2022年12月13日

企業のアルムナイネットワークは日本でも導入が進むのか-「去る者日々に疎し」から拡張された人的資本への再定義

総合政策研究部 主任研究員 小原 一隆

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1――はじめに

FIFAワールドカップ・カタール大会の陰に隠れてしまった感があるが、日本のプロ野球では、今オフに、広島東洋カープ(以下「広島」)の長野久義選手の読売ジャイアンツへの移籍が話題を呼んだ。4シーズン振りの古巣復帰である。プロ野球においては、出戻りはさほど珍しいことではなく1、他にも同様の事例がある。仮にアスリートとして肉体的にはピークを過ぎていたとしても、経験に裏打ちされた勝負強さや、その人徳がチームに与える好影響等、様々な要素で評価されてのことと言われる。

ところで、伝統的な日本企業の一般的な従業員においてはどうであろうか。多くがイメージするのは、未だに多くの企業の雇用慣行は基本的に新卒一括採用で、定年まで勤めあげることが主流であり、転職でその企業を離れた者は、「去る者は追わず」といった取扱いをされることもあり、元の企業への出戻りはかなり珍しいのではないだろうか。

しかし、昨今、先進的な取組をする企業においては、「アルムナイ」と呼ばれる制度の整備が進んでいる。

本稿では、一般にはまだなじみの薄いアルムナイについて簡単に確認するとともに、保守的と言われる我が国金融業界における導入状況を確認し、今後の展望について考察する。
 
1 例えば同じ広島の新井新監督は現役時代は広島→阪神タイガース→広島と移籍した。

2――アルムナイとは何か

2――アルムナイとは何か

1企業におけるアルムナイ
本来アルムナイ(Alumni2)とは学校の卒業生や同窓生の意味であり、アルムナイネットワークとはその集まりを指す。転じて、人事・労働関連領域におけるアルムナイとは、企業の中途退職者を指す。(以下同様。)

昨今、日本企業において労働力不足が叫ばれる中、新たな人材プールとして、またビジネス上のパートナーとしてアルムナイを評価する動きが盛んになりつつある。

アルムナイネットワークは、アルムナイが自らの意思で、そのプロフィールや保有スキル、実績等を登録する。近時多くの企業で導入されているタレントマネジメントシステム3の対象範囲を社外にも拡張したものとも考えられる。また、アルムナイからの情報提供を受けるだけでなく、企業側からもアルムナイにとって有益な情報を提供する、互恵関係にあることが特徴である。
 
2 アラムナイ [əlʌ́mnai]と発音するのが妥当と考えられるが、慣習に倣い本稿でもアルムナイと記述する。
3 タレントマネジメントとは、従業員一人ひとりの能力・スキル・経験といった情報を、採用や育成、配置などに活用することで、企業の持続的な成長に繋げる人材マネジメントを指す。タレントマネジメントシステムは、タレントマネジメントを実現するために、人材データを集約・一元管理し、高度な意思決定を可能にするシステム。(パーソル)https://www.persol-group.co.jp/service/business/article/4645/(2022年12月12日閲覧)
2アルムナイネットワークの機能と目的
企業にとってアルムナイネットワークの目的は大まかに言って以下3点である。

(1) 潜在的な協業相手や将来の再入社候補者としての人材プール
・外部人材を招聘するよりも、その企業の経験者の方が、企業文化や社風を理解していることから、社外で得た知見を活かしつつ、立ち上げの円滑化が期待出来る。また、企業側はアルムナイの人物像や保有するスキルや能力を認識しているため、選定上のコストや時間が削減され、ミスマッチも回避できるというメリットがある。

(2) 商品・サービス面、採用面で企業にとってのプラス情報の発信者(応援団)
・アルムナイネットワークに登録するような元従業員は、企業に対してポジティブな感情を有していると考えられる。このような場合、元従業員は元勤務先の商品・サービス面やその社風等について、良い評価をしてくれることが期待される。それは企業の評価を上げ(ブランド力向上)、営業面や採用面でプラスに作用することが考えられる。

(3) 潜在的な顧客
・(2)と同じく、企業に対してポジティブな感情を有していれば、潜在的な協業相手であることに加え、自社製品やサービスの顧客になってくれることが期待される。
アルムナイとしては、退職した企業の最新情報に触れられることや、他のアルムナイと接する場の提供を受け、旧交を温めたり、ビジネス上のアイデアのヒントを得たり、新たな人脈形成やメンテナンスにも資することがメリットであると考えられる。

従前から、多くの企業で、形態や規模の差はあれ、OB/OGは自然に弱い絆4を維持していることは珍しくないと考えられるが、アルムナイネットワークは、これを公式、大規模、組織的に行うものと言えよう。

今後、人的資本経営がより重要視され、また競争力確保、中途採用過程に投入するリソースおよび採用後のミスマッチの回避等を考えると、OB/OGを集めるのは、理に適っていると考える。
 
4 勝手アルムナイコミュニティは規模の大小はあれ、多く存在していると考えられる。筆者がLinkedInをチェックしたところ、企業非公認と思われる、部署や部門ごとの多数のアルムナイグループの存在が見られた。

3――海外のアルムナイネットワーク

3――海外のアルムナイネットワーク

1海外企業の導入例
米国のアルムナイネットワーク支援サービス大手のEnterpriseAlumni社によれば、取組事例として以下の企業が例示されている(図表1)。
(図表1)EnterpriseAlumni社「企業のアルムナイネットワークベスト10」より抜粋
この他にも多様な業界、国の企業が導入していることを確認できた。積極的にアルムナイとの繋がりを継続し、またアルムナイにとってのベネフィットを提示することで、アルムナイと企業、アルムナイ同士のケミストリーの増進を期待しているように見受けられる。
 
5 EnterpriseAlumni. (2022, August 17) Top 10 Best Corporate Alumni Networks. https://enterprisealumni.com/news/corporate-alumni/10-best-alumni-networks/
2海外企業の導入例(運営方法)
先行する企業の提供するメニューをもう少し詳しく確認する。アルムナイプログラムについての米国の研究によると、下記のような例が挙げられている(図表2)。
(図表2)アルムナイプログラムの目的達成支援のための運営方法の設計(例)
アルムナイのデータ収集・更新や、同窓会イベント等の開催に加えて、社内のリソースや従業員向けサービスを共有していることに筆者は驚きを覚えた。同業他社に転職したアルムナイも多くいると思われるが、そういう者にも自社のリソースを供与するということは、利敵行為にもなりかねないというのが、正直な感想である。

しかし、ブランド戦略の第一人者である、デニス・リー・ヨーンによると、そう考える必要はないという。
 
競合他社の助けになることを心配する必要はない。人材獲得を意識している雇用主は、他の企業やライバル企業の従業員を対象としたプログラムへの投資に消極的な場合がある。特にピアソン(英国の世界最大級の教育サービス提供会社)のように、企業の調査や分析を共有する場合はそうだ。しかし、ドーソン(ピアソンの戦略コミュニケーション担当VP。当時)は次のように述べる。『私は、それが競合他社を助けることだとは必ずしも考えていません。むしろ、教育や教育の方向性に関する対話に参加し、その一翼を担うことを助けることだと考えています この考え方は、会社の使命と一致しているだけでなく、ピアソンが業界において積極的で前向きな存在であり続けるために役立っています。』ピアソンが元社員と関わり続けることは、『業界全体に利益をもたらし、業界全体が学習者に利益をもたらす』 と彼女は考えている。12(カッコ内は筆者)

競合他社を利することの心配よりも、自社のパーパス実現に有用であることを優先すべき、ということであろうか。
 
6 かつて勤務し、転職等で去り、社外で活躍するアルムナイを紹介。
7 同じく、一旦転職等で去った後再入社し活躍するアルムナイを紹介。
8 ラテン語 pro bono publico 「公共の利益のために寄贈された、無料奉仕の」(リーダーズ・プラス)から転じ、社会人が仕事を通じて得た知見やスキルを用いて社会貢献するボランティア活動全般を指す。
9 人事当局の一定の関与の下、いわゆる「斜めの関係」として先輩職員が後輩職員の申し出等を受けて助言等の支援を行う仕組みであり、職場環境への円滑な適応、能力開発・専門性習得等のキャリア形成、仕事と生活の両立等に向けて、上司や人事当局の役割を補うものとして活用されることが期待されているもの。(人事院 『メンター制度実施の手引き』)
10 バディとは、一般には二人一組の仲間や相棒を指すが、人材開発分野ではメンターと同様に、先輩が後輩を指導するバディ制度がある。メンターはよりメンタル面のサポートを中心に行うのに対し、バディは業務内容も含むとされる。本件の場合は、指導という意味合いよりも、気の合う者同士がペアを組んで連絡を取り続ける、というものと推察される。
11 Dachner, Alison and Makarius, Erin. "Follow the trails: A path to systematically designing corporate alumni programs" (2022). 2022 Faculty Bibliography. 11. (John Carroll University)
https://collected.jcu.edu/fac_bib_2022/11 日本語訳は筆者による。
12 Lee Yorn, Denise.(2019, July 2). "Why Should You Care About Your Employee Alumni?"  (Forbes) https://www.forbes.com/sites/deniselyohn/2019/07/02/why-should-you-care-about-your-employee-alumni/
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総合政策研究部   主任研究員

小原 一隆 (こばら かずたか)

研究・専門分野
経済政策・人的資本

経歴
  • 【職歴】
     1996年 日本生命保険相互会社入社
          主に資産運用部門にて融資関連部署を歴任
         (海外プロジェクトファイナンス、国内企業向け貸付等)
     2022年 株式会社ニッセイ基礎研究所

    【加入団体等】
    ・公益社団法人日本証券アナリスト協会

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