2023年01月24日

気候変動-確信度・可能性表現の読み取り方-IPCC報告書で、「可能性が高い」とは何パーセントを指すのか?

保険研究部 主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員 篠原 拓也

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1――はじめに

気候変動問題を巡る動きが世界中で活発になっている。気候変動に関する政府間パネル(IPCC)は、2021年より、第6次評価報告書を公表している。2022年までに、3つのワーキング・グループ(WG)がそれぞれ評価報告書を公表している。今後、統合報告書が公表される予定となっている。

気候変動問題は、数十年から数百年といった超長期の時間軸を扱うものが多い。変動要素としては、物理・化学的なものだけではなく、地球温暖化防止に向けて、どのような新技術の開発がなされるか、人々がどのように取り組むか、といった人為的なものも含まれる。このため、一般的に、調査結果に基づく判断や予測の内容に変動が伴うこととなる。そこで、IPCCの報告書では、その確信度や可能性を表す文言が表示されている。

本稿では、そうした文言について確認し、報告書の読み取り方を深めていくこととしたい。

2――ガイダンス・ノートの内容

2――ガイダンス・ノートの内容

IPCC報告書の確信度や可能性の表現は、「主執筆者向けのガイダンス・ノート」(以下、単に「ガイダンス・ノート」と呼称)に基づいている。その内容を見ていこう。
1IPCC報告書には、数千人もの科学者が携わっている
IPCC報告書は、主として、3つのWGによる評価報告書と統合報告書からなる。各WGの評価報告書には、世界各国の数千人もの科学者が執筆や査読に携わっている1。執筆や査読は、各科学者の学識や知見に基づいて行われる。仮に、複数の科学者が同じ表現文言を用いたとしても、科学者ごとに意味する内容が異なっている可能性があり、報告書の理解に支障をきたす恐れがある。

そこで、気候変動問題が持つ不確実性を表現する一貫した取り扱いについて、あらかじめ取り決めておく必要がある。その内容が、ガイダンス・ノートにまとめられ、公表されている。
図表1. 第6次評価報告書のボリュームと執筆・査読者数等
 
1 各国専門家および各国政府からの推薦を受けてIPCCビューロー会合で選出された執筆統括者、主執筆者、査読編集者が中心となって作業を進める。主執筆者は受け持ち部分について、執筆協力者の手助けを求めることができる。また、専門家査読者が報告書ドラフトを査読し、コメントを提出できる。執筆協力者と専門家査読者はIPCCビューロー会合での選出手続きは行われない。専門家査読者は、IPCC事務局にて適格と判断する専門家に対して、査読依頼が行われる形で決まる。
2確信度は定性的、可能性は定量的な表現として用いられる
IPCCでは、第5次評価報告書(2013-14年に順次公表)の作成にあたり、2010年にガイダンス・ノートを作成・公表している。その内容は、第6次評価報告書にも用いられている。

ガイダンス・ノートでは、主要な調査結果の確実性の程度を伝えるために、確信度と可能性の2つの指標に依存するとされている。
図表2. IPCC報告書での確信度と可能性
これらの表現を用いるにあたっては、次のプロセスを経ることが求められる。
図表3. 表現を用いるためのプロセス
まず、証拠と執筆者間の見解の一致度を評価する。これらが確信度の評価に足る場合は、確信度を評価。不十分な場合は、要約文言の呈示を行う。

確信度の評価を行い、不確実性の確率的な定量化に足る証拠がある場合は、可能性または確率を呈示。ない場合は、確信度の呈示を行う。
3確信度は5段階で表示される
確信度は、定性的に表現される。その表示は、「確信度が非常に低い(very low)」、「確信度が低い(low)」、「中程度の確信度(medium)」、「確信度が高い(high)」、「確信度が非常に高い(very high)」の5段階で表示される2。5段階の表示の決め手とされているのは、証拠と、見解の一致度とされている。

高い見解の一致度と、強固な証拠がある場合には、非常に高い。低い見解の一致度と限定的な証拠しかない場合は、非常に低い、という表現が用いられる。だが、見解の一致度の高低や、証拠の強弱については、評価者の主観に委ねられており、表現が完全に機械的に定まるわけではない。
図表4. 確信度の表示
 
2 確信度や可能性の表現は、斜字体で表記することとされている。本稿では、下線付きの文字で表記する。
4可能性の表現には、対応する確率範囲が定められている
可能性を表現する用語には、次表のように対応する確率の範囲が定められている。
図表5. 可能性の表示
可能性については、用語と確率との対応が定められている。ただし、確率を何パーセントと見るかは、評価者の主観に委ねられている。

また、ある確率に対して、どの用語を用いて表現すべきか、という問題も抱えている。たとえば確率が50数パーセントの場合、どちらも同程度の可能性と表現するか、どちらかと言えば可能性が高いと表現するかで、印象はだいぶ違ったものとなる。

3――ガイダンス・ノートで示されている留意点

3――ガイダンス・ノートで示されている留意点

ガイダンス・ノートでは、確信度や可能性の表現を用いる際に、いくつかの留意点が挙げられている。その中には、IPCC報告書にとどまらず、一般の文書にもあてはまるものがある。そういった留意点を見ていこう。
1執筆者グループが表現された見解に収れんし、その見解に自信過剰になる
不確実性が伴う事項の表現についてグループ内で議論を進めると見解が収れんしていく。その収れんが過度に進むと、少数派の個々の執筆者の見解が無視されてしまうことがある。場合によっては、重要な見解が失われ、狭い範囲の見解に過剰な自信を持ってしまうことも考えられる3

議論に入る前に、まず個々の執筆者の見解を書き留めておき、そのような事態を防ぐべきことが、ガイダンス・ノートで示されている。
 
3 「集団思考」と呼ばれる状態。集団が過剰に強固な結束を持つと、メンバーに、画一性を保つよう圧力をかけたり、集団内の閉鎖的な思考を強いたり、集団自体を過大評価する妄想を起こさせたりする。このため、結束がマイナスに作用して、メンバーが個々に行う場合よりも、不合理な意思決定を行ってしまう。(詳しくは、「集団思考より群知能を-全会一致はすばらしいことか?」篠原拓也(研究員の眼, ニッセイ基礎研究所, 2015年8月10日)をご参照いただきたい。
2文章のフレーム設定しだいで解釈が変わってくる
同じ内容でも、表現方法によって、読み手が違った解釈をしてしまいかねない。たとえば、「死亡率10%」と表現すると、「生存率90%」と記述するよりも、死亡リスクが高いように解釈されがちである。

数値を含む表現を行う際には、相補的な表現について検討を行うべきといえる。
3不確実性に関する修飾語を用いずに事実の陳述にとどめるべきケースもある
前章で見たように、確信度と可能性の表現では、「非常に」とか「極めて」といった修飾語が用いられる場合がある。しかし、そうした修飾語を用いるべきか否かの判断のもととなる証拠等の評価は、多分に執筆者の主観に委ねられている。

こうした修飾語を用いて解釈が固定化されるよりも、証拠等の事実の陳述にとどめたほうがよい場合もある。
4構造的な不確実性は過小評価されやすい
不確実性の発生する原因にはさまざまなものがあり得る。そのうち、システムやプロセスの理解が不完全であるといった構造的な不確実性について、専門家は過小評価しやすいという。

不確実性の原因となる要素について、データの範囲、分布、過去の推移、不確実性への影響割合等について、検討することが適切な評価につながる。

4――確信度・可能性の表現に関する調査の結果

4――確信度・可能性の表現に関する調査の結果

IPCC報告書に対する関心は、世界中で高まっている。海外では、報告書で用いられている確信度・可能性の表現について調査が行われている。本章では、その調査結果を見ていこう。

2022年7月に、“Climate Change”誌 (Springer)に、「IPCC報告書内の確信度水準と可能性の用語 : 異なる科学分野の専門家の調査」と題するレポートが公表された4。これは、IPCCの第6次評価報告書に貢献している専門家に対する調査だ。調査結果での3つの主な気付きについて、見ていこう。
 
4 “Confidence levels and likelihood terms in IPCC reports: a survey of experts from different scientific disciplines” A. Kause, W. Bruine de Bruin, J. Persson, H. Thorén, L. Olsson, A. Wallin, S. Dessai, N. Vareman(Climate Change(2022), 173: 2, published online: 4 July 2022)
1異なる分野の専門家が確信度に関するガイダンス・ノートの評価方法が異なる
物理科学のバックグラウンドを持つ専門家は、他の分野の専門家と比較して、ガイダンス・ノートに精通しており、その内容を、より頻繁に使用している。

一方、社会科学の関連では、人間の選択、行動、価値観、嗜好、知覚といった変数が重要な役割を果たしており、現在のガイダンス・ノートの評価方法では、その要素の重要性を表現することに苦慮しているという。
2確信度について、専門家は見解の一致度よりも証拠を重視している
ガイダンス・ノートでは、確信度の評価にあたり、証拠と見解の一致度を基にするよう示している。このうち、証拠については、種類、量、質、一貫性といった多面的な基準が示されているが、見解の一致度についてはどのように評価するか、あまり示されていない。このことにより、専門家が、見解の一致度よりも証拠を重視する傾向につながっている可能性がある。見解の一致度については、実際にどのように測るかといった点などについて、より多くの研究が必要とされる。
3可能性の表現は、確信度の影響を受ける
可能性の表現での確率の範囲は、定性的な表現であるはずの確信度の影響を受ける。たとえば、「可能性が高い」や「可能性が非常に低い」という表現については、レポートの文脈の中では、「確信度が高い」場合よりも「中程度の確信度」の場合のほうが、推測される可能性の範囲が広かったという。

5――おわりに (私見)

5――おわりに (私見)

本稿では、気候変動問題について、世界中の注目を集めるIPCC報告書の確信度や可能性の表現について見ていった。この報告書では、これらの表現の使用について、細かいルールをガイダンス・ノートにまとめており、執筆者や査読者の評価のバラツキを減らそうとしている。また、評価において陥りやすい課題について、留意点として列挙している。

しかし、ルール化には限界があり、執筆者等の主観が表現に織り込まれることは避けられないものとみられる。IPCC報告書は、世界中のさまざまな分野の科学者が数千人規模で携わっており、それらの主観が、確信度や可能性の表現に一定の影響を及ぼすことはやむを得ないと考えられる。

読み手の立場からは、そうした多くの科学者の評価に基づくものであることよく理解したうえで、報告書の表現を読み取っていく必要があるだろう。

引き続き、気候変動問題とその評価を示す報告書について、注意していくこととしたい。

(参考資料)
 
“Guidance Note for Lead Authors of the IPCC Fifth Assessment Report on Consistent Treatment of Uncertainties”(IPCC Cross-Working Group Meeting on Consistent Treatment of Uncertainties, 6-7 Jul. 2010)
 
“The IPCC AR5 Guidance Note on Consistent Treatment of Uncertainties: A Common Approach Across the Working Groups”(Climatic Change 108(4):675-691, Oct. 2011)
 
“Climate Change 2021 - The Physical Science Basis”(IPCC WG1, full report, 2021)
 
“Climate Change 2022 – Impacts, Adaptation and Vulnerability”(IPCC WG2, full report, 2021)
 
“Climate Change 2022 – Mitigation of Climate Change”(IPCC WG3, full report, 2022)
 
「IPCC 第 6 次評価報告書 第 1 作業部会報告書 気候変動 2021:自然科学的根拠 政策決定者向け要約(SPM)」(気象庁, 暫定訳(2022年5月12日版))
 
“Confidence levels and likelihood terms in IPCC reports: a survey of experts from different scientific disciplines” A. Kause, W. Bruine de Bruin, J. Persson, H. Thorén, L. Olsson, A. Wallin, S. Dessai, N. Vareman(Climate Change(2022), 173: 2, published online: 4 July 2022)
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保険研究部   主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員

篠原 拓也 (しのはら たくや)

研究・専門分野
保険商品・計理、共済計理人・コンサルティング業務

経歴
  • 【職歴】
     1992年 日本生命保険相互会社入社
     2014年 ニッセイ基礎研究所へ

    【加入団体等】
     ・日本アクチュアリー会 正会員

(2023年01月24日「基礎研レター」)

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