2023年02月21日

成約事例で見る東京都心部のオフィス市場動向(2022年下期)-「オフィス拡張移転DI」の動向

金融研究部 主任研究員 佐久間 誠

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3|「新宿・四谷」、「西新宿」は拡張移転意欲が高まる一方、「丸の内・大手町」は低下
次に、2022年下期のオフィス拡張移転DIをエリア別に確認する6。東京都心部16エリアにおいて、拡張移転の多かった上位5エリアは、第1位が「新宿・四谷(オフィス拡張移転DI 81%)」となり、続いて「西新宿(同79%)」、「代々木・初台(同75%)」、「内神田・外神田(同73%)」、「麹町・飯田橋(同72%)」の順となった(図表8)。

これに対して、縮小移転の多かった下位5エリアは、オフィス拡張移転DIが低い順に、「五反田・大崎・東品川(オフィス拡張移転DI50%)」、「丸の内・大手町(同54%)」、「浜松町・高輪・芝浦(同54%)」、「赤坂・青山・六本木(同58%)」、「新橋・虎ノ門(同61%)」となった(図表9)。

前期に続いて、オフィス拡張移転DIは全てのエリアにおいて基準となる50%を上回った。
図表8:オフィス拡張移転DIの上位5エリア(東京都心部)
図表9:オフィス拡張移転DIの下位5エリア(東京都心部)
このうち、大規模ビルが集積する「丸の内・大手町」のオフィス拡張移転DIは、2022年下期に大幅に低下した。同エリアの内訳(拡張・同規模・縮小の比率、2022年上期→下期)の推移を見ると、「拡張53%→29%」、「同規模41%→50%」、「縮小6%→21%」となった(図表10)。同規模移転が半数を占めるなか、拡張移転と縮小移転が拮抗している。コロナ禍を受けてワークプレイス再構築の検討を進めてきた大企業を中心に、オフィス縮小や集約統合が顕在化するなか、大規模ビルが集積する同エリアの順位が低下した。
図表10:オフィス移転件数における拡張・同規模・縮小の比率(丸の内・大手町)
企業規模とオフィス拡張意欲の関係性を確認すると、平均従業員数とオフィス拡張移転DIは、2019年~2021年(▲0.2~0.0)は無相関、あるいは弱い逆相関だったが、2022年は▲0.5の逆相関となった(図表11)7。経済活動が徐々に正常化に向かうなか、中小企業は拡張意欲を強めた一方、大企業は集約統合やオフィス床削減など縮小移転の姿勢を継続した可能性が考えられる。
図表11:平均従業者数とオフィス拡張移転DIの相関の推移(東京都心部16エリア)
一方、今回は「新宿・四谷」と「西新宿」が上位にランクインした。同エリアでは、拡張意欲が弱い「製造業」や「卸売業・小売業」の比率が低い傾向にあり、拡張意欲の高い「その他サービス業」の比率が高い。また、「新宿・四谷」については中小企業が多いことも、オフィス拡張移転DIの上昇につながったと考えられる。
 
6 東京都心部の各16エリアの概要については、末尾の【参考資料2】「本稿の東京都心部16エリアと三幸エステート「オフィスレントデータ2023」記載エリアの対応表」を参照。
7 平均従業者数は、経済センサスのデータをもとにエリア毎の従業者数を事業所数で割った値である。
4 ビルクラス別拡張移転DIでは、Aクラスビルが低下する一方、Bクラスビルが上昇
オフィス拡張移転DIをビルクラス別8に確認すると、2021年上期まではAクラスビルの低下が目立った。しかし、2021年下期にAクラスビルが60%台を回復し、2022年上期にはBクラスビルとCクラスビルも底打ちし上昇に転じた。2022年下期は、Bクラスビルは上昇が加速した一方、Aクラスビルは低下し、Cクラスビルは概ね横ばいとなった(図表12)。

2019年下期のAクラスビルのオフィス拡張移転DIは86%と、ほとんどが拡張移転であった。当時、IT企業を中心に企業の拡張意欲が強く、人材確保や働き方改革を目的としたオフィス移転も多く見られるなか、立地やスペックに勝るAクラスビルがこれら需要の受け皿となった。

コロナ禍以降、Aクラスビルのオフィス拡張移転DIは、2020年下期に25%と大幅に低下し、2021年上期も39%と低迷した。先行き不透明感が強いなか、Aクラスビルへの拡張移転を決定する企業は少なく、グループ会社の集約など縮小移転が増加した。

2021年下期は拡張移転が増加し、そのニーズを吸収したAクラスビルのオフィス拡張移転DIは64%に上昇した。しかし、2022年上期は61%と頭打ちとなり、下期は56%に低下した。2022年に入り、世界的なインフレや欧米中銀の金融引き締め、景気悪化懸念の高まりなど、外部環境の悪化が逆風となり、賃料負担力の高い大手企業や外資系企業のオフィス拡張意欲が低下している。
図表12:ビルクラス別のオフィス拡張移転DIの推移(東京都心部)
 
8 各クラスは、三幸エステートの定義を用いる。三幸エステートでは、エリア(都心5区主要オフィス地区とその他オフィス集積地域)から延床面積(1万坪以上)、基準階床面積(300坪以上)、築年数(15年以内)および設備などのガイドラインを満たすビルからAクラスビルを選定している。また、基準階床面積が200坪以上でAクラスビル以外のビルなどからガイドラインに従いBクラスビルを、同100坪以上200坪未満のビルからCクラスビルを設定している(詳細は三幸エステート「オフィスレントデータ2023 資料編 東京都心部 A・B・Cクラスビル ガイドライン」を参照)。

3――おわりに

3――おわりに

本稿では、オフィス拡張移転DIを業種別・エリア別・ビルクラス別に分析し、2022年下期のオフィス移転動向を確認した。そのなかで、

(1)オフィス拡張移転DIは、2021年第4四半期から上昇に転じ、2022年下期も改善基調を維持したが、依然としてコロナ禍前の水準に及ばず、第4四半期は改善ペースが鈍化したこと

(2)業種別では、「学術研究・専門/技術サービス業」や「その他サービス業」などがコロナ禍前の水準を回復する一方、「製造業」や「卸売業・小売業」などは回復の動きが鈍く、業種間で濃淡がみられること

(3)「情報通信業」は事業拡大ペースに見合ったオフィス需要が顕在化せず、テレワークの積極的な活用などによりオフィス床面積の拡大を抑制している可能性があること

(4)エリア別では、「新宿・四谷」や「西新宿」の順位が上昇した一方、大規模ビルが集積する「丸の内・大手町」の順位が低下したこと

(5)中小企業がオフィス拡張意欲を強めた一方、大企業は集約統合やオフィス床削減など縮小移転の姿勢を継続した可能性があること

を確認した。

2022年は企業のオフィス拡張意欲の改善が続き、空室率の上昇にも一服感がみられたが、コロナ禍前と比較して、オフィス需要は力強さを欠いている。2023年はオフィスビルの大量供給が予定されるなか、Aクラスビルでは賃料負担力の高い大手企業や外資系企業を中心にオフィス拡張意欲がやや低下している点も危惧される。世界的な金融引き締めやインフレ、景気後退懸念など、オフィス市場の先行き不透明感は依然として強い。オフィス市場における変化を捉えるには、引き続き、データを丹念に確認していくことが求められる。

参考資料

【参考資料1】 オフィス拡張移転DIについて

オフィス拡張移転DI9は、オフィス移転後の賃貸面積が移転前と比較して(1)拡張、(2)同規模、(3)縮小、した件数を集計し、次式により計算している。
 
オフィス拡張移転DI
 =1.0×拡張移転件数構成比+0.5×同規模移転件数構成比+0.0×縮小移転件数構成比
 
オフィス拡張移転DIは0%から100%の間で変動し、基準となる50%を上回ると企業の拡張意欲が強いことを表し、50%を下回ると縮小意欲が強いことを表す。例えば、図表13のように、オフィス移転が合計500件あり、そのうち拡張移転が150件、同規模移転が300件、縮小移転が50件の場合、オフィス拡張移転DIは60%となり、企業の拡張意欲が強いことを表す。
図表13:「オフィス拡張移転DI」の例
 
9 DIはDiffusion Index(ディフュージョン・インデックス)の略、変化の方向性を示す指標のことである。DIの代表例としては、経済分野では日本銀行の 全国企業短期経済観測調査(日銀短観)や内閣府の景気動向指数、また不動産分野では土地総合研究所が公表する不動産業業況等調査(不動産業業況指数)がある。

【参考資料2】 本稿の東京都心部16エリアと三幸エステート「オフィスレントデータ2023」記載エリアの対応表

本稿では、東京都心部の16エリアについて分析を行った。同16エリアは、三幸エステート「オフィスレントデータ2023」における東京都心部の29エリアを、図表14の通り、一部集約したものである。
図表 14:本稿における東京都心部16エリアと三幸エステート「オフィスレントデータ2023」の東京都心部29エリアの対応
 
 

(ご注意)本誌記載のデータは各種の情報源から入手・加工したものであり、その正確性と安全性を保証するものではありません。また、本誌は情報提供が目的であり、記載の意見や予測は、いかなる契約の締結や解約を勧誘するものでもありません。
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金融研究部   主任研究員

佐久間 誠 (さくま まこと)

研究・専門分野
不動産市場、金融市場、不動産テック

経歴
  • 【職歴】  2006年4月 住友信託銀行(現 三井住友信託銀行)  2013年10月 国際石油開発帝石(現 INPEX)  2015年9月 ニッセイ基礎研究所  2019年1月 ラサール不動産投資顧問  2020年5月 ニッセイ基礎研究所  2022年7月より現職 【加入団体等】  ・一般社団法人不動産証券化協会認定マスター  ・日本証券アナリスト協会検定会員

(2023年02月21日「不動産投資レポート」)

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