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経済安保と成長戦略-分断の世界で日本はどう成長するか
                                                総合政策研究部 専務理事 エグゼクティブ・フェロー・経済研究部 兼任 矢嶋 康次
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1――はじめに
経済安全保障(以下、経済安保)や、国家安全保障に絡む対応が米国で進む中、日本でも「本格的に体制を整えるべき」とする意見が高まっている。
日本における経済安保、その最大の焦点が“中国”だということは間違いない。日本は地理的にも近い中国と経済的な結び付きが深く、米国のように強硬な対応を迫られると、企業のマイナス影響が強く出てしまう。本来、企業としては避けたい事態と言える。しかし、ロシアのウクライナ侵略が始まって以降、経済安保が必要だという認識は、企業の間でも急速に広がっている。
本稿では、経済安保に関する課題や問題意識、新冷戦構造の特徴、さらには民間企業にとっての経済安保の位置づけまで整理し、制約要因であるはずの経済安保を、如何に成長につなげていけるかについて考えを述べたい。
2――グローバル化の恩恵を受けた日本、取り残される恐れ
反グローバル化の流れが強まる中、マクロな経済成長は世界的に鈍化し、粘着的な物価上昇が続いている。マルチ・ステークホルダー主義や脱炭素化といったコスト増要因は山積し、企業のコスト削減努力は追い付いていかない。コストカットで生産性を高めてきた企業は、付加価値の創出という競争で、勝利することができるのかといった心配がある。
                                                        国内総生産(GDP)を四半期ベースでみると、日本は2019年に消費税引き上げもあり、新型コロナウイルスの感染拡大前は、米国など海外主要国より低い水準から始まっている[図表1]。しかし、感染拡大を経た後も、その差は開くばかりといえる状況だ。今年2023年は、米国を中心にグローバルリセッションが起きると多くの人が思っている[図表2]。ただ、これまで米国は、リセッションが起きても、その後の回復期には、前の景気拡大期を超える株のパフォーマンスをみせて来た。10年といったタームで考えれば、安くなった米国の株やビジネスは、投資する絶好のチャンスと言えるだろう。世界の「分断」が進み、経済安保の重要性が高まれば、エネルギーなどの自給率が高く、金融の中心でもある米国は注目され、自律回復が達成される可能性は高いだろう。一方、エネルギー自給率が低く、安保環境でも厳しい環境に置かれる日本は、自律回復メカニズムが働くと期待できるのか、危機感を持っている。
3――新冷戦構造、一時的ではなさそうな特徴
「分断」が一時的ではないといえる大きな理由は“断層”の問題だ。国家間の断層について、ロシアや中国などが独裁国家の色彩を強めているとの印象は数年前からあったが、ここに来て国民感情のレベルまで違和感が広がっている。最近の調査では、多くの国でロシアや中国にネガティブな感情を持っているという結果もある。これが、各国の政治に影響している。今後、民間レベルでは関係修復の動きも出ると思われるが、国家間の断層、新冷戦の構造は、今後10年といった時間軸では、元に戻ることはないと考えられる。この「不可逆性」が、新冷戦の1つの特徴だ。
2つ目の特徴は、「灰色」が圧倒的に多いという点だ。世界各国の政治形態を見ると、権威主義国家と民主主義国家の数が、ほぼ拮抗していることが以前から言われてきた。今回のウクライナ侵略で米国がロシアに課した輸出規制に参加した国は、22年5月時点で37ヵ国しかなかった。条件などをみながら立場を曖昧にする国や、ロシアは許せないものの米国にも良い感情を持っていない国が多いことが明らかとなった。こうした状況の中で、日本は今後どのような役割を果たしていくのか。アジアで唯一G7(主要7カ国)に参加する日本は、対露政策はG7と歩調を合わせているが、その行動は世界から注目されている。また、日本企業の行動も重要になって来る。今回のロシアのように明確に“黒”と言える国については、株主目線からも撤退が選択になりそうだが、見方によっては黒にも白にも見える「灰色」の国については、今後どのように関わっていくのか考える必要がある。
そして3つ目の特徴が、日本が抱える地政学上の厳しさだ。現在のウクライナを見ても、核を保有するロシアや中国、北朝鮮と非常に近い位置にある日本は、経済だけでなく安全保障面でも、欧州以上に厳しい状況が生じ得るということを、日本の政府も企業も十分踏まえておく必要がある。
4――中国ビジネスのリスク、具体的な認識が広がる
安全保障の一部を米国に依存する日本は、米国の政策に受動的にならざるを得ない面がある。その米国は、中国に対する半導体の輸出規制を強化し、日本にも半導体技術の先端化につながる製造装置などの輸出を制限するよう協力要請が来ている。昔の発想であれば、このような要請を第3国が受けることは有り得なかった。しかし、安保環境が厳しさを増す中では、米国による核の傘に守られる日本は、米国の序列にある程度対応せざるを得ない。
                                                        昨年2022年7月に帝国データバンクが実施した「経済安全保障に対する企業の意識調査」によると、経済安全保障推進法に謳われている4点の重点事項について、対応すると回答した企業の割合は、それぞれ基幹インフラの安全性・信頼性の確保(20.9%)、サプライチェーンの強靭化(18.0%)、官民技術協力(4.9%)、特許出願の非公開化(1.5%)であった[図表3]。しかし、それより多くの企業が「分からない」「関係はないと思う」と回答している。一方、日本経済新聞社が実施した「100人アンケート」では、2022年7月時点で「中国ビジネスのリスクが高まっている」という回答は55.7%であったが、11月時点の「主要製造業100社への調査」では、中国からの調達リスクが高まったとの回答が80%近くになり、中国リスクの高まりを読み取ることができる。また同調査では、中国からの調達比率を下げる理由に“台湾有事”がトップに置かれている。これまで台湾有事という言葉は、企業にとって生々し過ぎると思われていたが、株主総会の質問事項としても、今後想定されるようになっていくだろう。日本企業は、この数ヵ月ほどの間に、中国ビジネスのリスクを具体的に認識するようになったと言える。
ただ、日本にとって中国との経済関係は、切っても切れないものである。日本の貿易総額に占める中国の貿易額は、米国を上回って最大となっている。多くの日本企業にとって、原材料調達、製造、販売のすべてのレベルにおいて、中国なしには成り立たない構造が出来ている。中国リスクの高まりは事実としても、どう対応すれば良いのかといった悩みが大きくなっている。
(2023年01月25日「基礎研レポート」)
                                        03-3512-1837
- ・ 1992年 :日本生命保険相互会社
・ 1995年 :ニッセイ基礎研究所へ
・ 2025年から現職
・ 早稲田大学・政治経済学部(2004年度~2006年度・2008年度)、上智大学・経済学部(2006年度~2014年度)非常勤講師を兼務
・ 2015年 参議院予算委員会調査室 客員調査員
 
矢嶋 康次のレポート
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