2023年03月01日

CO2排出とライフスタイル-環境に関する行動をとるかどうかは、他人の眼に左右される

保険研究部 主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員 篠原 拓也

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1――はじめに

気候変動問題を巡る動きが、世界中で活発化している。ハリケーン、台風、豪雨などによる自然災害の激甚化、海面水位の上昇、深刻な干ばつや大規模森林火災の発生などを背景に、各国で、温室効果ガスの排出削減に向けた、様々な取り組みが進められている。政府、産業分野のみならず、消費者の分野でも、ライフスタイルを見直すことにより、排出量の削減を模索する動きが見られている。

本稿では、長寿命の温室効果ガス1の主体である二酸化炭素(CO2)の排出に、ライフスタイルがどのような影響を及ぼしているか、見ていくこととしたい。主に、気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の第3ワーキンググループ(WG3)が、昨年公表した第6次評価報告書2の内容を参照していく。
 
1 最も強力な温室効果を持つのは水蒸気であるが、その大気中での滞留時間は2週間ほどであるため、検討から除外する。
2 “Climate Change 2022 - Mitigation of Climate Change” (IPCC WG3, 2022)

2――国別のCO2排出量

2――国別のCO2排出量

まず、世界各国のCO2排出状況をおさえておく。国全体の排出量は大国ほど多いという結果になるため、併せて、1人当たり排出量についても見ていく。

1日本はCO2排出量では5位
最初に、国別のCO2排出量を見ていこう。グローバル・カーボン・プロジェクト(GCP)3が昨年11月に公表した資料4をもとに、2021年の排出量を多いほうから見ていくと、1位中国、2位アメリカ、3位インド、4位ロシア、5位日本となっている。中国とアメリカの2ヵ国で世界全体の4割以上を占めている。排出量の上位には、日本、ドイツ、韓国のように、人口ではトップ10圏外だが、GDPでトップ10に入る経済大国も含まれている。

これら上位10ヵ国の排出量の推移をまとめると、次の図のとおりとなる。ドイツは徐々に減少、日本も近年はやや減少しているが、多くの国は増加もしくは高止まりの傾向にある。
図表1-1. 年間CO2排出量の推移 (1960-2021年)/図表1-2. 年間CO2排出量 (2021年)
 
3 グローバルな炭素循環について、自然によるものと人間の活動によるものとを総合的に研究し、持続可能な地球環境のための政策立案と意思決定をサポートする国際共同研究プロジェクト。世界の温室効果ガス排出量とその原因を定量化することを目的としている。2001年に設立された。
4 資料は“Global Carbon Budget 2022”(GCP)で、第17版となる。資料は毎年作成、公表されており、第17版には日本を含む世界の80の研究機関や大学から106名の研究者が参加している。
21人当たり排出量の上位には、産油国が並んでいる
次に、1人当たりCO2排出量を見ていこう。アワー・ワールド・イン・データ5をもとに、2021年の1人当たり排出量を多いほうから見ていくと、1位カタール、2位バーレーン、3位クウェート、4位トリニダード・トバコ、5位ブルネイとなっている。上位には、産油国が並んでいる。国全体の排出量でトップ10に入っている国を見ると、サウジアラビア、アメリカ、ロシア、韓国の順位が高い。日本は、国・地域別に見ると31位。日本の1人当たりCO2排出量は世界平均の1.8倍となっている。
図表2. 1人当たり年間CO2排出量 (2021年)
 
5 イギリスのオックスフォード大学の研究者らが運営するデータベース。貧困、疾病、気候変動、戦争などの世界的な問題に関する科学データをオンラインで公表している。

3――排出源の比較

3――排出源の比較

排出量は、国によって大きく異なることがわかった。その原因として、排出源の構成が国によって異なることが考えられる。そこで、中国、アメリカ、日本の排出源を比較して見てみよう。6
 
6 なお、本来は、排出源の項目を揃えたうえで比較することが望ましいが、完全に一致させることは難しい。本稿では、完全な一致は追求せずに、各国ごとに排出源についてまとめたレポートの内容を参照して比べることとしている。
1中国 : 住宅が排出量全体の3分の1
中国は、住居7が排出量全体の3分の1を占めており、食料、交通・通信がこれに続いている。この3つで全体の7割以上を占めている。特に、近年、住居の排出量が増加している。同国が抱える14億人以上の人口の住まいの整備が、大きな排出につながっているといえる。
図表3. 中国の製品のCO2排出占率
 
7 住宅建設と居住における排出を指す。
2アメリカ : 輸送が排出量全体の3割以上
アメリカは、輸送が排出量全体の3割以上を占めており、住居、食料がこれに続いている。この3つで全体の75%を占めている。同国は、都市間の自動車や飛行機での移動や運送が盛んで、そのことによる排出が大きい様子がうかがえる。
図表4. アメリカのCO2排出占率
3日本 : 住居が排出量全体の3割以上
日本は、住居が排出量全体の3割以上を占めており、移動、食料がこれに続いている。この3つで全体の7割程度を占めている。住居が最大の排出項目となっている点は中国と似ている一方、移動のウェイトが大きい点はアメリカと類似している。米中の特徴を併せ持った排出構造といえるだろう。
図表5. 日本のCO2排出占率
この3つの国を見てもわかる通り、排出構造は国によって異なる。排出量には、国全体の排出構造が強く影響していることが考えられよう。

4――ライフスタイルが排出量に与える影響

4――ライフスタイルが排出量に与える影響

本章では、性別、年齢や居住地域をはじめ個人のライフスタイル要素が排出量にどのような影響を与えるのか、について、主に第6次評価報告書をもとに見ていこう8
 
8 本章では、特に注記がない文章は、第6次評価報告書を参照して記述している。
1性別 : 男性は女性よりも年間排出量が多い
一般に、男性は女性よりも体格が大きく、多くの食物を摂取する。特に、肉類の摂取量では顕著に男性のほうが多い。通常、食肉用の牛や豚の生産には、飼料を含めてCO2の排出量が多い工程が含まれる。肉類の摂取は、食物関連の排出量の増加につながる。また、男性は女性よりも自家用自動車を保有することが多い9。自動車での移動に伴うCO2排出量も多くなる傾向がある。
 
9 “The Scale, Structure and Influencing Factors of Total Carbon Emissions from Households in 30 Provinces of China—Based on the Extended STIRPAT Model" Y.Wang, G.Yang, Y. Dong, Y. Chen and P.Shang (Energies,11(5), 1125, doi:10.3390/en11051125., 2018) より。
2年齢 ・ コホート : 高齢化には排出量の増加と減少の両面がある
年齢とコホートの違いがCO2排出量にどのような影響をもたらすかについては、様々な議論がある。排出につながる消費や投資の行動は、世代やコホートによって異なる。例えば、ベビーブーマー世代は前後の世代よりも排出量が多いとの調査結果がある10

また、ミレニアル世代の自動車の運転免許保有者は、それより高齢の世代と比べて少ない11。コホートや世代の交代により、自動車の運転が減れば、排出量が削減される可能性がある。国によっては、自動車やバイクは買わずにシェアリングして利用するといったシェアリングエコノミーが進んでいる。ただ、こうした動きが脱炭素化にどれだけ寄与するのかは不明とされている。

一方で、子どもや若者は教育関連の排出量が多いとの分析もある12。また、高齢者は冷暖房に関する排出量が多い傾向があるとの調査結果もある13

人口の高齢化が排出量に及ぼす影響については、様々な意見がある。高齢化により、経済の成長が鈍化して、その結果、排出量が減少するという見解がある14。その一方で、高齢者の1人暮らしが増えて、家庭でのエネルギー消費が増大し、排出量の増加につながるとの見方もある15
 
10 “Are younger generations higher carbon emitters than their elders?”L. Chancel. (Ecol. Econ., 100, 195–207, doi:10.1016/j.ecolecon.2014.02.009., 2014) より。
11 “Men Shape a Downward Trend in Car Use among Young Adults – Evidence from Six Industrialized Countries”T. Kuhnimhof, J. Armoogum, R. Buehler, J. Dargay, J. M. Denstadli and T. Yamamoto (Transp. Rev.,32(6), 761–779, doi:10.1080/01441647.2012.736426., 2012) より。
12 “Applying quantile regression and Shapley decomposition to analyzing the determinants of household embedded carbon emissions: evidence from urban China” L. Han, X. Xu, L. Han(J. Clean. Prod., 103, 219–230, doi:10.1016/ j.jclepro.2014.08.078., 2015) より。
13 “Determinants of residential space heating expenditures in Great Britain.”H. Meier, K. Rehdanz(Energy Econ., 32(5), 949–959, doi:10.1016/ j.eneco.2009.11.008., 2010) より。
14 “Age-structure, urbanization, and climate change in developed countries: Revisiting STIRPAT for disaggregated population and consumption-related environmental impacts.”B. Liddle, S. Lung (Popul. Environ., 31(5),317–343, doi:10.1007/s11111-010-0101-5., 2010) より。
15 “Future scenarios for energy consumption and carbon emissions due to demographic transitions in Chinese households.”B. Yu, Y.M. Wei, K. Gomi, Y. Matsuoka (Nat. Energy, 3(2), 109–118, doi:10.1038/s41560-017-0053-4.2018) より。
3所得 : 所得が多いほど排出が大きい-上位10%の世帯が排出量の4割前後を占める
所得の多寡は、個人の消費パターンの違いにつながる。一般に、所得が多いほど排出量が多くなる。排出量への影響という点で、所得は最重要の要因の1つとされている。特に、途上国では、高所得者と低所得者の排出量の違いが大きい。

一般に、高所得世帯は、レクリエーション、旅行、外食など、交通や娯楽に関連する排出量が多い。一方、低所得世帯は、暖房や調理用の燃料や、生活必需品に関するものなどの割合が高い傾向があるとされている16
 
16 “Determinants of variation in household CO2 emissions between and within countries.”A.C. Kerkhof, R.M.J. Benders, H.C.Moll (Energy Policy,37(4), 1509–1517, doi:10.1016/j.enpol.2008.12.013., 2009) より。
4居住地域 : 都市部はエネルギー排出が多く、農村部は食料や輸送の排出が多い
居住地域もCO2の排出に影響を与える。ただし、その影響の仕方は様々な形となる。一般に、エネルギー関係の排出は都市部のほうが農村部よりも多い17。エネルギーの構造は異なっており、農村部では、バイオエネルギー(バイオマス、バイオガス)、太陽光、風力、地熱などの再生可能エネルギーが投入しやすいとされる。

一方、エネルギー以外の消費では、都市部の世帯は農村部の世帯よりも教育や娯楽などのサービス関連の排出量が多い。農村部の世帯は食料の消費や輸送に関連する排出量が多い傾向がある18。これらは、社会インフラの整備状況(公共交通機関の導入等)にも影響を受けるものと言える。
 
17 “China’s carbon emissions from urban and rural households during 1992-2007”L.-C. Liu, G. Wu, J.-N. Wang, Y.-M. Wei (J. Clean. Prod., 19(15),1754–1762, doi:10.1016/j.jclepro.2011.06.011., 2011) より。
18 “Who emits most? Associations between socio-economic factors and UK households’ home energy, transport, indirect and total CO2 emissions.”M. Büchs, S.V. Schnepf(Ecol. Econ., 90, 114–123, doi: 10.1016 /j .ecolecon.2013.03.007., 2013) より。
5活動 : 排出量が小さいのは睡眠と休息
人々が活動すればするほど、CO2排出量は増える。例えば、アメリカの研究によると、排出量と労働時間には強い正の関係があることが示されているという19。一方、別の研究では、非労働時間が炭素集約型の余暇活動に費やされる場合、労働時間が短くても環境負荷の増大(すなわち排出量の増加)につながるとされている20

睡眠と休息、掃除、家での仲間との交流などの家庭での活動は、他の活動と比べて排出量が低い傾向にあるという。例えば、コロナ禍の間、外出の禁止や制限が課されていた時期は、CO2の排出量は抑えられていたと見られる。ただ、「CO2の排出を削減するために、家にこもって、睡眠や休息をとる」という発想は、人間の活動そのものの否定と見ることもできるため、とりづらいかもしれない。
 
19 “Working Hours and Carbon Dioxide Emissions in the United States, 2007-2013”J.B. Fitzgerald, J.B. Schor, A.K. Jorgenson (Soc. Forces, 96(4), 1851–1874, doi:10.1093/sf/soy014, 2018) より。
20 “When reduced working time harms the environment: A panel threshold analysis for EU-15, 1970–2010”Q. Shao, S. Shen (J. Clean.Prod., 147, 319–329, doi:10.1016/j.jclepro.2017.01.115. 2017) より。
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保険研究部   主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員

篠原 拓也 (しのはら たくや)

研究・専門分野
保険商品・計理、共済計理人・コンサルティング業務

経歴
  • 【職歴】
     1992年 日本生命保険相互会社入社
     2014年 ニッセイ基礎研究所へ

    【加入団体等】
     ・日本アクチュアリー会 正会員

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