2023年01月18日

大学の不動産戦略(1)~保有施設とキャンパスの整備方針について~

金融研究部 主任研究員 吉田 資

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4. キャンパスの整備方針

続いて、本章では、大学のキャンパスの整備方針に関して、「(1)キャンパスの新設や移転、拡充、縮小等の方針」と「(2)サテライトキャンパス3設置の現状」を確認する。
 
3 大学の本部とは離れた別の場所に、設置されたキャンパス(研究科あるいは学部の授業を行うための教室、会議室等)
(1) キャンパスの新設や移転、拡充、縮小等の方針
本調査で「キャンパスの新設や移転、拡充、縮小等の方針」について質問したところ、「現時点では、キャンパス移転や拡充、縮小等を行う意向はない」(64%)が最も多く、次いで、「現所在地で、キャンパスを拡充したい」(25%)が多かった。一定程度の大学がキャンパスの拡張意向を持っていることが分かった。

学生が大学を選択する項目の一つに、通学の利便性が高く、アルバイトや就職活動等も容易な都心立地のキャンパスが考えられる。近年、こうした学生の志向を受け、志望者の増加等を意図して、郊外部から東京23区内へキャンパスを移転する大学が多くみられた(図表-10)。

こうしたなか、2018年に施行された「地方大学振興法4」では、東京23区の大学の定員増が、原則10年間(2028年まで)認められなくなった。ただし、(1)既存学部の統廃合により新学部を設置する場合、(2)留学生・社会人の定員増を行う場合、(3)他の学校法人が東京23区内で減らす定員を譲り受ける形で学部の新設や定員を増やす場合は、例外規定として認められる5

本調査において、「都心部にキャンパスを移転したい」(7%)、「都心部に新たなキャンパスをつくりたい」(5%)との回答が一定数みられた(図表-9)。一部の大学は、より多くの学生を確保するため、都心部にキャンパスを移したい意向があると推察される。

一方、「キャンパスを縮小・閉鎖したい」(1%)は、少数に留まった。生徒数の減少等を理由に、キャンパスの縮小・閉鎖を計画している大学は、現状では少ないと考えられる。
図表-9 キャンパスの新設や移転、拡充、縮小等の方針
図表-10 郊外部から東京23区へのキャンパス移転事例(2010年以降)
 
4 地域における大学の振興及び若者の雇用機会の創出による若者の修学及び就業の促進に関する法律
5 また、東京都や日本私立大学連盟等は、定員抑制を撤廃する要望を表明している。
東京都「東京23区の大学における定員抑制等に係る緊急要望」(2022年10月18日)
 一般社団法人日本私立大学連盟「東京23区における大学規制に関する要望」(2022年10月28日)
(2) サテライトキャンパス設置の現状
近年、業務の専門化・高度化や人材の流動化に伴い、社会人におけるリカレント教育への関心が高まっている。一方、大学入学年齢にあたる18歳人口の減少が見込まれるなか(図表-8)、大学における社会人学生の獲得ニーズは高い。こうした背景から、都心部等のサテライトキャンパスでは、社会人をターゲットとした講座が多く開講されている。また、大学は様々な地域貢献活動を実施する場としての役割が求められており、サテライトキャンパスにおいても、生涯教育講座等が開講されている。

本調査で「サテライトキャンパス設置の有無」について質問したところ、「既に設置している」が30%、「設置を検討している」が4%であった(図表-11)。
図表-11 サテライトキャンパス設置の有無
三井住友トラスト基礎研究所「大学におけるサテライトキャンパス、サテライトオフィス等に関するアンケート調査」(2011年8月調査)によれば、「既に設置している」が24%、「設置を検討している」が5%であった。社会人学生の獲得ニーズの高まり等を背景に、サテラインキャンパスを設置する大学は緩やかに増加しているようだ。

また、内閣府「東京圏の大学の地方サテライトキャンパス等に関する調査報告書」(2018年実施)によれば、地方自治体(市区町村)を対象に実施されたアンケートにおいて、「大学のキャンパス等誘致を行った」との回答は26%を占めた。また、「今後、新たに大学等のキャンパス等を誘致する目的」として、「人口減少、少子高齢化への対応」(65%)との回答が最も多く、次いで「新たな産業の振興と雇用の場の創出」(45%)、「地域との連携による地域活性化」(28%)が多かった(図表-12)。

今後、地方創生に対する取り組みが進展するなか、地方自治体によるサテライトキャンパス等の誘致が活発化する可能性があり、その動向を注視したい。
図表-12 今後、新たに大学等のキャンパス等を誘致する目的

5. 不動産に関連するSDGsに関する取り組み

5. 不動産に関連するSDGsに関する取り組み

2015年の国連サミットでSDGs(持続可能な開発目標)が採択されて以降、多くの企業や団体がSDGs達成に向けて取り組んでおり、大学でもSDGsの活動が広がりをみせている。

SDGsの枠組みに基づき、大学の社会貢献を評価した「THE University Impact Ranking6」(2022年度)では、日本は世界で2番目に多い84大学が参加し、北海道大学が国内で初めてトップ10にランクインした7

本調査で「不動産に関連するSDGsに関する取り組み」について質問したところ、「省エネ設備の設置(校舎等)」(65%)が最も多く、次いで「大学施設の市民への開放」(42%)が多かった(図表-13)。

政府が示した「SDGs実施指針」の優先課題の1つとして省エネルギーの推進が掲げられるなか、省エネ設備の設置に積極的に取り組んでいると推察される。
図表-13  不動産に関連するSDGsに関する取り組み
 
6 イギリスの高等教育専門誌「Times Higher Education(THE)」が2019年より発表。
7 日本経済新聞 「英誌の大学社会貢献度、北海道大が世界10位 国内首位」(2022 年4 月28 日)

6. おわりに

6. おわりに

本稿では、野村不動産ソリューションズ株式会社と共同で実施したアンケート調査の一部を紹介し、大学の保有施設とキャンパスの整備方針について概観した。

本調査では、約8割の大学で老朽化した校舎等への対応が課題となっていることが分かった。文部科学省の調査によれば8、「海外大学は,施設整備に対する取組事例を積極的に情報公開し、寄付等の外部資金を獲得している。国立大学法人は、これらを参考に、施設整備のための資金獲得に取り組むことが期待される。」と指摘している。大学は情報公開等を行い、外部資金の獲得を模索しながら、保有施設の整備を今後も継続的に行うものと推察される。

また、約4割の大学が、未利用・低利用となっている施設を所有していることも分かった。資産の有効活用の観点から、こうした施設の売却等が行われる可能性があり、大学が不動産市場の売り手として存在感が増す可能性がある。

近年、志望者の増加等を意図し、郊外部から東京23区内へキャンパスを移転する大学が多くみられた。今後、少子化が進行し、大学進学者の減少が見込まれるなか、一部の大学では、より多くの学生を確保するため、引き続き都心部にキャンパスを移したい意向があることもうかがえた。

また、社会人学生の獲得ニーズが高まるなか、サテラインキャンパスを設置する大学は緩やかに増加している。地方創生に対する取り組みが進展するなか、地方自治体によるサテライトキャンパス等の誘致が活発化する可能性があり、その動向を注視したい。
 
次回は、大学の不動産投資の現況を概観したうえで、不動産市場に与える影響等について考察する。
 
8 令和元年度 文部科学省委託調査「国内外の大学施設の実態把握及び今後の国立大学法人等の施設整備所要額の試算に関する調査研究報告書」
 
 

(ご注意)本誌記載のデータは各種の情報源から入手・加工したものであり、その正確性と安全性を保証するものではありません。また、本誌は情報提供が目的であり、記載の意見や予測は、いかなる契約の締結や解約を勧誘するものではありません。
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金融研究部   主任研究員

吉田 資 (よしだ たすく)

研究・専門分野
不動産市場、投資分析

経歴
  • 【職歴】
     2007年 住信基礎研究所(現 三井住友トラスト基礎研究所)
     2018年 ニッセイ基礎研究所

    【加入団体等】
     一般社団法人不動産証券化協会資格教育小委員会分科会委員(2020年度~)

(2023年01月18日「不動産投資レポート」)

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