2022年に未婚男女1000人を対象に実施した調査結果によると、少子化の原因は「育児に対する経済的負担」が32.4%で最も高く、次いで、「社会、将来に対する漠然として不安」(19.8%)、「実効性のない政府の出産政策」(16.3%)、「ワーク・ライフ・バランスの難しさ」(14.8%)、「晩婚化と結婚をしようとしない意識」(5.8%)、「個人の価値観」(5.6%)の順であった。一方、結婚後に希望する子供の数は1.8人で、2022年の出生率0.81を大きく上回った。DUO(2022)「出産認識報告書」。
9 韓国における首都圏とは、ソウル特別市、仁川広域市全域と京畿道31市郡を含む地域である。
10 韓国では2018年に放送され大ブレイクした。日本でも2020年4月1日から5月13日までBSフジで放送された。
11 日本の有料自習室に相当。時間貸しや1日プランなど様々なプランがある。コーヒーなどの飲料やWifiも利用できる。
12 金 明中(2012)「ハネムーンプア、エデュプア、そしてハウスプア、その次は?― 終わらない貧困の連鎖 ―」研究員の眼、2012年10月31日から引用。

3――保守・進歩政権ともに少子化対策を実施

3――保守・進歩政権ともに少子化対策を実施

韓国政府は少子化問題を解決するために、2006 年から「セロマジ13プラン」、「アイサラン14・プラン」等の少子化対策を実施している。韓国における少子化対策がより積極的に推進されたのは、進歩政権の盧武鉉政権(2003年2月25日~2008年2月24日)時代である。つまり、盧武鉉政権時代には子育て世帯を支援するために、2004年6月に第1次育児支援政策を、そして2005年5月には第2次育児支援政策を発表した。第1次育児支援政策では、未来の人材を育成すると共に女性の経済活動参加を奨励するために、出生率の引き上げ、優秀な児童の育成、育児費用に対する負担緩和、女性の就業率引き上げ、雇用創出等を目標として設定した。第1次育児支援政策の特徴は政策の内容を児童の年齢別に設定したことである。

第2次育児支援政策では、第1次育児支援政策の内容をより具体化し、育児支援施設の利用機会の拡大、育児費用に対する家計の負担軽減、育児サービスの質向上を目指し、政策を推進した。特に、2004 年に初めて実施した全国保育実態調査により、地域別の保育に対する需要と供給の実態が把握されることになったので、その情報に基づき保育施設を追加的に供給する必要がある地域を選定すると共に、民間の保育施設のサービス向上のための支援対策を実施した。

その後、保守政権の李明博政権(2008年2月25日~2013年2月25日)時代には、2009年からは養育手当制度が導入され、2011年には養育手当制度の対象をすべての子どもに拡大した。アイサラン・プランでは基本的には保育に対する国の責任を強化すると共に、需要者中心の保育政策を実施することを目標にしており、子どもと親が幸せな国を作るための3大推進戦略と6大課題を挙げた。3大推進戦略としては、嬰幼児(乳幼児)保育、国家責任制の拡大、信頼回復を、そして、6大課題としては、親の費用負担軽減、需要者に合わせたサービスの提供、サービスの質向上、保育を担当する人材の専門性向上、指示伝達体系の効率化、保育事業の支援体制確立を設定した。

さらに、同じ保守政権の朴槿恵政権(2013年2月25日~2017年3月10日)時代には、第2次中長期保育計画の実施により、2013年3月から満0~5歳のすべての児童に対して養育手当が支給され無償保育が実現された。また、2014年10月からは男性の育児休業取得を奨励し、少子化問題を改善するために「パパ育児休業ボーナス制度」を実施した。そして、進歩政権の文在寅政権(2017年5月10日~2022年5月9日)は2018年9月から児童手当(子ども一人当たり1カ月10万ウォン(約10,440円)を支給)を導入し、2019年10月からはその支給対象を満7歳未満まで拡大した(世帯の所得制限なし)。

合計特殊出生率が低下する中で韓国の歴代政権は、保守政権でも進歩政権でも保育などの子育て関連政策には積極的な立場を表明していると言える。一方、2022年5月に発足した尹錫悦政権は、2022年7月に「人口危機対応タスクフォース(TF)」を設けて少子化対策を議論し、2023年からは「親給与」を支給しているものの、それ以外の具体的な対策はまだ実施していない。
 
13 セロマジは、新しく迎えるという意味。
14 アイサランは、子どもを愛するという意味。
Xでシェアする Facebookでシェアする

生活研究部   上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任

金 明中 (きむ みょんじゅん)

研究・専門分野
高齢者雇用、不安定労働、働き方改革、貧困・格差、日韓社会政策比較、日韓経済比較、人的資源管理、基礎統計

経歴
  • プロフィール
    【職歴】
    独立行政法人労働政策研究・研修機構アシスタント・フェロー、日本経済研究センター研究員を経て、2008年9月ニッセイ基礎研究所へ、2023年7月から現職

    ・2011年~ 日本女子大学非常勤講師
    ・2015年~ 日本女子大学現代女性キャリア研究所特任研究員
    ・2021年~ 横浜市立大学非常勤講師
    ・2021年~ 専修大学非常勤講師
    ・2021年~ 日本大学非常勤講師
    ・2022年~ 亜細亜大学都市創造学部特任准教授
    ・2022年~ 慶應義塾大学非常勤講師
    ・2024年~ 関東学院大学非常勤講師

    ・2019年  労働政策研究会議準備委員会準備委員
           東アジア経済経営学会理事
    ・2021年  第36回韓日経済経営国際学術大会準備委員会準備委員

    【加入団体等】
    ・日本経済学会
    ・日本労務学会
    ・社会政策学会
    ・日本労使関係研究協会
    ・東アジア経済経営学会
    ・現代韓国朝鮮学会
    ・韓国人事管理学会
    ・博士(慶應義塾大学、商学)

公式SNSアカウント

新着レポートを随時お届け!
日々の情報収集にぜひご活用ください。

週間アクセスランキング

レポート紹介

【韓国の出生率0.78で、7年連続過去最低を更新-少子化の主な原因と今後の対策について-】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

韓国の出生率0.78で、7年連続過去最低を更新-少子化の主な原因と今後の対策について-のレポート Topへ